氏作。Part30スレより。





 今日もラムザアグリアスさんは笑顔だった。
寒い夜だというのに、揃いの踊り子の衣装ではしゃいでいる。
ラムザはまぁいつも通りだから良いとしても、
問題は酔っ払い客たちの前で腹踊りを極めんとしている聖騎士殿の方だ。


 ベルベニアにほど近い、とある宿屋 兼 酒場。
旅人たちが語らう夕餉時。爆笑に包まれるステージ前とは打って変わって、
店の奥に位置するひとつのテーブルには幽鬼の如き沈痛な面持ちが並んでいた。
俺ことムスタディオと、我が親愛なる仲間たちのそれである。


 全員が身じろぎもせず、盗み見るようにして2人の様子を伺いながら、
時々ニアミスしそうになる視線を紙一重で引っ剥がす。
7日目ともなると距離の取り方も心得たものだ。
そう……もうあの事件から1週間が経ってしまった。


 あの日、アグリアス姐さんは朝から不機嫌そうなオーラを放っていた。
ラヴィアンが言うには、前の晩にラムザの部屋から言い争う声が聞こえたという。
うちの隊長は……まあその何というか少々趣きの変わった人間なので、
彼の素行に気を揉み、時に諌める姐さんとの遣り取りはよくある事だった。
貴族の思い付きと他人の痴話喧嘩には関わらないに越したことは無い。
この日も隊の連中は、時の恩恵を待つ作戦でやり過ごしていた。


 今思えばそれが悪かった。この日は別行動だったラムザの代わりに、
誰かが愚痴でも聞いてやっていたらまだ違ったのかもしれない。


 フィナス河沿いでチョコボの大群に遭遇したのも悪かった。
冷静を装いつつ、しっかり頭に血が上っていたアグリアスさんは
周囲の静止も聞かずにバーサーク状態で斬り込んだ。
斬り込んで、斬り込んで、斬り込みまくった。


 気が付けば全員が彼女を見失っていた。
なにせ大群。各々目の前の相手だけで精一杯だったのだ。
ようやく状況を見渡す余裕ができても、アグリアスさんの姿は確認できなかった。


 「なんか、チョコメテオをいっぱい頭に食らってた」という
薄情極まりない目撃証言を元に「流されたのではないか」と捜索範囲を広げた結果、
少し下流の方で、倒木に引っかかったままマインドフレアに悪戯されている
羽毛まみれの鎧女を発見したのは日も傾き始めた頃である。


 大急ぎでこの宿に担ぎ込まれ、アリシア率いる救護班の治療が始まった。
素人目には掛け過ぎなんじゃないかと思えるほど過剰な回復魔法の甲斐あって、
アグリアスさんの意識は夜の内に回復した。かに見えた。


「頭への物理的なダメージでしょ。それにマインドブラストもかなり深く汚染してた。
 朝から気分も優れなかったみたいだし。原因が多すぎ。もしかしたら全部かも」


後は時間による自然回復を待つしかないわね、とアリシアは括った。
その一言で絶望の色を深めた一同の視線は、ベッドの上でスープを頬張る
5歳児程度まで意識退行したアグリアスさんの無邪気な笑顔に全てはね返された。


 肝心のラムザだが、合流した直後こそ狼狽していたものの、
術後の状態を聞かされるや一転、面倒見の良いお兄さん的ポジションを買って出た。
正直、姐さんの想像以上のお転婆ぶりに消耗しきっていた我々は一も二もなく了承した。
というより思考と共に放り投げた。
 元々姉弟みたいな付き合いをしていたのだし、精神年齢も近いのでちょうど良い。
とか何とか、各々自分に適当な言い訳をして逃げたのだ。


 それも悪かった。
責任を丸投げした負い目で、誰もあの2人の奇行に物申す事ができなくなってしまったのだ。
それからラムザは付きっ切りでアグリアスの介護、というか遊び相手を担当し、
他のメンバーは遠巻きに様子を伺いながら出稼ぎに回るという異常事態が続いている。


 宿の主人も無駄に人の良い親父で、回復するまでの逗留を許可してくれた。
見返りにと酒場の踊り子を買って出たのは当のラムザたちだ。
要するに何もかも悪かった結果が、あの腹踊りに昇華したと言える。


 いや、まどろんでいる間に段取りは進行していたようだ。
今はラムザが投げた果物を、アグリアスが口に咥えたフォークでキャッチする
という出し物に変わっていた。
これまた成功のたびに妙な喝采を浴びている。
恐らく頑張って練習していたのだろう、
得意気な笑顔でアンコールに応えるアグリアスさんに、もはや騎士の面影は無い。


