氏作。Part26スレより。




「うわあああーーーッ!!」
ラムザッ!!」
 絶叫がこだまし、皆がその方向を向いたときにはすでに手遅れだった。
 ラムザは手負いのレッドパンサーの捨て身の一撃を受け、ドグーラ峠の切り立った
崖から足を踏み外していた。
 あまたの死闘を潜り抜けてきたラムザたちにとって、レッドパンサーの群れなど
物の数に入らないほどの敵であった。瞬く間に蹴散らし、さて峠を越えてさっさと
ベルベニアへ――と、そこで油断が生じた。
 レッドパンサーの一体はまだ戦闘能力を失っていなかったのだ。そやつが、誰でも
いいから道連れにしてやろうと、手近な者に襲い掛かった。それがラムザだったのだ。
 さすがのラムザも虚を衝かれ、その体当たりをまともに受けてしまった。
 皆が振り向いたときには、ラムザの身体はすでに宙空にあった。そのまま絶叫と
ともに、ラムザはレッドパンサーもろとも谷底へ落ちていったのである。
ラムザぁぁぁぁッ!!」
 いの一番に駆け寄ったのはアグリアスであった。
「た、隊長、危ない、危ない!」
 みずらも飛び降りんばかりに崖から上体を乗り出したアグリアスを、ラヴィアンが
羽交い絞めにして止めた。
「放せ!! ラムザが! ラムザがぁぁ!!」
「隊長まで落ちちゃったらどうするんです!」
 既にラムザの姿は見えなかった。谷底は鬱蒼とした森である。
「下は森ですから、木の枝にでも引っかかれば即死はしません! とにかく捜索して
みましょう、――ね?」
 ラヴィアンは、必死になってアグリアスをなだめた。
 双児の月、30日のことであった。



 それより2日前、双児の月28日――。
 城塞都市ヤードーの商業街を、一人で歩くラムザがいた。
 といっても異端認定された身であるから、魔導師のマントを羽織り、羽根付き帽子を
目深に被って身を窶していた。
 ラムザは少し前の、宿での仲間達との会話を思い出した。
(――そういや、巨蟹の1日って、アグ姐の誕生日じゃなかったか)
(――そういえばそうだね、うっかり忘れてた)
(――案外当人も忘れてんじゃねーの? それどころじゃねぇしな、俺ら……)
 確かにそれどころではない。今やラムザ達は、畏国を二分した戦乱の真っ只中にいる。
誰一人として、おのれの誕生日を祝うどころではなかったのである。
(でもそんなの、あんまり寂しいよな)
 はっきり打ち明けたわけではないが、ラムザアグリアスにほのかな恋情を抱いていた。
こんな状況下でも、いやこんな状況下だからこそ、愛する女性の誕生日に、ささやかでも
何かをしてやりたかった。
(少し時間もあるし、街に出てプレゼントでも探そうかな)
 そんなわけでラムザは一人で街をぶらついていたというわけだ。
(何がいいのかな。……やっぱり装飾品とかかな?)
 ふと目をやると、商業街の隅に、小さな装飾品店がある。見ると『象牙の加工承ります』
と貼り紙がしてあった。
(これだ!)
 ラムザは装飾品店に飛び込んだ。
「いらっしゃい!」
 いかにも職人然とした赤ら顔の元気の良い店主が、ラムザを迎えた。
「……あの、象牙の加工承ります、てありましたけど」
「ああ、やってるよ」
「例えばですね、象牙でペンダントを作るとしたら、どれくらいかかります?」
「そうさな、メダルサイズのもんなら2、3時間で加工できるぜ」
「こちらの望みどおりの意匠で?」
「もちろん」
 ラムザは隠しから、一枚の絵を取り出した。それは横向きのアグリアス肖像画であった。
今はもう戦死してしまったが、かつてラムザの一行に、絵の上手な者がいた。彼が描いた
アグリアス肖像画を、ラムザも一枚分けてもらっていたのだ。
「――じゃあ、この女性の顔を彫ってもらえますか」
「こりゃ、また」
 ラムザが見せた肖像画に、店主は思わず低く口笛を吹いた。
「――絵に間違いがないとすりゃ、たいそうな美人だな。兄ちゃんのいい人かい?」
「え、ええと、いやまぁ……そうなれればいいなぁ、と……」
「なるほどね、そういう品は腕の振るいがいがあるってもんだ。待ってなよ。特急で彼女の
ココロを鷲づかみにするような、素敵なのを作ってやるから」


