氏作。Part26スレより。



「レーゼ殿、ベイオウーフ殿。ちょっといいか? アグリアスだが」
 アグリアスは扉の外から声をかけた。
「どうぞ」
 部屋の中からレーゼの声がした。
 ここは貿易都市ドーターの宿である。軍資金を稼ぐため、仲間数人が儲け話で隊を
離れており、彼らが戻るまで、ラムザ一行は休養ということになっていた。
 そんなある日の夜。
「失礼する。装備の配給について────」
 アグリアスは扉を開けて、レーゼとベイオウーフの部屋に入り────この二人は、公認の
カップルということで、どこでも部屋は一緒だった────そして入り口で足を止めた。
「な、なななななな!!」
 部屋の中では、レーゼがベイオウーフに膝枕を当てていたのだ。恋人同士なのだから
別に不思議はないのだが、馬鹿真面目なアグリアスにはなかなか刺激的な光景であった。
「い────し、失礼した! 出直してくるゆえ────!」
 アグリアスは踵を返そうとしたが、
「あら、帰るの?」
 笑いを含んだレーゼの声に、アグリアスは立ち止まり、恐る恐る振り向いた。
「あ、────あ、あ、あの、私、お邪魔なら……」
「誰も邪魔なんて言ってやしないじゃない。────いったい何を想像したんだか知らない
けど、ベイオの耳掃除をしてあげてただけよ?」
「耳……掃除……?」


 レーゼはベイオウーフを起き上がらせると、手に持っているものをアグリアスのほうへ
見せた。それは長さ15センチほどの、匙のような形をしたごく細い木製の棒だった。
「────そ、それは?」
「昼間、市場で見つけたんだけど、東洋ではこの”耳掻き”というので耳掃除をするんですって」
「し、しかし木の棒など、耳に入れては危険では……」
「これは竹製よ。見た目より肌に優しいわ。それに綿棒よりよく汚れが取れるしね────どう、
ベイオ? よく聞こえるようになったんじゃなくて?」
「まったくだ。いつも以上にレーゼの声が美しく聞こえるよ」
「だ、そうよ。耳を掃除してあげるんで、膝枕してたってわけ」
「な、なるほど」
「そうそう、私、実はこれ二本買ってきたのよ。良かったら一本あげましょうか?」
「は、はぁ、それはどうも」
「貴女も、愛しい彼の耳を掃除してやりなさいな」
「な────わた、わた私は別にラムザの耳掃除など────」
 言ってからアグリアスは口を噤んだが、後の祭りであった。レーゼは艶然と笑って、
「ほんっと、貴女って分かりやすいわねぇ。────ま、それならそれで、ラムザの耳を掃除して
あげたら? もちろん膝枕で」
「な、なな、何で私がッ!!」
「好きなんでしょ?」
「いやだから……」
「じゃ、ラファちゃんかメリアドールにでもあげようかなぁ?」
「────!!」


結局、アグリアスは耳掻きを受け取って、部屋を出た。
 アグリアスは確かにラムザに焦がれていたが、彼女の性格からして自分から告白するなど
太陽が西から昇ってもありえない。そんなこんなでヤキモキしているところに、ラファだの
メリアドールだのが露骨にラムザに好意を見せるから、彼女とて心中穏やかではないのだ。
(いい機会かもしれない)
 思いを告げるのは無理でも、せめて近づければ。レーゼがそのきっかけをくれわけだ。
(よし!)
 彼女は気合を入れた。ラムザの部屋の前で大きく深呼吸し、おもむろにノックをする。
「ラ、ラムザ、私だ────ちょっといいか?」
「────アグリアスさんですか、どうぞ」
 幸い、ラムザの部屋には他に誰もいなかった。
「ご苦労様。ベイオウーフさん達、装備はどうするって言ってました?」
(────しまった! それを聞きに行ったんだっけ。……いやいやそんなのは後でも聞ける。
今はとにかくラムザを……というか、落ち着け、私!)
 精一杯平静を装って、ラムザに話しかける。
「あ、ああ、その事はあとで。そ、それよりラムザ
「はい?」
 さてどう言ったものか。いきなり「耳掃除してやるから横になれ」でもあるまい。出来れば
自然に、なおかついい雰囲気でそういう状況に持って行きたい。
「────ああ、その、これ、なんだが」
 アグリアスは手にした耳掻きを見せた。
「なんです、それ?」
 うまい具合に、ラムザが食いついてきた。
「う、うむ、その、レーゼ殿が町で見つけてきたそうだが、東洋の耳掃除の道具だそうだ」
「へーえ、面白い形ですね」
「そ、それでだな、あの二人、その、レーゼ殿が、ひひ、膝枕をして、ベイオウーフ殿の耳を
掃除、していたのだが……」
「へぇ、相変わらずお熱いですね、あの二人」
 いたってのどかに返事をするラムザに、アグリアスは(さっさと気づけ!)と癇癪を起こし
かけたが、ここで怒っては何にもならないと、辛抱強く続ける。
「そ、それでだな、ラムザも、その……耳の掃除を……どうかな……なんて────」
「え? でも、それアグリアスさんが貰ったんでしょう。それを僕が貰うわけには……」
 ラムザの鈍感さはアグリアスの想像を超えていた。お世辞にも気が長いとはいえない彼女の
堪忍袋の緒は、いともあっさりと切れた。
「そ、そうじゃない!! 私がお前の耳掃除をしてやろうというんだ! いい加減で気づけ!
この馬鹿ッ!!」
「え────」
 ラムザは目を丸くした。
(しまった!)
 アグリアスは猛烈に後悔したが、いまさら後にも引けない。
「いやいやいや、そのなんだ、べ、別に強要してるわけではないが……き、貴公が良ければだな、
その、耳掃除をしてやろうかと」
 はたから聞いていれば、十分に押し付けがましいし、また横暴な言い方でもある。とはいえ、
彼女にしてみたらそんな言い方しか出来ないのだ。
 付き合いの長いラムザは、その辺のことは心得ていた。