 やがて舞台は、腹を出しすぎで冷やした姐さんがラムザに手を引かれ、
涙目でよちよちと退場することで幕となった。


「こんなものは断じて踊り子の芸ではない」
己の右脳が上げる悲鳴を聞きながら、我々の意識も酒に溶けていった。


「とある旧文明の遺跡に万病を癒す神木があるそうだ。効くかもしれないぞ」


 そう持ちかけてきたのはオーランだった。
このチンピラは真実を書き留めるために必要だからと、時折うちの隊に接触してくるが、
何の事はない、噛み砕いて言えば「お前んトコの大将が面白いから見物させろ」である。
こんな時に巡り合ったのも星の導きだな、とますます怪しげな事を言う。


 平素であればこんな眉唾情報、軽々しく飛び付けたモノではないが、
その時の俺たちは「原因の一端に頼み込んだら治してもらえるのでは」との考えから
さし当たってあのゲソ頭どもと意思疎通を図るため
隊全員で軟体運動を始めていたほどのテンパリ具合だったから、
このオーランの提案を聞いて首を横に振るものなどいなかった。


 この数日がよほど楽しかったのか、頬を膨らませて名残を惜しむ姐さんを
なだめすかしてボコに乗せ、店主にいくばくかの礼を渡して宿を発つ。
 思えばこのボコも被害者の1人(1羽)だ。
稚拙な字で「となかいさん」と書き換えられたボコのネームタグを持って
チョコボ舎の前でラッドが崩れ落ちていたのは今朝の事だ。
 それにしても問題のアグリアスさんと隊長はともかく、
他がラッドとラヴィアン、アリシア、俺という人選には納得がいかない。


 宿を出て4日、探索は早くも暗礁に乗り上げていた。
誤解しないでほしい。自分で言うのも何だが我々とて歴戦のトレジャーハンター揃いだ。
忘れられた路を暴き、生命を拒む森を抜け、駄々る姐さんをあやし、
万年雪に閉ざされた森の奥、凍り付いた泉のほとりに朽ちかけた祠を発見した。
 しかし肝心の神木とやらがどこにも見当たらない。
情報通りなら相当の巨木のはずだが、それらしき樹など発見できないまま足止めを食っていた。


 キャンプで暖を取る我々の目の前で、
着込み過ぎて雪だるまのようになったアグリアスさんがお仲間を量産している。
待て待て腕が6本? あと人参を目に刺すな目に。誰のつもりだそれは。
「サンタさん」あそう。サンタクロースは俺が知らん間にルカヴィにでもなったらしい。


 ラムザが聞かせたお伽噺のせいで、今や姐さんはすっかりサンタの大ファンだ。
そういえばもうそろそろクリスマスの時期か。
まあどんな動機にせよ、良い子にしていてくれるのは助かる。


 ああ、今度は木靴を履いて泉でスケートですか。
こっちは凍えながら連日探索だというのに、いいですねおつむが子供だと。
いっそ氷が砕けて水にでも落ちたらショックで戻らないかな。


「それじゃ戻っても心臓麻痺で死んじゃうじゃない」
いつの間にか隣にいたラヴィアンが、人の妄想に合いの手を入れる。何者だお前は。
「それにこの氷は簡単には割れないよ。魚影が無い、相当底まで凍ってるのね」
見ると泉の中央に人の背丈ほどもあるカキ氷ができている。掘ったらしい。
それでせっかく作ってた釣り竿を焚火にくべてるのか。バカだろお前。




 氷の湖畔に爆音が響いた。
同じタイミングで放たれたラヴィアンの肘が俺の延髄を砕いた音、ではない。
その音だったら頭の中だけで鳴ったし、もっと鈍い音だった。


「ねームスタディオー!アグリアスさんってば凄いんだよ〜!」
ラムザがこっちに手を振っている。
隣には木の枝を振り回しながら何事か叫ぶアグリアスさん。
「てんのおれがいをむれにきざんれ、しんとーめっきゃく、せーこーばくれっぱーっ!!」
再度、爆音と共に光の柱が落ちる。
頭がアレでも鼻声でも、体が覚えてりゃ出せるらしい。割とお手軽だな聖剣技。


ところできみ達、何に向かって撃ってるのかな?
俺の見間違いでなければ、唯一の手がかりである祠が木っ端微塵に砕けてるんだが。
いつの間に帰ったのか、捜索に出ていたラッドが少し離れた場所から
斜めに立ってこの惨状を見ている事に気付いたが、こっちも一杯一杯なので無視する事にする。


