氏作。Part30スレより。




ぎゅわん、と、重金属の塊がわたしたちめがけて突っ込んでくる。
曇天模様の雲を切り裂き、はるか天上から。
そう、そうくるの。あなたもなかなかガンコですこと。
「はいっ、ラムザ、こうたーい♪」
ラムザのでっかい背中を盾にしてわたしは引っ込む。
「うわ!ちょっと!!いきなり何するんだッ!――――ッ!」
「ほいキャッチ、お見事」
「――――――――――ッ!!!!!」
真っ赤になったラムザがキャッチしたての剣を振り回す。
わたしたちはわたしたちで、ギャア危ないギャア危ないと大喜びで逃げ回った。
「わぁ!危ない!いまのはわたしたちのせいじゃないよ?」
「剣が空から降ってくるなんてな?」
「あれー、ちょっと見て見てムスタ。この剣どこかで見覚えあるんだけれど〜?」
「おーっ。なんだかこの柄の細工も
 オレのデザインの趣味と似てないか〜?」
 おまけにおーっと、これは噂に聞くところの
 攻防優るる名剣ディフェンダーではないですかリリベットさ〜ん」
「あら本当ねムスタディオく〜ん。こんなものそうそう転がってるものなのかしら〜?」
「オレ、偶然二本同時にあるとこ見たおぼえあるけどな〜」
思いっきり棒読みで漫才するわたしたちをラムザがまた睨みつけ、
それからようよう剣の柄に目をやる。


無骨で幅広な騎士の剣は女性の手にはあまりに無味乾燥だからと、
ふた振りのおなじ騎士剣を見つけたラムザのたのみで
器用なムスタディオが両方の柄に細工を施した。
ラムザは自分に一振り、残る一振りは最愛の女性に託した。
アグリアス・・・?」
ラムザの目の色が、変わる。ああもうホントに鈍いんだから。
「危ないからこれ預かってもいーい?」
腰からもう一振り、おなじ騎士剣を下げたラムザが無言でうなずいた。
「クウカンノ ヒズミヲ サイド カクニン シマシタ。
 ジョウクウニ ユーザー トウロクシャノ ハンノウ アリ」
労八、おりこう!
ぐるっとわたし達に背を向けたラムザは下っ腹に力をこめ、剣が飛んできた方向の空を見据える。
アグリアス!」
さて、お邪魔虫は消えますか。
労八のかついでいた荷物とディフェンダーはボコとココに見てもらおう。
中身?野営の道具以外は彼女の着替えだの化粧品だのばっかりだしね、まさに「誕生日祝いのオマケ」。
スタディオが小声で労働八号を呼び、こっそり物見の塔を降りる。
チコの手綱だけを解くの、手早くできるといいけど。
ボコとココと一緒にだれかさんがガッチリまとめちゃってるし。



「あれ、労八、なんかキナくさい!」
「やばい!どっか接続ミスったか?!」
物見の塔を降りきった直後、いきなり立ち止まった労八が、ドスンバスンと不吉な音をたてはじめた。
「うわ、うわ、どうしよう!」
「リリ、下がってろ!暴走するかもしれない!」
グルグルまわりだしたかと思いきや急停止した労八のなかから、ラムザの声が飛び出した。
アグリアス!愛している!還ってきてくれ!」
・・・・・・誰の趣味かしら、こんな録音?ムスタディオくーん?
え、違う。それじゃまさか労八?
「ユーザー トウロクシャ アルマサマノ ゴメイレイ デス」
ああ、なるほど。お嫁に行く前にやることやってたのね、さすが。あの鈍感兄貴にしてこの妹あり。
アグリアス!貴女に触れたいんだ!還ってきてくれ!」
「ちょっとこれ、止めないと!」
物見の塔のラムザの表情はここから見えないのがつくづく残念!
わたしは左手のミトンをはずして右手に重ねてはめ、
労八のふところに突っ込んだ。
アグリアス!だれよりも貴女を愛している!」
正面ボディの左下に、ななめ70度、この角度がポイントよ♪
「渦巻く怒りが熱くする!これが咆哮の臨界!波動撃! 」は、ちょっと拙いから、
「止まれぇ!」
ジャブを一発素手の左で放つ。避けた。
アグリアスアグリアス!貴女しかいないんだ!」
でも、このボディはムダのない動きで避けるには大きすぎるんだから。
アグリアス!愛している!貴女の笑顔をもう一度見たいんだ!」
「もういっちょ!」
アグリアス!愛している!還ってきてくれ!ガピ!」
はい、右の掌底一発、無事停止。
「それじゃムスタ、そっちはよろしくね」
「システム サイキドウチュウ ソノママシバラク オマチクダサイ」
「あのなーっ!古代の英知の結晶をいつもそう安物家電みたいに・・・」
「やすものかでんって何?」
「ゴーグに伝わる古代語だよ。はあーっ」
「だってわたし、これしか止める方法知らないし。
 算術でストップかけようにも労八にはできないでしょ?」
「あーっ、もういい、あっちも止めて来い!」
「はーい」



