氏作。Part30スレより。





いきなりだがまず状況説明をすませとこうか。
ラムザとアルマはボコを連れて鴎国に渡った。たまに手紙を出してくる。
メリアドールは神殿騎士団の内部改革をしている。たまに手紙を出してくる。
ベイオウーフはレーゼを連れてハンター稼業に戻った。たまに手紙を出してくる。
ラファとマラークは故郷に戻って村の復興をしているらしい。たまに手紙を出してくる。
オルランドゥは旧知の友を頼りに畏国のどこかでご隠居やってる。たまに手紙を出してくる。
クラウドは知らねぇ。飛空艇の墓場で離れ離れになった切りだ。
アリシアの奴は「きっと元の世界に還ったのよ」とか言ってる。ぶっちゃけどうでもいい。
さて残りの連中。
全員でムスタディオの家に転がり込んで適当にやってる。たまに手紙をもらう。
俺達の生活は平和を通り越して退屈なもんだ。だがそう感じてるのは俺だけらしい。
スタディオの奴は労働八号を連れて発掘したり遺物を解析したりだ。
アグリアスは家事をこなしながら剣の稽古を意味無く続けてる。
世間では当初ムスタディオの嫁と勘違いされた時期もあったが、
アグリアスが全力で否定して回ったおかげで誤解は解けている。
アリシアとラヴィアンは酒場で儲け話を探して色々やってる。
俺か? 俺も酒場の儲け話につき合ってる。
思えばラムザと旅をしていた頃も儲け話に乗るのは俺達三人だったと思う。
単純に戦力の問題だ。俺達みたいに突出した能力の無い奴は戦線から離れても問題無し。
後々マラークとか仲間になったが、その時俺達三人はすでに『儲け話係』に任命されていた。
だが世間知らずの騎士さん達も世渡りの方法ってもんを学んだおかげで、
最近俺は儲け話をサボりがちだ。
そんでムスタディオの家の屋根に寝転がってタバコふかしてる。
その件にアリシア達は特に文句は言ってこない。
奴等にとっちゃ、俺は儲け話のやり方をレクチャーしてくれた教師みたいなもんだ。
むしろ俺抜きで仕事を成功させる喜びに目覚めつつある。都合のいい話だ。
という訳で俺は日がな一日のんびりと腐ってる。
「またこんな所でタバコを吸っているのか」
「なあアグリアスよ、何で空は青いんだろうなぁ……」
「話をはぐらかすな」
素振りを始める時間らしく、ディフェンダーを握ったアグリアスが屋根に登ってきた。
俺は咥えていたタバコを指でつまみ、アグリアスに向ける。
「お前も吸うか?」
ヒュン。
ディフェンダーがタバコの先端を切り落とす。
「…………」
構わず俺は途中から切れたタバコを口に戻し、咥えた。
「貴様、また仕事をあの二人に押しつけてサボりおって」
「違ぇって。俺無しでも仕事をできるってところを見せたがってるんだよ、あいつ等」
「そうだろうが……この家で働いていないのは貴様一人だぞ」
「さいですか」
構わず俺は空を見続けた。
ここは退屈すぎる。
アリシア達の知らない酒場に行って、もっときな臭い儲け話でもやるかな。
そう思って夜中に家を抜け出して、酒場に行って、旧友に出会い、仕事に誘われる。


「死んだはずのオークス家ご令嬢が生きているらしい。
 事の真偽を確かめ、生きていたら殺せ……か」
実に俺向きの仕事だ。この界隈でこの仕事を一番うまくやれるのは間違いなく俺だろう。
普通に家に帰ってアグリアスの飯に毒でも入れればそれで終わり。
古い知り合いが、俺とアグリアスの関係を知らずに問う様は滑稽だった。
「どうだ、お前も一口乗らねぇか? 女一人殺すだけでたんまりだ」
「……悪くねぇ」
そう、悪くない。結構は明後日の深夜、潜伏先の家に忍び込み住人ごと皆殺し。
ガフガリオンがいたら絶対馬鹿にされるような短絡的な作戦。俺はそれに乗った。
そして明後日、俺はオークス家ご令嬢暗殺チームと一緒にムスタディオの家に向かう。
あそこは退屈すぎる。
スタディオ家をこれから囲もうって時になって、俺は忍者刀を抜いた。
「何のつもりだラッド」
「退屈なんでね。久し振りに血生臭い事をしたくなったんだよ」
この話に乗った奴は六人。そいつ等全員の相手をする。
ふいうちで一人、続いて二人、のどを裂く。残りの四人が襲いかかってくる。上等。
だがあの退屈な生活でどうも身体が鈍っちまったらしい。
ちょっとしたミスで腕を斬られ、追い詰められる。ああ、くだらねぇ最期だ。
そんな時、稲妻が降り注ぐ。
「腕が鈍ったのではないか、ラッド」
「そりゃもう、退屈だったもんでね」
暗闇の中、一瞬の閃光。その時に見えたのは黄金色の長髪。
勝負は呆気なくついた。