 その時、残骸を調べていたラヴィアンが全員を呼び集める。
ついさっき俺の意識を飛ばしかけた腕が指差すあたりを見てみると、
祠で塞がれていた場所に地下深くへと続く洞窟が口を開けていた……


 泉の直下に広がっていたのは樹氷でできたもうひとつの森。
頭上の巨大な氷塊が、鍾乳石に支えられて陽光を取り込んでいた。
あの泉の裏側に間違いない、ラヴィアンの掘った穴が染みのように透過して見える。


 さほど深くはない洞窟のその奥に、巨大な神木が……座っていた。
氷のプリズムで幻想的に浮かび上がった砦ほどもあるトレント
成る程、確かに神木と呼ばれるに相応しい威厳を湛えている。


「かなり魔力を帯びてるみたい。薬草としての効能も高そうね、試す価値はあると思う」
アリシアが氷付けになったその枝葉を調べて言った。
 しかし、煎じて飲ませようとしたところ、薬臭さが鼻に付いたのか拒否されてしまう。
子供というのは頑ななもので、一度それとインプットされると
その後どんな形に処方しても受け付けてくれなくなってしまった。


「何でよ〜、あと一歩だってのに〜」
「失敗したなぁ、面倒でも先ず塗布薬を試すべきだったわ……」
ラヴィアンとリシアも珍しく項垂れている。
最初からへこみっぱなしだが、俺だってここに来ての足踏みには参っていた。
ラッドなど心労が祟って心の中の大事な何かが折れたのか、
虚ろな眼をして巨大トレントから直接葉っぱを千切ってはモグモグやっている。


 その時、途方に暮れる我々を横切って、それまで黙って見ていたラムザアグリアスさんに近付いた。
手には最初に精製したトレ汁の入った椀を持っている。
警戒するアグリアスさんの前でそれに口を付け、一息に呷ると、
目を丸くしている彼女の身体を引き寄せ、あろうことか間髪入れずに口づけた。


「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


 ……うわ、流し込んでるのか。
それに気付いて最初にストップが解除できたのは俺らしい。
振り返るとラヴィ&アリは発情したベヒーモスみたいな顔のまま止まっていた。
「ジョメイ?ジョメイってウマイ?」
いろんなものの焦点が合っていないラッドなど言うに及ばずだ。


 そのうち激しくのたうち回っていた手足が止まり、重力に任せてだらりと垂れる。
死んだ。
いや、ラムザもういいから離れなさい。本当に死んじゃうから。


 かくして意識の戻ったアグリアスさんはすっかり元に戻っていた。
「そうか……皆には迷惑を掛けてしまった様だな、侘びようもない。
 特にラムザ、事の発端については私も意固地になってしまっていた。済まぬ」
珍しく萎れたアグリアスさんの謝罪に、ラムザは首をぷるぷると振って返す。
「んーん、寒い所に来れば居るかと思ったけど
 やっぱりアグリアスさんの言うとおり、サンタさんには会えなかったね」


 2人の会話を聞いていた全員の動きがギシリと止まる。
ちょっと待て、じゃあもしかして事件の前の晩の口論ってまさか……


「ああ、サンタが居るか居ないかでラムザと意見が分かれてな」


ここまで頑張った俺の腰からもついに余力が抜けた。
今に始まった事では無いとはいえ、つくづくこの隊はハードだ。




「でもアグリアスさん、せっかく良い子にしてたのに、ご褒美無いのは残念だね」
ラムザはここ数日の事を言っているらしい。
それでこいつはずっとサンタの話を聞かせてたんだな。


「プレゼントなら貴殿が……その、ラムザがくれたではないか」
アグリアスは顔を伏せて言う。耳まで赤い。






 その反応に俺は何か引っ掛かるものを感じたが、
同時に頭の中でサイレンが鳴ったので即座に思考を止めた。
しかしラヴィアンとアリシアには同じ警報が響かなかったらしい。
「あれ?」
「それを知ってるって事は……」
バカ、やめろ。



「『アグリアス様、さては今までの記憶、ばっちり残ってますね?』」



 瞬間、向き直ったアグリアスの表情を、俺は覚えていない。
最後の記憶は、いつの間にか彼女の手に引き抜かれていた白刃から放たれた閃光だけ……


 後にこの遺跡は、トレジャーマスター揃いの我々が
唯一到達の叶わなかった秘境として永く記録に残る事となった。
嘘ではない、あの遺跡はもう……地球上にも、俺たちの記憶の中にも存在しないのだ。しないんだってば。



とっぴんぱらりのEND