氏作。Part19スレより。



 神妙な面持ちで焚き火を囲む5人の男女。近くのテントのひとつからは、げほげほと誰かが咳きこんでいる。
「まさかラッドが風邪をひくだけで、あんなに苦戦するとは思いませんでした」
 そう言ったラムザの顔には無数の引っかき傷ができている。
 彼だけではない。そこにいた5人全員がそれぞれにぼろぼろだった。
「考えてみりゃ、魔法はラッドにまかせっきりだったもんな」
 ムスタディオが、銃をいじりながら呟いた。ふう、と溜息をついてから今度はアグリアスが口を開く。
「ラヴィアン、お前も魔法は使えなかったか?」
「いえ、ラッドほどじゃないです〜」
アリシアは?」
「すみません、私は全く覚えておりません」
「なんだ、全然駄目だな」
「何よぉ、そう言うムスタディオだって、銃ばかりいじってて他のことなんか全然興味ないじゃなーい」
 ついもらしたムスタディオの一言に、ラヴィアンが頬を膨らませて反論する。
「そ、そんなこと言ったらアグリアスだって剣以外使おうとしてねえじゃねーか!」
「ぐ…!」
 アグリアスの眉間に皺がよる。どうやら痛いところをつかれたようだ。アリシアとラヴィアンが、この直後
落ちるであろうアグリアスの八つ当たりの怒りの雷を想像して顔色を蒼くする。場に流れる重い空気。
「と、とにかく!」
 気まずくなったムードに慌ててラムザがすっくと立ち上がる。
「ここは僕らでなんとかしないと!」
「そうですね。戦闘においては役割分担も大事ですが、誰かが欠けたときにフォローも出来ないようでは…」
 アリシアが頷きながら言葉を繋いだ。
「じゃあ、明日はそれぞれ自分の苦手な分野を克服するってのはどうだ?」
 ムスタディオの言葉に全員が賛成する。


 ただ一人、テントの中で彼らの話を聞いていたラッドだけが、ぼんやりとした意識の中で一抹の不安を
抱いていた。ほんとに大丈夫かなあ、と呟きながら。


    * * *




 そして翌日。ラッドの不安は命中していた。


「ラヴィアン! アリシア! むやみに突っ込むな!!」
 アグリアスが叫ぶが、二人に声は届いていない。そして遠くから聞こえる彼女たちの悲鳴。
普段から前線に出て戦っている二人だけに、つい前に出てしまう癖がでてしまっていたのだ。
「くっ…剣がないだけで、こんなに動きづらくなるとは!」
 アグリアスが前日の夜のことを忌々しく思いながら、魔法を唱え始める。
「ええい、邪魔だッ! サンダラ!」
 雷光が迸り、ゴブリンを黒焦げにするアグリアス。いつもなら聖剣技であっさりと片付けるところが、
黒魔法はそうはいかない。魔法には詠唱時間がかかるためだ。そう、今のアグリアスは黒魔道士だった。
 そうこうしているうちにアリシアがどこかへ行ってしまった。ラヴィアンがかろうじて戦っているが、
彼女もまた魔道士の姿である。長くはもつまい…アグリアスが急ぎ彼女のもとへ駆けつける。
「きゃああっ!」
 そしてラヴィアンがモンスターに吹き飛ばされた…と同時に、アグリアスのサンダラが炸裂する。
黒焦げにしたイカのような化け物は、そのまま滝の中に沈んでいった。
「ラヴィアン!?」
 吹き飛ばされたラヴィアンが、アグリアスの声のほうに顔を向ける。見ると彼女の双眸からは、
激痛のせいなのか、ぼろぼろと大粒のこぼれていた。
「ラヴィアン! しっかりしろ! ラヴィアン!!」
「う…うう…」
 アグリアスがラヴィアンを抱きよせると、彼女の身体が小刻みに震えているのがわかる。
普段明るく振舞う彼女からは想像できないほど弱弱しいその姿に、さすがのアグリアスもかける言葉が
見つからず、思わず目を伏せた。その瞬間、




