氏作。Part37スレより。







 五人がバリアスの谷の外れにある、粗末な木賃宿に落ち着いた時には、
日もすでに暮れかかっていた。
「あー、疲れた。アグリアスさん、なんかメシ作ってくれよ」
 ブーツを脱ぎ捨て、ベッドに体を投げ出すようにしてムスタディオがうめく。
ウォージリスで待つラムザに、ザランダで聞き込んできた北天騎士団の動きを
一刻も早く伝えようと、夜を日に継いで強行軍で歩き続けてきたのである。
だがここまで来れば、ウォージリスはもう目と鼻の先だ。アグリアスは窓辺に
腰をかけ、棒のようになった脚をとんとん叩きながら、ぼーっと夕暮れを眺めていた。
アグリアスさん、俺も腹へったな」
「あ、私もー」
 ムスタディオの要求を聞き流したアグリアスの背中に、畳みかけるように
第二、第三のおねだりがかぶせられる。たまりかねてアグリアスは振り向き、
「お前達……」
 厳しい顔で何か言おうとしたが、結局はその言葉を引っ込め、ため息をついて
立ち上がった。
「あるじ、厨房を借りるぞ!」
 ぎしぎしと不安な音を立てる階段を下りると、すぐこぢんまりとした共用炊事場が
ある。入口にひっかかっていた汚らしいエプロンをとって、さっと腰に巻きつけると、
アグリアスは持ってきた食料袋の中から大ぶりのチョコボのもも肉を取り出した。
昨日バリアスの丘で赤チョコボの群に出くわした時、糧食にするつもりで一羽
しとめておいたのだ。
 幸い、他に炊事場を使っている者はいない。布くずと枯れ枝で二つのかまどに
手際よく火を起こし、井戸から水を汲んできて鍋を火にかける。傍らの切株に
どさりともも肉を乗せ、ナイフですいすい肉と骨を切り離していく手さばきを
二か月前の本人が見たら目を見張るだろう。


