氏作。Part36スレより。





 バリアスの谷でアグリアスからもたらされた情報を元に、オヴェリアを救出に向かうための
準備を整える為に、
一旦ウォージリスに戻ったラムザ一行。
 物資の調達を終えて、英気を養う為に各々宿へ向かう者や酒場へ向かう者がいるなかで、
合流を果たしたばかりのアグリアスという騎士が考え事をしたいという理由で行軍に使う幌付きの
台車の中に居残った。
 その人物の状態を考えると、十分に理解できるものだった。
 擦り切れ、泥で汚れた衣類や傷だらけの鎧は脱出の壮絶さが十分に伺えるものだった。
 それでも、吸い込まれそうな瞳で主の心配をする気丈な騎士が、独りでいることがラムザ
気にかかりどうにももどかしい気持ちにさせる。
 だから、ラッドやムスタディオの誘いを中途で外して町外れの車止めの元に向かった。


 鞍を外されたボコがラムザに気づき、鳴き声を上げそうになるも、唇の前に指を持ってくると、
一つ首をかしげて自分の羽を繕う作業に戻った。


アグリアスさん……大丈夫かな?)


「あとはケーキ……。それに水着か……」


(ん? アグリアスさんの声だ……)


「まずは、上着から……。それから、あーん……夜の浜辺……次は耳…いや、ネコが先か……」


(何を言ってるんだろう?)


「そして締めくくりは、やはり『ひざ』か……そうだ、それがいい……」


 確か彼女は独りだったはずだが、なにやらブツブツと喋っているような気配だった。
 ならば、誰かと相談事でもしているのかもしれない。そしてそれは自分が聞いて良い物では
ないのかもしれない。
 ラムザアグリアスに声をかけることなく町へと歩き出した。



 貿易都市ウォージリスは異国のものが所狭しと並んでいて、店先を眺めながら歩くだけでも、
気分転換には十分な町だった。
 ラムザは新しく入荷されたと言う、刀の品定めに没頭していた。
 そんなラムザの姿を見つけ、声をかける人物が居た。


「隊長!」


(これなんか、侍になったラッドにぴったりかな?)


 だが、品定めに没頭していたラムザにはその声は届くことはなかった。


「隊長!!」


(引き出す用に何本か阿修羅も買っておくか……)


「隊長!!!」


「うわ! ア、アグリアスさん……」


「貴公、ラムザ・ルグリアだろう?」


「――実はボクが本物のアグリアスオークスです」


 何を言っているのだろうと、頭の中のもう一人の自分が自分につっこみを入れる。
いきなり声をかけられて慌てているにしては、自分の言動が突飛すぎる。


「む! ジョークか?」


「え、ええ、まぁ……ははは……」


 彼女は目を丸くして驚いていた。
 笑って誤魔化したところで、どうにかなると思えなかった。あぁ、きっと軽蔑されたに違いない。


だが――


「OKだ!」
「OK!?」


 驚愕に目を見開く。見れば目の前の騎士は腕を組んで笑顔を浮かべているではないか。


「ジョークはいい。親睦を深めるのに役立つからな」
「は、はぁ……あの、その一応……ラムザ・ルグリアです……すいません変なこと言ってしまって……」
「ん……気にするな。私も改めて自己紹介をしよう。私の名は、アグリアスオークス
ジョブはホーリーナイトだ。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします。アグリアスさん」
「……『アグリアスさん』か……。NGだな……」
「は?」


 今度は不機嫌な表情で顔を逸らしている。何か気に障ったのだろうかと、ラムザは不安になる。


「まぁいい……。ところで先ほどあれだけ呼んだのに、何故無視したのだ?」
「無視?」


 そもそも呼びかけられたことさえ、身に覚えがない。


「『隊長』とあれほど呼んだではないか? 貴公は隊長なのだろう?」


 その声は聞こえて居た。
 だが、隊長という呼ばれ方をしてこなかったラムザには自分への呼びかけだと思わなかったのだ。



「た、隊長!?」
「ラヴィアンとアリシアから聞いている。貴公がこの隊の長(おさ)なのだろう」
「そ、そんな! ただ気心の知れたメンバーの中でちょっと相談を引き受けたり、代表で交渉事をするくらいで…」
「十分に隊長の仕事をしているではないか。そして私はつい先ほどから、貴公にこの身を預けると誓ったのだ」
「そ、そんな事言われても……」