「うえ゛え゛え゛ぇ゛ぇぇ゛ぇぇえ゛え゛え゛んん゛!」


 腹のそこから力一杯響き渡る大音量のラヴィアンの泣き声が、アグリアスの鼓膜を爆撃した。
「いぃぃぃぃったぁぁぁぁいぃぃぃぃよぉぉぉぉぉぉおおお!!」
 すぐそばの滝のようにどうどうと涙を流しながら、おもちゃを買ってもらえない子供のように泣き喚く。
一方のアグリアスは、あの絶叫を耳元で聞いてしまい、傍らで耳を押さえて倒れてぴくぴくと小さく
痙攣している。無理もない。
「…ら、ラヴィ、アン?」
「ひっく、えぐ、へぐ…ずずずっ」
 2分ほどしてようやく起き上がるアグリアスの目はぐるぐると渦を巻いている。一方のラヴィアンも、
やっと泣き止んで落ち着きを取り戻したような。とにかく、まだ敵は残っているであろう、油断は出来ない。
「ラヴィアン? け、怪我は、大丈夫、なんだな? まだ戦えるな?」
 が、それを聞いたラヴィアンの動きがぴたりと止まる。
「…まだ…たたかうの?」
 怯えの眼差しが涙で潤む。…やばい。あれは泣き出す寸前の子供の表情だ。
「え、ちょっ、待っ…!」
「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!」
 さっきよりも一回り大きい音量でラヴィアンのガン泣きが始まった。
 びりびりと周囲に衝撃が走る。アグリアスも慌てて耳を塞いでうずくまるが、まるで地震でも起きたかのように
大地が震えている。そして、彼女は気がついた。
 ドドドドドドドドド…
 ありえない振動に振り向いたアグリアスが見たもの。それは、迫り来る涙の大津波と、真っ青な龍。
 そう、ラヴィアンは召喚士。そして彼女が呼んだのは大海の主…リヴァイアサン


 ドッパァァァン!


「うわぁああぁああああぶあがぼべーーー!?」
 あわれアグリアスはタイダルウェイブに飲み込まれ、
「うあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛ん゛!!」
 全てを押し流したあとに残ったのは、ラヴィアンの泣き声だけだった。






 ドボーーン…!


「…ぷはっ!?」
 大津波に飲み込まれたアグリアスが水面から顔をだす。どうやら、崖の上から滝壷の中に落ちたようだ。
「こ、ここは…」
「隊長、ご無事でしたか」
 聞き覚えのある声。見ると、そこにはアリシアがいた。いつものように冷静なアリシアに、アグリアス
安心する。
「大声が聞こえたのですが…一体何があったんです?」
「わからん…一体何が何やら…」
 まだ耳鳴りの残るアグリアスが、泳いでアリシアのもとへ向かう。泳ぎながらアグリアスは考える。


──何故ラヴィアンがあんなことに?


 確かにラヴィアンは感情がストレートではある、が、あそこまで子供ではない。素養はあるにせよ、突然
あんなふうになるのもおかしな話である。何かきっかけはあるはずだ。
 とはいえ、今そんなことを考えたところで答えは出ない。そしてその答えを出す前に、既に異変は起きていた。
「隊長」
 いつの間にか近づいていたアリシアが、浅瀬に泳ぎ着いたアグリアスの腕をぐいと引く。
「ッ…!?」
 不意をつかれてよろめいたアグリアスアリシアが抱きとめると、彼女がくすくすと笑い始めたのだ。
「な、何が可笑しい!」
「…いいえ?」
 くすくす笑うアリシアの腕はアグリアスの身体を掴んで放さない。もどかしくなったアグリアスが腕を
振り解こうともがいてみせるが、一向に解いてくれる気配は無い。
アリシア、何をしている。早く放してくれ」
「…いいえ」
 背筋が凍るような低い声。そしてアリシアはなおもくすくすと笑い続けている。
「放しません。誰が放すもんですか」
「…アリ…シア?」