 3時間後、完成したペンダントを携えて、ラムザは帰途についた。
 ペンダントの出来は素晴らしかった。中央にアグリアスの顔を彫ったメダルを置き、その
周囲を洒落たデザインのプラチナの枠で縁取った、瀟洒な代物である。
 店主は決してその値段に色をつけなかった。
(――なーに、恋をする若いもんから高い金は取れないよ。経費にほんの少し上乗せして
くれりゃいいんだ。――それに、俺にもあんたくらいの倅がいたんだが……)
 店主は悲しそうな微笑みを浮かべた。
 戦時下である。戦争に狩り出され、そのまま帰らぬ若者も多い。
 ラムザは深く謝意を述べると、装飾品店を後にした。
(……これなら、アグリアスさんも喜んでくれるよな)
 いつになく、ラムザの足取りは軽かった。



「――いたぞ! こっちだ!」
 声を上げたのはラッドだった。谷底に落ちたラムザの捜索は、日が落ちるまで続けられた。
その甲斐あって、森の奥深くで、ラムザを発見することは出来た。
 ラヴィアンの言ったとおり地面に直接は叩きつけられなかったのか、幸いにもラムザはまだ
息があった。ただし、体中に打撲の痕があり、やはり無事ではすまなかったようだ。
「頭を打ったのかしら、息はしてるけど意識がないわね」
 白魔法と医療の心得のあるアリシアが、そう言ってラムザの脈を見た。
ラムザ!!」
 駆けつけたアグリアスが、不安に駆られる子供のように声を上げた。
「目を開けろ、ラムザ、たいしたことはないんだろ? な?」
 ラムザの状態もお構いなしにその肩を揺さぶる。
「隊長、落ち着いて! まだどこが悪いか分からないんです。あまり乱暴に扱わないで!」
 いつになく強い口調で、アリシアが叱咤した。
 アグリアスは落ち着かない表情でしぶしぶ手を放した。自信に溢れ、いかなるときも凛々しく
力強い普段のアグリアスからは、想像も出来ないほどにしょげ返っている。
(さっきからすごい形相でラムザはどこだラムザはどこだ、って探し回ってたし……)
(やっぱ、あれだな。アグ姐……ラムザにホの字ってやつか……?)
(みたいね……。あんなに取り乱した隊長、長い付き合いだけど見たことないわ……)
 後ろのほうでムスタディオやマラーク、ラヴィアンたちが顔を見合わせる。
 一度はアリシアに制されて大人しくなったアグリアスだが、またぞろ不安に駆られたらしく、
アリシアに声をかける。
ラムザは……ラムザは大丈夫なのか? このまま死んでしまったり……しないよな?」
「――とにかくここではなんとも出来ません。ベルベニアまでラムザさんを運んで、しかるべく
手当てをしないことには……」
 アリシアは冷静に、しかし難しい顔でそう呟いた。
 アグリアスはますます心許なさそうな顔をした。


 ベルベニア郊外の安宿に一行が落ち着いたのは、その日の深夜になってからだった。
何しろ異端者一行であるから、大きな宿には泊まれないし、名医を呼んで来られるわけでもない。
場末の三等宿で、仲間だけでどうにか治療しようということになった。
「――思わしくありませんね」
 ベッドの横で、傷病治療の心得のあるアリシアが嘆息した。
「骨折はないようですし、打撲がややひどい程度なんですが……ただ……」
「ただ、なんだ?」
 不安と焦燥の入り混じった表情で、アグリアスが聞く。
「意識がないのが……。頭をひどく強く打ったらしくて、昏睡に近い状態なんです。白魔法
では傷やちょっとした病気は治せますが、脳だけはどうにもならない……うまく意識を取り
戻せればいいんですが……」
「……最悪、どうなっちまうんだ?」
 ムスタディオが、彼にしては遠慮がちに訊いた。
「脈拍や心拍数は安定しているし、命に別状はないけど、脳が受けたダメージによっては……
半身不随……とか……最悪、植物人間状態……ということも……」
「そんな!――」
 この時代、脳外科などは存在しない。どれだけ高度な白魔法を駆使しても、脳だけは治療
困難とされた。またそれだけに、脳の障害に対しては悲観的になるものがほとんどだった。
ラムザ!――」
 アグリアスはベッドの横にひざまずき、その名を呼んだ。しかし無論、反応はない。
「そんな――嘘……だろう? 昨日まで、あんなに元気だったじゃないか……いつものように
笑ってくれ……お願いだ……ラムザ……ラムザ――」
 その場にいた全員が驚愕した。
 あのアグリアスが泣いている。
 そこにいるのは、忠実なる騎士でも、果敢な女剣士でも、誇り高き貴族でもなく、ただ恋の
ために笑い、恋のために泣く一人の女性でしかなかった。



