氏作。Part30スレより。




自身の胸を寝床とするアグリアスが小さな寝返りを打った事で、ラムザは目を覚ました。
土で汚れた髪の下、白い肌が見えた。
「朝まで……眠ってしまっていたのか?」
ラムザが上半身を起こすと、アグリアスも目を覚まし同じように半身を起こした。
「あ……お、おはようございます」
「…………おはよう……」
薄明かりの中、自分が抱いたアグリアスの裸身が、手で唇で触れた感触そのままの形で瞳に映り込んだ。
ラムザの視線を感じたアグリアスは、カッと頬を染めると、
二人を包んでいた毛布を剥ぎ取って、一人その場に丸まった。


   聖夜―HOLY NIGHT―
   後編 クリスマスに暁浴びて


雨はいつしか上がっており、東の空が白んできている。
物干し竿代わりの剣にかけてあった服も多少湿気を感じるものの、着れる程度には乾いていた。
先んじて黒装束を身に着けたラムザは、呪縛刀をたずさえて洞穴の外に出た。
「少し周り見て来ますから、その間に服を着ておいてください」
「あ、ああ……」
ラムザがその場からいなくなってからもしばらく、アグリアスは毛布に包まったまま悶えていた。
(まだ……ラムザのが、ん……感覚が残ってる……。少し、痛いな……)
破瓜の痛みが羞恥に変わり、アグリアスは足首にかかったままの泥で汚れたショーツを脱ぎ、
最初にズボンを履いて、ポケットにショーツをしまい込んだ。
それからさらしを巻き、上から黒のローブを着る過程で自分の髪が解けてしまっていると気づいた。
洞穴から出て中を覗くと、薄明かりにより解けたリボンを発見する事ができた。
ラムザが戻ってくる前に身だしなみを整えようと、手ぐしで髪を整え、結い、リボンで結ぶ。
それから川原まで出て行き、冷水で顔を洗ってから、先に髪も洗っておけばよかったと思った。
泥で汚れた髪を撫でると、乾いた泥がパサリと落ちた。
「……ウォージリスに着いたら、まず風呂に入りたいな」
一人呟き、アグリアスは洞穴へと戻った。
歩くたびに鈍痛が下腹部に響いたが、何とか我慢できる。
アイスブランドを抱えてしばらく待っていると、ラムザが戻ってきた。
アグリアスさん、ちょっと来てくれませんか?」
ラムザの顔を見た途端、顔が赤らむのを感じながら、アグリアスラムザの手を取って歩き出した。
坂を上って丘の上に立ち、東の空を見る。
朝日が今まさに昇ろうとしていた。
「メリークリスマス、ですね」
「ああ」
二人はしばし、神殿騎士団の追っ手の存在を忘れ、暁の光に心奪われていた。


バリアスの谷を南下し、昼頃になって貿易都市ウォージリスに着いたラムザ達は、
まず公衆浴場に行き身体中についた泥を流し落とした。
アグリアスは風呂上りに牛乳を飲んで唇を白く染め、
ラムザの快楽の残滓もこんな色をしていたのだろうかと想像し、唇を拭って雑念を払った。
銭湯から出ると、すでにラムザが青空を見ながらアグリアスを待っていた。
「すまん、待たせてしまったか?」
「いえ、僕もさっき上がったところですから」
「そうか」
それから二人は港に行き、機工都市ゴーグ行きの船のチケットを購入する。
幸い神殿騎士団の追っ手の姿は見えなかった。偽装工作に嵌まりゴルゴラルダに向かったのだろうか?
二人は船出までの時間を港ですごし、水平線を見つめ世界の広さを感じ取っていた。
ラムザ。この戦いが終わったら……貴公はどうする?」
「さあ、どうしようかなぁ……。畏国に留まるのは危険だけど、故郷を捨て切れるものではないし。
 それに戦争の行く末も気になる。ディリータが何を企んでいるのか……それに……オヴェリア様も」
「…………そうだな」
今は遠き主君の身を思うと、アグリアスの心はいつも散り散りにならんばかりに痛んだ。
だが今は――それ以上にラムザの身が心配だった。
これが同情ではなく愛情なのか。
今はオヴェリア以上に――ラムザが愛しい。
そうであればこそ、自分はラムザと共に闘っているのではないのか。
この身、この心、この剣。
王家に、オヴェリアに捧げたはずだった。
しかし今、それらのすべてをラムザに預けている。
「今はただ……ルカヴィの企みをベオルブの正義によって打ち砕き、
 アルマを取り戻す……それ以外の事は考えられない」
「……私は……私の……事は、考えてはくれないのか?」
アグリアスの問いに、ラムザは黙する。
「……僕は…………」
「王家より、オヴェリア様より……私は……」
その先の想いを口にする事はさすがにはばかられた。
王家への忠誠も、オヴェリアへの同情も、まだ心にしかと残っているのだから。
ラムザは水平線を見つめながら、それぞれの未来を思う。
アグリアスさん。僕には……僕は、もう、重圧に押し潰されてしまいそうなんです。
 アルマの命、仲間の命、ベオルブの正義、ルカヴィの企み、ディリータの行く末……。
 すべてが僕に重く圧し掛かる。これ以上のものを背負ってしまったら、僕は……」
震えるラムザの手を、アグリアスは優しく掴む。
「背負わなくていい、私が貴公を支えとなってやる。
 私がラムザの剣となり盾となり闘おう。
 そして一人の女性として、お前の傷を、疲れを癒したい。
 もう一度言おう。私を背負う必要は無い、私がラムザを支えてやる」
アグリアスさん……」
どちらからともなく互いに向き合い、手を取り合い、唇を近づけ――。


