氏作。Part31スレより。




 暗い部屋は、外の喧騒から隔絶され、闇の優しさを与えてくれていた。
 寝台の感触は心地の好いものであったが、澱む思惟が、呼吸音と耳鳴りさえ苛立ちに換え、眠ることを妨げた。
 仲間たちは、それぞれ、思うままの休日を過ごしているのだろう。
 だが、アグリアスは、ここ数日の自身の体調を考慮し、なにもせずにいようと決めた。
戦闘に差し障りが生じるほどではなかったが、そうなる前に、回復させておきたかった。
(わたしは遊びなど知らないしな……)
 戦いの力を修練するか、仲間の誰かが起こすくだらない騒ぎを適当にあしらうか、
どちらにせよ、休日を自ら楽しむことはなかった。
(つまらない女だ)
 自嘲の吐息を吐いた時、部屋の扉が叩かれた。
 扉を叩く律動は、ラムザのものだった。
 寝台から上半身を起こし、答える。
「入っていい」
 錠が解かれ、扉が開けられる。部屋の鍵は、ラムザに預けてあった。
 「あ……ごめんなさい……」
「いや。眠れなかったのだ。気にするな」
 謝るラムザに、アグリアスは首を横に振った。


 ラムザが部屋に入り、扉が閉まる。アグリアスは、寝台の近くにある机に置かれた、ランプを点した。
「これ、飲んでもらおうと思って……」
 照れくさそうに言いながら、ラムザは大切に持っていた瓶を、アグリアスに示してきた。
ポーションのようだったが、流通しているものとは違っていた。
「それは?」
 問うと、ラムザは誇らしげに説明を始めてきた。
「ぼくの調合した、特別なポーションです。砂糖とか蜂蜜とか、色々と混ぜたので、おいしいんです」
「おいしいのか?」
「はい! ポーションが飲めなかった、小さい頃のぼくが、勉強して作ったものなんですから!」
 アグリアスは嘆息すると、呆れた口調で訊いていく。
「わたしは子供か?」
「い、いいえ」
「そのポーションは、わたしの状態に効くのか?」
「……効くんじゃないかな……って……」
 意気を挫かれ、ラムザがうなだれた。アグリアスは視線を虚空に移すと、いくぶん和らかく続ける。
「気持ちはとても嬉しい。後で飲ませてもらおう」
 それを聞いてラムザが瞳を輝かせる。


「さ、さあ、飲んでください! ぐいっと!」
「後で、と言ったろうに!」
 アグリアスは、瓶を差し出すラムザを、語気を強めて遮り、掛布を被って寝台に寝る。
「わたしは眠る!」
「さっき、眠れなかった、って――」
「すー、すー!」
 態とらしく寝息をたてるアグリアスだったが、ラムザは聞えよがしに言ってくる。
アグリアスさーん、眠ってしまいましたかー?」
「すー、すー」
「眠ってしまっているのなら、ぼくがこれからすることをやめさせられませんよね?」
「すー?」
 小気味良い音と液体の揺れる音がした。数秒、考え、ラムザポーションを口に含んだのだと気づく。
 次いで、掛布が捲られ、アグリアスの口元が露になる。
(な……!)
 驚愕するが、眠ったふりをしてしまった為、ラムザの言った通り、今更、やめさせることができない。
 アグリアスの顔に、ラムザの顔が近づき、一瞬の間の後、唇を重ねてきた。
「んうっ……!」
 口移しで流し込まれたポーションは、確かに、甘く、美味だった。


「ぷはっ……」
 口に含んだポーションがなくなると、ラムザが唇を離した。
優しくアグリアスの髪を梳き、囁いてくる。
「おやすみなさい。アグリアスさん」
「すー……!」
 アグリアスは抗議の息を吐くが、動悸とは裏腹に安らぎを感じている自分に、妖しい感情を抱いていた。