氏作。Part27スレより。






ガリッ、ゴリッ。鈍い切っ先が石床を削る。
ベキッ、ゴキッ。砕け散った肉片や骨を、正義の刃が撒き散らす。
「ぜはぁっ……はっ、はぁ……あぐっ。ぐ、おおっ! おアァッ!」
憤怒が、憎悪が、彼女を突き動かしていた。コレは、こうなって当然だ。死ね、死ね、死ね!
でも。


――「おい、何してるんだ?」


さらに吐いて、吐いて、吐いて、胃液に朱が混じる。
暗い暗い廃墟の中で、深く暗い場所にアグリアスは堕ちて行った……。


   眠り羊の鎮魂歌
   第一章 始まりの夜



死の天使ザルエラとの闘いに勝利したラムザ一行は疲弊していた。
アサシンのセリア、レディとアパンダの群れ。アークナイト・エルムドア。
そしてルカヴィ、死の天使ザルエラ。凄まじい連戦に疲れ、休息場所を探す余裕は無かった。
だから、廃城と化したランベリー城の敷地内にある古城で晩を取る事にした。
地下墓地からそう遠く離れていない古城。以前は客間代わりだったのだろうか?
古びてはいるが質のいい調度品が目立つ。
部屋割りを決め、埃に汚れた客室をそれぞれに使用する。



現在のパーティー構成と部屋割り。


北側その1 ラッド ムスタディオ 
北側その2 マラーク ラファ


西側その1 アグリアス メリアドール
西側その2 ラヴィアン アリシア


東側その1 ラムザ オルランドゥ
東側その2 空室


南側はバルコニーだ。
それから、外にボコが一羽。


古城は正方形の造りで、真ん中を中庭として繰りぬいた形だ。
内側が廊下となっており、外側に各自の部屋がある。
部屋は二階の東西南北に二部屋ずつ。
一階の西側はリビング。一階の北側はキッチン等。一階の東側は音楽室のようだ。
一階の南側は玄関ロビーになっている。


各々が部屋でそれぞれに休息を取る。
座る。寝る。武具の整備をする。本を読む。様々だ。
西側その2の部屋でアリシアは聞いた。
「何?」
「え、何が?」
「ラヴィアンじゃないの? 今、何か言ったでしょう」
「はぁん? いあ、何も……」
ヒソヒソヒソ。ヒソヒソヒソ。
声が、した。
「な、何だろう」
「知らないわよ。窓の外からじゃない? アリシア、開けなよ」
「イヤよう。ラヴィアンこそ、ほら」
「ったくもう。しょうがないな……あれ? 鍵、かかってる? 開かな――」
バタンッ! 鍵がかかっていると、ラヴィアンは思った。開かなかったからだ。
それが突然、台風でも起こったかのように内側へ力いっぱい押し開かれた。
同時に悲鳴が流れ込む。
「キャアアアアアアアアッ!!」
その悲鳴に、同じく西側の部屋を取っていたアグリアスが駆けつける。
「何事か!?」
そこには、開け放たれた窓と、開け放たれた戸と、部屋の隅で倒れるラヴィアンの姿があった。
アグリアス……見ちゃ駄目」
言ったのはメリアドールだ。
悲鳴より先にトイレを探しに部屋を出たメリアドールが、先に悲鳴を聞きつけやって来たというところか。
「わた、私、じゃ、ありません。違う、私じゃ……」
ラヴィアンが言い訳をする。言い訳にしか聞こえない。


剣はラヴィアンの手から離れていたが、アリシアの胸を真っ直ぐに、ラヴィアンの剣が突き刺していた。


「ラヴィアンが! ラヴィアンがアリシアを殺した!」
「ち、違ッ……違いま、ねえ、アグリアス様、助けてッ!」
メリアドールとラヴィアンが同時に叫ぶ。アグリアスは剣に手をかけ、一歩引いて部屋を見回す。
開いた窓から入る新鮮な寒気に、血臭が混じり廊下へと流れていく。
アリシアは、心臓を一突きにされ、仰向けに倒れていた。恐らくは即死だろう。
そして部屋の隅に、アリシアの剣が放られていた。
「何を考えて仲間を殺したのかは知らないけれど、覚悟なさい!」
「あなたこそ、私達を内側から殺すのが目的で、仲間になったんじゃないの!?」
「ラヴィアン落ち着け! メリアドールもだ! とにかく、血気はやるな。落ち着くんだ……」