アグリアスさんが、僕の耳掃除を……してくれるんですか」
 さすがにいくらか頬を染めながら、ラムザは答えた。
「いやだからその、き、貴公の意思が第一だ。嫌だったら────」
「嫌なわけ、ないじゃないですか!」
 滑稽なくらい真摯にラムザは言う。
「で……その、ひ、膝枕で、してくれるんですか?」
「む、む、だから、貴公が、そう望むのなら────」
「それはもう────願ったり叶ったり、です」
 言うと、ラムザは弾けるような笑顔を見せた。
 アグリアスは真っ赤な顔をしながら、ベッドに腰掛け、ほれ、と促した。ラムザもベッドに
横たわり、その形の良い頭がアグリアスの膝に乗る。その瞬間、アグリアスの全身にこそばゆい
とも気持ちよいともつかぬ電流のような感覚が流れた。
(わ、私の膝の上に────ら、らららラムザの、あああ頭が乗っているッ────!!)
 そう考えただけで天にも昇りそうな心持になったが、膝枕をしただけが目的ではない。
 実を言うと、アグリアスはうまく耳掃除が出来るかどうか、はなはだ自信がなかった。彼女は
手先は絶望的に不器用なのである。アカデミーでは裁縫(軍隊生活では必要な技術である)で
追試を食らったし、工作の授業では、ハンマーで釘ではなく自分の親指を打って、周囲の失笑を
買ったし、教養講座の美術では、猫を書いたつもりなのに馬だと思われたりした。
 だが、今こそ恋の天王山、ここでばかりは失敗するわけには行かない。
「い、痛かったら、言うんだぞ」
 アグリアスがそう言うと、ラムザは膝上の頭をこっくりとさせた。


 アグリアスは慎重に耳掻きの先をラムザの耳に差し入れた。瞬間、
「ん────!」
 とラムザが声を上げた。アグリアスはびくりとして手を止め、
「ど、どうした、痛かったか!?」
 と聞いたがラムザ
「大丈夫です。少しくすぐったかっただけ」
 と答えた。アグリアスはほっと息を吐き、再び耳掻きを深く差し入れる。あまり奥まで入れ
過ぎないように気をつけながら、少しずつ耳の汚れを掻き出していく。
 やってみると、思ったほど難しい作業ではなかった。それに、レーゼの言うとおり、面白い
ほどよく汚れが取れる。
 もっとも、一つ困ったことがあった。
 ラムザの吐く息の暖かさが、ズボンごしにアグリアスの足に伝わるのだ。一定の間隔で、
腿が熱さを感じる。アグリアスはむしろ手先に気を使うよりも、太腿に伝わるなまぬるい熱に
耐えねばならなかった。
 どうにか、片方の耳を終える。ラムザを寝返らせ、もう片方の耳に取り掛かる。
 が、これによって事態はさらに悪化した。ラムザは今、アグリアスの体側に顔を向けている。
先程よりいっそう、ラムザの息が内腿から股間に、すなわち女性にとってもっともデリケートな
部分に吹きかかるのだ。
(う、うう────へ、変な感じ────、で、でも、ここでやめる訳には────)
 アグリアスは、その気持ち良いのだか悪いのだか分からない感覚に気が狂いそうになった。