「ご安心ください、ここには誰もいません。私たちだけです」
アリシア? 何の冗談だ…?」
「冗談? 私は本気です」
 おかしい。いつも真面目なアリシアもまた、様子が変だ。
「どうしたんだアリシア! 目を覚ませ!」
「ええ、目がさめましたアグリアス様…」
 呼び方が変わった。瞬間、アグリアスの背筋を嫌な寒気が突っ走る。
「今まで数多の男に出会ってはきたけれど、どいつもこいつも敵ではなかった。そう、アグリアス様の前では」
 うっとりした顔つきのアリシアに、血の気が引いていく。
「お慕いしておりますアグリアス様…愛してますわ」



  ご──────ん。



 アグリアス、石化。


 えー業務連絡業務連絡、アグリアスオークス様、戻ってきてください。話が進みません。


「…はっ!?」
 たっぷり180秒かけてようやく意識を取り戻すアグリアス。体勢はそのまま、しかし頭が働かない。



「えーっと、ア、アリシア?」
「…はい?」
 アリシアの瞳がらんらんと輝いている。これがいわゆる恋する乙女の眼差しというやつか。
「わ、私はそういう趣味はないんだが…」
「問題ありません、大切なのは過去ではなく、これからですから」
「いや、そうじゃなくてだな…」
「そもそもアグリアス様が男性を異性として興味を持ったこと、今までございました?」
「う…っ!」
「ずっと剣一筋でいらっしゃったのは、私も存じておりますのよ?」
「うぐぐ…」
 さすがは長年一緒に過ごしてきた部下である、上司の性格と行動を理解した上で言い訳の溝を埋めていく。
逆に追い詰められ混乱した頭で必死に考えて、アグリアスはついに一つの結論を導き出した。


──逃げよう。


 力技である。
 が、悠長に事を構えている場合ではない。危機はすぐそばに居るのだ。アグリアスが覚悟を決める。



「きゃ!?」
 アリシアを思いっきり突き飛ばし、アグリアスは力の限り走り出す! 敵に背を向けるのは本位ではないが、
アリシアは部下であって敵じゃないからOK!! 三十六計逃げるにしかず! いろいろ自分に言いくるめて、
アグリアスが必死に駆け抜ける!
「許せアリシア、私は…私は剣に生きると決めたのだ…!」
「そんなことを言って逃げるだなんて…」
「な…!」
 突き飛ばしたはずのアリシアが、突然アグリアスの前に立ち塞がる。
「酷いとおもいませんか? アグリアス様…!」
 アリシアの影が足元に沈んだかと思うと、一瞬身体が浮き上がり…


 ずばっ!!


 身に纏っていた黒のローブを、いとも簡単に引き剥がしてしまっていた。
「…き、きゃああああああ!?」
「初めて見ました…存外に、女らしい悲鳴もあげられるのですね…?」
 その場に座り込んだアグリアスを見て、アリシアがうっとりとした顔で、にぃ、と微笑む。
 『盗む』能力を身に付けた、『忍者』アリシア。絶対的な素早さと攻撃力の差の前に、今のアグリアス
彼女から逃れる術などもはや残ってはいまい。
「さ、観念なさってくださいまし、アグリアス様…」
「待っ、待ってくれアリシ…」
 そう言ってアグリアスに覆い被さるアリシアに…
「あ〜〜〜〜〜〜っ!」
 素っ頓狂な悲鳴をあげたのは、アグリアスでもアリシアでもなかった。
「あっぐりあっすさぁ〜〜〜〜ん!」
 目をぱちくりさせる二人。声のする方を見てみると、見知らぬ話術士らしき女性が、ぶんぶんと手を振っている。
「こんなところにいたんですね〜〜〜〜!」
 聞き覚えのある声。でも話術士に知り合いは居ないはず…思慮を張り巡らしていると、アリシア
ある答えを口にした。