そうだッ!
どうせ聞こえてたんなら、また聞かせてやるさ!
アグリアスさん!
好きだァー!アグリアスさん! 愛しているんだ! アグリアスさん!
こんな僕を信じるって言ってくれる前から好きだったんだ!
好きなんてもんじゃない!アグリアスさんの事はもっと知りたいんだ!
アグリアスさんの事はみんな、ぜーんぶ知っておきたい!
アグリアスさんを抱き締めたいんだァ!拳術で鍛えた腕で潰しちゃうくらい抱き締めたーい!
外野のツッコミは僕の叫びでかき消してやる! アグリアスさんッ! 好きだ!
アグリアスさーーーんっ! 愛しているんだよ!
僕のこの心のうちの叫びをきいてくれー! アグリアスさーん!
おなじ戦場で剣を振るうようになってから、アグリアスさんを知ってから、僕は貴女の虜になってしまったんだ!
愛してるってこと! 好きだってこと! 僕のもとに還ってきて!
アグリアスさんが僕のところに還ってきてくれれば、僕はこんなに苦しまなくってすむんです!
優しい貴女なら、僕の心のうちを知ってくれて、僕に応えてくれるでしょう !
僕は貴女を僕のものにしたいんだ! その美しい心と美しいすべてを!
異端審問官が邪魔をしようとも奪ってみせる!
恋敵がいるなら、今すぐ出てこい! オヴェリア様でもルカヴィでも相手になってやる!
でもアグリアスさんが僕の愛に応えてくれればこの手をまた血に染めたりはしません!
僕はアグリアスさんを抱きしめるだけです! 貴女の心の奥底にまでキスをします!
力一杯のキスをどこにもここにもしてみせます!
キスだけじゃない! 心から貴女に尽くします! それが僕の喜びなんだから
喜びを分かち合えるのなら、もっとふかいキスを、どこまでも、どこまでも、させてもらいます!
アグリアスさん! 貴女が戦場に素っ裸で出ろというのなら、やってもみせる!
ガッツと拳術と貴女からの愛さえあれば、アルケオデーモンも素手でひとひねりです!!
アグリアスさーん!覚えていますかーっ!
貴女にチャームを仕掛けてきた身の程知らずのシーフ共は
全部僕がボコボコの血祭りに挙げたことーっ!
アグリアスさーんっ!それだけ貴女が好きなんです!
この場所で、ゴルゴラルダの処刑場で、
貴女が僕を信じるといってくれたこと!僕は一生忘れません!
貴女がつくってくれた美味しいお弁当を持って河原に行った日のことも!
僕にはじめてのキスを赦してくれた日のことも!!
僕にすべてを与えてくれた日のことも!!!
僕は死んでも絶対に忘れません!!!!



あーあー、歯止めが利かなくなっちゃってる。
えらいことになってきちゃったな〜。でも面白い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・毎度のことでなければね。
あああ、昔よりもさらに内容がしつこくなっている。
ちょっとこれまだ続くの?
そりゃ、叫んで呼びかけてみろって提案したのはこっちだけど。
気合を入れてパワーアップするからって、
毎度毎度この手のことを絶叫しては戦闘に臨んでたなんて、ねぇ。
せいぜい大声にびくつく程度のモンスター相手より対人戦での破壊力が抜群だったっけ。
あれはオルランドゥ伯やメリアドールの剛剣技よりある意味強力だった・・・。
彼女の頭から湯気が出てブレイブアップのおまけつき。
ラムザラムザ、ちょっといい?あのね、言葉遣いが昔に戻っちゃってるんだけど、
 いまは君のほうが年上になってるんだし、さっきの録音みたいな言い方のほうがいいかもね」
こっちに背を向けて絶叫しっぱなしだったのが一瞬ぴたっと静まる。
アグリアス!俺は貴女だけを愛している!」
そうそう、そのくらいシンプルなほうが、照れ屋のアグリアスにはいいと思うよ。


