氏作。Part23スレより。





「フトマキ?」


 聞き覚えの無い単語にアグリアスの頭上に疑問符が浮かぶ。
 そんなアグリアスラムザは苦笑し、説明を続ける。
「ええ、アスカが教えてくれたんですけど、東国にはそういう文化があるんだそうです」


 数ヶ月前仲間に加わった忍者であるアスカは遥か遠い東国の出身らしく、
 ラムザ達が聞いたことのない文化を色々もたらした。
 温泉、柚子湯、菖蒲湯といった入浴文化、
 緑茶、米酒、スシなどといった独特の味わいの食文化、
 凧や盆栽、竹とんぼなどの大衆文化など、
 どれもラムザ達一行の中でブームを巻き起こしたものばかりだ。
 アスカ自身の話術とあいまって、好奇心旺盛なイングラムなど、
 『いつか東国へ行こう』と意気込んでいるぐらいだ。


「……で、その“フトマキ”とは何なのだ?」
「ええと、見てもらえれば判るんですけど具を炊いた白米と
 “ノリ”っていう海草を干したもので包んだ料理のことです」
「以前作った“オニギリ”とは違うのか?」
「うーんと、似てるんですけどね。ちょっと違うんです。
 今、アリシアたちが準備しているんでそれを見ていただければ判ると思います」


 歩く二人の前方にはアスカの指示の元、太巻き製作に夢中になる仲間たちの姿があった。



「で、こっちで言う磨羯の15日に、
 その年によって決められた方向……恵方っていうらしいんですけど、
 その方角に向いて無言で太巻きを丸かぶりすると、
 一年間健康で幸せに暮らせるらしいんです」


『そんなことをやっている暇があるのか』と言いかけた口をつぐむ。
 ラムザ達は異端者。常に追われる身である。
 追われるということは常に精神をすり減らすことである。
 もしかしたらその草の茂みに敵の斥候がいるかもしれない。
 もしかしたら闇に紛れて暗殺者がやってくるかもしれない。 
 明日の無事すら約束されてはいないこの生活に、
 皆表には出さぬが心のどこかに不安を持っている。
 それがフトマキとやらを食べるだけで緩和されるなら、安いものだろう。
 そうアグリアスは考え、ラムザに自分もこの企画に乗り気であるという意思を示した。
 真面目なアグリアスがもしかしたら反対するかも、と思っていたのだろう。
 ラムザの顔に安堵の表情が浮かぶ。


「みんなーフトマキが出来たわよー!」


 メリアドールを筆頭に、盆に太巻きを載せた連中が近づいてくる。
 各々が盆を持ったメンバーに近寄り太巻きを受け取る。


「んじゃ、アグリアス姐さんはコレね」
 悪戯っぽい笑みを浮かべているムスタディオから
 アグリアスに渡された太巻きは少し大きめであった。
「なんだこれは? 他のに比べて太くないか?」
「ああ、それラヴィアンが最初に作ったんだけど
 男用のやつを間違て作っちまったんだよ」
 ラヴィアンは真面目だが時々ボケをかます事がある。
 今回も数え間違えたのだろう。だがしかし何故私に──


「いや姐さんなら大丈夫じゃないかって俺が言ったら、
 アリシアと合わせて『そうですね』ってガッ!」
 鉄拳がムスタディオの顔面を貫く。
 手加減されていても痛いものは痛い。思わずその場にうずくまる。
「まったく、お前達は私を何だと思っているんだ」
『凛々しくて頼りになる男勝りの騎士様です』
 そう抗議してムスタディオの生傷が増えるのを救ったのはアスカであった。
 パーティーの真ん中で注目を集めるように声を上げている。


「はいはーい注目! 
 この行事は東国一の商業都市オーサカで、
 前年の災いを払い新しい年の幸運を祈る一種の厄払いとして、
 商売繁盛・無病息災・家内安全を願ったのが始まりと言われているわ。
 今年の恵方は南南東! ここからだと……丁度あの杉の木にあたるわね。
 と、いうわけであの杉の木に向かって一本食べ終わるまで無言でいるように!
 さて準備はいい? それじゃ行くわよー!
 異端者一行の一年の幸福を祈願して、いただきまーす!」


 アスカの号令と共に皆が黙々と太巻きを咀嚼していく。
 それは奇妙な光景であったが、口の中で咀嚼されている太巻きは実に美味で、
 ラムザ達は何とも幸せな気持ちに慣れた。

