氏作。PArt19スレより。



巨蟹の月 25日


 最近、アグリアスさんが珍しく「弓使い」なんかを修行しているなと思っていたが、
今日やっとその理由が分かった。



「あれ・・弓使いはやめちゃったんですか、アグリアスさん?」
 出撃前、普段の薄着な軽装服ではなく、馴染み深いフルプレートアーマー姿の
アグリアスさんがそこにいたので、僕はちょっぴり落胆しながら声をかけた。
「うむ、私にはもとより剣しかないからな。実は今日は秘策を用意したのだ、ふ、ふふ……」
 なにやら的を得ない。首を傾げていると、ラヴィアンがコソコソと耳打ちをしてきた。


(ヒソヒソ……アグリアス隊長、どうも「チャージ」をつけてるらしいんです)


 ははあ、と僕は納得した。このところ、伯を筆頭として次々と強力な仲間達が加わって、
どうにもアグリアスさんの破壊力不足が目立ってしまっていたのだ。といっても、彼女は十分、
というか恐ろしく強い。ただ、そこはやはり伯や労働八号などに比べるとどうしても見劣り
してしまい、隊中で1位という地位にあった彼女にしてみれば、それは大きな違いなのだろう。
僕も気にはなっていたので、先日見つけたカオスブレイドアグリアスさんに進呈しようと
したのだが、
「武器に頼っては剣士として一生の不覚。もう少し,私に時間を与えてほしい」
 ということで、剣は横にいたメリアドールさんにあげてしまい、あげたらあげたで
アグリアスさんに不満そうな顔をされたり。
 そういえば今朝、天幕の前にあったはずの大岩が粉々になっていたっけ。
 なるほど、こういうことだったのか……。


 と、くれば


「あれ、ラムザさんもジョブ変えるんですか?」
「うん、ちょっと……」





 しばらくして戦闘が始まった。
 そこら中で魔物の断末魔が飛び交う。アグリアスさんに配慮して、出撃メンバーは破壊力
よりどころを揃えたのだから当たり前だ。
 さて、アグリアスさんはというと……


「まてっ、待たんか貴様ら、おい! 逃げるなっ、魔物らしく襲ってこないか!
 こ……の…、聖光爆裂波ァーーーーーーーーーッ!!      ………あぁーー!」


 見ちゃいられない。チャージなんて普通誰も待ってくれやしないんだから、うまくいくわけが
ないのに。しかもあの人のことだから、間違いなく+20だろう、無理だって。
 そうやって捕捉、追跡、聖剣技のサイクルを繰り返しては……、なんか、もう泣きそうな顔に
なっている。
 放っておくと敵が全滅してしまうので、そろそろ僕の出番だ。アグリアスさんから逃げている
ボムの一匹に目をつけると、心の中でそっと十字を切りながら、僕は呪文を詠唱した。
「命ささえる大地よ、我を庇護したまえ。止めおけ! ドンムブ!!」
 突如として身動き出来なくなった身体に驚愕し、ボムが僕を愕然としたまなざしで見つめた。
(なんてことしやがる)
 その瞳がありありと語りかけてくる言葉に、僕は自分が種族間を超えた意思の疎通を果たした
感動に打ち震え、生命への畏敬を隠せずにいた。ボムも僕と同じ気持ちらしく、震えていた。
ラムザ! ありがとう!!」
 アグリアスさんがぱあっと100万ギルの無邪気な笑顔を花開かせ、ボムの目の前に陣取る。
 そのまま剣を構えて力を溜めに入った。あ、やっぱり+20だ。
 周りを見渡してみると、どうやら大勢は決したらしく、逃げ出した魔物達に剣をおさめた
伯達がこちらの仕上げの様子を見守っている。
アグリアスさん、皆が見ていますよ!」
「あぁ!」
 興奮した様子のアグリアスさんにつられて、僕も胸を躍らせながら声を掛け合う。ダメ押しに
彼女にヘイストを付加して、僕らはその栄光の瞬間を待った、待った。
 そして、まさに彼女のチャージタイムが終わろうとしたそのときだった。




 ばーん。


 ボムが、弾けた。
 僕らはオイルまみれになったお互いの顔を呆然として見つめ合った。アグリアスさんが口を
半開きで放心半ばといった表情になっている。僕も多分同じような顔だろう。
 なんてことだ、まさか自ら死を選ぶとは……いや、気持ちは分からないでもないが。やはり
万全を期してストップを唱えておくべきだったのだろうか。
 と、そんなことを言っている場合ではない。彼女の身体に限界を超えて蓄積され続けた力が
今にも溢れ出そうとしていた。慌てて周りを探すが、代わりになるようなものは見当たらない。
遠くで笑っている伯達も、今から連れてきては間に合わないだろう。慌てふためく僕の耳に、
ため息ともつかぬようなつぶやき声が聞こえた。
「は、はは…………まるで、道化…だな」


 淋しそうに視線を落とす彼女、その顔が、僕の身体を無意識に押し出していた。


「ラ、ラムザ!?」
 僕はボムのいた位置に入れ替わるようにひざまずいた。顔を上げて微笑むと、アグリアス
さんが目を丸くしていた。仲間の前だろうと、この人をさらし者などにしてたまるか。
誰であろうと,絶対に。そう誓ったのだ。
 あの日、ライオネルを離れた夜。
 アグリアスさんはとても思い詰めた表情で、僕と行動を共にさせてくれと頼み込んだ。
 私にはオヴェリア様のもとにいる資格がない。それでも、剣をたてた主は彼女だけ。たとえ
離れていても彼女のために戦いたいのだ。情けない私だがどうか役に立ててもらえないか、と。
己が心底ふがいなく、堪え難いほど恥じ入った様子で彼女は頭を下げた。いつも高潔としていて
心強いアグリアスさんが、そのときだけはひどく小さく見えたものだ。
 そのとき僕は決めた。この一途な人をずっと支えていこうと。
 そしていつかかならず、この人のすべてを受け止められるような男になろうと。
 それが今なのだ。



アグリアスさん……貴女がナンバーワンです!」
 アグリアスさんはほんの一瞬、惚けたような表情になった。でもそれはほんの一瞬のこと、
彼女はすぐに毅然とした色をその瞳に取り戻し、力強くうなずいた。
 彼女の両の腕から、ついに渾身の力が解き放たれようとしていた。
ラムザ……、私は、わたしはお前を……」
 言葉の続きを聞き取ることはできず、ギュィーンと筋肉が収縮する音と、風が舞い起こった。
 僕はそっと目を閉じると、やがてもたらされる安らぎに身を委ねようとした。





 パシ。



「あ」
「あ」


 白 刃 取 り。








 ……口もきいてくれなくなった。





 終