いまにも泣き出しそうな曇天が急速にほぐれてゆく。
ディフェンダーのやってきたあたりから光がさしてきた。
天上の清らかな光が数条、異界と人界をつなぐように。
その光に負けないくらいに輝く、小さな点が見える。
あの時身に着けていたクリスタルの武具が輝いているんだろうけれど、彼女そのものの輝きに思えた。
多分気絶したまんま。ディフェンダーには負けるけれど剣の主も相当な速度で落っこちてきている。
ああもう、こっちもこっちでホント、意地っ張りなんだから。
まあそんなの予想の範囲内だけどね。
誰よりも誇り高くて純粋で優しくてついでにマジメすぎて照れ屋で意地っ張りで、
たった四歳年上って理由だけで大好きな男性に甘えるのも遠慮がちで。
だからこそあなたはラムザにとって最高に可愛い女なんだって、どれだけ自覚してるかな。
ようやく労八から解放されたムスタディオがわたしの隣にいた。
「そら、行って来い!」
背中を勢い良く叩かれたラムザはわたしたちを振り返って頷き、二、三歩下がる。
助走をつけて思いっきり飛翔する。
さてそれじゃあお邪魔虫はようやっと退散できるわけだ。


「リリベット」
「なに?」
「あいつら周りがお節介やかないとまたあのまんまだろうから、とっとと式も用意しとこうか」
ミトンを取ってそのままだった左手薬指に、わたしの為に用意された冷たい物が触れた。
「ん。あのふたりの分は?」
「五年もまえにラムザがうちの親父に頼んでとっくに出来てるよ。
婚礼衣装の生地もラファがこっちに送る手配済ませてるし」
「そう、よかった」
「リリ、オレ、まだ機工師は名乗れないし、飛空挺の復活なんて夢のまた夢だけど」
「んッ」
ティンカーリップをつける度に思うんだけど、これって発色はキレイだけどちょっと落ちやすくない?
ラムザの顔については落とし忘れたの気付いてたよ。
はーい大正解。みんな面白がっていつもそのまま教えないで放置してました。首謀者ラッドね。
ラムザがあなたの身長を追い越してからは首筋についてたことも結構あったでしょ、
アグリアス


あの大爆発のあと、ムスタディオ・ブナンザ、わたし、リリベット、
それに少し前に名前を変えたばかりのアグリアス
ずいぶん時間をかけてから戻ってきた。
わたしたちを待っていてくれた人たちにもさんざん心配をかけてしまった。
だけどそれはわたしたち三人にとっては多分、まばたき一つ分の時間も経過していなかった。
スタディオは、きっちり一年分の記憶と歴史がなかった。
身に着けていたものは武器を含めてぜんぶあの日のままだった。
まさに、あの爆発の直後に工房の仮眠ベッドに姿を現したことになる。
そしてわたしが戻ってきたのがその二年後ちょっと過ぎ。
やっぱりあのときのままで。
おかしな話だけれど、
三つ下の死んだ弟と同い年だったはずの、ラムザと同い年になってしまった。
わたしより二つ年下だったはずのムスタディオもわたしやラムザと同い年。
ついこの前、最後に戻ってきたアグリアスもまさにあのときのまま、
つまりは、四つ年上だったはずのラムザより一つ年下ということに。
彼女の生まれ月がまためぐってきて彼女も29歳になったんだけど、それはあくまで書類上のこと。
ゴーグ市民として晴れて入籍しましたルグリア夫妻は、
だんな様のほうが約一歳年長の仲睦まじい新婚さんでして。
ルグリアの奥様は恋人時代よりほんの少しだけ
だんな様に甘えるのに遠慮を感じなくなったとか。
ねえ、人間がルカヴィになるよりはずっと素敵な話だと思わない?