氏作。Part31スレより。




「驚いたでしょう? 髪が真っ白になってしまって……。
 神殿騎士団に誘拐され、お兄さん達をみんな喪い、どれほどの苦労をしたか。
 でもここにいる限りアルマは安全よ。それにアグリアスも来てくれた。
 本当によかった……何もかも失ってしまったと思ったけれど、
 私にはまだアルマとアグリアスが残されている。
 本当に……よかった……。……本当に…………」


   リターン3 裏切り


アグリアスはオヴェリアの警護を務めると同時にアルマを監視した。
アルマ・ベオルブの記憶を継承しているのか、
オヴェリアの友人だったアルマそのままの言動を取っている。
だが、やはりどこか違和感があった。
アルマはアグリアスを避けたがり、オヴェリアと二人きりの時間を作ろうとしていた。
いったい何を企んでいるのか、アグリアスはそれを探るためあえて二人から離れ、
こっそりと部屋の戸を開け聞き耳を立てたりもした。
「オヴェリア様……あの男を玉座につかせてはいけません」
「でも……彼が王になれば、戦争も終わる」
「私の知る妹思いのディリータハイラルはすでに死んでいます。
 ここにいる男は巨大な野望に呑み込まれ、権力欲に屈した男。
 オヴェリア様を愛しているだなんて嘘。いつか必ずディリータは貴女を裏切ります。
 それは……私に言われる間でもなく、オヴェリア様自身、自覚なさっているのでは?」
「……それは…………でも……私、どうしたらいいの?」
「子供を産むために母親は苦しみに耐えねばなりません。
 この国が生まれ変わるには、まだ苦しみが、血が足りない。
 ディリータの野望に呑み込まれてしまっては、不十分なまま国が支配され、
 どこかに歪が生まれ……再びこの世は戦乱に呑み込まれてしまう。
 それを止められるのは貴女だけです、オヴェリア様」


アジョラは血を欲している。生贄を欲している。
そのためにディリータを亡き者にし、戦乱を長引かせようとしている。
アルマの目論見を悟り、アグリアスは愕然とした。
もし自分達がヴォルマルフに敗れていたら、やはりヴォルマルフも戦乱を長引かせたに違いない。
ヴォルマルフの暗躍する気配は無い。
つまり、ラムザ達はヴォルマルフを倒すまでには至ったが、
その後の聖天使アルテマとの戦いに敗れ、アルマの身体を奪われてしまったという事。
ラムザ……すまぬ、すまぬ。私が隊を離れたばっかりに……こんな……。
 貴公等は死に、アルマ様は御身を乗っ取られ、そしてまた戦乱を呼ぼうとしている。
 ……させるものか。アジョラの企みは、このアグリアスラムザに代わって阻止してみせる)


ディリータとオヴェリアが正式に婚約し、結婚式の日取りが近づく中、
アグリアスは一人、異形を秘めたアルマを暗殺するチャンスをうかがっていた。
殺すだけなら、刺し違えるつもりなら、いつでも殺せる。
しかしその現場を誰かに見られたら、自分は南天騎士団に捕まってしまう。
そうなれば金牛22日、オヴェリアの誕生日に、彼女を守れない。
汚れ仕事に強いラッドやマラークならどう暗殺して見せるのだろうと、
アグリアスは今は亡き同胞に思いを馳せ胸を痛めた。
相手はあの聖アジョラが転生した存在。
聖石の力を持ち、死の淵から人を蘇らせるほどの魔力を持つ。
暗殺計画を練るうちに、自然とアルマの死に様が想像できてきた。
有無を言わせぬように一撃で心臓を貫くか、首を刎ねるか、頭を叩き割るか。
一撃だ。一撃で仕留めねばならない。
そして、好機は金牛1日に訪れた。
英雄王ディリータと、王女オヴェリアの結婚式の前日の出来事。


好機ではるが、同時に罠でもあるとアグリアスは悟っていた。
呼び出されたのだ、アルマに。
誰にも秘密の話がしたいから、今晩誰にも内緒で自分の部屋に来て欲しい、と。
そして夜が訪れる。深い暗い夜が。
「失礼します」
小さなランプだけが灯る薄暗い部屋。そこにアルマはいた。
「こんばんは、アグリアス
「……お話とは何でしょう?」
いつでも剣を抜けるよう身体を緊張させながら、アグリアスは間合いを計った。
――もう少し、近寄らねば。
コツ、コツ。自分の足音がやけに大きく聞こえた。
アグリアス。どうして私を嫌っているのか教えて欲しい」
「…………嫌ってなどおりませぬ」
酷薄なアルマの表情を見、アグリアスは無邪気なアルマの笑顔を思い出した。
憎々しい。ラムザ達を殺し、アルマ様の肉体を奪った奴が。
「あなたはラムザ兄さんと一緒にオーボンヌ修道院へ行った。
 そこでシモン先生からゲルモニーク聖典を預かった。違う?」
オーボンヌ修道院と言われ、最初は最終決戦の時を思い出したが、
彼女が言っているのはそれより以前、ウィーグラフがルカヴィと化した時らしい。
「……どこまで知っている」
凍えるような声で銀髪のアルマが問う。


答える義理は――無い!