「もしかして…ラムザ隊長?」


 ぴきっ。


 アグリアス、本日二度目の石化。
 にこにこしながら駆け寄ってくる話術士、見れば見るほどラムザ・ベオルブその人である。もとが優男だけに
化粧をすれば美人に見えるだろうとラヴィアンが馬鹿なことを言っていたが、いざ立ち会ってみれば、なるほど
これは良く似合う。馬子にも衣装とはよく言ったものだ。
「…ちっがーーーう!」
 確かに。
 開口一番、硬直から解けたアグリアスが叫ぶ。
「ララララムザ! お前は一体なんて恰好をしているんだ! 似合いすぎだ! 脱げ! 今すぐ脱げ!」
 混乱のあまり自分でも何を言っているのか解らないアグリアス
「あの…脱がしたら余計にまずいことになると思うのですが」
「何故だ!」
 って、訊かなきゃ解らないんですかアグリアスさん。当然そっちの意味も含んではいるのだが、
しかしそれよりアリシアが表情を険しくする。
「敵です」
 同時に滝の中から、ざばあ、とイカの化け物が現れた。
「んな…っ!?」
 崖の上でも同じモンスターを相手取ったが、今度のやつはひとまわりもふたまわりも巨大なやつだ。
おそらくはこの滝の主、といったところか。
「驚きましたね」
 アリシアが言うが、全然そうは見えない。
「仕方ない、まずは奴に専念しましょう」
「よ、よし! ラムザ! 私たちも続くぞ!」



 しかし。
「…ラムザ?」
「…あぁ…っ」


 ぽてり。


「は?」
 ラムザは深窓の令嬢よろしく気を失って倒れこむ。
「何故ぇぇぇぇええええ!?」
 アグリアスが取り乱す。ちょっぴり涙も出てしまった。
 しかも次の瞬間、化け物が振り下ろした鞭のような腕が、ばちーーんとラムザに直撃する。あんまりだ。
「うっ、くっ…」
 それでも今の一撃で目がさめたのか、ラムザがよろよろと立ち上がる。
ラムザ! 下がっていろ! 無理はする…」
「…こ、の、ふざけンな…ッ!」
「な…?」
 怒号とともにラムザが顔をあげ、
「痛えじゃねえか、このクソガキがッ! 俺とやるンならどうなるか、解ってるンだろうなッ!!」
 下品にモンスターをおどしてけなして罵りながら、ブチキレたかのように銃を乱射する。
アグリアス隊長、敵が怯えています! 今のうちに魔法を!」
 豹変した話術士ラムザに怯えているのはアグリアスも同じだったが、この隙を見逃すようなへまは出来ない。
こうしている間にも、アリシアラムザはモンスターの攻撃に晒されているのだ。
「…わ、わかった! 援護を頼…!?」
 しかしそれより先にモンスターが両手を振り上げる。ゆらりゆらりと不可解な軌道を描く触手が、
アグリアスの視界を不愉快な虹となって遮り始めた。



「な、なんだこれは…!?」
 ぐるり、ぐるりと触手が円を描くたび、渦を巻く虹が目の中ではじけ飛ぶ。この嘔吐感を伴う気持ちよさ、
過去の記憶をずるずると無理矢理引きずり出されているような、頭の中を直接いじられるような感覚。
 そう、モンスターの正体はマインドフレイア、そしてこれは奴の得意技、マインドブラストだ。
「ぐ…こ、こんなもので…ぇ」
 自分の中の騎士としての理性を食い破る音が聞こえる。怠惰と諦めの誘惑を促す、甘い囁きが。
 アグリアスは今ようやく理解した。皆の様子がおかしいのは、これのせいだと。傍らでは同じようにラムザ
苦しんでいる。ここで負けるわけにはいかない! 意を決したアグリアスが魔法を唱える。そして…
「うああっ! あ、アルマ! アルマーー! アルマアルマッアァァルマァァーーー!!」
 ばちーーーん!
 妹の名を連呼するラムザにマインドフレイアの触手が炸裂する。ぶっとぶ馬鹿兄貴。
 なんというか、ほんのちょっとだけでも、よくやった! と思ってしまった自分が恥ずかしいやら
情けないやら…ちょっと頭が痛い。
「だが、その憂いもこれまでだ…下がれアリシアッ! ケリをつけるッ!」
 アグリアスが両手を掲げると、空に暗雲が立ち込める。
「天と地の精霊達の、怒りの全てを今そこに刻め!」
 それはまさしく、無双の稲妻。
「サンダジャ!」