「じゃ、死体片づけるから、お前帰ってろ」
ケアルガで腕の傷を治してもらった俺はとっとと作業に移る。
だがアグリアスが邪魔するように立ちはだかった。
「こいつ等は何者だ」
オークス家のご令嬢を殺すよう依頼を受けた連中」
「……そうか。なぜ裏切った?」
どうやらすべてお見通しらしい、さすがアグリアスだ。
「退屈だったからな……刺激を求めたってところよ」
「ふざけるな。我々は共に戦った仲間だろう、なぜこんな……」
「退屈だったんだよ。本当に、ただそれだけだ」
そう言って俺はとっとと死体の始末にかかった。
アグリアスは承服しかねていたようだが、黙ってムスタディオの家に帰る。
俺は死体を処理して――酒場に戻り――報告する。
「殺してきたぜ。仲間は全員やられたがな」
「そうか。首は?」
「取る暇が無かった。敵も多くてな……。依頼人には俺から納得のいく説明をしてやる」
その日からしばらく、血を見る事の多い生活を送った。
退屈はしなかったが、物足りないと感じる自分に気づく。


数日が経った。
俺は何気なく郵便箱を開ける。
「何だ、来てるじゃねぇか」
それを持って玄関を開け、リビングに向かう。
ラヴィアンが仕事の成功結果を意気揚々とアグリアスに報告していた。
それを笑顔で聞いていたアグリアスが、俺に気づいて視線を向ける。
それに気づいて、アリシアも俺に視線を向ける。
ラヴィアンはそれに気づかず、まだ話を続けていた。
ラムザからの手紙、届いてたぞ」
極めて普通に言ったはずだが、アリシアは涙目になって抱きついてきた。
アグリアスは「用は済んだのか」と訊いてきた。
ラヴィアンは「あんた一週間もどこ行ってたのよー?」と訊いてきた。
俺は答える。
「暇潰しをすませてきた」
するとアグリアスはすべてを察し、それ以上何も問わず、ただ一礼した。
俺等の騒ぎを聞きつけてやって来たムスタディオは油まみれで「何かあったのか?」と。
どうやら俺が一週間家を空けていた事にすら気づいてないらしい。
こうして俺はラムザからの手紙を喜ぶアグリアスを見ながら、
俺がどこで何をしていたのか問い詰めるアリシアをなだめながら、
また退屈な日常に戻ってきたんだなと実感した。
そしてその日も屋上に上がり空を見る。タバコをふかす。ぼんやりとする。
アグリアスが庭でディフェンダーの素振りをしていた。どうでもいい。
機工都市ゴーグは今日も晴れだった。






 *



アグリアスがうざい。
ラムザから「鴎国で友達ができました」と手紙が来たからだ。
で、その友達というのがラムザと同い年の女だという事が問題だった。
手紙を読んだ途端アグリアスは不機嫌になり、一心不乱に炊事洗濯をしている。
逃避行動が家事とはずいぶんご立派的な事だ。
それを見物しながらリビングでタバコを吸っていると、
満タンになりつつある灰皿を見てアグリアスが激怒した。
「き、さ、ま、は、ゴミを無駄に増やしおって〜!」
「男の嗜みだ」
「問答無用! 灰皿の掃除は貴様がしろー! それと屋根から庭にポイ捨てするのも禁止だ!」
「へいへい。面倒くせぇな……」
仕方なく咥えていたタバコを灰皿に押しつけ、灰皿の中身をゴミ箱に払った。
水洗いは……面倒だから別にいいや。
「ラ〜ッド!」
鬼の形相が背後に現れたので、外の洗い場に行き井戸から水を汲む。
ああ、面倒くさい。何で俺がこんな事を。
いや、タバコ吸ってるのは俺だけだから、当然の仕事かもしれないけどさぁ……。
「ムスタディオー! 油まみれの身体で家を歩くな! 風呂入れ風呂!」
アグリアスの怒声が庭にまで響く。相当機嫌が悪いらしい。
どうせならラムザを追いかけて鴎国にでも行ってくれりゃいいのに。
まあそんな度胸があれば旅の途中でとっくにヨロシクやってたんだろうけどな。


さて今日のアリシア達だが、久々に仕事を失敗したらしく報酬は微々たるものだった。
大所帯のムスタディオ宅の経済状況を説明しようか。
家主ベスロディオ。ムスタディオの発掘作業を手伝ったりしてお金がかかる。たまに発掘品を売りに出す。
スタディオ。発掘作業や労働八号の改造などでお金がかかる。たまに銃や機械の修理の仕事をしたりする。
居候アグリアス。家事をするだけだから食費くらいしかかからない。
居候アリシア。酒場で儲け話を請け負う稼ぎ頭。真面目でお金の管理もしっかりしてる。
居候ラヴィアン。酒場で儲け話を請け負う稼ぎ頭。だが勝手に酒を買ってくる事が多い。
まあみんなで飲むからアグリアスも「ほどほどにな」という程度ですんでる。
居候ラッド、すなわち俺。最近は儲け話をサボりまくって一日中タバコ吸ってる。
最近タバコの税金が上がったけど気にしない。一応自腹で買ってるから文句を言われる筋合いは無い。
この前オークス家令嬢暗殺依頼の件で色々やったついでにオークス家から色々盗んで金に換えたが、
それを家に入れる事なくポケットマネーにしてるのは内緒だ。
そんなこんなでアリシア達の仕事が失敗した今週の生活は厳しいものになりそうだ。
他人事のようにそう考えていたら、アリシアが言いやがった。
「ラッドがいてくれたら、きっとうまく立ち回る事ができたと思うんです……」
ラヴィアンも続けて言う。
「ラッド抜きでも十分やれると思ってたけど、思い上がりだったみたい。今回はちょっと反省」
で、アグリアスの矛先が俺に向く訳だ。
「ラッド。次の儲け話はアリシア達に付き添え、いいな」
かったりぃからパス。そう言ったら室内で北斗骨砕打使ってきやがった、殺す気かあのアマ。


