氏作。Part30スレより。




視線を感じる。それも非常に熱いものを。
悪意や下心は感じないのでほうっておいたが、
やはりどうにも気になって仕様がない。
憧れの目線は知っている。同性、異性をとわずアグリアスに憧れる者は多い。
値踏みする目にさらされた経験もある。
小娘のくせに一丁前にホーリーナイトを名乗って、とひがみ半分の人間が大半ながら、
挑発するまなざしで彼女の騎士としての実力や行き方を問うてきた
ガフガリオンという男もいた。
そしておそらくは、女性としての自分にむけられた、
愛情をこめたまなざしを受け取っているらしいことも気付いている。
ラムザ
誰よりも先陣を切って駆けてゆくその背中を守ることこそが
今の自分が彼の想いに対して応える最良の方法だと、
いまだ自分の気持ちに整理がつかないアグリアスはそう決めている。
ラムザの笑顔をふと思い出し口元がわずかに緩む。
嬉しい、と感じる自分を否定できない。


ラムザはいい。異性に対してまっすぐに好意を伝える態度だ。
だからこそこの男からの不可解な視線が気になる。
ベイオウーフ・カドモスはそもそも、
竜に変じた恋人のレーゼを求めて仲間に加わった。
れっきとした恋人がいてその上何年もの別離のあと再会したはず。
このごろこの男、レーゼに向けるものとはまた違う、
かつ熱烈な好意をこめた視線でアグリアスを見据えることが多いのだ。
同じ武人として技量を認め合うような表情をすることもある。
オルランドゥ伯やラムザに向けるそれと同じもので、それは別にかまわない。
それがどうしたことか、ときには剣を振るっている姿の彼女を目にしても、
目尻を思いっきり下げてニコニコと見つめていることまである。
一時期はメリアドールのことも熱心に目で追っていたが、
こちらに対してはなぜか飽きたらしくもうやめている。
アグリアスは目立つ。それも、美貌で。
何度仲間たちに指摘されてもぴんとこないのだけれど、
酒場で居合わせた男どもから下卑たちょっかいを出されたことは数多い。
言うまでもなく丁重に夢の世界へ旅立っていただいたが。
男のほうがつい彼女に目を奪われて痴話喧嘩に発展する男女もいた。
だからこの熱視線のせいでレーゼとの間にひと悶着あるのではないかと、
いかにもありそうな展開を予想してうんざりしたものだった。
それが、予想は見事なくらいあっさり裏切られた。
少なくとも自分の恋人が他の異性にいい顔をしていて面白く感じる人間はいない。
恋愛にはうとい彼女でさえなんとなく察しがつくはず、なのだが。
喧嘩とまではいかなくても、レーゼにとってこの状況は愉快とはいえない。
不可解なこの気分を払おうと剣を振り出すとまただ。
おまけに今日はレーゼまでくっついている。
あの熱烈な視線、そしてひそひそ楽しそうに交わされる会話。
「ふふ、ベイオウーフ・・・」
レーゼもベイオウーフも楽しそうに微笑みながらどこかに去って行く。


「腑に落ちない」
「ベイオウーフね」
つい半月ほど前までアグリアス同様に熱のこもった目で見つめられていた、
剛剣の使い手メリアドールが同調する。
「なんだか彼、私じゃイメージが違うだのなんだのつぶやいていたけど何のことやら」
「レーゼの態度も何か不自然というかなんといったらいいか」
「普通恋人がよその女に目を向けてニッコリってことはさすがにねぇ・・・」
「それどころか聞いて聞いて、ベイオウーフさんったら昨日はさらに、
 あのニコニコ顔がいきなり崩れたかと思ったらボロボロオンオン男泣きしだしたんですよ!」
漆黒の目をくりくり輝かせたラファはおかしくてたまらないという顔をしている。
「一体何なの・・・?アグリアス、あなた何か変わったことでもした?」
「いつも通りに剣の稽古をしていたつもりだけど・・・」
「んっふっふ、甘い甘い!そこに誰か他の人が来てましたよねっ」
ラムザが」
「そう!ラムザさんですよ!」
どうやらラファは真相を知っているらしいが、教えてくれる気はないらしい。
「それじゃ、がんばって謎をといてくださいね〜」
たまには娯楽も必要だろうが、自分が娯楽のタネにされるのは、
女同士のおしゃべりでつきものの恋愛の話題だけでもう手一杯なのがアグリアスだ。
「だから!はっきりさせていただきたいのです!
 一体どうしてベイオウーフ殿が私を見つめなくてはならないのですか!」
みんなで和やかに食卓を囲んだときでもついつい硬い言葉遣いが出てしまうが、
焦ったり緊張したりするとすぐこうなるのもアグリアスだ。
「あはは・・・」
「そうかあそうなのかあ」
「なるほど一応納得できるわね・・・」
「気が早いって・・・何年先のことだよ・・・」
とっくに事情を知っているらしいラムザやメリアドール、
それにムスタディオたちが脇でニヤニヤしている。
こういうときにまとめ役となれるのはオルランドゥ伯くらいしかいないのに、
こちらもまた、あのベイオウーフが見せたような目尻の下がったニコニコ顔。
「ベイオウーフ殿!」
困惑してますます頭から湯気が出るアグリアスを見かねたレーゼが、
恋人の腕にそっと手をそえた。
「ねえもういいんじゃないのかしら?
 アグリアスも子供好きだから怒らないと思うわ」
ね、と上目遣いで覗きこまれるベイオウーフはまたもやあの不可解な笑顔でこちらを見つめる。