 動揺を隠せないラムザは、必死で言い訳を探す。


「その、年上…じゃない、目上で、しかも近衛騎士でもあるアグリアスさんに対して隊長が務まるかどうか……」
「ふむ……いわゆる『おカタい奴』なのだな?」


 ラムザの言葉にうつむいて考え事を始めるアグリアス。どうにもこの人は考え事をすると内容が
口に出てしまうタイプらしい。
 たしかに、アカデミーの同期からは散々言われてきた事だし、自覚はある。が、指摘されて笑って
流せるほどラムザは年を取っていなかった。


「では、我々の関係をフランクにすることから始めるとしよう」


 軽く唇を尖らせていたラムザに彼女はなんと言った?


「フ、フランクですか?」


 聞き間違い出なければ良いと思い、オウム返しに聞き返す。


「そうだ! フランクだ! とりあえず、お互いの呼称を改めてはどうかと思うのだが?」


「は、はぁ……」
「私は貴公を『ラムザ』と呼ぶことにしよう。貴公は私を『アグリアス』と呼ぶのだ」
「む、無理ですー!!!」


 年上の女性を呼び捨てになど出来ようはずもない。彼はそういう意味でも若かった。


「無理でもやるのだ! さぁ、呼べ!」
「無理ですってばー!」
「だめだ、だめだ! そんな調子では! 今後円滑なコミュニケーションが取れないではないか!
さぁ呼ぶのだ!『ア・グ・リ・ア・ス』と!」


「ア…アグ……アグググ……やっぱり無理だー! 呼び捨てなんて絶対無理ー!!!」
「OKだ! その調子だぞ!」
「は!?」
「今、フランクな口調だったではないか! いいぞ!」


 褒められたとしても、何故か嬉しくなれない。
 むしろ恥ずかしさがこみ上げてくるのが抑えられず、ラムザは黙ってうつむいた。



「いいな? お互いの呼び方は私はラムザ。貴公はアグリアスだ。それではラムザ。重要な用件がある。
一刻後に酒場で落ち合おう」
「……………」
「聞いているのか!?」
「え、えぇっとぉ……い、一刻後に酒場でしたっけ?」
「そうだ、理解しているではないか。いいぞ!」
「は、はい……」
「では、その際に必ず守ってもらいたいことがある……この服だ!」


 言って何処からか取り出された、目にキツイピンク色の上着には、デカデカとハートマークがあり、
さらにそのハートマークの中には彼女のものと思われる似顔絵がデフォルメされて描かれており、ご丁寧に
彼女の名前まで書かれていた。


「この服を必ず着てくるのだ。いいな? 必ずだぞ?」
「は、はい……」
「絶対だからな! 着ていなければ意味がないのだぞ!」
「はい……」
「OKだ! では酒場で!」
「…………」


 やる気に満ちた表情で走り去るアグリアスと、無言で取り残されたラムザ
 彼は後に、この時彼女を呼び止めなかったことを、悔いることになる。


「はぅぅ……」
 

 情けないため息をついてみても、


「くぅ〜……!」


 歯を食いしばって見ても、周囲の視線の刺さる痛みがやわらぐことは無かった。


(な、なんだってこんなド派手なピンクの上着を着なきゃならないんだー! しかも、
アグリアスさんの似顔絵まで刺繍してあるし!!
 ……でも、必ず着て来いって言ってたしなぁ……着てなきゃ意味がないとも言ってたっけ……)


 歯噛みした所で周囲の視線はなくならない。
 これを着てくるように指示した彼女の真意が知りたいと思ったラムザは、早く彼女が現われないかと
酒場の入り口を凝視することをやめられなかった。
 キィと木と木がこすれ合う音と共に、堂々とした足音が聞こえた。


(あ、来た! アグリアスさんだ……ってぇえええーーー!!)