こうして俺は翌日、早々に酒場の親父から秘蔵の儲け話を聞き出してやった。
その手腕にアリシアとラヴィアンが感心している。こいつ等まだまだだな。
んで仕事の方も大成功。
秘境『サンクチュアリ』を発見しつつ、さらにその現場でスペクターを名乗る亡霊を退治し、
財宝『キャンサーのゴールドアーマー』を入手するほどの大手柄だった。
巨蟹宮同士という事でこれでアグリアスの機嫌を取ろうと思って帰ってみれば、
アグリアスラムザからの新たな手紙を読んですっかり機嫌を直していた。
どうやらラムザの新しい友達の女は既婚者だったらしい。
その旦那とも仲良くなりチョコボ牧場の経営も順調だという報告だった。
ご機嫌アグリアスはその日、俺達の仕事の成功報酬を使ってご馳走を作った。
財宝『キャンサーのゴールドアーマー』はデザインが気味悪いらしく、
今度貿易都市ウォージリスで開かれるオークションに出品する事が決まった。
いくらで売れるか知らないが、一応財宝だからきっと高値で買う物好きがいるだろう。
名誉挽回を果たした俺は、翌日から再びタバコ三昧の日々を送る。
リビングで新聞を読みながらタバコを吸っていると、掃除をしていたアグリアスが灰皿を突きつけてきた。
「そろそろ灰皿の掃除をする頃合ではないか?」
ああ、うぜぇ。やっといてくれ、と頼んだらディフェンダーを抜かれたので、自分で洗う事にした。
家の中でくらい剣を手放せってんだ、あの生真面目騎士。
外の洗い場で灰皿を洗いながら見上げた空は雲ひとつなく晴れ渡っていて、
機工都市ゴーグは今日も晴れだった。









 *




スタディオの馬鹿が珍しく役立つ事をした。
労働八号に炊事洗濯システムとかいうのを搭載したらしい。
おかげでアグリアスの仕事が減った。
おかげでアグリアスが俺に絡んでくる時間が増えた。
「働け」
「たまに酒場で仕事探ししてるだろ」
「この前、ウォージリスのとある邸宅からとある財宝が盗み出され、闇市で競売にかけられたそうだ」
「へえ、どこの誰がそんな事をやらかしたんだか」
「真っ当な仕事をしろと言っているのだ。アリシアとラヴィアンのような」
「ガラじゃねぇなぁ……。つかお前は何してんだよ」
「家事と鍛錬」
「鍛錬は仕事じゃねぇだろ」
「だが必要な事だ」
「さいですか。で、家事も労八に出番取られつつあるよな」
「あぐっ……」
「いずれ労八に仕事全部持ってかれるぞ。そしたらお前も俺と同じごくつぶしになるな」
「あぐぅ……」
「それが嫌なら外で働け」(ばアグリアスの小言から俺が解放されるぜ、いぇーい)
「わ、私は顔が知られているから、儲け話の類は……」
「解決しといた。外行け。つかラムザん所行けば? ようやくアルマと落ち着いたらしいし」
「むう……しかし、せっかくの家族水入らず……邪魔になるのでは……」
「あー……そう」
今日も相変わらず退屈で、タバコの紫煙が空の青に溶ける。
そして夜になって、朝になる。


目が覚めたのは窓から射し込む朝の光だったのか、
目が覚めたのは外から聞こえる小鳥達のさえずりだったのか、
目が覚めたのは隣から聞こえる安らかな寝息だったのか、どうでもよかった。
俺の部屋なら朝日も夕陽も射し込まず、小鳥のさえずりも聞こえず、
しかしたまに寝息が忍び込んで来る事もあるが、愚鈍で気だるい朝を迎えられたのに。
隣で裸身のまま眠るそいつを置いて、脱ぎ捨ててあった自分の服を着て部屋を出る。
あくびをし、タバコを咥える。ダイニングルームに行くとキッチンから包丁の音。
労八がサラダを切り刻んでいた。アグリアスよりも規則的で、しかし機械的
「オハヨウゴザイマス! ラッドサン!」
「うぃ〜ッス」
サンドイッチのために用意されていた食パンを三枚拝借し、
ジャムもバターもつけず味気ない朝食を軽くすませる。
何気なく庭に行くとアグリアスが朝っぱらから素振りをしていた。飽きないな。
「むっ……ラッドか。珍しく早いな」
「朝日が眩しくてなー……灰になって死にそうだ」
「吸血鬼かお前は。……というか、ラッドの部屋に朝日など入ったか?」
「馬鹿じゃねぇのお前、入る訳ねーじゃん。吸うか?」
タバコを差し出すと、睨まれた。
「私は自ら毒を吸うような愚かな真似はせん」
「あ、そう」
黒魔法ファイアで火を点けて、俺はタバコをふかす。今日も空は晴れていた。暑い、うざい。
「ラッド、その死んだ魚のような眼はどうにかならんのか。ラムザ達と別れてからずっとだぞ」
「正確には戦争が終わってからだ」