一階の西側、リビングに、一時集合する面々。
アリシアと付き合いの長い、いわゆる『オヴェリア誘拐追撃組』は沈痛な趣だ。
特に、アリシアの死の現場を直視しただろうラヴィアンは。だが――。
「わか、解りません。風が、窓から風と悲鳴が流れ込んで、わーって私は叫んだんです。
 そうしたら、アリシアが剣を抜いて、何かと戦おうと、大きな影が……人影、が」
「その人影がアリシアを殺した、と?」
「解りません。私には、解り、わかっ、ううぅ……」
「結構です。ラッド、ムスタディオと一緒にキッチンへ行ってくれ。
 紅茶を淹れるんだ……ラヴィアン、紅茶でいいよね? それともコーヒー?」
「あ、こ、紅茶が」
「ラッド」
OKというように手を半回転させ、ムスタディオを連れてキッチンへ消えるラッド達。
その間、アグリアスはラヴィアンの震える肩をずっと抱いていた。


「まあ要約すると――」
元暗殺者のマラークが口を開く。
「可能性は三つ。他にもあるかもしれないが、とりあえず、三つだ。
 ラヴィアンがアリシアを殺したところにメリアドールが踏み込んだ。
 メリアドールがラヴィアンとアリシアを殺しに入ったものの、ラヴィアンだけ取り逃がし、
 アグリアスが駆けつけたため犯人をラヴィアンに押し付けようとした。
 そして最後のひとつは――第三者の仕業。生憎、俺達には第三者の心当たりがありすぎる」
「窓から何者かが侵入しアリシアを殺した――?」
「決めつけるのはよくないぜ、ラムザ。敵が第三者なら、全員まとまってりゃ返り討ちだ。
 敵が裏切り者なら、全員一緒にいりゃ、しっぽは出せない。後はじっくり追い詰めれば――」
「裏切り者なんて!」
叫んだのはラファだ。
「そんな人が、この中にいるだなんて私、思いたくない!」
「落ち着けよ、ラファ」
「いや、来ないで。私は部屋でじっとしてる。私を巻き込まないで!」
リビングを飛び出していくラファを、マラークが追う。
「落ち着かせてくるよ。お前等はリビングから動くなよ? あと、俺達の帰りが遅かったら、様子を見に来てくれ」
「解った」
こうして、リビングに残ったのはラムザアグリアス、ラヴィアン。
そしてメリアドールとオルランドゥの五人だ。キッチンにはラッドとムスタディオがいるが、すぐに戻ってきた。
「せっかくだから、人数分淹れたぜ。ラヴィアン、さあ」
差し出されたラッドの手に、ラヴィアンは怯えた。苦笑してラッドは紅茶をテーブルに置いてから、問う。
「色黒兄妹がいないな、どうした?」
事情を聞かされ、はやったのはムスタディオだ。
「殺人鬼がうろついてるかもしれないってのに、二人きりなんかにしとけるかよ!」
「落ち着けムスタディオ、まだ外部犯の仕業と決まった訳じゃ……」
「内部犯な訳ねーだろ!? 俺が犯人を見つけて、死体をここに引きずってきてやらぁ!!」


かんしゃくを起こした子供のように怒鳴り、ムスタディオは銃を構えて廊下に飛び出した。
「馬鹿ばっかりだ。そう思わないか? 伯」
ラッドは、静観するオルランドゥに話題を振る。
「……今は情報が足りぬ。下手には動けん。しかし動かねば、我知らず袋小路に追い込まれるやもしれぬ」
「つまり10のうち9が最悪の手って状況で、1つだけある最善の手を、勘で選んで行動しろって訳ね」
「ふむ、そうなるか……」
アグリアス、紅茶はお前が飲ましてやるんだ」
一向にカップに口をつけようとしないラヴィアンを見て、ラッドが気遣った。
アグリアスはラヴィアンのカップを取り、息を吹きかけて冷ますと、ラヴィアンの唇に運ぶ。
長い時間をかけて、ラヴィアンはカップの半分ほどを飲んだ。
「遅いな」
呟く。アグリアスが問い返す。
ラムザ、どうした?」
「マラークですよ。様子を見に行かなくては……」
「単独行動は危険だ、全員で行こう」
「単独行動真っ盛りの馬鹿はどうする?」
ラッドが軽い口調で言ったが、それは、彼流の照れ隠しである。
「ヤだ……私は、行きたくない。部屋は嫌……狭くて、寒いよ。怖いから……」
「ラヴィアン……ラヴィアンはここに残ろう。私が一緒にいるから、な?
 すまぬが、様子を見に行くのはラムザとラッドと――」
「私が行こう」
メリアドールが名乗り出る。
「どうやら私は、ラヴィアンに嫌われているようだからな……」
「メリアドール! 貴様ッ……いい、行けっ」



