氏作。Part29スレより。





 異端者ラムザ・ベオルブには多額の懸賞金が掛けられている。当然、その首を狙う輩も多い。
 今日も今日とて、彼等のキャンプには賞金稼ぎがやってくる。その命、直ぐに散らす事になるとも知らずに。




 シドルファス・オルランドゥ、雷神シドと恐れられたのは過去の話。
今では異端者一行として、賞金稼ぎに終われる身となっている。
キャンプを張り、夜を過ごそうとする隊の中では最年長であり、皆からも長老として頼られている存在である。
「長老、お疲れですか?」
 酒瓶を片手に、シドにそう声を掛けたのはベイオウーフ・カドモス。
その脇にはしっかりと、恋人のレーゼ・デューラーが寄り添っている。
「シドさんも年かしらね」
 そう言って悪戯っぽく笑うレーゼは、シドからして、娘の様な存在に思える。
いや、正確にはベイオウーフも、隊の全員がシドにとって子供の様な物だ。
「そう言うな、確かに年は老いたが。そう後れを取りはせぬさ」
 実際の所を言えば、シドは老いなど感じさせない。
戦場に立てば先陣を駆け、敵の大半を屠る姿は、未だ雷神の名を冠するに値する物だ。
「長老が老いたなんて、誰も思っちゃいませんよ。それどころか、妖怪かと疑ってしまいそうだ」
 ベイオウーフは笑いながら、シドに酌をする。
「そうそう、爺さんが老いたなんて言ったらそれこそサギだ」
 そう言って、これまた輪に加わったのはムスタディオ・ブナンザ、隊長であるラムザの一番の友と呼べる存在であろう。


「あらムス太。今日は見張りじゃなかったの?」
 レーゼが意地悪く、笑って言った。
「隊長から直の命令でね、変わって欲しいと言われたのさ」
「ああ、そう言えば今日はアグリアスも当番か。ラムザも頑張るね」
 微笑ましいといった口調で、ベイオウーフは言った。
レーゼを抱き寄せたのは自分たちも負けず劣らずの仲だと見せつけたいからだろうか。
それを見て、ムスタディオは舌打ちする。
「勘弁しろよ、どうしてウチの隊はこうも色ボケしてんだ……爺さんだってそう思うだろ?」
 ムスタディオに問われ、シドは笑った。
「こうも楽しいキャンプなら、それも良い事だ」
「爺さんは甘いな……ホントに雷神シドなのか? ひょっとして、偽物だったりして」
 ムスタディオが冗談めかして言うが、シドは目を鋭くさせ、腰の大剣に手を伸ばす。
「剣聖の振るうエクスカリバー、受けてみるかね?」
「……冗談だよ、大人げないな」
 言葉とは裏腹に、完全に腰の引けたムスタディオが言った。皆は笑った。
「しかしまあ、ラムザアグリアスも、どっちも奥手だね」
「あらベイオ、恋愛ってあの時位が一番楽しいのよ」
「レーゼ、それでは今君は、僕と居ても楽しくないのかい?」
「ベイオ、私はいつだって、貴方と居ると胸の鼓動が酷いのよ」
 げんなりとした表情のムスタディオ、流石にこれにはシドも苦笑する。
「レーゼ、そんなに鼓動が酷いなら、俺がマッサージしてやろうか?」
 嫌らしく指を動かしながら、ムスタディオがレーゼの胸を見る。
改めてみると相当な大きさで……等と鑑賞モードに入ってしまったムスタディオ、
気が付けば怖い顔したベイオウーフにブラインの魔法剣をかけられて、
目の前真っ暗、オッパイどころか何も見えなくなってしまった。





 太い木の枝に、二人は乗っていた。
見晴らしは良く、ここなら周囲で異変があれば一早く察知出来るだろう。
 ふと、ラムザは横を見た。
スタディオに頼んでまで代わって貰った見張り役、今日こそ何か進展させなければと、はやる心を必死になって抑える。
ブロンドの三つ編みは、戦士として不要だと彼女は言うが、しかし可愛らしい。
その白く細かい肌も、良く通った目鼻立ちからも、腰に差した大剣が無ければ、戦場に立つ事など想像も出来ぬ美女であろう。
 ラムザは彼女、アグリアスオークスが、簡単に言ってしまえば好きだった。出会ったのはもうかれこれ一年近く前になる。
傭兵として働いていた時分に、近衛騎士団として王女の護衛を担当していた彼女と出会い、そして恋をした。
ラムザ、どうした?」
 ふと、柔らかな声を聞き、ラムザは時分の頬が赤くなるのを感じた。
見入ってしまっていた自分、それをアグリアスに気付かれたのだ、恥ずかしい事この上ない。
「……いえ、すみません」
「疲れているのか? ムスタディオの奴め、ラムザに仕事を押しつけて」
 姉の様に、優しく気遣ってくれるアグリアスに嬉しくなりながらも、生真面目なラムザは否定する。
「いや、ムスタディオは悪くないです。……その、僕が代わってくれと頼んだので」
「お前がか?」
 何故だ、と問いた気なアグリアスに、ラムザの鼓動は高鳴る。
言え、言わなければ。勇気を出すのだ、ラムザ・ベオルブ!
「いや、その……ムスタディオじゃ不安だなー、なんて」
 ごめんムスタディオと心の中で謝りつつ、更に自分の不甲斐なさに溜息を吐きつつ、ラムザは言った。
「確かに、ムスタディオじゃ不安かも知れないな」
 アグリアスは微笑んで、そう言った。それを見たラムザは、先程までの気持ちなど吹き飛んでしまう。
目を細め、両の頬にえくぼをつくって笑う彼女の笑顔が、ラムザは何よりも好きだ。
「だがラムザ、疲れているなら休んでも良いぞ? 見張りなら私一人でも何とかなる」
 表情を直し、そう言う所はアグリアスらしい。
ラムザアグリアスも、どちらも生真面目で、お互い少なからず思っているのに、けれど進展しないのはそこにある。
「いえ、良いんですよ。それに僕だって、見張りやるの楽しいですから」
 さらりと、思わずして本音の一部が出てしまう事は多々としてあるが、この場面で出たのはなかなかに良い事だったかも知れない。
 ラムザの発言を不思議がって、アグリアスは尋ねる。
「楽しい? 見張りがか」
「ああ、いや……その。今夜は星も綺麗ですし」
 指を指し、見上げた夜空には確かに星が出ていて、空気の透明な季節だったから、それは近く、輝きは青みを帯びていた。
「ああ、言われて見れば。本当に綺麗だな」
 アグリアスはまたも、えくぼを作って笑った。ラムザもつられて、笑顔になる。
 ラムザは気付いているのだろうか、彼がアグリアスと共にある時、自身の両頬にえくぼを作って笑っている事を。
そしてアグリアスは、そのえくぼが堪らなく好きである事を。