「は?娘?」
「そう、ベイオウーフったらね、私たちが女の子を授かったとしたら、
 大きくなったらアグリアスみたいになるんじゃないかって」
レーゼがアグリアスに近寄り、その透き通る金の髪に触れる。
「私たちの髪って、色が似ていると思わない?」
「ええ、まあ」
透き通った金髪の色味自体は確かに似ている。
「それでね、私に似た女の子がいいって彼は言うんだけれど、
 私だって彼に似た子が欲しいと思うわけ」
「それで、目元はもうちょっとキリっとさせて、
 女の子でも男の子でも騎士としての剣術や教養は身につけさせるつもりよ。
 ドラグナーの能力は分からないけれど、
 少なくとも魔法剣の素養はある子になるんじゃないかしら」
メリアドールが得意とする剛剣技は、
剣に祈りをこめるのと同時に全身のバネや足の踏み込みを駆使する。
女性騎士として恵まれた長身を存分に生かしたパワフルな技だ。
「ほら、私の剛剣技だと明らかに剣のスタイルが違いすぎるでしょ」
アグリアスの聖剣技は剣に使い手の祈りを載せる技で、
基本の剣術を身に着けるのとはまた違う次元のものといってもよい。
同じく神に仕える騎士の技であっても、
ベイオウーフの魔法剣のほうが性質としては確かに似ている。
「それではいきなり泣き出したあれは・・・」
「うふふ、もう、ベイオったら気が早いんだから」
「レーゼに似た美人ならあっという間だろう?」
こちらお二人、またしても自分たちだけの世界に入ってしまったところを
ニヤニヤ笑いのムスタディオがベイオウーフの声色を大げさに真似する。
『君みたいな美人の娘が生まれたら絶対に男どもも放っておかないし心配だ・・・』
調子に乗ったラッドも参加する。
『ああッ!剣に生きる真っ直ぐで真面目な女性に育てたつもりなのに
 やはりいずれはどこかの男に持っていかれてしまうのかッ!』
「生まれもしてない娘に親バカもいいとこだよな!」
「なあ、ラムザ!」
アグリアスの席からはラムザの表情は見えにくくて何もわからない。
「だってアグリアスがあんまりにも『理想の私たちの娘』なんですもの!」
いつの間にかレーゼがアグリアスの背後にいる。きゅっと彼女を抱きしめる。
「可愛いアグリアス、かあさまあなたがお嫁に行っちゃったら寂しくなるわ〜」
「なッ!」
「お義父上!お義母上!アグリアス嬢と結婚させてください!」
ラムザまで!」
アグリアスさん!僕は真剣です!!!」


異端者の烙印を押された一行にとっては避けて通れない、
他人の命を奪う戦い。
根っからのお人よしであるラムザ・ベオルブは、
無駄な血を流すことを好まないまま他人の血で手を染めてきた。
それがこのごろめっきり、後味の悪い人殺しの機会が減っている。
アグリアスさん!愛しています!!!」
思いのたけを絶叫することで己の潜在能力を極限まで高める方法を知ったラムザは、
毎度のごとくこの手合いの内容ばかりを天下に公表し続けている。
アグリアスさん!すべての戦いが終わったら僕の妻になってください!!!」
ほかの事にかえたらどうにも身が入らないのだといって聞かない。
仲間たちも大笑いして活気付く上、
敵陣からは早々に戦意喪失者、逃亡者を大量に輩出した。
そしてさらにごく最近はラムザのほかにこの男も絶叫に参加するようになった。
「ならん!アグリアスとの結婚はこのオレが赦さん!!」
「義兄上!僕のどこがご不満なのですか!?」
「うふふ〜、可愛いアグリアスはまだまだ私たちのもの♪」
アグリアスと背中あわせで戦っている女性もニッコリと笑いながら、
アグリアスの頬をぷにゃっとつつく合間に敵兵を殴り倒す。
「あんなのが異端者なのかぁ・・・。ハァ、実家、帰るかな・・・」
そしてまた今日も今日とて信仰厚く結束硬いはずの神殿騎士団の平団員たちが、
アホらしさのあまり聖ミュロンド寺院からのそのそと立ち去っていく。