「お、終わったぞ、綺麗になった」
 それでもなんとか、アグリアスラムザの耳掃除を完了した。ラムザはむくりと起き上がると、
「有難うございます。ずいぶんスッキリしました」
 と言った。見ると、その顔はだいぶ火照っている。さすがにかなり意識したのだろう。
「い、痛くなかった────か?」
「全然。────というか、耳掃除、お上手ですね。誰かにやってあげたことがあるとか────?」
「ば、馬鹿言うな!」
 アグリアスは真っ赤になって怒った。
「こ、こんな恥ずかしいこと、貴公以外にするものか! 貴公だからやったんだ!」
 言ってしまってから、語るに落ちていることに気付いたアグリアスは真っ赤になって面を伏せた。
さしもの鈍感なラムザも、この返事の意味するところに気付くと、ますます赤面して、やはり俯いた。
 気まずい、しかしあるいは幸福な沈黙が二人を包む。
「────あ、あー、なんだ、き、貴公が満足してくれたのならとにかく良かった。────き、気が
向いたらまたやってやる! それじゃ────」
 照れ隠しに横柄なことを言ってアグリアスは部屋を出ようとしたが、
「────アグリアスさん」
 と、ラムザが声をかけて引き止めた。
「な、なな、何か?」
 アグリアスはうわずった声で返事をした。
「お礼に……僕もアグリアスさんの耳掃除を……したいんですけど」
 ラムザは、そんなことを言った。


 アグリアスの欠点は、無駄に格好をつけたがることである。この場合も二つ返事で
受け入れればいいものを、スタイルを気にして素直に「はい」と言えなかった。
「わ、わた、私の、みみみみ耳掃除? なにか、きき、貴公がしてくれると、言うのか?」
「お嫌でしたら────」
「む────そ、そのなんだ、貴公がどうしても、というなら────」
 もっとも、ラムザは飲み込み顔だった。くすりと笑って、
「はい、やらせてください。────出来れば、膝枕で────」
「────ッ!!」
 ラムザは、先ほどアグリアスがしたようにベッドに腰掛け、さあ、というふうに慫慂した。
 アグリアスは大人しく────あのアグリアスが────横たわり、ラムザの意外としっかり
筋肉がついた腿に頭を乗せた。
ラムザの腿、柔らかい────)
 それは、彼女が使ってきたどんな枕よりもその頭によくフィットした。
 今、彼女は愛する男の膝に頭を横たえているのだ。
 心臓の鼓動が早くなる。顔が火を吹かんばかりに赤くなっているのが分かる。
「……アグリアスさんの髪って近くで見れば見るほど綺麗ですね」
 そのアグリアスの動揺を見透かしたかのように、ラムザはそんなことを言った。
「そ、そんなこといいから! 早く耳を────」
 邪険な返事をしてしまったが、彼女としてはこれでいっぱいいっぱいなのである。
「────じゃ、始めますよ」
 ラムザはおもむろに耳掻きをアグリアスの耳に挿入した。
「ひゃうッ!!!」
 敏感な耳の内側に耳掻きが触れた瞬間、さすがにアグリアスはこそばゆさで悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか?」 
 心配そうにラムザが聞く。
「ら、ら、らいじょうぶ────」
 と言ったものの、とても大丈夫ではなかった。
 アグリアスは、耳に異物が入る感触は好きではなかった。子供の頃、母に掃除を
してもらったが、くすぐったさと気持ち悪さでのたうち回った覚えしかない。
 だが今は、母にしてもらったときのような嫌悪感は感じない。
 むしろ逆に、異様な快感を感じた。
(は、母上のときには────こんな風に感じなかったのに────ひッ!) 
 内耳を擦られる感触が、まるで性感帯に触れられるような刺激をアグリアスにもたらす。
(な、なんで────こんな────あぁぁッ!!)
 まるでラムザに嬲られているようだった。それはエロティックでさえあった。
 これまで感じたこともないような、ある種の興奮────
 しかも、ラムザとほとんど体を接しているのだ。昨日まで考えもしなかった、愛しい
男との急接近、おまけに、仲睦まじい夫婦のようにお互いの耳掃除。
 言いようのない悦福の感覚に、アグリアスは心の底から酔った。
(……ああ……)
 アグリアスは半ば自我を失っていた。幸福感と陶酔で、頭が真っ白になってゆく。
 そのまま、意識が遠のき────