何をするでもなく、ゆるゆると流れていく時間。
ただ日々の糧を稼ぎ、ただ日々の糧を消費し、ただ女を抱き、ただタバコを吸い。
鈍色の日々、鈍色の煙。鈍色にかすむ世界。
その日、酒場で儲け話にありつけなかったアリシア達は、
アグリアスの稽古に無理矢理つき合わされた。
儲け話として魔物退治などもこなす二人の腕は衰えておらず、むしろ柔軟性を増していた。
だがそれでもアグリアスという騎士の強さは半端じゃなく、
聖剣技も使われず軽くあしらうアグリアスは見事だった。
汗をかいて微笑む三人の騎士が眩しかった。
そして今日も今日とて日が暮れる。
自室に戻って呪縛刀とゾーリンシェイプを磨いていると、部屋の戸がノックされた。
二回。三回。一回。ラムザと旅をしていた頃から使っている俺達だけの合図だ。
「ラッド。今日、いいかな?」
「悪い、仕事だ」
「そう……。あまり危ない事しちゃイヤだよ?」
結局俺は裏の世界でしか生きられないんだと思う。
ガフガリオンにつこうがラムザにつこうが裏の世界で生きていく事に変わりは無かった。
そうして俺は今日も今日とてきな臭い仕事に赴く。
と、アグリアスが玄関で待ち構えていた。
「真っ当な仕事をしろと言ったはずだ」
「ガラじゃねぇ……つったろ」
「……今日はどんな仕事だ」
答える必要は無い。だが真っ直ぐなアグリアスの双眸が俺の口を開かせた。理由は自分でも解らない。
「ロマンダから麻薬が大量になだれ込んでいる」
「呂国は畏国を内部崩壊させるつもりか? ただでさえ長き戦争でこの国は疲弊しているというのに」
「生憎俺はラムザと違ってこの国に忠義も愛情も無い。英雄王がどうなろうと知った事か」


それで、だ。
かいつまんで説明すると、俺達は逆に麻薬を強奪して全部焼き捨てた。
煙を吸って麻薬業者の連中が愉快な事になってたが、風上にいた俺達にはどうでもいい事だった。
そうなった経緯、アグリアスや麻薬業者と色々とあったがよく覚えてねぇ。どうでもいい。
仕事がおじゃんになったもんで収入は無し。むしろ手裏剣とか消費して出費がかさんだ。
赤字だ。俺は悪くない、アグリアスのせいだ。
何もかもがどうでもよくて、俺は今日もムスタディオの家の屋根で寝転がる。
タバコを咥えて火を点ける。紫煙が青い空に溶ける。
結局灰色の日々は変わらない。
黒い方向に行こうとすると、白い奴が俺を灰色のところまで引きずり出しやがる。
いつか俺もあいつ等みたいに白い世界で暮らせるのだろうか。
冗談じゃない。平和を通り越して退屈な日々をただ送るなんて。
しかし、だ。
「ラッド! 今日はアリシア達と一緒に仕事に行ってもらうぞ!」
「今回の儲け話は、ちょっと男手が必要で……いいかな?」
「とゆー訳でラッド! あんたも来なさい!」
「……かったりーなぁ……」
こうして俺はアグリアスに尻を蹴られ、アリシアに手を引かれ、儲け話の仕事に行く。
タバコをふかしていると、アリシアがそれを奪った。いつもは嫌がらないのに何でだ?
抗議の視線を送ってやると、アリシアは恥ずかしげに微笑んだ。
「お互い身体に障るから……ね?」
マジかよ。
どれだけ黒い世界に帰ろうとしても、白い世界に引っ張られる。退屈な白い世界に。
空を見ると雲は青の一割を占める程度で、機工都市ゴーグは今日も晴れだった。









 *





アグリアスのせいで俺は裏の業界での面子をつぶしてしまった。
おかげで最近、アリシア達と一緒に普通の儲け話に励んでいる。ああ、面倒くさい。
スタディオから言わせれば、美女二人と一緒に仕事できるなんて羨ましい限りらしい。
じゃあお前が行け、と言いたい。
もちろんその代わりに俺が発掘作業をしてやる、なんて快い申し出はしない。
ある日、仕事から帰ってきて報酬を家主のベスロディオに渡す。
「お疲れさん」
スタディオが祝杯を用意して待っていた。
一人酒の気分だったので酒瓶一本持って屋根で月見酒をしようと思ったが、
アグリアスアリシアの下腹部に視線をやって気遣う様を見て、気分が変わる。
アリシアは苦笑いを浮かべて何事かを呟き、逃げるようにしてラヴィアンの背中に回った。
一転、アグリアスは俺に突っかかってきた。
「ラッド、少し二人で飲まないか?」
「上がろうぜ」
言って、俺達は屋根に登った。グラスにワインを注ぐ前にタバコを咥える。
「タバコはやめろ、お腹の子に悪い」
「何の話だ?」
アリシアは隠しているようだが、やけに下腹部を気にかけている。不自然なほどに」
「腹の調子でも悪いんだろ。胃薬ならこないだ万引きしたのを薬棚に入れといたぞ」
「朝、アリシアの部屋から出てくるラッドを見た事がある」
俺は観念したように肩をすくめ、グラスにワインを注いだ。
「まあ、飲もうや」
「フンッ……」
二人並んで屋根に座り、ワインを一口ずつ飲む。
「そういえば、アグリアスと二人で飲むのは初めてだな」
「ラッドは誰とでも飲んでるようで、誰とも飲んでいないようでもあった」
「一番うまい酒は初めて人を殺した後、ガフガリオンが上げてくれた祝杯だったな。
 血の匂いがこびりついた酒だったが、何もかも洗い流してくれるような味がした……」
「……アリシアとは……いつからだ」
「ん……二度目のオーボンヌ修道院。あの頃からだ」
「お前とアリシア、どっちから?」
「どちらからともなく、何となくさ。……あんたが気づいたのはいつだ?」
「ここでみんなと合流し、ラムザ達を見送ってから……そうだな、一週間後くらいに、
 アリシアの部屋からお前が出てくるのを見た時だ。気づくのが遅くて悪かったな」
苛立ちをあらわに、アグリアスはワインをあおった。
その仕草が子供っぽくてラッドは軽く笑う。
灰色にかすんでいた世界が、ふっと明るくなった気がした。
「それで……俺にどうしてもらいたいんだ?」
「それは……」
ポツリ。ラッドのグラスに波紋が浮かぶ。
「ん、何だ……? 雨か」