 ランドリア山で遭遇したキングベヒーモスオルランドゥ伯が見事に調理して
みせてからというもの、ラムザ隊ではちょっとしたグルメブームが起こった。
誰もかれもが料理の練習を始め、イヴァリース中を旅する身の上を活かして
各地の名物料理や調味料、保存食などを集めては研究し、隊の食事事情は
劇的に改善したのだが、なかでも技術において最も目覚ましい上達を見せた
のがアグリアスであった。今ではオルランドゥ伯、ベイオウーフと並んで隊の
中でもトップクラスの腕前を誇り、今回ザランダへ派遣された一行――アグリアス
スタディオの他にラッド、ラヴィアン、マラークの五人――の中で一番料理が
うまいのも無論、彼女である。そのプライドをくすぐられて頼られると、どうにも
断りきれずに厨房に立ってしまう、そのへんの心情を見透かされた上での、
さっきのような会話なのであった。
 忌々しいと思いつつも、結局は腕を振るうのが好きなアグリアスである。ふとい
大腿骨を鉈で叩き割って鍋に放り込みつつ、機嫌よく鼻歌など口ずさんでいる。
 もも肉を一口大に切り分け、きざんだ香草をまぶしてから鍋のあくを取っていると、
かまどの陰に置かれた大きな籠が目についた。別の部屋に投宿している客の
食料らしい。ちょっとした好奇心で掛け布をめくって中を見てみると、アグリアス
形のよい眉を片方跳ね上げた。
「これは……」
 籠の中には黒っぽくずんぐりした、子供の握り拳程度のキノコがいっぱいに
詰まっている。山羊の乳のような独特の芳香は、オークス家で暮らしていたころに
何度かかいだ覚えがある。ライオネル地方の秋の風物詩といわれる、モルーガ茸だ。
それも、粒ぞろいである。
 アグリアスはしばし顎に手を当てて思案していたが、やがて二階へ声をかける。
下りてきたムスタディオに、
「このキノコの持ち主を探して、分けてもらえないか交渉してこい。ただでとは
言わん、赤チョコボ手羽と引き替えだ」
と、食料袋からチョコボ肉の残りを取り出して渡せば、こちらもうまいものには
目がないムスタディオは二つ返事で引き受け、厨房を飛び出していく。それを
見送ったアグリアスは、こんどは別の小鍋を用意し、腰に下げた袋から黄色っぽい
粉を鍋にあける。
 今日のように一応台所のある宿に泊まれる日はいいが、異端の身の上では
むしろそんな日は少ない。焚き火をかこんでの野営、あるいは火を起こすことも
できない仮眠の夜でも、うまいものを知ってしまえばうまいものを食べたいのが
人情である。したがってラムザ隊では、保存食・携行食も熱心に研究された。
この粉はラムザの発明品で、よく炒った小麦粉に塩と香草、砕いた木の実や
干し茸などを混ぜたものだ。これに水を加えて火にかけ、かき混ぜれば、即席の
ポタージュに似たものができる。今では隊の必需品の一つになっている。
 アグリアスはその粉を火にかけ、水ではなくバターをたっぷりと加えて、木べらで
ていねいに炒めながらのばしていく。やがて粉に焼き色がつき、香ばしい匂いの
するクリーム状のペーストが出来上がった。
「やあ、いい香りですな」
 背後から声をかけられて振り返ると、形のよい口髭をたくわえた上品な、だが
どこか異国風の男が、手羽肉をかかえてにこにこしながら立っていた。
後ろにはムスタディオが控えて、何かしきりに目配せをしている。
「私のキノコでよければ、いくらでもお持ち下さい。こんな所で野生の赤チョコボ
肉が手に入るとは、まったく素晴らしい。さぞかし腕の立つ剣士とお見受けしたが」
 幸いなことに、モルーガ茸の持ち主は目利きだったらしい。それとも、
スタディオの口車に乗せられたのだろうか。小男は満足げに手羽肉を撫でつつ
籠の覆いをはねのけ、手ずから山盛りのキノコをかかえてアグリアスに捧げて
くれた。ありがたいには違いないが、あまり注目を浴びても困るアグリアス
口の中でもごもごと礼を言って受け取る。男はしばらく、小鍋の中などを興味
深そうにのぞき込んでいたが、やがて向き直って襟元を正し、
「申し遅れた、私はラムゼンと申します」
「あ……では、あのご高名な……」
 アグリアスは一瞬呆気にとられ、それから慌てて頭を下げた。大陸渡りの冒険家
ラムゼンといえば、バションと並び称される秘境探索の大家である。そういえば、
各地を食い歩く美食家としても有名だった。アグリアスは初めて会うが、確か
ラッドは以前、彼と共に二週間ばかり探索行におもむいたことがあるはずだ。
「はっはっは。いや、今は骨休めです。のんびりとウォージリスの海でも眺めようかと
思いましてな」
アグリアスと申します。しがない旅の傭兵でございます」
(ラッドに変装するよう言っておけ)
(了解)
 小声で指示すると、ムスタディオは小さくうなずいて、さも用ありげに二階へ
駆けのぼっていった。ラムゼン氏は名前を知られていたことが嬉しいのか、
ニコニコと機嫌よさそうに鍋やまな板の上を眺めている。少しやりにくさを感じつつも、
アグリアスはもらったモルーガ茸を軽く水洗いして石突きを切り落とし、半分に
切って鍋に放り込む。切り身にしたチョコボ肉にさっと塩を振ってから、残した数個の
キノコを粗みじんに刻み、フライパンに牛脂をひいて、チョコボ肉の切り身と
いっしょに投入する。脂のはぜるけたたましい音と、うまそうな匂いの湯気が
たちまち厨房に満ちた。
「いや、これは美味しそうだ。その、肉に振りかけてあるのは、ショウガの根と
赤胡椒ですかな」
「はあ、それと松の実を少々」
「スープには、背骨は入れんのですかな?」
「胴体はもう処分してしまったものですから……」
 アグリアスとしては正直、さっさと立ち去ってもらいたいのだが、こんな辺地の
木賃宿で鮮やかな包丁さばきを見せる女が珍しいのだろう、ラムゼン氏は部屋に
戻る気配もない。折々発せられる質問はさすがに当を得たものばかりで、感心
しつつもこんなことなら下手に食い気を出すのではなかったと、いささか後悔しながら
フライパンの様子を見、数種類のスパイスでスープに味付けをしていく。仕上げに
チョコボの足先を刻んだのを入れ、パンの塊を取り出してかまどの隅の火の弱い
ところへ押し込む。スープを少し別にとっておいて、フライパンからとった肉汁を
合わせ、先ほど作った小鍋の中身に少しずつ加えてのばしていくと、とろりとした
クリームソースが出来上がった。
 肉を何度かひっくり返して火の通りを確かめ、大皿に盛ってクリームソースを
かけ回す。温まったパンをかまどから取り出し、スープからガラを取り除くと、
まだ熱いフライパンを杓子でカンカン叩き、
「できたぞお!」
 二階へ声をかけるのが、厨房に入ってからちょうど四半刻。
「いや、みごとな手際でいらっしゃる」
 しんから感じ入ったように髭をしごくラムゼン氏へ、はにかみ半分、ため息半分の
複雑な笑顔でアグリアスは会釈をする。ウォージリスに自分の名を冠した
料理店を持つほどの美食家に誉められて嬉しくないことはないが、ここまで
居座られてしまったら、
「せっかくですので、ご一緒にいかがですか」
と切り出さぬわけにいかない。ラムゼン氏はよろこんで承諾し、食事の用意をしに
戻っていった。途中、炭の粉を顔にぬって人相を変えたラッド達とすれ違ったようだが
気付いた様子はなく、アグリアスは胸を撫で下ろした。


