氏作。Part30スレより。





嬉しかった。
王家直属のルザリア聖近衛騎士団に入隊できた事が。
嬉しかった。
名誉ある王女オヴェリア護衛の任務を受けた事が。
嬉しかった。
憧れのホーリーナイト、アグリアスオークスの部下になれた事が。
嬉しかった。
ラムザ・ベオルブと共に歴史の裏で繰り広げられていた魔性の戦いに勝利した事が。
嬉しかった。
巨悪を倒し憧れの先輩から戦友となったアグリアスと一緒に元の世界に帰れた事が。
嬉しかった。
自分が強くなった事が、身も心も強くなった事が、あの人に少しでも近づけた事が。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
だから、言います。


アグリアス様。私と一対一の決闘をしてくださいませんか」


あなたにどれだけ追いつけたのか、確かめたいから。
自分の実力を知りたいから。
だから、戦います。


「いいだろう。何を思ってそう言い出したのかは知らぬが、全力でかかってくるがいい。
 アリシア



   【vsホーリーナイト】
   ――貴女の背中を追いかけて――







「ちょっとちょっとちょっと。アリシア、本気なのー?」
「本気も本気の大本気。一世一代の大勝負よ」
決闘前にお互い装備の手入れをしていると、ラヴィアンが話しかけてきた。
どうしてこんな事を言い出したのか、アグリアス様と違って聞きたいらしい。
「あのさー。私達、ラムザさんと一緒に旅してずいぶん強くなったけど……アグリアス様は別格よ?
 最後の最後までエースとして活躍してさ」
「解ってるわ。かの雷神シドをはじめ、
 あのメリアドールさんやベイオウーフさんと肩を並べて戦ってらした方ですもの。
 NO.1がオルランドゥ様なら、NO.2は誰かしらね……」
「そのNO.2最有力候補がアグリアス様でしょうが〜っ!
 はっきり言って、あんた勝ち目無いわよー?
 戦争も表と裏の両方が終わって大団円って時に、何で仲間に決闘なんて申し込むかな」
「あははっ、何でだろ。大団円で嬉しかったからつい、かなぁ……。うん、そうね、きっと」
「つい……って、何よその理由」
「自分でもどうかしてると思うよ」
決闘前だというのに笑みがこぼれる。本当にラヴィアンといると退屈しない。
気さくで愉快でいつもコンビを組まされている大親友。
心配をかけてしまい申し訳ないとも思うけど、今回ばかりは引く訳にはいかない。
アリシア、こちらの準備は整ったぞ」
アグリアス様の言葉に振り向き、目ざとく装備を確認する。


ディフェンダー。装備武器ガードのアビリティで物理攻撃を防ぐ。
イージスの盾。魔法防御はこちらで補う。
リボン。ステータス異常を防ぐ。
クリスタルメイル。騎士として身を守る最上級の鎧。
ゲルミナスブーツ。機動力を確保するための装備。


なるほど、小細工抜きできましたか。


こちらももちろん小細工を弄するつもりはありません。


アイスブランド二刀流。近接戦闘での威力は絶大。
バレッタ。一部ステータス異常を防ぐ。聖剣技の追加効果対策として有効だ。
黒のローブ。身を軽くすると同時に氷属性強化でアイスブランドの威力を向上。
フェザーマント。物理・魔法を防ぐ重要な装備。盾無し鎧無しをフォローする必需品。


