氏作。Part32スレより。




 右手に持っていたオークスタッフを、右手首を返した勢いで、縦に回転させながら、呪文を唱える。
「聖石キャンサーの力を、マジカル・ホーリー・ナイトの意志に依って行使する! 光よ、貫け! 蟹・ホーリー!」
 回転させていたオークスタッフを右手に持ち直し、卓の上に置かれている、果汁飲料の空き瓶を示す。
 オークスタッフの先端から放たれた、白銀の光線が、空き瓶にぶつかり、鋭い音を立て、互いに消滅する。
 消滅した空き瓶以外の、卓の上に置かれている物は、無傷である。
「ふうん」
「まあ!」
 気のない拍手をしてくるラヴィアンと感じ入った声をあげるアリシアに、アグリアスは、左手を軽く振って応えた。
 アリシアが両手で持っているキャンサーに、アグリアスは告げる。
「発動した魔力を、極めて精緻に制御できるのは、流石は聖石だな」
《ふふん。まあ、呪文が不完全であるが》
「なに?」
《蟹・ホーリーの呪文は『マジカル☆アグアグ☆蟹☆ホーリー☆アグアグーン』が正しい》
「断じて拒否する」
 キャンサーの教えを、アグリアスは、即座に否定した。
《なぜだ!?》
 愕然として訊いてくるキャンサーに、アグリアスは、嘆息し、声に刺を込めて答える。
「わたしの羞恥心が、妖しい呪文を唱えることを許さん」
「マジカル・ホーリー・ナイトの姿で拒否されても、説得力がありませんが」
「変身する為の呪文を唱えたのですからね」
「そもそも、わたしがマジカル・ホーリー・ナイトに変身することがおかしいのではないか?」
 アグリアスが口にした疑問を、アリシアが、強い口調と大きな手振りで否定してくる。
「いいえ! アグリアスさまが変身しなくてはならないのです!」
「変身することで、わたしの願いが叶うとは、とても思えない」
《躊躇うな! きみは、もう、マジカル・ホーリー・ナイトだ!》
 アリシアの右手に握られたままである為、激しく振られながら、キャンサーが叫んできた。
「おお」
 ラヴィアンの適当な相槌を受け、キャンサーが続けてくる。
《第一話から第十三話まで、きみは一人で戦う! 第十三話で現れる、キャンサー・ルガヴィ・四天王!
第十四話でマジカル・ナイト・ラヴィアンが、第二十話でマジカル・ナイト・アリシアが、きみの仲間となる!》


「って、ちょっと、蟹、あたしはやあよ!」
「わたしがマジカル・ナイト……!」
《第二十七話から第三十九話までの戦いで、キャンサー・ルガヴィ・四天王を倒す!
だが、光速の異名を持ち、重力を自在に操る、高貴なるキャンサー・ルガヴィ・見習い戦士の正体は、ラムザだった!
敵同士となった、アグリアスラムザ! なぜ、二人が戦わなければならないのか!?
軈て、二人は気づく! これは、愛の試練だと! 第五十二話で、相討ちとなる二人だったが、聖石が奇跡を起こす!
本当に、ありがとうございました!》
 アグリアスは黙ってアリシアからキャンサーを取りあげると、床に叩きつけた。
《ぐおっ!?》
 床の上で転がるキャンサーを、ラヴィアンが右足で押さえて止め、踏み躙った。
《ぐおおおおっ!? な、なにをするだああぁぁぁぁ!?》
 凄絶な声音で訊いてくるキャンサーに、アグリアスは、冷たく答える。
「わたしの願いは、そんなものではない」
《し、終曲では、きみとラムザの娘が産まれる! そして、きみの姓を冠した、伝説の杖、オークスタッフが――》
「わたしの持っている、これは、市販の杖だろうがぁぁぁぁ!」
アグリアスさーん」


 アグリアスが叫ぶのと同時に、部屋の扉が開かれた。
 聞こえてきたのは、ラムザの声だった。
 振り返ると、ラムザ、ラファ、メリアドールがいた。
アグリアスさん、その姿は……!?」
「うああああああああ……」
 遠くへ旅立つ友人を見送るかのようなラファの表情と未知の魔物を発見したかのようなメリアドールの表情、
そして、なぜか、嬉しそうなラムザの表情に、アグリアスは呻いた。