本格的に降り出す前に俺達が中に退避した途端、ラヴィアンの悲鳴が聞こえた。
「どどど、どーしたのよ、アリシア! 痛いの!? 急病!?」
雨音が次第に強まっていく。アグリアスは大急ぎでアリシアの元へ向かった。
俺か? ……俺、は…………。
…………………………。
………………。


「……あはは、ごめん。流れちゃった」
「そうか」
病院のベッドでアリシアが苦笑を浮かべる。
さっきまでラヴィアンが看病していたが、邪魔だから出て行ってもらった。
「……何だか、期待してたのと違うな。もっと悲しむかと思った」
「人死にには慣れてるからな。こういう死に方を見る機会もあった、その時はお袋も一緒に死んだよ」
「…………そう……」
「産みたかったのか? なら、また作ればいい」
「そういう言い方って、冷たいよ」
アリシアの表情が曇るが、俺は構わずに続ける。
「俺がこういう男だって、ラムザの次にお前が理解してるはずだと思ってたんだがな」
「…………私は、ラムザさん以上に解ってるつもりだったのに……」
「思い違いだ、お前達には見せてないものが多いからな。ラムザだってその一端を見た程度さ。
 ガフガリオンほど腕が立った訳でもない俺は、傭兵稼業ばかりで食って来た訳じゃないんだ」
「…………」
「……しばらく安静にしてるんだな」
これ以上話をしてもろくな事にならないと思い、俺は病室を出た。
待ち構えていたラヴィアンが力いっぱいビンタをしてきて、手首を掴んで止める。
「……こういう時は、黙ってぶたれなさいよ」
「ヤだね」
ラヴィアンの手首を捻り上げて背中を向けさせ、もう一方の手で背中を強く叩いてやる。
前のめりに倒れそうになるのを二歩、三歩とつまづきかけつつラヴィアンは踏み止まった。
病室の外で待っていたアグリアスは、そんな俺に視線を向けず病室の中に入っていった。
そんなラヴィアンを放って俺はとっとと家に帰る。
雨はまだ降っていた。
帰宅して自分の部屋に行き、タバコで一服。二本目に手を出そうとした時、戸をノックされた。
「入るぞ」
アグリアスだった。ベッド脇に立てかけてある呪縛刀と、
枕の下に隠してあるゾーリンシェイプを取り出すと、俺に向かって放る。
「来い」
誰が行くか、バァカ。そう思った。それでもついて行ったのは、自分が馬鹿だという証拠だろう。
雨が降る中、庭に連れ出される俺。ディフェンダーを抜くアグリアス
やれやれと肩をすくめ、俺は泥を蹴り上げてアグリアスの視界をさえぎり、
腰を折って低姿勢のまま弧を描きつつ疾駆し呪縛刀を振るう。
「無双稲妻突き!」
いきなりそれか。雷光に撃たれ全身が焼けつき、視界が白濁する。
それでも構わず呪縛刀を振り切る。確かに肉をえぐる感触、これは……左の太ももだな。
視界が回復しないまま、切った場所から相手の全身像を想像し、
ゾーリンシェイプを脇腹目がけて突き出す。が、鋭い衝撃に弾かれた。ディフェンダーか。
「聖光爆裂破!」
今度はそれか。雨と一緒に光が降る。意識が混濁して、それでも俺は刃を振るい――。
「この馬鹿者っ」
それが記憶に残る、最後の言葉。
それともうひとつ、機工都市ゴーグは今日は雨だった。







 *





いつも通り屋根の上で鈍色の煙を立てる俺、空も一面鈍色だった。
人の気配を感じて玄関口を見下ろせば、郵便物が届いたらしい。
気紛れで何が届いたのか確認してみる。
差出人の名はルグリア。最近多いな、ラムザからの手紙。
勝手にその場で開ける。どうせ後で全員読むんだ、俺だけ先に読んでも構わないだろう。
内容は陳腐なものだ。チョコボが卵を産んで、温めている。
子供が生まれるのが楽しみなんだそうだ。チョコボ牧場の経営は順調。
特に代わり映えしない、いつも通りの手紙。
読みながら家の中を歩いてると、アグリアスと出くわした。
「ほれ、愛しいラムザからのお手紙だ」
「フンッ……」
引ったくるようにして手紙を受け取るアグリアス。まだ機嫌が悪いようだ。
俺はキッチンに行き、皿洗いをしている労八の横を通ってリンゴをひとつ拝借する。
丸かじりにしながら屋根に登り、タバコとリンゴを交互に咥える。
リンゴが半分ほどになった頃、アグリアスが屋根に登ってきた。
「何か用か」
「手紙を読んだら、また貴様を殴りたくなった」
「生命の誕生、ああ、素晴らしきかな。……くだらねぇな。同じ数だけ死が存在するぜ」
「貴様のような人間が父親になれるとは思えん」
「父親ねぇ、なる気は無いな」
「なぜだ」
「父親ってのは、子供を殴るもんだろう」
「何だその偏見は」
「姉貴は慰み者にされた後、色町に売られたっけな。父親の仕事ってのは腐ってやがる」
「…………貴様に同情などせんぞ」
同情の色を瞳に浮かべて、アグリアスは言った。馬鹿じゃねぇのこいつ。