 ズドォォォォォォォンンンンン……!!


 轟音が鳴り響く。魔物の断末魔すら聞こえない。
 天地を切り裂いた強烈な閃光は、巨大なマインドフレイアを真っ黒に焦がしていた。



「ふ、ううう…」
 大仕事を終えた黒魔道士が、ぺたりとその場に座り込む。おそらく魔力を使い果たしてしまった
アグリアスに、こちらもあちこちぼろぼろで満身創痍のアリシアがにっこりと微笑んだ。
「やりましたね隊長」
「あ、ああ…」
「やっと邪魔者がいなくなった…」
 絶句。
 さすがのアグリアスも返す言葉すら思い付かない。精神的疲労のあまり、いつの間にか上に被さって
きたアリシアにも抵抗を忘れてしまったアグリアスの視界に、召喚士が現れた。
「…ひっく」
 その召喚士が、崖の上からこちらを睨んでいる。
「なんで隊長とアリシアが一緒にいるんですか…?」
 彼女がなんと言っているのか、彼女の呟きは聞こえないが、顔に何が言いたいかは書いてある。
アグリアス様? どうしたんです?」
 危険を察知し耳を押さえてうずくまるアグリアスに、アリシアが怪訝そうな顔をする。
「…ぐすっ…あたしだけのけ者にして…」
 アリシアが振り返る。
「ずぅぅぅるぅぅぅいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」


 ズドパシャ────────!


「ひぃぃぃぃ!」
「え、ええ…うわぷ………っ!?」



 崖の上ではラヴィアンがうずくまって泣いている。
 崖の下ではアリシアが気を失って倒れ、ラムザは砂に埋もれている。
 唯一無事だったアグリアスが、一言だけ、「最悪だ」と呟いた。
 何故って? それはリヴァイアサンの水の力によって、マインドフレイアが復活していたから。
ただいまアグリアスにマインドブラストを実行中。それはそれは嬉しそーに、腕をくりくり回しながら
まるで踊っているかのよう。
「私の力は、こんなものなのか…? いや、神よ、それ以前にこの仕打ちは…」
 普段は神仏の類より己の剣を信じているアグリアスも、このときばかりは運命の神様を
呪いたくなったようである。
「…否! 諦めるわけには行かん! 最後まで、私は戦う…アグリアスオークス! 参るッ!」
 そう。黒魔道士アグリアスの本質は騎士だ。
 アグリアスはサンダーロッドを手に握りしめ、マインドフレイアに突っ込む…!
「「ううおおおおおおお!」」
 気迫のこもったかけ声が重なる。


 重なる…?
「…誰!?」
 それは上から聞こえてきて、ドズンッという音とともに化け物の上に落ちてきた。
「…っふううううう!」
 鎧に身を包んだ金髪の騎士が、血塗れの槍を引き抜いて荒く息を吐く。
「お前は…ムスタディオ!?」



