氏作。Part30スレより。
とある街とある宿。
アグリアス・オークスは宿にある庭で剣の鍛錬をしていた。
当然消耗する。体力とか消耗する。するとお腹が空く。
「むっ……小腹が空いたな。何か食べる物はないか……」
今日泊まっている宿はまさに『泊まる事』のみに特化した宿であり、
食堂や酒場の類は一切置いていない小さな宿だった。
「誰か、何か持ってないか……」
たかが小腹が空いた程度で隊の保存食に手を出す訳にもいかず、
アグリアスは自室に戻りアリシアとラヴィアンに訊ねてみた。
「お酒ならありますけど、肴はちょっと切らしてますねぇ」
「むう、そうか……アリシアは何か持っていないか?」
「いいえ。でも、ラッドなら色々溜め込んでますから、何かあるはずです。頼んでみては?」
「ラッドか……まあ頼んでみよう」
言われてラッドとムスタディオの泊まる部屋に行ってみるアグリアス。
ノックを一回、直後中からドシャッと大きな音がしたのでアグリアスは部屋に踏み込んだ。
「どうした!?」
「あ、アグリアスか……驚かすなよ」
そこには鞄を引っくり返して中身をぶちまけているムスタディオの姿があった。
「荷物の整理でもしていたのか? ……おい、それはラッドの鞄だろう」
「いや、ちょっと小腹が空いてな……ラッドがいないもんだから、ちょっと無断で拝借しようと」
「まったく、お前という奴は……ラッドはいないのか?」
「俺もさっき部屋に戻ってきたんだけど、そん時にはもうラッドはいなかったぜ。
……おっ、食べ物はっけ〜ん。ちまきとかいう異国の食べ物だ。いただきまーす」
笹の葉を解きちまきを食べるムスタディオを見てアグリアスは眉を釣り上げた。
「おい、了解もなく勝手に……」
「アグリアスも食うか?」
差し出されて、小腹がクゥと空腹を訴える。
「むっ……見慣れぬ食べ物だな。これは米を使っているのか?」
どんな味がするんだろう。好奇心がふっと湧いて出て、空腹感を後押しする。
「……まあこんな物のひとつやふたつで怒るほど狭量ではあるまい」
そう言ってムスタディオからちまきを受け取り、食するアグリアス。
「どうだ? いけるだろ」
「うむ……これはなかなか。ちょっと酸っぱいのがいいアクセントになって……」
ミシッ、ミシッ、ミシッ。
「ムッ!?」
廊下の足音に気づき、ムスタディオは窓を開けて外側にぶら下がった。
「ムスタディオ?」
「アグリアスも!」
切迫した物言いについ釣られてアグリアスも窓の外側にぶら下がった。
二階の高さだから、注意して飛び降りれば少し足が痛い程度だろう。
ガチャリ、扉が開く音がする。
「ムスタディオ、いねーのか? ……何だ、俺の荷物が……」
アグリアスとムスタディオは指を震わせながら窓に張りつき、ラッドの声に耳を傾ける。
(なあムスタディオ。たかがおやつを食ったくらいで、なぜ隠れねばならんのだ?)
(いや、なんかヤバイと思ってつい……)
(正直に勝手に食った事を謝ればいいだろうに……)
(まあ、そうなんだけど……つい……)
「あれ? ちまきがねーぞ」
ラッドの声にビクンと反応する二人。怒るかな、怒らないかな。ドキドキ。
「ムスタディオの奴がつまみ食いでもしやがったのか?」
(ピンポン大正解。正確にはアグリアスも一緒だけどな)
(お前の甘言が無ければつまみ食いなどと……)
「ったく。あれ腐りかけてたから、俺以外のやわな連中の腹じゃもたねぇぞ……下痢確定だな」
(えっ、何か酸っぱいと思ってたら……)
(うそ、腐りかけ……?)
ショックで窓から手を離してしまう二人。
ヒュー、ドシン。高ハイトから落下した二人は尻餅をついてダメージを受けた。
その衝撃が下腹部を強く揺さぶる。
「あぐぅっ!?」
「こ、この落下の衝撃とは異なる痛みは……」
グキュルキュルキュ〜。
二人の腹が悲鳴を上げた。
「い、いかん。トイレ、トイレに行かねば!」
「お、おうっ!」
腹を抱えてひいこら言いながら二人は宿屋の正面入口に回り、
男女兼用の宿屋に唯一無二のトイレの戸に"ほぼ"同時に手をかけた。
脂汗をかきながら睨み合うアグリアスとムスタディオ。
「……悪いなムスタディオ、先に使わせてもらうぞ」
「ちょっと待てアグリアス、俺の方がちょっとだけ早かったぞ」
「そんな事はない、私の方が早かった」
「鈍足のホーリーナイトに俺が遅れを取る訳ねぇだろ」
二人の視線がぶつかり火花を散らす。
「貴様はレディーファーストという言葉を知らんのか」
「男女差別反対! 何て言うかもー男女の立場逆転するくらいの勢いじゃん現代日本!」
「そんな遠い異国の事など知るか! 漢字知ってるからって日本文化に迎合しておらんぞ!」
もう言葉では解決しない。同時にそう悟る二人。
アグリアスは剣を抜いた、ムスタディオは銃の撃鉄を起こした。
殺気、鋭い殺気が互いの身を切り刻む。
眼が獣のように野性味を増し、しかし狩人のような冷徹さをも持った鋭い眼差しになる。
「うおおおおおっ!」
「でやああああっ!」
同時に叫ぶ二人。
グ〜キュルキュルキュ〜。
「あぐぅぅぅぅっ!」
「はおぉぉぉぉっ!」
同時に叫ぶ二人、二回目。
「い、いかん……今剣を振るったら……」
「今、発砲したらその衝撃で……」
同時に言う二人。
『堕ちる』
ゴクリ。二人はうなずき合った。
「と、とにかく武力的解決は避けよう……」
「同感だ、そ、それでトイレの優先権だが……」
と、そこに。
ゴロゴロゴロゴロゴロ。
「アグリアスさん、ムスタディオ、危な〜い!」
ラムザの声と騒音に振り向く二人。
迫る鉄球。
「労働八号に待機を命じたら丸くなっちゃって、この宿傾いてるみたいでー!」
人より大きな労働八号。丸まっても廊下を埋めるだけの横幅あります。逃げ場無し。
今、あんなもんにぶつかったら間違いなく、堕ちる!
