氏作。Part22スレより。
異端者一行の旅は過酷なものであった。いかに戦力が充実していったとしても、その道中は
ルカヴィのみならず、教会の尖兵や野生のモンスターの脅威にさらされている。
貿易都市ザーギドスへ向かう途中のフィナス河にて、この日も一行は赤チョコボをはじめとする
モンスターの群れの襲撃を受けていた。
「ムスタディオは赤チョコボの足を止めて! アグリアスさんはアリシアさんと黒チョコボの
相手をお願いします!」
戦場にラムザの指示が飛ぶ。チョコメテオの間合いの外からムスタディオが狙撃し、比較的足の遅い
黒チョコボに、忍者にジョブチェンジしたアリシアと攻撃力に長けたアグリアスが向かう。
アグリアスの剣が舞い、行く手を阻むチョコボを切り崩しながら黒チョコボに迫る。先行していた
アリシアがチョコボールをかわしざまに二刀流の斬撃を加え、黒チョコボの脚が崩れた矢先に、遠間から
聖剣技の閃光が手負いの獣を圧し潰した。
「ラムザ、そっちは!?」
ムスタディオの狙撃により、赤チョコボの最大の武器ともいえるスピードは封じられていた。ラムザは
雄叫びをあげると、チョコメテオの届かないギリギリの間合いから瞬時に距離を縮め、赤チョコボの懐に
潜り込んだ。その様を目で追っていたアグリアスが一つ瞬きを終えたときには、赤チョコボの喉はラムザに
貫かれていた────
「ああ……」
アグリアスは嘆息した。申し分のない、完璧な戦いぶりだと思う。ラムザが傭兵であった頃から剣術を
指導し、ガフガリオンに代わって戦闘のいろはを教授してきた身としては、云わば「弟子」の成長
この上なく嬉しいもののはずである。
しかし、それでもアグリアスの中に、何とも言い難いもやもやとした気持ちが引っかかって晴れないのには
理由があった。それも、すぐ目の前の、ラムザの手首からその先に。
赤チョコボの頚椎を貫いていたのは白刃ではなかった。鋭い切っ先の代わりにその先端を覗かせていたのは、
刃に勝るとも劣らぬ鋭さを匂わせるラムザの指先であった。ぐぷ、と音を立て、血に塗れた拳を抜くと同時に
赤チョコボは絶命して横転した。
「僕、こっちの方が向いてるのかもしれません」
ラムザがはにかんでアグリアスにそう言ったのは、モンクにジョブチェンジして最初の戦闘を終えた後だった。
軍資の節約のため、隊の何名かは常時、装備品のコストの低いモンクにチェンジすることにしようと言い出した
のはアグリアスであったのだが、固有アビリティの強力なオルランドゥ伯やアグリアスらは初めから候補より
除外されていたし、ラヴィアンやアリシアといった女性陣は素手で戦うことに強い抵抗を示し、ラムザに直訴
してまで候補から抜けようとする有様であったため、実質モンク候補の該当者はラッドと、そしてラムザくらいの
ものであった。
ラムザに剣を教えてきたアグリアスとしては、ラムザをモンクにするのはあまりいただけないことであったが、
言いだしっぺが自分であるということと、ラムザにこんなことを言われたのでは、表立って反対することも
できなかった。それでも、控えめに口を出したりはしていたのだが。
そうして、「拳士」ラムザは誕生した。才能か血統か、ラムザは幾多の戦闘の中でめきめきと強くなっていき、
忍者にジョブチェンジできるようになってからは、前衛メンバーの中でも最強の攻撃力を誇っていた。
こうして結果もついてくるものだから、ますますアグリアスに反対する理由は見つからない。今日も今日とて
ミノタウロスを薙ぎ倒すラムザの細腕を見つめて、アグリアスは嘆息するのだった。
ザーギドスの宿に到着した一行は、束の間の解放感を堪能するべく思い思いに振舞っていた。アグリアスも
自分に充てられた部屋に荷を降ろすと、昼食をとろうと食堂に向かった。
食堂の入り口に差し掛かると、中から聞きなれた声がアグリアスの耳に入ってきた。
ラヴィアンとアリシアであった。
「ラヴィアンはいいわよね、黒魔道士で魔法使ってればMP回復してもらえるんだから。私なんて忍者やってる
から、直接ダメージ受けないと回復してもらえないもの。HPも低いからヘタしたら蘇生なんて受けることになったり
するしー」
「特権よね。でも、あんな格好するくらいだからそれくらいの役得があってもいいと思うわ」
(何の話をしてるんだ……?)