私もアグリアス様も、いかなる状況にも対応できるよう旅の中で選んだ装備。
手入れはもちろん行き届いている。何より扱い慣れている。
今日の体調は良好。青空の下、精神が冴え渡っている。
うん、ベストコンディション。
「私も準備できました。いつも通りの装備で挑ませていただきます」
アイスブランドを両手にひとつずつ握りしめて私は立ち上がった。
「ふっ、それはお互い様という訳だな。ラヴィアン、合図を頼めるか」
「はいはい。それじゃ、お互い配置について。あー、もう、何で決闘なんかするかなー?」
「知るか、アリシアに聞け」
「大団円が嬉しくてつい、だそうですよ?」
「……何だそれは。今さら冗談だとかは無しだぞ」
私の動機を聞いてアグリアス様は眉をしかめた。
あははっ、まあ、それはそうですよね。そんな理由じゃ。
満面の笑みを浮かべながらアグリアス様の数メートル前に立った。
アイスブランドを構えた瞬間、鋭利な刃物のように私の表情は凍りついていく。
アグリアス様の顔からも笑みが消えた。しかし、表情には余裕がある。
この辺が実力の差だと実感、アグリアス様がディフェンダーを構えた瞬間から威圧感を感じる。
そうこなくっちゃ。私の緊張が最大限にまで張り詰めた。
これから私のすべてをアグリアス様にぶつけるんだ。よおし、やってやる。
「ラヴィアン、合図よろしくね」
「はい、はい、っと」
私はアグリアス様の眼を真っ直ぐに見た。私と違ってリラックスしている、自然体だ。
鼓動が高鳴る。一秒一秒がやけに長く感じる。
風が、頬を撫でた。
「それじゃ……いち、にの、さんで……始め」
ラヴィアンが叫ぶと同時にバックステップ
アグリアス様は聖剣技で中距離戦がこなせる、一方私はアイスブランドによる近接戦闘が得意だ。
しかしあえて私は距離を取り、聖剣技の効果範囲から逃れた。聖剣技、封じさせてもらいます。
「大地を肉体とする堅牢なる生命よ、我らを守らん! ゴーレム!」
召喚魔法により呼び出された岩の巨人が雄叫びを上げ、その姿を隠した。
これでアグリアス様の攻撃はゴーレムの巨大な腕が防いでくれる。
さあ、聖剣技を撃って来てください。私は構わず突っ込みますよ。
そう思って突進しようとすると、アグリアス様もまたこちらに向かって疾走していた。
接近戦を挑むつもり!? アイスブランド二刀流のこの私に! 聖剣技を用いず!?
虚を突かれアグリアス様の一刀が振り下ろされる、と、地面から巨大な岩の手が這い出て攻撃を弾いた。
だが岩は一撃で半壊し、アグリアス様の一撃の重さを思い知らされる。
もう一発ゴーレムで防げれば上等。
ならばその一発を放たれる前にこちらからたたみかける!
右手のアイスブランドを真上から一直線に振り下ろす、当然の如くディフェンダーで軽々弾かれ、
その場に踏ん張りながら腰を捻って左手のアイスブランドを斜め下から斬り上げる。
アグリアス様はそれを紙一重でかわした。鼻先数センチの距離を測って。すごい。
驚嘆する私に向かって再びディフェンダーが一閃、ゴーレムの腕が地面から飛び出し、粉々に粉砕。
そのままアグリアス様は私に体当たりを仕掛けてきた。
その動きを見切り、私は即座にサイドステップで回避。
横に回り込んで、アイスブランド二本をバツの字を書くように振り下ろす。
ガキンと甲高い音がしてディフェンダーがそれを防いだ。鍔競り合いが起こる。
「なるほど。強くなったな、アリシア


私はこんなに一生懸命なのに、貴女は微笑みを崩さない。
私の成長を見て喜んでくれている。それだけの余裕がある。
でもそれだけじゃ駄目なんです。貴女にどれだけ追いつけたのか確かめたいから。
全力を引き出してもらいます、アグリアス様。
私は軽く腰を引くと同時に、アグリアス様の腹部を蹴り飛ばす。ラッド仕込みの喧嘩殺法だ。
バランスを崩したアグリアス様だけれど、ディフェンダーを握る手はしっかりとしている。
左手にはイージスの盾。確率は五分五分。
でも少しでも動きを封じられればと思い、"確認"の意味を込めながら後退しつつ詠唱。
「風、光の波動の静寂に消える時、我が力とならん」
アグリアス様がイージスの盾を構えるのが見えた、構わず放つ。
「シヴァ!」
召喚された氷の精霊シヴァが氷河の結晶をその場に巻き起こす。
身体を切り裂く吹雪がアグリアス様のイージスの盾により弾き飛ばされ、
氷の残滓が周囲に舞いキラキラと光る。


あっ、綺麗。
光の飛沫の中、盾を下ろし悠然と立つアグリアス様のお姿。
幻想的なその光景は、どんな画家でも表現しきれない美しいもので――。


それを、これから焼き払います。二度防げますか? アグリアス様。
「創世の火を胸に抱く灼熱の王、灰塵に化せ!」
「大地に眠る古の光、眠れるその力を地上にもたらせ!」
あ、駄目だ。向こうの方が詠唱が早い。
「ウォール!」
「イフリート!」