最悪の未来を想像し顔面蒼白になる二人。
「くっ……こうなったら! 命脈は無常にして惜しむるべからず……」
「アグリアス! 聖剣技で止めてくれるんだな!?」
アグリアスはムスタディオの両肩を掴み、転がってくる労働八号の方へと突き出した。
「葬る!」
「ちょっ」
「ムスタ防壁!」
ムスタディオの背中を蹴飛ばして労働八号にぶつける。
アグ蹴りによる背中からの衝撃+労八体当たりによる腹筋への衝撃=堕。
労働八号はムスタディオという障害物に衝突し、
宿屋の微妙な傾斜を解決し見事労働八号は止まった、ムスタディオの腹の上で。
「ぐ、ぐえぇぇぇ……」
か細い悲鳴とともにヒクヒクと痙攣するムスタディオと、漂う異臭。
アグリアスはあえて鼻を押さえず、瞳に涙を浮かべた。
「すまぬ、この犠牲無駄には……」
異臭のせいでムスタディオの介抱に戸惑いを見せるラムザを捨て置き、
アグリアスはトイレの戸に手をかけた。
ガチャッ。
「……む?」
ガチャガチャ。
「…………あれ?」
ガッチャガッチャガッチャ。
「………………ええぇ!?」
鍵がかかっている。
「の、ノックしてもしもぉ〜し! ど、どなたですか!? トイレにいるのは誰!?
ででで、できれば早目に出ていただけると助かるんですけど!」
アグリアス必死の嘆願に、後ろから声。
「あ、すみません。さっきトイレ使った時……」
振り向く。ムスタディオと労働八号を挟んだ向こうでラムザが申し訳なさそうな顔をしていた。
「ドア開けるの面倒くさくてテレポで入って、鍵閉めて、そのままテレポで出ちゃいました」
「……という事は、このトイレは……無人」
顔面蒼白の上、脂汗を滝のように流し出すアグリアス。
「ら、ラムザ! テレポで出入りしていたのなら、お前が中に入って鍵を開けてくれ!」
「あ、はい」
テレポをして姿を消すラムザ。
テレポをしてその場に現れるラムザ。
「……すみません。ちょっとここからトイレまで距離があって難しいみたいで……」
「な、ならばもっとこっちに近寄ってテレポを……」
「でも、何かムスタディオから変な異臭がするし……近寄りたくないです」
「ららら、ラムザぁ。た、頼むから……」
「それよりムスタディオをこのまま放っておく訳にも……。
ちょっとそっちから労働八号を押してもらえませんか?
そっちに押すとアグリアスさんまで潰れちゃうし」
「そ、そんな……労働八号を押そうとして踏ん張ったりしたら……。
ろ、労働八号! 動け、自力で動いてそこからどけ!」
「システムエラー! 再起動ノタメ一時間ホド機能ヲ停止シマス!」
「労働八号ー!?」
動かぬ労働八号を前に、開かぬトイレの戸を後ろに呆然とするアグリアス。
ぐきゅ〜きゅるきゅる。
お腹が悲鳴を上げる。アグリアスも悲鳴を上げる。
「あっ、あぐ…………あああぁぁぁぁぁぁっ!!」
その日、蹴破られたトイレのドアの弁償代をラムザは支払う事となった。
そしてアグリアスは……ドアを蹴破った拍子に少し致してしまいまして、
半泣きになりながら洗濯をし、風呂屋へと赴くのだった。
――後日。
「ラッド。うまいケーキが手に入ったのだ、食わんか?」
「おお、たまには気が利くじゃねぇか騎士さんよぉ」
ムスタディオの提案でアグリアスは賞味期限が完全に切れたケーキをラッドに渡した。
そして先日必死に習得したテレポを使い鈍足問題を解決すると同時に、
トイレの中に入り鍵を閉めそのままテレポでトイレから出て、
ムスタディオと一緒にラッドの様子を観察した。
ラッドは宿のロビーで見張りをしながら読書を続けている。
「……一向にトイレに行こうとせんぞ」
「……しかも平然としていやがる。おいアグリアス、本当にあのケーキ賞味期限切れてたのか?」
「もちろんだ。嘘だと思うなら食ってみろ」
「クソッ、作戦練り直しだ。今度は賞味期限なんて生温い事言ってないで下剤入れようぜ下剤。
ほれ、アグリアスも食え。このケーキは安全だ」
「そのようだな。モグモグ……うむ、うまい」
と、そこに宿の二階から降りてきてラッドに話しかけるラムザ。
「ラッド。処分しようと思ってた期限切れの保存食が無くなってるんだけど、知らない?」
「ああ、俺が処分しといた」
「捨てておいてくれたのかい?」
「いや、もったいないから食った。俺腐ってる物とか平気だし」
「相変わらずだなぁラッドは……」
二人の話を聞き、アグリアスとムスタディオは顔を見合わせ、腹部に手を当てた。
ぐきゅるきゅるきゅ〜。
Fin