「――どう、隊長は?」
 アリシアが聞くと、夜食を届けに行ったラヴィアンは首を横に振った。
「食欲がない、って。徹夜でラムザさんの傍にいる気みたい。それにしても何か食べとかなきゃ
体に悪いわよ」
 間遠に、ベルベニアの市街のほうから零時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「あ、もう日付変わったんだ」
「……ちょっと待って? 今日って巨蟹の1日? 隊長の誕生日じゃない!」
「あ、あ……? 忘れてた! ――それどころじゃなかったからなぁ」
 ふたりはなんとも言えぬ表情で顔を見合わせた。
「それにしても、せっかくの誕生日に……ラムザさんが昏睡、とは……」
「――隊長、お気の毒に……」
 アリシアは思わずうな垂れた。
「……そういえばさ、ラムザさんの気持ちってどうなのかな」
「……どうって?」
「隊長がラムザさんを思ってるのは間違いないけど、ラムザさんのほうはどう思ってるんだろう」
「うーん」
 アリシアは難しい顔をした。
「……お世辞にも女らしいとはいえないけど、あれだけの美人だし……それにラムザさん、
隊長の傍だと生き生きしてるし……まぁ十中八九、気があるんじゃないかな……」
「やっぱ両思いだよね。ただ、二人とも奥手そうだからなぁ。……はぁーあ。隊長にも春が
来たと思ったら、誕生日にこんなことになるなんてなぁ……」
 ルザリア以来使えてきた上司の幸せはラヴィアンにせよアリシアにせよ願うところである。
 しかし、当のアグリアスは、悲嘆のどん底にいた。
 なんとも皮肉なことであった。


 巨蟹の月1日は、湿っぽい雨の一日だった。
 アグリアスは、前夜から一睡もせずにラムザの傍にいた。ほとんど何も食べてもいない。
「お体に障りますよ」
 とアリシアが強引にパンを一切れ食べさせたが、それ以上食物に見向きもしなかった。
 ラムザは相変わらず目を覚まさない。ちょっと見には、穏やかそうに横たわっている。
(……ラムザって、こんな顔だったのか……)
 アグリアスラムザの寝顔を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
(こやつ、こんなに端正な顔をしていたかな……)
 初めて出会ったときには、ラムザは一傭兵であった。当時まだ17歳だったラムザは若々しい
というより青い感じで、アグリアスはいささか見下していたところもあった。その後の幾多の
戦いで、強い信念と高い精神性を持ち合わせる男だということを知るにつれ、彼を侮るような
気持ちは綺麗さっぱりなくなったが、そうなると、異性としての興味が頭をもたげてくる。
 改めて見るとラムザの顔はたいへん端正で――しかも、アグリアスの好みに合う、上品で
繊細な美男であった。いつしか、彼のことが気になって気になって仕方がなくなっていた。
 明らかにアグリアスは恋をしていた。
 しかしそれに気付いたときには、相手は正体を失っていたのだ。
ラムザの馬鹿。――せっかく、自分の気持ちに気付いたのに……)
 言っても詮ないことではあるが、アグリアスは心の中でそう毒づかずにはおれなかった。
(このまま――もし目覚めなかったら……)
 そんな不安が頭をかすめる。アリシアはその可能性も示唆していた。よしんば目覚めても、
半身不随だったりしたら、やはりまともな社会生活は営めない。
(いやだ、そんなのは……)
 オヴェリアを奪われたときでさえ、これほどまで落胆はしなかった。初めて味わう恋の
苦しみは、想像を絶していた。
(目覚めてくれ……ラムザ……お願いだ……)
 祈るように、アグリアスは心の中で繰りかえした。