「いらっしゃ……いっ!? ま! せ!?」


 ラムザも給仕の娘も叫ばなかった事が奇跡。


「…………」


 まさに威風堂々としたその立ち振る舞いは騎士として理想の振る舞いだ。
 ド派手なピンクの上着を着てさえいなければ。


「あ、あの、ご注文は〜?」


 無言で酒場を見渡すアグリアス。その彼女に恐る恐る声をかける給仕の娘に周囲から尊敬の眼差しが
注がれるのは当然のことなのかもしれない。


「先ほど連絡したオークスだが……」
「あ! う、承っております。少々お待ちください……」


 目立たないように、酒場の隅っこで身体を小さくしてミルクをちびちびと舐め続けていたラムザ
見つけると、アグリアスは大またで近づく。


「ア、アグ、アグリアスさん!?」
「NGだ! アグリアスと呼べと言っただろう!」
「あう、あう……」
「…………」


 慌てふためくラムザを厳しい目で睨みつけ、無言で行動を促す。


「ア、アグ、アグリ、アグググ……アグリア……あう〜……」


 その眼光に押されて、意を決したラムザが何とか彼女を呼び捨てにしようとするも、眼光による
プレッシャーやら、気恥ずかしさやらがない交ぜになり、上手く呂律が回らない。


 そんなラムザの様子に一つため息をつき、もういいと手で制する。


ラムザの呼びたいように呼ぶがいい」


 その言葉に、露骨にほっとした表情を浮かべるラムザだが、彼の苦難はまだ始まったばかりである。


「そ、その服は一体……?」


 よせばいいのにラムザアグリアスを彩るド派手なピンクの上着を話題にしてしまった。


「この服か? ラムザとおそろいの上着ではないか?」


 確かに、自分の上着と同じ色をしているし、何より――


「ぼ、ぼくの似顔絵が、し、しし刺繍されてますけどぉ……?」


 ラッドが名づけた、自身にとっては不名誉極まりない一房のクセっ毛――通称アホ毛――までもが
再現されている。


「そうだ。ラムザには私の似顔絵が、私のにはラムザの似顔絵は入っている」


(一体いつ作ったんだー!?)


「これでこそ『ぺあるっく』。互いの信頼度も上がるというものだ!」


 得意げに胸をそらせるアグリアス。普段鎧の下に隠れている大き目で形の良い胸がラムザの目の前に
突き出され、またしてもラムザは気恥ずかしさを全身で味わう。


「お待たせしました」


 丁度そのとき給仕の娘が何かを持ってやってきた。
 テーブルが跳ね上がるほどの重さのソレはまさしく『正体不明』そのもの。


「こ、こ、これわー!?」
「特製のあんこケーキだ。先ほど厨房を借りて作った」


 ラムザとて『あんこ』と言うものが刀等と一緒に侍や忍者の居ると言う異国のもとからイヴァリース
入ってきたと言う知識はある。だがその『あんこ』という物がケーキと合体することは彼の想像の範囲外だった。


「あ、あんこですか!?」
「あんこだ」
「ケーキなんですよね!?」
「ケーキだ。本来なら果物で飾り付けるというのだが、私なりにアレンジしてみたのだ。やはり、
こういうものは個性を出さないとな……さぁ、食べるがいい」
「ぼくがですか!?」
「もちろんだ。ラムザのために作ったのだからな」
「え? ぼくのために?」


 自分の為に作った物を目の前にして、これほど微妙な気持ちになれるとは思わなかったに違いない。
ラムザはいま貴重な体験をしている事を悟った。


「一生懸命、丹精込めて作ったのだぞ」
(丹精って言うより、念だな…、これに込められてるのは…)