「あー……退屈だな」
「儲け話でも探しに行け」
「一人で行くと、どういう訳か黒い仕事しか見つからなくてな。
 誰かさんのおかげで俺の信用失墜してるし、ガフガリオンの名前も最近じゃ通用しねぇ」
「……ラヴィアンと行けばいいだろう」
「俺と目合わせようとしねぇぞあいつ」
「……では私と行くぞ!」
「……はぁ?」
「私も儲け話とやらを経験してみようと思ってな。
 顔を隠せる装備で、偽名を使えば、さして問題あるまい」
「……勝手にしろ」


その日見つけた儲け話は実に単純明快で、アグリアスにも楽にこなせる仕事だった。
炭鉱から発掘された機械の人形をいじっていたら、それが暴れ出したというもの。
機械人形は炭鉱内に潜伏。近寄る者を見境無く攻撃している。
仕事の内容はそれを退治しろという単純明快なものだ。
俺とアグリアスは、他何名かの雇われ人と一緒に炭鉱に潜り、
チームごとに分かれて炭鉱の中に潜む機械人形を探索する事になった。
当然チームは元々組んでる連中で形成され、俺はアグリアスとペアという事になった。
二人では危険だろうと、三人組のチームが一緒に探索しないかと申し出たが断った。
足手まといを三人もかかえるつもりは無い。
こうして俺とアグリアスの炭鉱探索が始まる。


さて一応装備を説明しておこうか。
アグリアスは顔が隠れるよう、リボンではなくクリスタルヘルムを被っている。
武器は当然ディフェンダー。盾はクリスタルの盾だ。
鎧はクリスタルメイル。で、お約束のゲルミナスブーツ。
俺か? 俺はシーフの帽子に力だすき、そして呪縛刀二本とブレイサーだ。
ランプ片手に俺はアグリアスを先導する。
会話は無かった。
耳をひそめ、物音を敏感に察知し、敵を探るため。という事にしとこう。
しばらくして離れた場所から轟音が響いてきた。戦闘が始まったらしい。
俺達が現場、ちょっとした広場に駆けつけると、すでに肉塊となった男が二人倒れていた。
俺達に声をかけた連中だ。
切っておいて正解だった。ほら、最後の一人も機械人形に今、首をはねられた。
「よおアグリアス。機械人形とかいうから、俺ぁてっきり労八みたいなのを想像してたぜ」
「私もだ。まさかああも人間的な姿をしているとはな」
ランプを床に置き、アグリアスディフェンダーを抜いた。俺も呪縛刀を構える。
一つ目の機械人形がこちらを向いた。
ほぼ人間と同じ体格のそれは全身をグリーンで統一された、坊主頭。
四角い口の両側からパイプが後頭部へと回っている。
そして顔の真ん中には黒くへこんだ横一本のラインがあり、その中に赤く光る一つ目があった。
右肩にはシールド、左肩にはとげつきのアーマーを装備。
そして右手に銃と呼ぶには大きすぎる歪な銃。さらに左手には刃が赤く光る斧。
これが機械人形か。
「労八同様、魔法は効かねぇと思ってよさそうだな」
「ふっ、私の出番という事か」
俺達が戦意を剥き出した直後、炭鉱の別口から別チームが躍り出る。
「俺達の獲物だ! 一気にやるぞ!」
即座に闖入者の戦力を分析。
五人チーム。ナイト、弓使い、陰陽士、黒魔道士、アイテム士。
装備、身のこなしを見て、ああ駄目だなと思う。


負けじとアグリアスも飛び出すが、奴等の方が早い。
機械人形も先に五人チームを片づけようと判断し、巨大な銃を向ける。
「避けろ!」
アグリアスが叫ぶのと同時に機械人形の銃が火を吹いた。
先頭に立つナイトの鎧、盾を打ち砕き、その身体に無数の穴を空ける。
まさか、銃弾を連続して撃っているのか!?
それを証明するように銃声は幾重にも重なり、薬莢が次々と排出されている。
薬莢の数を見れば数秒のうちに何発の弾丸が放たれたのか想像は容易で、恐ろしかった。
ナイトという壁をやられながらも、弓使いがボウガンを放つ。
しかし矢は機械人形の装甲に弾かれ地面に落ち、続いて連続発砲可能な銃の餌食となった。
その隙に陰陽士と黒魔道士が魔法を詠唱を終えていた。チームワークはいいらしい。
「不変不動!」
「サンダラ!」
二つの閃光が機械人形を撃つが、機械人形は平然と立ち、敵を見据える。
銃を止めたかと思うと、人間のように走り出し、
とげつきの左肩で陰陽士にショルダータックルを食らわせる。
胸に穴を空けられて陰陽士は死に、アイテム士はミスリル銃で機械人形を撃つ。
甲高い音がして弾が当たったと解るが、機械人形の身体をわずかに震わす程度だった。
機械人形は次のターゲットをアイテム士にし、銃を発砲。
頭部を吹っ飛ばされてアイテム士も死んだ。残った黒魔道士は状況不利と悟り逃げ出した。
その黒魔道士に銃身を向けたところで、アグリアスがようやく機械人形を射程圏内にとらえる。
「聖光爆裂破!」
閃光が洞窟を照らし、機械人形の装甲をわずかに焦がす。
赤い一つ目がアグリアスを向き、赤く光る斧を振り上げながら迫ってきた。
アグリアスは盾でそれを受け止め、驚愕する。
クリスタルの盾が蒸発して崩れ去っていくのだ。
「この斧、強力な炎属性を持っているぞ!」
そう叫んでアグリアスは盾を捨てて距離を取り、無双稲妻突きを放つ。