「ホウ麦のパン」
「赤チョコボのソテー・クリームソースがけ」
「モルーガ茸のスープ」
 以上がその晩のアグリアス達の献立である。この他にラムゼン氏がヤグードの
ジャムと、ラーナー界隈の特産である魚の干物を出して来、がぜん豪勢な
鄙の晩餐となった。
「そうですか、ドリオン社のサルベージツアーに」
「ええ、でもやっぱり駄目ですね、信用ある会社のでないと。疲れるばかりで、
もう早くガリランドに帰って休みたいですわ」
 幸いここにいる五人は誰も人相書きを取られていないが、相手も畏国中を旅する
冒険家である。いつどんな事から素性を察せられないとも限らない。ラヴィアンが
話術をマスターしていたのはなんといっても僥倖だった。自分達のことは適当に
ごまかしつつ、不自然にならないように座を盛り上げている。
「うまいっすね、この干物」
「あぶったのを細く裂いて、パンに挟んで食うといけるでしょう。ラーナーの漁村で
求めてきたのですがね、なんでもその村の近くにたくさんある洞窟の、ある
特別な一つで干さないと味が出ないのだそうです。不思議なものですな」
 うまいもの好き同士、割と気軽に意気投合しているのがムスタディオ。ラッドは
変装がばれないよう一言も口をきかず、かわりに普段無口なマラークが適当に
会話に参加している。アグリアスはといえば誰かが余計なことを言わぬようにと
ヒヤヒヤしながらナイフを動かし、せっかく作ったソテーの味もよくわからぬ
有様である。ラムゼン氏の方はそんなことも知らぬげに、肉を一切れずつ
じっくりと噛みしめては、
「この野趣あふれる滋味というものは、他の色のチョコボではちょっと味わえ
ませんなあ。昨今は赤チョコボも養殖がはじまっているということだが、
はたしてこの味が出るのかどうか。こいつは3歳ばかりのよほど強健なやつと
踏みますが、よく仕留めたものですな」
「僥倖だったのです。ちょうどその、怪我をしているところへ出くわしまして」
 それでも、うまいものをたっぷりと食べれば、誰でもしぜん細かいことは気に
ならなくなってくる。シャキシャキしたモルーガ茸の歯ごたえ、香ばしい赤チョコボ
肉汁、パンの酸味によく合う濃厚なジャムなどをたらふく味わううち、アグリアス
警戒もいつしかゆるみ、皆それなりに満腹して、なごやかな空気のまま一座が
はねようとした時、ラムゼン氏が何気なく振り向いた。
「そういえば、一つうかがいたいと思っていたのだが」
 ぎくり、と空気がこわばる。電光のような素早さで目配せが交わされ、ラッドと
マラークがそっと隠しのナイフに手をかけた。しかし、ラムゼン氏はそんな空気に
気付いた風もなく、
「先ほどスープに、チョコボの足を入れていましたな。あれはどういった意味が
あるのです?」
「ああ……それなら」
 ホッとしたのを顔に出さないよう務めながら、アグリアスは土の上に下ろした
鍋をかたむけて見せる。鍋の底にいくらか残ったスープが冷めて、ゼリー状に
固まっており、鍋のふちを叩くとプルプルと揺れた。
「なぜかは知りませんが、チョコボの足を入れて煮たスープは、冷めるとこのように
固まるのです。堅パンの中をくりぬいてこれを詰めておくと、簡単に持ち運びが
できるので、明日の弁当にするのですよ」
 食事時になったらパンごと鍋に入れて火にかければ、クルトンもどき入りの
スープができるという寸法である。チョコボの足に含まれるコラーゲンの作用に
よるものだが、そこまではアグリアス達も理解していない。
 ラムゼン氏はまたしきりに口髭をしごき、ゼリーをスプーンにちょっと取って
舐めてみたりした後、ていねいに食事の礼をのべて部屋へ下がっていった。
粗末なドアが軋んで閉じられる音を聞き届けて、アグリアス達はいっせいに
大きな吐息をついた。