 冷や汗が全身を支配し、震える手でラムザはフォークを手に取る。


「わ、わかりました。折角作っていただいたんですから。い、いただきます……」
「NGだぁ!!!」
「痛っ!! な、なな何!?」


 赤くはれ上がり、ヒリヒリと痛む手をさすりながら、目の前のアグリアスに目をやる。


「勝手なことをするな!! 手順が狂うではないか!!」


 どうやら、アグリアスは何かが気に食わなかったらしい。
 だからと言って力いっぱい叩かなくてもいいじゃないかと思うのだが、そんなことを言ってはまた何を
言われるか解かったものではない。


「さっき食べろって、言いませんでしたっけ……?」
「自分で食べては意味がないのだ! ちょっと待っていろ……」


 フォークでケーキを一口分に切り分けると、


「よし! あ〜ん…」


 と、フォークを差し出した。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


 無言で一口大のケーキを挟んで見つめあう――というより、にらみ合う。


「あ、あの、ぼくにどうしろと?」


 たまりかねたラムザが厳しい目をするアグリアスに問いかける。


ラムザが口を開かないと、このケーキを食べさせられないが…?」
「な、なんでぼくがアグリアスさんに食べさせてもらわなければならないのでしょうか!?」
「隊長であるラムザとその部下である私の親睦を深める為だ」
「は、はぁ…」 
「さぁ! あ〜んだ! あ〜ん!!」


 どう考えても深まりそうにない気がするのは気のせいなんだろうと、自分を納得させ、
戦いに赴くようなその眼差しを受け止めるラムザだった。


「あ、あ〜ん!」


 ヤケクソになったラムザが恥ずかしさに目を瞑って大きく口をあける。


「OKだ!」


 口の中一杯を占めるあんこケーキをんぐんぐと咀嚼し、その微妙な味に辟易して傍らに置いてあった
ミルクに手を伸ばそうとするも


「あ〜ん!!!」


 気合の入った声で口をあけろと促される。


「あ、あ〜ん!」
「OKだ! いいぞ!!」


 今度はちょっとばかりあんこの分量が多かったのか、甘ったるさにラムザの顔が歪む。


「あの、アグリアスさ……」
「はい! あ〜ん!!!」


 一時の休憩すら許されなかった。



「ううぅ……」


 絶え間なく口の中を蹂躙するあんこケーキ。拷問とはこういうものなのだろうか等という考えが
終始頭をよぎった。


「よし、最後の一口だ。あ〜ん…」
「あ〜ん…」


 最後の一口を口に含むラムザの目には輝くものが見て取れた。それはあんこケーキを完食した
喜びからくる涙だった。
 ――もう二度と胸が焼けるような甘さを味あわなくて済むという感動から自然と涙が零れたとして
何の不思議があろうか?
 見れば、他の卓の厳つい男達の目にも涙が浮かんでいるではないか。


「さすがだなラムザ! やはり男性は違う……いい食べっぷりだ! これでこそ、作った甲斐があると
いうものだ!」
「ど、どうも……」


 咽に絡みつき、胸全体を支配するあんこの気配をミルクで押し流そうと、一気にコップを煽る。


「そ、それで、そろそろ重要な用件ってのを聞かせて欲しいんですが…」



 口元にできた白いひげを手の甲で拭いながら発せられたラムザのその言葉にキョトンと目を
しばたかせるアグリアス


「ん? ここでの用件なら済んだが?」
「は!?」
「親睦は十分に深まったな……」


 感慨深げにいわれてもラムザにはこれっぽっちも実感がわかない。
 なにせド派手な上着で衆目に晒された挙句に、珍妙不可思議なものを延々と食べさせられただけなのだから。


「ラヴィアン、アリシア一押しシチュエーション『ぺあるっくで”はいあ〜ん♪”』終了……」


 しかもなにか訳のわからない事まで呟いているし。
 だが、終わったのならもう問題はない。これから宿に戻れば疲れた体を久方ぶりのベッドに投げ出して
睡眠を取れるのだから。




「それでは、次のシチュエーションだ」


 ラムザに安息は無かった。                  


                     ――ラムザ・ルグリアの憂鬱 アグリアスと合流 終り。