 
 と、ラムザの視界に苦しげな表情のものが一人。
 大き目の太巻きを渡されたアグリアスである。


「大丈夫ですかアグリアスさん?」


 何とかして飲み込もうとしているが大きすぎたらしく上手く噛み切れないようだ。
 助けに来ようとするラムザを手で制し、試行錯誤して噛み切り方を模索する。


「んっ……はぁっ……んぅっ……んはぁ、むぅ……あん」


(ちゅぷ……ちゅぱ……ちゅく……ぴちゃ)


 ──それは青少年にはあまりにも刺激的な光景だった。
 乱れた吐息が口から漏れ、アグリアスの美しい眉が困ったように寄せられる。
 息が苦しいのか頬は薄く紅色に染まり、均整の取れた体をかすかによじっている。
 唾液が紅色の唇を濡らし、その端からは窮屈そうに桃色の舌がはみでている。


 比較的、年若き彼らにとって上記のような光景から、“それ”を想像するなというのは度台無理な話で、
 ムスタディオはこれ以上ないというほどの集中力でアグリアスの顔を凝視し、
 ラッドは覗き込もうとしてラヴィアンに後ろから目隠しされ、
 堅物のイングラムクラウドはクールに振舞っているものの若干前かがみである。
 ラムザにいたっては顔を向けたり背けたりの連続で、
 “見てしまいたい”という心と“見てはいけない”という心の葛藤が浮き彫りにされている。
 

 だが当のアグリアスにとってはそれどころではなかった。
 たかが太巻きとはいえ、これは吉凶を占うものである。
 皆が見ている前で不吉な結果を残そうものならこれからの隊の士気にもかかわるだろう。
 多少苦しいが意を決して、食べてしまおうと決心する。


 気合を入れて、大きく口を開け、


 ──ガリッ!


 渾身の力を持って太巻きを両断した。
 アグリアスはそのまま丸々かじり続け、最後には脇に置いてあった茶と共に一気に咀嚼した。


 やった……!
 使命を果たした達成感、口内に広がる山の幸の芳醇な味。
 そして満面の笑顔でラムザ達のほうを向き───


 男連中が力尽きたように跪いている光景を見て絶句した。


 あるものは燃え尽きた戦士のように、あるものは苦悶の表情を顔に浮かべて、皆一様に膝を着いている。
 シドやベイオウーフは膝こそ着いてないものの、その顔から表情が消えている。
 周り同様に膝を着いているラムザ(どうやら邪な葛藤が勝った瞬間にアグリアスが齧ったらしい)
 に駆け寄ると、ラムザの若干青白い顔を覗きこむ。


「どうしたんだラムザ!」
「い、いえなんでもありません。ホント、大丈夫ですから」
「何でもない訳無いだろう! 私が何か間違っていたのか!?」
「いえ、ホントにそういうんじゃないんです。
 というかむしろ悪いのは僕達のほうで、この痛みは自業自得というか因果応報というか天罰覿面というか」
「何だと!? どこか痛むのか!?」
「痛むといえば痛むんですが、気のせいとと言うか幻痛というか、暫くじっとしていれば大丈夫です。
 いや、ホントに」


 的を得ないラムザの受け答えに業を煮やしたアグリアスはこの文化を吹聴したアスカに詰め寄った。


「アスカ、これは呪いの一種ではないのだろうな!!」
「い、いや、それはない! 絶対! 神様仏様に誓ってもいい!」
「ならば何故、男連中が軒並み膝を着いているんだ!」
「あ、あたしの口からはちょっと……説明お願い、ラヴィアン!」
「え!? ラ、ラッドのいる所で言えません! アリシア!」
「ちょっと!? 私だって言えるわけ無いでしょ! メリアドール様、パス!」
「私を何だと思ってるの!? こんな場所で言えるわけ無いでしょう!! 頼むわラファ!」
「そ、その、私だって言えないわよ! レーゼ、お願い!」
「私? 説明してもいいけど面白そうだからパス。シェパード、よろしくね」
「ふええええええ!? い、言えませんよそんなことー!」
「誰でもいいから答えんかーッ!」



 ──こうして混乱の内に第一回太巻き大会は終了した。
 この騒ぎの後、男性陣と女性陣の間に微妙な空気が流れていたこととか、
 女性陣がものを食べるとき男性陣が目をそらすことが多くなったのは言うまでもない。
 暫くの間、ラヴィアンやメリアドールは『いい気味よ!』と少し怒っていたし、
 アリシアやレーゼにいたっては同情的に『ご愁傷様』と呟いていた。
 だがとうのアグリアスだけが何故男連中がダメージを受けたのか、
 終ぞ理解できなかったのであった。






 
 余談ではあるが、後日レーゼから事の真相を知らされたアグリアスが顔を茹蛸のようにして
 騎士剣片手に男連中を抹殺せんと追い掛け回した、ということを記しておく。