「────? ……ここは?」
 我に返ったアグリアスは、一瞬自分がどこにいるか分からなかった。  
「お目覚めですか?」
 頭のすぐ上から、ラムザの声が降ってきた。やはりアグリアスの頭はラムザの膝の
上にあり、その体はベッドに横たわったままだった。
「私は……眠ってしまったのか────?」
「ええ、30分ばかり」
「さ、30分────て、そ、その間ずっと────き、貴公の膝枕で?」
「ええ」
「ええ、って! な、何で起こさんのだ!」
「すごく気持ちよさそうに寝てましたから。それに────」
「それに────?」
アグリアスさんの寝顔、ものすごく綺麗で────」
「なッ────」
 これ以上出来るかというくらいアグリアスは赤面した。
「ば、ば、馬鹿なことを! ひ、人の寝顔を30分も見ているなど、ひ、暇人か、貴公は! 
────というか、わ、わたわた私の、ねね寝顔なんぞ、人に見せられるものでは────」
「そ、そんなことないですよ!」
 むきになってラムザは反論した。
「す、すごく綺麗でした! アグリアスさん。────まるで────」
「……まるで?」
「女神みたいに────」
「め、めめめめ、めが、女神!?」 
 当人はそれと意識していないが、ラムザは往々にしてこのような殺し文句を吐くことが
ある。それは、見当違いにも己は無骨で垢抜けず不美人だと思い込んでいるアグリアスに、
小さな光明を与えた。
「あの────ラムザ、ひ、ひとつ聞きたいのだが……」
「なんです?」
「私って……その……不美人では────ないのか?」
「────は?」
「だ、だって、私は、がさつだし、無骨だし、有り体に言って女らしくないというか……」
 さすがのラムザも、この主張にはまったく虚を衝かれ、また同時に大いにあきれた。
「……あのですねぇ、アグリアスさん」
 苦笑しながらラムザは言う。
「男連中が、なんでアグ姐アグ姐って、貴女のところに集まると思ってるんです。不美人の
ところに寄りたがる男がいますか? ────みんな貴女に気があるから、貴女が美人だから
群がってくるんですよ。まるで綺麗な花に集まる蜜蜂のように。────僕だって……」
「……?」
「僕だって、それを見てると……穏やかじゃないというか……その……」
「私……」
 アグリアスはとてもとても女らしい表情で、ラムザの顔を見つめた。
「私、美人────?」
「────もちろんじゃないですか。────僕の、僕の女神様」
 それは、告白にも等しい台詞であった。


 二人がもっと恋愛なれしていたり、精神的に大人であれば、そのままキス、そして
それ以上のことに……となったかもしれないが、所詮この二人はどこまでも奥手であった。
「────有難う」
 アグリアスは、情熱的に身をゆだねるかわりに、そんなふうに返事をした。
「少なくとも、ラムザは────私を綺麗だと、思ってくれるんだな」
「もちろんです。……ひとつ、お願いしたいことがあるんですけどね」
 またしても苦笑しながら、ラムザが言う。
「くどいようですけど、僕だけがアグリアスさんを綺麗だと思ってるわけじゃありません。
貴女はみんなの憧れです……だからその……あまり、他の連中に……気のある素振りを
見せたりとか……して欲しくないなぁ……なんて。────我侭でしょうか」
「貴公────」
 アグリアスはちょっと驚いて、
「意外と、その────嫉妬深い……のか?」
「────そうかもしれません」
 ラムザは笑いながら言った。アグリアスはちょっと考えて、答えた。
「……条件がある」
「条件?」
「────また、耳掃除を、させてくれるか? もちろん────膝枕で」
 言うと、アグリアスは項まで朱に染めた。ラムザも同じように真っ赤になった。
「そ、そんなことでしたら、いつでも喜んで。……僕も、させて貰っていいですか?」
「も、もちろん!」
 二人は、満面の笑顔で、心底幸せそうに見つめ合った。