音も無く、しかし風のように素早く、アグリアスは剣を抜いた。
アルマが身をよじって後ずさりしようとする。
だがすでにアルマは射程圏内。アグリアスディフェンダーを真っ直ぐに突き出した。
「無双稲妻突き!」


刀身がアルマの胸を貫通し、生命の基盤たる心臓を破壊する。
と同時に室内でありながら天井から落雷が落ち、アルマの身体を焼いた。
(やったか!?)


否。


アルマは両手をかざし、無から剣を生み出した。
それをアグリアスの両肩に振り下ろす。
反射的に剣を手放してバックステップし、皮一枚切られるだけですんだ。
「渦なす生命の色」
心臓を貫かれながらも、驚愕の不死性で魔法を詠唱するアルマ。
この詠唱は……覚えがある。
「七つの扉開き」
最強最大の攻撃魔法アルテマだ!
アグリアスは詠唱の隙を突いて、一足飛びにアルマの懐に飛び込む。
「力の塔の……」
そして首を左手で鷲掴みにし、絞め上げ、詠唱を妨害する。
同時に右手で胸に刺さっているディフェンダーを引き抜き、
アルマが反撃しようと剣を振りかざした瞬間を狙って腹部を蹴り飛ばす。
首を絞める手を放したため、アルマは三歩、後ずさりをした。
「天に、至らん」
詠唱が終わる。アルマの目が殺意に彩られ、闇夜の中輝く。


「死ね!」
「アルマ!?」
アグリアスが疾駆すると同時に、後ろの戸が開かれ、女性の声が……。
あ、の、声、は……。
もう、剣は止められない。
横一文字に振り切られた剣は、アルマの首を両断した。
鮮血がアグリアスに降りかかる。
絹を裂いたような悲鳴が背後で起こる。
首を断たれたアルマの形相が歪になる。
まだ殺し切れていない。
そう即断したアグリアスは、考えるよりも先に剣を再度振るっていた。
地面に転げ落ちようとするアルマの頭に、ディフェンダーを突き下ろす。
アルマの頭が真っ二つに割られた。


やった。
しまった。


同時に思う。
アグリアスは、鮮血で赤く染まった顔で、ゆっくりと振り向く。
そこには顔面蒼白となったオヴェリアがたたずんでいて、口元を両手で押さえ……。
「あ、アグリアス。あなたまで……あなたまで、私を裏切って……」
「ち、違うのです。これは……」
「信じてたのに、あなたを信じてたのに……!
 ディリータも、アグリアスも、私が信じた人はみんな私を裏切るんだわ!」


錯乱しているオヴェリアを見て、アグリアスは何をどう言っても、
彼女の耳に届く言葉は無いと思った。真実を語っても信じてもらえないだろう。
なぜなら、彼女はもう自分を信じていないから。
そして、オヴェリアの悲鳴を聞いた兵士達がアルマの部屋に殺到し、
アルマ殺害の現行犯としてアグリアスを拘束した。
アグリアスは抵抗する気概も無く、その日のうちに冷たい牢獄にぶち込まれた。
武器を失い、信用を失い、そして明日には命まで失いかねない。


日の光も、月の光も届かぬ、深く暗い牢獄で、
アグリアスオークスは独りだった。
翌日、英雄王ディリータハイラルが直々にアグリアスの取調べを行った。
アグリアスはルカヴィの存在は語らず、あれはアルマを名乗った偽者だと話した。
だが、ディリータはアルマに成り代わったアジョラと会話をしており、
その際アルマしか知りえぬ事を聞かされていたため、信用はされなかった。
そこで今度は「あれは別の存在に身体を乗っ取られていたのだ」と話したが、
すでにディリータアグリアスを信用する気は失せていたので、
結局アグリアスは永遠に冷たい牢獄に閉じ込められる事となった。
ディリータが帰る間際、アグリアスは忠告した。
「金牛22日、オヴェリア様の誕生日。あなたとオヴェリア様は暗殺者に襲われる」
「ほう。その暗殺者というのは、貴様の仲間か?」
「違う。何者なのかは解らない、が、襲われるのは確かだ。
 どうか警護を強め、その日は無闇に出歩かないようにしてくれ」
「フンッ……何を企んでいるのやら」
「頼む、信じてくれ、頼むっ!」


彼女の言葉は届かず、暗い闇に呑み込まれる。
冷たい牢獄の中、アグリアスはオヴェリアの誕生日を待った。
出される粗末な食事が時報代わり。
そして、金牛22日が訪れる。


   to be continued……