こうして二手に分かれた。リビングにはアグリアスとラヴィアンの他、オルランドゥが残り、問う。
「ラヴィアン……もう一度、思い出して欲しい。誰が、アリシアを? 何故お主は無事だった?」
「解らない……黒い影が、声がして、あれは、生きた人間じゃない悲鳴……」
「死霊の仕業……? エルムドアを討った地下墓地に眠る怨念が、奴の死を引き金に暴れ出したとでも」
「お、怨霊の仕業? 怨霊が、悪霊、死霊、バケ、モノ……が……私を……アリシ、ア……」
ガクガクと震え出すラヴィアンを、アグリアスは抱きしめようとした。が、指先が触れると、
ラヴィアンは絹が裂けるような悲鳴を上げてリビングから飛び出しキッチンへ入った。
アグリアスはラヴィアンの反応に驚き、一拍遅れた。
オルランドゥは立ち位置がキッチンの反対側だったため、一拍遅れた。
鈍く重い轟音がキッチンから聞こえ、悲鳴とも形容し難い声が漏れる。
「ラヴィアン!」
追って入る二人が見たのは、肉塊と化したムスタディオの姿だった。
外側から内側へ強力な圧力をかけられたような肉の塊。ラヴィアンのこんな殺し方は不可能。
そのラヴィアンは腰を抜かして「私じゃない、私じゃ、違います、私じゃありません」と繰り返す。
凄惨過ぎるムスタディオの殺害現場がラヴィアンの仕業ではないと物語っていたが、
錯乱したラヴィアンはのどを震わせ逃げ去ってしまう。
「ラヴィアン!」
アグリアスオルランドゥが追う。しかしキッチンから廊下に飛び出てすぐ曲がり角があり、
そのどちらに行ったか解らず見失ってしまった。アグリアスオルランドゥは自身の腕の自信から、
あえて二手に分かれてラヴィアンを追った。


ラヴィアンは駆けていた。自分じゃない、ムスタディオを殺したのは自分じゃない。
アレだ。あの黒い大きな影がムスタディオを、アリシアを殺したんだ。
私は見た。アレだ、アレの仕業。アレがやった。ヤッた。殺った。


ラヴィアンが角を曲がると黒い影があって、白い牙を見せた。
「イヤアァァァッ!!」
悲鳴。鍔鳴り音。肉と骨を裂く音。何が起こったのか解らないという虚ろな、ラファの双眸。
「ラファ!? ら、ラヴィ……テメェッ!」
マラークが棒を振り回しラヴィアンの脳天に叩き下ろそうとするが、それを剣で弾いてガードする。
「ち、違う……私、ちが……う……」
「お前がアリシアを殺したんだな!? ラファの仇を、お前が、殺してやるぞラヴィアン!」
「アアァッ!」
ラヴィアンは血に濡れた剣を握り締めたまま、頬を濡らしながら走って逃げた。
その背中をマラークが追い、ラヴィアンが曲がり角を曲がった刹那、人とすれ違う。
「助けて!」
「ラヴィアン!?」
アグリアスだった。剣を抜いて『ラヴィアンを追って曲がり角から現れようとする殺人鬼』目掛け剣を振る。
相手がマラークだと悟ったのは、刃が彼の首を半ばまで切り裂いてからだった。
「あ……」


そこに、何の因果だろう、メリアドールがマラークがやって来た側の廊下の奥に立っていた。
アグリアスがマラークを殺す現場を見ていた、ラファの遺体のかたわらで。


「やはり貴様等が仲違いを起こしていたか、裏切り者めッ!」
「逃げろラヴィアン!」
「裏切り者めェーッ!!」


抜刀して斬りかかるメリアドールと、それを正面から受けるアグリアス
そして恐慌状態に陥り逃げ出したラヴィアン。誤解は加速する。