「あ、隊長、お帰りなさい」
 いろんなことがあったので、結局かなり遅くなって、アグリアスは自室に帰り着いた。
ラヴィアンがいつものようにあれこれと色々なことを聞いてくる。
「ずいぶん遅かったですね。何をしてたんです? ────誰かと逢引き、とか?」
「馬鹿を言うな」
 アグリアスはいつになく冷静に、ラヴィアンの軽口を笑い飛ばした。その様子に違和感を
感じたラヴィアンは、しげしげとアグリアスの顔を眺めた。そして────
「あーーーッ!!」
「な、何だ?」
「隊長、左のほっぺ!」
「左の……頬?」
「鏡を見てご覧なさいってば!」
 言われるままに、壁に掛かっている小さな鏡を覗き込む。すると。
「! こ、この痕は!!」
「キスマーク! それってキスマークですよねぇ! 誰に……って、聞くまでもないか」
「な、な……」
 おそらく、眠っている間にラムザが付けたのだろう。
(わ、私が眠っている間に!? って、ええ? ラムザが!? 私に!? せせ、接吻!?)
 アグリアスの思考は大いに混乱した。ラヴィアンは大はしゃぎである。
「いやぁ、隊長とラムザさんも、とうとうそこまで来ましたか。あたしゃ嬉しいですよ!」
「な、なんでラムザだと!?」
「バレバレですよ。お互い想い合ってるんでしょ? 隊の中では、お二人がいつくっ付くか
賭けまで成立してるんですよ! それにしても案外早かったなぁ!」


「か、賭けだと?」
「そうですよぉ。男連中は大概隊長に気がありますから、不成立の方に回ってますけど、
女子はほとんど成立派ですね。いやー、それにしてもキスとは! 上出来上出来!」
 ラヴィアンは一人で悦に入っている。
 アグリアスは馬鹿らしくなった。つい昨日まで、彼女のラムザへの思慕は、秘中の秘で
あるはずだったが、あにはからんや、隊全員が興味津々で見守っていたとは。
 彼女は全身の力が抜けるのを感じた。
「それでそれで? ラムザさんとはどんな感じなんですかぁ?」
「────別に。お互い膝枕で耳掃除をして、私がそのまま気持ちよくて眠ってしまったから、
ラムザがキスをしたんだろ」
 まるで天気の話でもするかのように、アグリアスは何でもなさそうに言った。
「わぁお、お互いに耳掃除! しかも膝枕で! ────ていうか、隊長」
「なんだ」
「なんというか、雰囲気変わりましたね。……なんか突き抜けたっていうか」
「東洋の故事にいわく、『別れて三日なれば刮目して相対すべし』……そういうことさ」
 アグリアスは笑いながら言った。
 状況が人間を変えるという事はよくある。ラムザとの急接近、そしてお互いの気持ちの
確認、さらにそれが皆の知るところであったこと。
 それらを受け、良い意味で彼女は開き直れたのである。
「うひゃあ、変われば変わるもんなんですねぇ。おっと、それじゃ早速この結果をみんなに
知らせなけりゃ! ちょっと出てきます!」
 言うと、ラヴィアンは階下にすっ飛んでいった。



 その報告が仲間にもたらした衝撃は、しかし計り知れなかった。アグリアスにとっては、
その後の男連中の落胆ぶりも、賭けに勝った連中の舞い上がりっぷりも、大したことでは
なかったが、ラムザにとってはそうはいかない。彼はアグリアスに憧れていた男子隊員から
総スカンを食ってしまったのである。
「────なんだって、しゃべっちゃったんです。アグリアスさん」
 顔色の悪いラムザが、そう苦情を言いに来た。
「貴公だって、私の寝ている隙にキスをしたろう。スタンドプレーはお互い様だ」
 コケティッシュな笑いを浮かべながら、アグリアスはそんな風に受け流した。これには
さすがにラムザもおや、と思ったのか、
「どうしたんです。────なんか、雰囲気が、いつもと違うと言うか……」
「別に。────恋愛するなら堂々としよう、と考えただけさ。貴公もそうしろ。楽だぞ」
「は、はぁ」
「まぁ、何か辛いことがあったら、いつでも泣きついて来い。────男連中には当分グチも
こぼせんだろうしな。また耳掃除して癒してやるから」
「ど、どうも。────でも、そんなにすぐ、耳汚れませんよ」
「じゃ、膝枕してやるから、その上で昼寝しろ」
「────で、寝ている最中にキスマークつけてくれるんですか?」
 ほだされてきたラムザも、そんなふうに切り返した。
「そういうのは私の趣味じゃないな。私なら────堂々と正面から唇を奪ってやるさ」
 さすがに少し頬を赤らめたが、アグリアスは大胆にそんな宣言をした。
 これからも戦いは厳しさを増していくだろう。だが、二人の恋人はいま、ひどく晴れ晴れと
した気分であった。
 

 たった一つの竹の棒が、若い二人の心の扉を開く鍵になった、そんな話であったとさ。