機工都市ゴーグの港にたどり着いた船から降りたラムザアグリアスは、
神殿騎士団の追っ手がいないか確認しながらムスタディオの家を目指した。


アグリアス様、ご無事で!」
真っ先に出迎えたのはアリシアとラヴィアンだった。
ラムザアグリアスの無事に、眼に涙まで浮かべて喜んだ。
スタディオ宅で疲れを癒すラムザアグリアスだが、喜ばしくない話がひとつあった。
北の囮を引き受けたラッドがまだ帰ってこない。
敵に追い込まれたラッドは、さらに自らを囮としてマラークを逃がし、
単身バリアスの丘に残って神殿騎士団の動きを抑えたらしい。
マラークは自分の不甲斐なさを嘆きながら、傷ついた身をラファに看病されている。
ラッドの真の実力を一番よく知るラムザも、今回ばかりは心配の色を隠せなかった。


磨羯九日を向かえ、ラムザのバースデイパーティーの準備が陰鬱な空気で進む中、
ラムザは一人「お前のパーティーなんだから手伝わなくていい」と追い出されていた。
ラッドが帰って来ないバースデイパーティー。何てさみしいのだろうとラムザは思う。
一番の古株、ラッド。純粋な戦闘能力はアグリアス達はもちろん、アリシア達にも劣りかねない。
しかしあのガフガリオンの下で様々な汚れ仕事をこなし、あらゆる街の裏道を熟知し、
闇の世界で死と隣り合わせの日々を送ってきた彼が死んだとは思えない。
だが――こうして帰ってこない現実。
仲間の命を背負う重責。
囮を任せた自分の決断。
空元気でパーティーの準備を進める仲間達の偽りの笑顔。
「重い……な……」
屋根に登りすっかり晴れた空を見るラムザ。どうやら誕生日は晴れですごせそうだ。
しかし、心は晴れない。ラッドがムスタディオ宅にやって来ないかと屋根から街を見渡す。
しかし、いない。見つからない。思い出す痛み。
ディリータティータを同時に喪ったあの日を思う。
あの時、ラムザは逃げ出した。


「……クソッ」
「ここは冷える、部屋に戻ろう」
いつの間にか屋根に、男物のコートを持った彼女の姿が。
アグリアスさん……」
「ほら、これを着ろ」
コートを着せられ、ラムザはムスタディオ宅にある空き部屋に入った。
今はラムザ専用の部屋となり、簡素なベッドも用意されている。
そこまで付き添ったアグリアスは、ベッドに横になろうとするラムザを後ろから抱きしめた。
「……支えると言ったろう? 重苦しいその気持ち、吐き出すがよい」
「……アグリアスさん…………」
リビングで仲間達がパーティーの支度をする中、アグリアスラムザを慰めた。


――日が暮れてパーティーの支度が終わる頃、ラムザアグリアスのふくらみに手を当てていた。
「……そろそろ夕食の時間ですね」
「そうだな。……少し時間をずらして行こうか。先に行かせてもらう」
アグリアスは乱れたシーツから抜け出し、服を着始めた。
彼女の白い裸身が隠れていく様をラムザはじっと見つめていた。
視線を感じながら、身体に残る微熱の残滓を服の下に隠して、アグリアスは部屋から出た。
それからリビングでのざわめきに気づき、何事かと様子を見に行く。
すると、ラッドがなに喰わない顔で仲間との再会を果たしていた。
「ラッド! 無事だったのか」
驚きと喜びに興奮し、アグリアスはラッドに駆け寄ろうとして――。
「よぉアグリアス。ちょっと見ない間に"女"らしくなったじゃねぇか」
立ち止まる。
ラッドは一際自分の無事を喜んでいたマラークをあしらい、アグリアスに歩み寄り、
彼女にだけ聞こえるよう小声で言う。


「どうやら俺と違って、いいクリスマスをすごせたようだな」
「なっ……何の話だ」
自分がもはや乙女ではない事を見抜かれて、アグリアスは狼狽した。
「歩き方がまだ少しぎこちなさが残る、破瓜の後はしばらく痛みや違和感があるだろ」
「き……貴様ッ! 何でそんなに詳しい!?」
「機会があってな。さて、落ち込み坊やはどこだ? 責任感じてふさぎ込んでるだろ」
「へ、部屋にいるが……」
「じゃあ呼んでこい。それと首筋のキスマーク、隠しとけ」
ラッドが首をトントンと指で叩くのを見て、アグリアスはラッドが叩いたあたりの自分の首を手で押さえた。


――真相を明かせば、ラッドはバースデイパーティーの準備をするのが面倒くさくて、
わざと帰りを遅くし、何とライオネル城城下町でお土産を買ってくる余裕まであったそうな。
それを聞いたラムザは安堵に心を軽くした直後、心配かけるなと怒鳴り散らした。
が、ラッドに何か耳打ちをされると、すぐ黙り込んでしまう。
そのラムザの頬が赤らみ、視線がアグリアスに向けられた事で、
アグリアスもラッドが何をささやいたのかを悟り頬を染めるのだった。
こうして磨羯十日。ラムザ一行はクリスマスの分まで思う存分パーティーを楽しむのだった。


   FIN