 それから半月ほど後のことである。
 別用あってふたたびウォージリスを訪れたアグリアス達が目抜き通りを歩いて
いると、ラヴィアンが急に頓狂な声を上げた。
「隊長、あれ!」
 指さした先には、こぢんまりした料理店が軒を構えている。軒先に吊した看板には
「ラムゼン氏のレストラン」とあり、異国風の男が食卓に向かってジョッキを掲げた
絵が描かれている。
「ああ、この前の……こんな所にあったのか」
「それもですけど、その下、下」
 店名を記した看板の下にもう一枚、大きな板が吊り下げられて、どうやら売り出し
中の品を宣伝しているらしい。そこに書かれた文句を読んでみると、


『あっという間に出来上がる、即席粉シチュー
 火にかけるとスープが出てくる、不思議なパン
 冒険家ラムゼン氏が豊富な経験をもとに編み出した、便利でおいしい携行食。
旅のおともにどうぞ』




 見れば店先には粉の入っているらしい大袋と堅パンが幾つも並べられ、
四、五人の客が興味深そうに群がっている。大袋が半分ほど空になっている
ところを見ると、よく売れているようだ。
「何だあれは、俺達のレシピを盗んだんじゃないか」
 ムスタディオが憤懣やるかたない、といった調子で鼻を鳴らす。その肩をラムザ
そっとつついて、事情の説明を求めた。
「アイデアの盗用だってねじ込んでみましょうか、アグリアス様」
「馬鹿な、こんな所で目立てるものか。それに、向こうもそれくらいのことは読んで
いるのではないかな」
「というと」怪訝な顔をするラヴィアンに、
「我々がおおやけに名乗って出られない身の上だと見て取ったからこそ、あのように
堂々と剽窃できるのだろう。さすがに名を成した冒険家だけあって、抜け目がない」
「まあ、今まで手間暇かけて作ってたものが、店で買えるようになったなら
ありがたいですね」
 経緯を聞いたラムザが呑気そうに言って、懐から金袋を取り出した。
「とりあえず、どんな味か見てみましょう。ムスタディオ、少し買ってきてくれないか」
「わかったよ。ちぇっ、納得いかないな」
 ブツブツ言いながら白銅貨をにぎり、ムスタディオは大股に歩いていった。それを
見送ってアグリアスは苦笑しながら、
「やれやれ、茸一山でえらい目に遭うものだ。食い意地を張るものではないな」
「そうですね、そろそろ緊縮令を出しますか」
 二月あまりにわたって続いたラムザ隊のグルメブームは、こうして収束を迎えた
のであった。
 ちなみにアグリアスはその後、ラーナー海峡を訪れた際ラムゼン氏の言葉を
手がかりに付近の洞窟群を探索し、特定の洞窟にしか生息しないカビを探し当てて
いわゆる「ラーナー干し」の秘密を解き明かし、ウォージリスで「文化干し」
として売り出してささやかな意趣返しを果たすのだが、それはまた別の話である。




End