 鬱陶しい雨は、その日一日中降り続いた。
 誰かがまるで涙雨だ、と言ったが、それはアグリアスの心情を表してのものであったか。
終日、アグリアスラムザの傍につきっきりであった。すでに日は沈んでいる。
「隊長、少し休まれたらどうですか」
 見かねたラヴィアンがアグリアスに声をかけた。
「ゆうべから一睡もしてないじゃないですか。体が持ちませんよ」
「こんなときに、眠れない」
 そっけなく、アグリアスは答えた。しかしその声も、彼女にしてはおそろしく弱々しい、
頼りなげな声であった。
「――ラヴィアンは恋をしたことがあるか……?」
 ぽつりと、アグリアスは言った。
「な、なんですか?」
 さすがのラヴィアンも吃った。普段のアグリアスなら決して向けないような話題である。
「男に、惚れたことはあるか、と聞いたんだ」
 この聞き方も、彼女らしくない、おそろしく直截な表現だった。
「え、えーと」
 ラヴィアンは赤面しながら答えた。真面目に答えねばならないような気がした。
「……そうですねぇ……アカデミーの頃、あこがれてた先輩がいましたけど、打ち明けも
しなかったし……遠くで見てただけ――でしたね……」
「その先輩、どうなったんだ?」
「――同学年の女子といい仲になったって聞きましたけど……」
「そうか。……言えるときに……好きだと言っておかないと、後悔するんだな……」
 アグリアスは抑揚のない口調でそんなことを言った。
「あの、隊長……」
「……ん?」
「やっぱり隊長……ラムザさんのことを……?」
「今頃、気付くほうも気付くほうだけど……」
 うつろな表情で、アグリアスは答えた。
「私は――この男に惚れていた――らしい。……こんな状態になって気付くなんて……
馬鹿みたいだよな……もっと早く気付いてれば……」
 自嘲気味にアグリアスは呟く。
「――どうして私は、やることなすこと後手後手に回るんだろうな……」
 まるで独り言でも言うように、アグリアスは続けた。
「……昨日にしたってそうだ。ラムザなら大丈夫、などと高をくくって、そちらへの
注意を怠った……あの時私はラムザの一番近くにいたんだ……私がもう少し気を配って
やっていれば、あんなことにならなかったのに……」
「で、でもそれは!」
 思わずラヴィアンが叫んだ。
「隊長のせいってわけでもないでしょう。みんな油断があったろうし……というか、隊長、
なんでもかんでも責任を負おうとしすぎですよ」
「……そうかな」
「そうですよ、それ、隊長の悪い癖ですよ。完璧主義者すぎるっていうか……足りない
部分は補い合ってやっていくのが、チームってものでしょう」
「――でも、私は副長なんだ。ラムザの補佐をすべき立場なんだ……!」
 アグリアスの言葉は、しだいに熱を帯びてきた。
「誰よりもラムザを補佐しなければいけない立場なのに。ラムザが危地にあれば真っ先に
盾とならねばならない立場なのに! 私はラムザを守れなかったんだ!」
「隊長……」
 アグリアスは声を荒げ、その両眼には涙が溢れていた
「オヴェリア様を失ったときに誓ったんだ! もう2度と、大切なものを失うまいと! 
だのに……私は副長失格だ! まして――ましてラムザを愛する資格なんて――!!」
 その時。
「――そんなことないですよ、アグリアスさん」
 ベッドからラムザの声がした。