氷の連撃から意表を突く灼熱地獄。それがアグリアス様の周囲に現れた光の壁に阻まれる。
プロテスとシェルを同時にかける、すなわち魔法戦でも物理戦でも私は不利に陥ったという事。
特にアイスブランド使いの私には痛い。
物理攻撃だけじゃなく、追加発動のブリザラの威力も殺される。いい手です。
けれど、けれどどうしてそこで防御に回るんですかアグリアス様。
間違った手ではない。でも、最善の手でもない。
この距離なら届きますよね、沈黙効果のある無双稲妻突き。
私の装備はバレッタだから、アグリアス様の聖剣技の異常効果は大半を防げる。
不動無明剣のストップ、北斗骨砕打のデス、聖光爆裂破の混乱。
でも、乱命割殺打の死の宣告と、無双稲妻突きの沈黙を防げるのはカチューシャです。
私にダメージを与えると同時に沈黙効果により召喚魔法を妨害できる無双稲妻突き。
イフリートのダメージを軽減するより私に確実に大ダメージを与えつつ、
詠唱を妨害できる可能性のある聖剣技を使わないだなんて……貴女は全力を出していない。
この距離なら無双稲妻突きを放った後にウォールをかける余裕だってありますよね。
私が格下だから、私が弱いから、軽くあしらえるって訳ですか。
その余裕、崩させてもらいます。
裂ぱくの気合と共に私はアグリアス様に肉薄した。
「でやああああああっ!!」
駆け込む勢いを乗せた重い二連撃。
右手で真っ直ぐ氷刃を右脇腹目がけて突き出し、
左手で左斜め下から繰り上げるようにもう一方を突き出す。
右の一手でアグリアス様は左に避け、左の一撃がアグリアス様をとらえるが、
外側からディフェンダーで打ち据えられ軌道をさらに右へとそらされる。
と同時にアグリアス様は私の左手に回った。


ディフェンダーの軌道が円を描き私目がけて振り下ろされる。
バサッ、私はマントをひるがえさせて姿を隠し視界ギリギリに映るディフェンダーの軌道を見切る。
ディフェンダーがマントの表面を撫でた。一瞬先まで自分の背中があった場所を。
私は振り向き様に左、右、わずかな高低差をつけて氷剣を薙ぐ。
が、最初の一撃はプロテスの膜に威力を殺され、勢いが鈍ったために服をかすめるに終わる。
二刃目はすでに距離を取られ空を切ってしまった。
「くっ……」
「肩に力が入りすぎだ」
アグリアス様は聖剣技があるから強いんじゃない、純粋な剣術だって半端じゃない。
繰り出されるディフェンダーの刃。大丈夫、見切ってかわせる。
一閃。かわした――はずだ! 黒のローブが裂ける。
攻撃力UPによる強烈な一撃は風すらも切り裂き、私に手傷を?
刹那の逡巡、再びディフェンダーが振り下ろされる。
フェザーマントで刃を包んで威力を殺しバックステップ。
ああ、駄目だ。アグリアス様が全力なら聖剣技の餌食。
後退はわずか一歩で踏み留め、アイスブランドで反撃。攻撃。猛撃。
「はああああああっ!!」
次々と放たれる氷刃、次々と弾かれる氷刃、次々と避けられる氷刃。
そして攻撃の合間に余裕を持ってディフェンダーが私を襲う。
避ける、見切って、避ける、避けてるのに!
「ハッ……ハッ……クゥッ……!」
私の一撃が宙を切るのなら、アグリアス様の一撃は風を切っている。
一撃の重みが違う。紙一重の刃が私を威圧する。
避けるしかない。刃で受けては威力に重心を崩されて致命的な隙を作ってしまう。
酷使するフェザーマントが次第に切り刻まれていき、私の呼吸が荒くなる。
「ゼハァッ、ハッ……」
落ち着け、私。手数だけなら二刀流の私が有利。スピードも大差無い。
でも、剣術のレベルが違う。
追いついたと思ったのに、追い放されている? そんなの、イヤッ!