電撃が機械人形の身体を震わせた。
アグリアスが相手をしている間に、俺は機械人形の横に回り銃に向けて手裏剣を投げていた。
あの武器はやっかいだ、何とかして破壊せねば。
しかし銃は相当丈夫らしく、手裏剣は軽く弾かれてしまった。
赤い瞳と銃身がこちらに向く。構わず疾駆、銃声が連続して響いた。
しかし俺は斜めに移動する事で銃撃を回避。機械人形は腕を動かして俺を追尾しつつ銃撃を続けた。
アグリアス! もっと撃ち込め!」
「くっ……聖光爆裂破!」
光が再び機械人形の表面を焼く。表面、だけを。
機械人形が銃を攻撃してきたアグリアスへと向けた瞬間、俺は一足飛びに機械人形に肉薄。
脆そうな右パイプ部分に呪縛刀を斬りつけると、そこから蒸気が噴出した。
機械人形がわずかに後退し、左肩を俺に向けて突進してくる。
咄嗟にバックステップで回避しつつ、一つ目を狙って手裏剣を投げる。
どうやら目も頑丈らしく、手裏剣は弾かれ、俺は壁に追い詰められた。
「ラッド! 逃げろ!」
「上等、やってやるよ」
久々の命のやり取りに俺の中の何かが火を点けた。
呪縛刀で機械人形を叩きまくる。装甲は丈夫で、切り裂く事はできなかった。
機械人形は平然としながら炎の斧を薙ぎ、それを受けた呪縛刀は真っ二つに折られた。
獲物を一本失った俺は接近戦は不利と判断、しかし後退はしない。
なぜなら遠距離戦はあの連射銃の威力が最大限に発揮されるからだ。
俺は遠距離に逃げるために、呪縛刀で連続銃の銃身を斬りつける。わずかにへこみを作る事に成功。
機械人形は炎の斧を振り回し、俺はそれを紙一重で避け、斧が放つ熱に服が焦げた。
さらに皮膚に走る灼熱。どうやら火傷をしたらしい、紙一重での回避では駄目だ。
「うおおっ!」
聖剣技では埒が明かないと思ったのか、アグリアスディフェンダーで機械人形の背中を斬る。
すると凄まじい火花が散り、俺の警鐘が最大級に鳴り響いた。
アグリアス、逃げろ!」
故障したらしく、動けなくなった機械人形は斬られた勢いを受けて俺に向かって倒れてくる。
その重量は人間をはるかに凌駕しており、装甲の中身も鉄で作られていると理解させられる。
ゴキン。機械人形の膝にすねを打たれ、機械人形に押し倒される形となり動けなくなった。
「ラッド、大丈夫か!?」
「早く逃げろ、何かがヤバい!」
火花が一際大きく弾け、アグリアスを後退させた。
「こいつはもうくたばった! 俺は何とか抜け出すから、先に行け!」
「そうは、いくか!」
アグリアスは火花を散らす機械人形の下にディフェンダーを刺し込み、
てこの原理を利用して引っくり返そうとした。俺も両手で機械人形を押しのける。
機械人形はゴロリと仰向けになって倒れた。
「さあ、逃げるぞラッド!」
「おうっ! いいか、振り向くなよ。多分こいつは爆発する! 眼をやられるぞ!」
そしてアグリアスは走り出し、俺は、機械人形から連射銃と炎の斧を剥ぎ取っていた。
アグリアスは足音が自分ひとつのものしかないと気づいたのか、坑道の半ばで振り向き、立ち止まる。
「何をしている、ラッド! 早く――」
「押し倒された時、足の骨がイっちまったらしい」
「ラッ――」
俺は戦利品を抱え、風水術『落とし穴』を使い機械人形を落とし――閃光と爆音が響き渡った。
爆風に吹き飛ばされながら、崩れ落ちる岩盤の向こうで叫ぶアグリアスの姿が見えた。
アグリアスの悲痛な表情がやけに鮮明にまぶたに焼きつく。
そして背中を焼かれる痛みの次は壁にぶつかる痛みが襲ってきた。
さらに坑道は崩壊を続け、俺の周囲にも岩が落ち、頭上で火花が散った感覚と同時に視界が暗転。
機工都市ゴーグは今日は曇りだった、それは不吉を表していたのだろうか? ――俺は意識を失った。










 *




目を覚ますと、真っ暗闇だった。右半身を下にして倒れているらしい。何時間、何日、気絶していた?
身体を動かそうとすると、背中に凄まじい痛みが走る。
どうやら機械人形の爆発にやられたらしい。戦利品を守るため、爆破の瞬間背中を向けたせいだろう。
腕の中には、炎の力を失ったらしい斧と、連射銃が確かにあった。
暗くて手の感覚からしか判別がつかないが、連射銃は多少ひしゃげてしまっているようだ。
まあムスタディオならこれくらい修理できるだろう。
それより炎の斧に身体を焼かれずにすんだ事を幸いとしよう。
刃に熱を宿らせるには何らかの条件が必要と見た。今、赤熱したら、俺の胸元が焼け焦げる。
作動するなよ、と願いながら今度は手足を動かし、空間と床を探し当てたため、
戦利品をいったん地面に置く。それから自分が岩の下敷きになっている事が解った。
左足は膝から先の感覚が無い、岩に潰されてそうとう酷い事になったようだ。
ただでさえ機械人形の下敷きになった時に骨をやられちまってるのに。
右足は感覚こそ確かだが、ピクリとも動かない。足首から膝にかけて土砂に埋まっているようだ。
空気は――どうやら通っているらしい。窒息死の心配は無さそうだ。
俺は胸元周辺にある空間を利用して炎の斧と連射銃を地面に置き、
懐からタバコを取り出して咥える。
それからかとんのたまを爪で引っかいて傷をつけ、その傷の部分にタバコの先端を押さえつける。
ジュッと音を立ててタバコに火が点いた。
小さな火種を灯したかとんのたまは照明道具として空間の端に置く。
崩れた土砂や岩、木材などが見える。生き埋めだと改めて実感。
助けを呼ぶにしても、声が届く範囲に人がいなければ無駄に体力を消耗するだけだ。
俺はのんびりタバコをふかして救助を待った。
時間が流れる。
淡々と流れる。
延々と流れる。
鈍色も流れる。
物音と女の声。