アグリアスは気に留めつつ、食堂の中へ入っていった。
「あ、隊長」
「隊長もこれから昼食ですか?」
肯いて、二人の着いているテーブルに同卓する。
「ところで、二人ともさっきは何の話をしていたんだ?」
ぶしつけに聞く。立ち聞きをしていたことへの悪気など、微塵も見せない潔さがこの隊長の良い点であり欠点だと
二人の部下はいつも口を揃えて言う。無論、当人の耳には入らぬように。
そしてまたこのときも同じことを思いつつ、それでも諦めを悟っている二人は、どちらからともなく口を開いた。
「チャクラの話をしていたんですよ」
「チャクラ?」
今更チャクラの説明もないだろう。ハイトの条件こそあるが、無償の回復手段で常に重宝されているアレだ。
そのチャクラがどうしたのだ、と言わんばかりに、アグリアスの表情にはクエスチョンマークが張り付いている。勿論
アグリアスもチャクラを受けたことはある。体内のツボに「気」を流し込まれると、疲労していた肉体が活性化する
アレだと、真面目なアグリアスはチュートリアルそのままに記憶している。
「あれ? 隊長、もしかしてまだラムザさんのチャクラ、受けたことないんですか?」
「もったいない……これまでの人生の三割は損してますよー」
何をばかなとアグリアスは鼻で笑ったが、「ねー」と顔を見合わせて頬を染めている部下たちの姿を見ていると、
興味を持たざるをえないのが人情なわけで。
「それで、どうだというのだ。ラムザのチャクラは」
喰いついた! と言わんばかりに、アリシアの唇の端がつりあがり、ラヴィアンは両手を頬にあて、いやんいやんと
首を振っている。ラヴィアンはともかくとして、アリシアの意味ありげな笑みにアグリアスは気がついていない。
どんな状況でも楽しめるのならそうしてしまえというアリシアの機転は、またここに成功を収めるのだった。
「は? チャクラ、ですか?」
「う、うむ。最近少しばかり疲労がたまっているようなのでな……無論、ラムザさえよければ、だが」
「百聞は一見にしかず、です!」と異国の諺をもって促されたアグリアスは、部下たちに背中を押されるままに
ラムザの部屋の前に連れてこられた。まったく強引な、と小さく不平を漏らしたが、プライベートでラムザに会いに
行ける理由を作ってくれたことには素直に感謝することにした。こちらも、口には出さないが。
「とんでもない、むしろ嬉しいんですよ。アグリアスさん、僕が格闘で戦ってるのに反対みたいでしたから。こうして
頼りにされるのは、認められたみたいで男冥利につきるってものです」
ラムザがまた満面の笑顔でそう言うものだから、アグリアスは複雑な気持ちになってしまう。それでも
「それじゃあ、始めましょうか。今日は戦闘中でもないですし、じっくり腰を据えてできそうです。そこのベッドに
うつ伏せになって寝てください」
これから受けるラムザの「診療」に期待八割不安二割で、アグリアスは言われるがまま、ラムザに背を晒した。
「肩の力を抜いてください、さて、いきますよ……」
そうしてラムザは「気」を集中させた指先を、アグリアスの腰にゆっくりと下ろしていった。
「ひあんっ!」
アグリアスの体が、まるで電流を流されたように跳ね上がった。
「くすぐったいですか? でも、少し我慢してくださいね。すぐに気持ちよくなってくるはずですから」
「いいいいいやそんなこと言われても、もう十分すぎるほど気持ちいいのだが……んはぁっ!」
びくびくと震えるアグリアスの腰を、肩を、背筋を、ラムザの端正な指が縦横無尽に蹂躙してゆく。ただの指圧では
ないことは理解できるのだが、それでも経験上、ここまでの快感は異常だ。自分が感じやすい体質なのかなどとは
考えたこともないアグリアスだったが、ラヴィアンとアリシアの言っていたことの意味は十分すぎるほど理解できた。
そんな折、ふとラムザの指がアグリアスの体から離れた。安堵二割と、もうおしまいなのかという不安八割で、
少し涙目になって振り向くと、ラムザの腕が肩へ伸ばされていて、そのまま抱き起こされてしまった。
「こっちの方もしちゃいますけど、嫌だったら止めるので、言ってくださいね」
「こっちの方」が何を意味するのか思いつく間がアグリアスに与えられる間もなく、肩越しにラムザの指が伸びてきた。
「ひぃっ、ひゃああっ! ラララムザ、そこはッ! ひぃん!」
ラムザの指が触れたのは、鎖骨の下方部。平たく言えば、アグリアスの乳房の付け根であった。
腕の中で嬌声をあげて身悶えるアグリアスに
「嫌ですか? やっぱりやめましょうか……」
などと言い出すほどラムザも野暮ではない。逆にラムザはアグリアスが喜んでくれていると思い込み、それはけして
間違いではないのだが、なおのこと熱心に指先を振るうのだった。
付け根から乳房の下方へ、そして腹部へ。大切なところには触れないように気遣いながら、ラムザはアグリアスの
嬌声のリズムを狂わせることなく、まるでピアノを弾くようにその指を走らせた。
どのくらいの時が流れていたのだろうか。ラムザが楽曲を弾き終えたときには、アグリアスは目も虚ろに仰向けになり
天井を見上げていた。少し経って、思考力が回復してくると、戦闘中こんなものを受けた日にはまともに戦うことも
できぬだろうと思い、ふっと笑ってしまった。
体の調子は良好だった。疲れがたまっていたのは本当だったが、それもきれいさっぱりなくなっていた。
脇には、満足そうに微笑んでいるラムザがいた。その笑顔がふいにアグリアスの中で、先刻のラヴィアンとアリシアの
紅潮した顔と重なり、彼女の可愛らしい嫉妬心に火をつけてしまった。
「痛ッ! 何するんですかアグリアスさん!」
無意識のうちに、アグリアスの指はラムザの尻をつねっていた。
アグリアスは身を起こすと、頬を染めながらも、きっと目じりを吊り上げてラムザを睨み据えて
「やっぱり私は、お前が剣を捨てるのには反対だからなッ!」
裏返り気味の声でそう言い放って、ぴっときびすを返してラムザの部屋から出て行った。
ぽかんと口を開けてその様を見ていたラムザは、日がな一日「やっぱりやりすぎたのかな」と困惑するのだった。野暮
ではなかったが、少し鈍感であることは否めなかった。
自室に戻ったアグリアスは、アリシアら娘たちに対する嫉妬心と、ラムザのチャクラとを天秤にかけて悶えていた。
この日からアグリアスは、昨日までとは違う意味で「拳士」ラムザについて複雑な思いを巡らせることになるのだった。