氏作。Part31スレより。
放棄された要塞は、表立つ進軍のできない旅団が、嵐を凌ぐのには適していた。
自分以外は誰もいない、明かりの消えた会議室で、アグリアスは、腕を組み、壁に凭れていた。
既に失われた責を務める、古びた要塞を、強い風雨が叩いている。
嵐の中を無理矢理に進んで戦力を消耗すべきではないという案に、反対はできなかった。
だが、焦燥を抑えることに未だに慣れないアグリアスは、独り、闇に包まれていた。
(そろそろ、眠らなくてはな)
アグリアスが警邏をする順番がくるまでに、休んでおかなければならない。
小さく嘆息して壁から離れる。アグリアスは、歩調を速めることで、焦燥を振り切ろうとした。
いくらか勢いをつけて扉を開けた瞬間、すぐ足元に蹲っている人影が見え、アグリアスは転びかけた。
「なっ!?」
驚きの声をあげるアグリアスに、蹲っていた人影――ラムザ――は、自分が原因であるにも拘らず、首を傾げる。
「どうしたんですか、アグリアスさん?」
「それは、わたしの台詞だ!」
語気を荒らげ、屈み、ラムザと視線を合わせる。
ラムザは、微笑んで言ってくる。
「ぼくは、もしも、アグリアスさんが無茶な行動をしようとしたら、止めるつもりだったんですが」
「その配慮は結構だが、おまえに、わたしが止められるのか?」
立ち上がってラムザに片手を差し出し、訊く。
「ぼくがアグリアスさんを止められないんなら、いっそ、ぼくもアグリアスさんと一緒に行動します」
両手で、アグリアスの差し出した片手を取り、ラムザが答えてきた。
アグリアスは、掴まれた手を引いてラムザが立ち上がるのを助けた。
ラムザは、立ち上がると、アグリアスの手をそっと放し、続けてくる。
「有体に言ってしまえば、ぼくは、アグリアスさんの為に、自分にできることをしたいんです」
「おまえには、他に、すべきことがある」
諭す声音が、僅かに震えてしまい、アグリアスは戸惑った。
(ラムザを、わたしなどに構わせてはならないのに……)
思わず目を伏せるが、ラムザは、互いの息が感じられるほど近づいてきた。
「アグリアスさんは、ぼくが戦う理由のひとつです。ぼくの全てを懸けても、惜しくはありません」
真摯に告げられ、沸きあがる喜びに顔が綻びてしまうのを誤魔化そうと、数秒の間、口元を片手で覆った。
「わたしだけが、戦う理由ではないのだな」
腰に両手を当てて嘆息し、態とらしい失望を表すと、ラムザが苦笑する。
「意地悪ですね」
「わたしだって、偶には、意地悪になるさ」
アグリアスは、ラムザを見つめて頬を染め、訥々と言う。
「おまえは……いつも……破廉恥な真似をして……わたしを困らせる……」
「アグリアスさんの、心と体を求めてはいけませんか?」
問われて、アグリアスは、ゆっくりと首を横に振って答える。
「……いけなくはないが……」
「ぼくは、いつも、アグリアスさんを想って自分を慰めているんです……」
ラムザは、とびきり嬉しそうな顔で囁いてきた。
「なっ!? こら!」
聞き咎めるが、ラムザは続けてくる。
「ぼくとアグリアスさんが裸で抱きあい、口づけを交わし――」
「ああぁぁぁぁっ!」
アグリアスは叫びながらラムザの両方の肩を掴み、激しく揺さぶった。
「えいっ!」
「きゃあっ!?」
不意に、ラムザに抱かれ、アグリアスは、自分にはありえないと思っていた悲鳴をあげてしまう。
「アグリアスさんの部屋まで送ります」
「……好きにするがいい……」
ラムザの胸に頭を当て、アグリアスは呟いた。