声が近くに寄ってきて、次第に鮮明に聞こえ出した。
「ほら、何か煙出てません?」
「むっ……地面からなぜ煙が……」
「この匂い……タバコですよ。ラッド!? ねえ、ラッドいるの!?」
この声、アリシアアグリアスか。
「ここだ! 俺はここにいるぞ!」
叫ぶ。すると、それに応える声。
「ラッド! よかった、無事なの!? 怪我してない!?」
「確かに爆発があったのはこの辺りだった。どうやら間違いないようだな」
「よっしゃ〜! みんな、こっちこっち。ラッドはここに埋まってるよ〜!」
ラヴィアンも来ているのか。そして、みんなとは?
「ラッド〜! 助けに来たぜー!」
「ラッドサンヲ、救助シマス!」
ムスタに労八か。
瓦礫や土砂をどかす物音が頭上でし、しばらく経って光が射し込んでくる。
――ああ、眩しい。
一際大きな岩を労八が引っくり返すと、俺の身体のほとんどが外に出た。
「ラッド!」
アリシアが駆け寄って来たため上半身を起こすと、泣きながら抱きついてきやがった。
あんな扱いをした俺を、こいつはこんなにも案じていたのか。普通、見限るだろ。何で見限らなかった。
それから、アグリアスが安堵の笑みを俺に向けて言う。
「よく無事でいてくれた」
「フンッ……お前等とは潜った修羅場の数が違うんだよ。ほれ、ムスタディオ、戦利品だ」
そう言って、機械人形の持っていた斧と銃をムスタディオに渡してやる。
すると俺の救助を忘れ、斧と銃がどういう構造なのかその場で調べ出しやがった。
俺の右足、まだ埋まってるんだけど。後、左足折れてるから。
労八とラヴィアンが足の方も掘り返してもらってから、俺は労八にかつがれて病院に向かった。
俺を背負う労八に、アグリアスアリシアが連れ添う。
「病院までそう遠くない、それまでしばし我慢してくれ」
「足が折れたくらい、そう喚くもんでもねぇだろ」
「で、でも! 背中も火傷してるし、骨折はちゃんと治さないと後遺症とか怖いんだよ?」
アグリアスは毅然とした態度を取っているが、アリシアはまだ俺の身が心配らしい。
「しかし、よく見つけてくれたな……」
「それは、ラッドの匂いがした気がして、追いかけてったら地面から煙が出てて……」
「タバコのおかげで命拾いしたって訳か」
皮肉たっぷりに言ってやると、アグリアスはコホンと咳払いをした。
「ま、まあ今回は役立ったが……無駄金であり消耗品であり有害なタバコなど、私は認めんぞ」
「男の嗜みだ」
ラムザは嗜んでおらん!」
「酒もタバコも駄目なあいつは大人の男じゃないからいいんだよ。
 まあ、筆下ろしくらいすませば大人として認めてやってもいいけどな。
 アグリアス、あいつの相手してやったらどうだ」
「ななな、何を言うかこの破廉恥男!」
「くっくっくっ……なあアリシア、お前もそう思わねぇか?」
言われて、アリシアは小さく微笑んだ。
アグリアス様。好いた殿方に抱かれる喜びは蜂蜜よりも甘く、ワインよりも濃厚ですよ」
「あ、アリシア……」
「私達はもう一人前でやっていけますから、いつラムザ様を追いかけに行ってもいいんですよ」
アグリアスの顔が真っ赤に染まる。くっくっくっ、うぶだねぇ。
「あ……アリシアとラヴィアンはともかく、ラッドがまだまだ危なっかしくて放っておけん!
 私はまだしばらくムスタディオの厄介になるぞ。そしてラッドを 真 人 間 に矯正してやる!」
「ケッ。労八に出番取られてごくつぶしになるのが嫌だからって、俺を理由に居座ろうって魂胆か」
「そのような戯けた真似をこの私がすると思うか!? ええい、天の願いを胸に……」
「怪我人相手に何する気だこの剣女!」
「誰が剣女だ、このごくつぶしが!」
「戦利品をゲットしただろうが! 連射銃と炎の斧!」
そんな言い合いをしながら、時折アリシアが口を挟み、それなりに退屈せず病院へとたどり着いた。
病院に入る前に、俺はふと空を見上げた。
出かける前は鈍色だった空が、俺が埋もれていた間に青一色に変わっている。
今度アリシアに指輪を買ってやろう。なんて思わせるくらい、機工都市ゴーグは今日も晴れだった。



   そしてこれからも晴れは続くだろう、こいつ等がいる限り。――終。