 瞬間――
 アグリアスとラヴィアンは飛び上がりそうになった。
「ら――ラム――ッ!?」
 ベッドの上のラムザは、目を開けていた。
「き、き、気が付いた――のか!?」
「――ええ」
 ラムザはまだ顔色はよくなかったが、意識ははっきりしているようだった。
「良かった――」
 先ほどまで自責と後悔で流していた涙は、とたんに随喜のそれに変わった。
「良かった! ラムザ、良かった――!」
 アグリアスは我にも無く、ラムザを力強く抱きしめた。ラムザは顔を真っ赤にした。
「あ、アグリアスさん――?」
「大丈夫か? 体が半分動かないとか――そういうことはないか?」
「だ、大丈夫です……ちょっとまだ頭がズキズキしますけど……それよりその……」
 アグリアスは、やっと自分がラムザを熱烈に抱きしめていることに思い至った。
「あ――いやその、これは!」
 慌てて腕を解く。
「いやー、愛ですねぇ」
 はたで見ていたラヴィアンが、にやにやしながら早速茶化し始めた。
「雨降って地固まる、じゃないけど、隊長にとってはこれ以上ない展開じゃないですかぁ?
なんだかんだで思いも伝えられたし。……で、ラムザさん」
「は、はい?」
「この際はっきりさせちゃいましょうよ。隊長の気持ちは聞いたでしょ? ラムザさんは
どう思ってるんですかぁ?」
「だ、だからその! それは――」
 ラムザは盛大に顔を赤らめ、しかし真剣な眼差しで、アグリアスを見据えた。
「僕はその――あの……アグリアスさんのことが……」
 言おうとして、ラムザは言葉を切った。
「ら……ラムザ?」
「あの、僕――どれくらい気を失ってたんですか?」
「え? ――丸一日だが……」
「ってことは、今日巨蟹の1日ですよね?」
「そうだが……」
 ラムザはベッドの上に起き上がり、かくしを探った。
「……あれ? あれ、ない!?」
ラムザ――? どうしたんだ?」
「くそ、谷に落ちたとき、落としたのかな――」
「落としたって……一体何を?」
「今日、アグリアスさん誕生日ですよね? その……プレゼント用意したんだけど……
なくしちゃったみたいで……すいません」
「そんなもの――」
 アグリアスは一瞬呆れた声を出したが、すぐに笑顔を浮かべた。
「――大丈夫。もう貰った」
「え――?」
ラムザが、無事でいてくれた。――私にとってこれ以上のプレゼントは、ないよ」
 いくらか頬を染め、しかしアグリアスは莞爾として、そう言った。
アグリアスさん……」
「そんなことより――聞かせてくれないか。その――貴公が私を……どう思っているのか」
「え? ――それは、だからその――」
 ラムザは暫時ためらったが、意を決して続けた。
「その――僕……アグリアスさんを……好きでいても、いいですか……?」
 ラムザらしく迂遠な表現であったが、アグリアスには充分な返事だった。
「――もちろん!」
 答えると、アグリアスは堪えきれずにもう一度ラムザを抱きしめた。


 その時、ドアが小さくノックされた。入ってきたのはムスタディオだった。
「よう。ラムザまだ目が覚め――って? おい!? 目ぇ覚めたんか!?」
「おかげさまで」
 ラムザは笑顔を見せた。
「心配させやがってこのヤローは。……ま、悪運だけは人一倍だからな。そのうち起きるたぁ
思っちゃいたが……ところでアグ姐」
「なんだ?」
「色々あって忘れてたんだが、こんなもん拾ったんだが、あんたのか?」
 ムスタディオが手を差し出して見せたのは――
「あ! それ!」
 ラムザが大声を上げた。それは、ラムザが作らせた例のペンダントだった。
「それ! どこにあったの!?」
「どこにって――お前が落ちた谷底の樹海でめっけたんだが?」
 ムスタディオはいささか面食らって答えた。
「これって……私?」 
 アグリアスはペンダントのメダルを覗き込んだ。そこには、精巧な彼女自身の肖像が彫られて
いる。
ラムザ――貴公、これを、私の誕生日に――?」
「ええ。――ムスタ、それ貸して」
 ラムザはペンダントを受け取ると、居住まいを正してアグリアスにそれを差し出した。
「お誕生日おめでとうございます。僕からのプレゼントです。――受け取っていただけますか?」
 アグリアスは、艶やかな笑顔を浮かべ、その心のこもった贈り物を受け取った。
「――有難う」
 万感の思いを込めて、彼女はそう謝意を述べた。
 いつのまにか雨が上がり、巨蟹の月1日の夜は、さわやかな夜風が吹いていた――