鋭利に研ぎ澄まされる精神。
氷のように冷たく、クールに、見極めろ、アグリアス様の動きを。
繰り出される剣撃。
見切る。
避ける。
紙一重、前髪が切れる。
左一閃、渾身の一撃に殺意は込められず、しかしアグリアス様の首を狙う。当たれば死ぬ。
――大丈夫。アグリアス様なら、これくらい。
ディフェンダーに切り上げられ、刀身を揺さぶられ、左手からアイスブランドを手放してしまう。
「くっ……アアアアアアッ!!」
次、右!
アグリアス様は悠然と腰を落とし、右のアイスブランドを紙一重で避けようとし、
炸裂する私の右膝。アグリアス様は頬を強打され頭が跳ね上がる。
そこに迫る右手のアイスブランド、それをイージスの盾が弾いた。
構わず左拳でアグリアス様の左手を掴み捻り上げた後、
手を滑らせて拳を作りつつイージスの盾を内側から殴り飛ばす。
アグリアス様の手からイージスの盾が離れた。そのまま左肩でアグリアス様に体当たり。
「あぐっ……!」
肉弾攻撃により後退するアグリアス様。今だ、右手のアイスブランドを両手で握りしめる。
「タアアアッ!!」
真っ直ぐに――刃をアグリアス様目がけて突き出して――。
金の髪を揺らしながらアグリアス様が体勢を立て直し、刃を振り上げる。
「天の」
見切る。振り下ろされるだろう一撃は紙一重の距離で身体を引いてかわしす。
「願いを」
振り下ろした後の隙を突いて攻撃すれば――。
「胸に」
振り下ろされないディフェンダー。タイミングが……ずれる。
「刻んで」
目算していた距離で私は立ち止まり、来ない一撃を回避してしまった。
心頭滅却!」
間に合え。腰を捻り体重を乗せた一突きをアグリアス様に――。
「聖光爆裂破!」
閃光。視界が白濁し全身が焼ける痛みに震える。
「――ッ!!」
悲鳴すら出ない。
頭上から足元まで突き抜けた衝撃が頭を揺さぶり、意識を混濁させる。
それでも私は――全力で両手を伸ばした。かすかな手応え。
刹那、首筋に当てられるヒヤリとした鋭利な感触。


「そこまで!」


ラヴィアンの声が響き、私は動く事をやめた。
視力と感覚が戻り、のどにディフェンダーの刃があてがわれている事に気づく。
ほんの少し引くだけで、私は大量の出血をし、死ぬ。
ああ、負けちゃったんだ、私。


悔しげに見上げたその先――アグリアス様の頬――紅い線が一本。
「……あ?」
アイスブランドが、アグリアス様の頬をかすめていた?
「見事だ、アリシア。よく精進したな」
アグリアス様の笑みから余裕が消えていた。
アグリアス様は最後の最後、全力を出した。
一瞬全力を出されるだけで負けてしまう私。
でも、そこには確かな手応えがあって――。
「やっぱり、アグリアス様にはかないませんでしたか。残念です」
嘘、ちっとも残念じゃなかった。
私はニッコリと笑い、剣を引く。アグリアス様も私の首からディフェンダーを離す。
と、私は急速に襲い来る疲労に思わず尻餅をついてしまう。
「あ、アリシア〜、大丈夫!?」
観戦していたラヴィアンが駆け寄ってきた。
戦ってる間、ラヴィアンの存在は完全に意識の外にあった。
「うー……全身が焼けるように痛い……」
「すまんな、手加減する余裕が無かった」
アグリアス様は苦笑しつつ、空になった左手を私に向け、目を閉じる。
「空の下なる我が手に、祝福の風の恵みあらん」
手のひらが、ポウッと光って。
「ケアルガ」
私達を包む。
ああ――あたたかいな。
全身の痛みが引いて行き、アグリアス様の頬の出血も止まり、傷跡すら消えていく。



「さあ、アリシア
アグリアス様が左手を差し出す。
「はいっ」
私も左手を差し出す。
手を握り合って、私は引っ張り起こしてもらった。
それからお互い、微笑んで。
「強くなったな」
「はいっ! おかげさまで」


嬉しかった。
貴女と遭えた事が。
嬉しかった。
貴女と闘えた事が。
嬉しかった。
貴女が全力を出してくれた事が。
嬉しかった。
貴女の背中に少しでも追いつけた事が。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
だから、言います。
アグリアス様。貴女と共に闘えた事、貴女自身と闘えた事を、私は誇りに思います」
「私もだ。アリシアのような騎士が私の仲間である事を心から誇りに思う」


貴女の背中を追いかけて――結局追いつけなかったけれど、少しだけ近づけて――。
これからも貴女の背中を追い続けていいですか? アグリアス様。



   FIN