「うぅぅるああああ!!」
 返事をする代わりに、叫びながらとどめと言わんばかりにマインドフレイアを突きまくるムスタディオ。
どうやら彼もご多分に漏れずマインドブラストを程よく貰っちゃっているようである。
「がるるるる…」
 彼の場合はなんだかやけに獣っぽい。いくら竜騎士だからって、性格までドラゴンみたく獰猛にならなくとも…。
「お、おい! ムスタディオ!?」
「…!?」
 呼ばれたムスタディオが、くりっ、とアグリアスの方を振り向いて、じっと彼女を見ている。なんだか鼻息が荒い。
「ふーっ、ふーーーっ」
 それもそのはず。だってアグリアス上着は、アリシアが盗んでそのままだったんですから。
「な、なんだムスタディオ? お、お前までおかしくなったの…か?」
 じりじりと後ずさるアグリアスに、じりじりと近づくムスタディオ。健全な男子の理性が吹き飛んでいる
状態で、待てと言う方がどだい無理。
「待て……待って…お願い……!」
 飛びかかってきたムスタディオに、思わず右手が反応する。
 仲間達の暴走に、アグリアスの中でなにかが壊れた。
「もう、いやあああーーーーーーーっっっ!!!」


    * * *




「あー、なんか酷い目にあった気がする…」
「そうですか? 私はいい夢をみたような…でも戦闘中だったし…うーん」
「なあラムザ、なんでお前あんな服着てたんだ?」
「わ、わかんないよ! ムスタディオこそ、その頬の手形…」
「触んなよ! まだ痛えんだから!!」
「ねえねえ、そんなことよりなんであたしあんなとこで寝てたの?」
「それはこっちが聞きたいわ…そもそもそんなに目元腫らして、どうしたのよ」
「みんな、全然何も覚えてないの? …僕もだけど…」
 皆が皆釈然としない顔つきで、ラムザたち4人がキャンプ地へ戻ってきた。
「それにしても、隊長はどこ行っちゃったんでしょーねー?」
 気がつけばラヴィアン以外は全員気絶しており、全員にレイズやケアルをかけて
やっと戻ってきたわけだが、アグリアスだけが見つからない。やむを得ずキャンプへもどり、改めて
アグリアス捜索を行おうとしていたときのことだった。
「あ、アグリアスさん…?」
 そのアグリアスは、ラッドのいるテントの中にいた。
「ひっく、ぐすん、ぐすん」
 しかも泣きべそをかいている。ラッドに抱きつきながら。
「…ねえラムザ、いったい何があったの? …なんとなくわかる気もするけど」
 眉をひそめるラッドが、よしよしとアグリアスの頭をなでながらラムザを見る。まさかここで、自分にも
何があったかわからない、なんて言うこともできないだろう。おまけにまだ女話術士の服を着替えていない。
何を弁明しても藪蛇になりそうな雰囲気だ。
「いや、あの…」
「ラッドー、具合は…って、隊長!?」
「ひっ!?」


 そこへラヴィアンがラッドの様子を見にテントの中に入ってきた。びくりと身を震わせるアグリアスに、
ラヴィアンは驚いて身を乗り出す。
「な、なんで隊長がここに!?」
「なんだなんだ、アグリアスはこっちにいたのか?」
アグリアス隊長ってばいったいどうしたんです? 何かあったんですか!?」
「た、隊長? …あの、その、もしかして…この黒のローブって…」
「なあ! いったいあそこで何があったんだ!?」
 騒ぎを聞きつけ集まった3人の怒濤の質問攻めに、恐怖のあまりアグリアスの腕に力がこもる。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよみんな!」
「い、いや、こ、来ないで…来ないで…ッ!」
 ごきべきばき。
「うげ…」
「「「「「え?」」」」」
 アグリアスの力の限り抱きつかれたラッドが、ぐったりしている。
「い、いやーーー!? ラッド、ラッドー!?」
アグリアスさん、落ち着いて!? 元に戻ってくださーーい!」
「いやあーーーーーーーーーーーーー!!!!??」


──やっぱり、慣れないことはするもんじゃないなあ…。
 ラッドはそう思いながら、気を失うことにした。



 ちなみに翌日、アグリアスの「臆病」は寝たら直ったらしい。が、ほんの少しだけ、
みんなを見る目が変わったような、気がするかも…?