 暗闇状態におちいったムスタディオは、必死の思いで頭を下げ、ベイオウーフに許しを貰うまで大分時間を要した。
「冗談じゃないか」
「お前の顔は下品だからな、そう見えなかったのさ」
 ベイオウーフは未だ熱冷め止まぬと言った様子だ。
厳しすぎる言葉であるが、相手がムスタディオならまあ良いだろうという空気が少なからず隊にある為、この様な言葉は彼に対し日常的にかけられる。
「まあまあベイオ。ムス太だって悪い子じゃないわよ、ね?」
 レーゼは半ば苦笑気味に言った。
愛されている事は嬉しいが、それが原因で仲間同士言い争うのは、余り気分の良い物ではない。
「愛と言うのは、いつの時代も変わらんな」
 突然、それまで沈黙を保っていたシドが口を開いた。
隊の中では落ち着いたシドが、愛という言葉を口にした事に、皆が一瞬戸惑い、しかしその発言に興味を示す。
「爺さん、何か意味深だな?」
 完全に立ち直ったムスタディオが、急かす様に言った。
レーゼも興味津々と言った様子で、ベイオウーフも同じく次の言葉を待っている。
「何、私自身の話じゃないさ。友人の話だよ」
「友人って言うと?」
「バルバネス・ベオルブ。ラムザの父親さ」
「あの、天騎士バルバネスの恋愛話か。聞かせてくれるんですか?」
「本来なら、故人の話をこんな所で言うべきではないのかもしれんがな――」
 シドはそう前置きし、しかし笑って言った。バルバネスなら、きっと許してくれよう。
「天騎士バルバネス・ベオルブは名家ベオルブ家の家長であり、そして私の良き友でもあった。
私達は幼き頃より剣の腕を競い合い、そして互いにその腕を磨いた。
当然、若い頃に恋をしたし、お互いそんな事を話し合った事もある。
ラムザの母君と恋仲になった時も、私に相談してくれたよ」
「確か、ラムザのお袋さんは平民の出なんだよな。そりゃ苦労もしただろう」
 神妙な顔でムスタディオが言って、場の空気は若干重くなる。
だが、シドはそんな彼等を見て笑った。
「苦労は、したんだろうな。バルバネスが愚痴らしき事をこぼしたのは殆ど記憶にないが、その時は言っていたよ。
だがな、それは幸せな愚痴だった」
「幸せな愚痴?」
 レーゼが首をかしげながら言った。愚痴に幸せな物など、基本的には無いだろうと彼女は思うのだ。
「そう。彼女が平民の出だからと周りの人間が五月蠅く言う、バルバネスにはそれが耐え難かったらしい。
おかしな話だ、戦場に立てば連戦連勝不敗の男が、恋の話で愚痴をこぼすのだからな」
「それより長老、幸せな愚痴とは?」
「まあ急くな、ベイオウーフ。バルバネスが言うにはこうだ。
『私は彼女を愛しているのに、周りの人間は彼女に辛く当たる。
彼女を愛すれば愛する程、周りの人間に彼女は傷つけられる。それが私には堪らない』とな」
「どこが幸せなのさ爺さん。可哀想としか思えないぜ?」
「そうではないさ。確かに、二人の恋は不幸であったかも知れない、だが考えても見ろ。
誰かの為に何かをしてあげたい、相手により一層の幸せを与えたい。
そんな事、無償で思える人間はそういない――巡り会えた人間以外はな。
つまり、そう言う事さ」
 シドの言葉を聞いて、皆一様に微笑んだ。
二人が居るであろう樹上を見上げ、彼等の幸せを祈らずに居られない。
「愛は時に盲目となり、恐ろしいまでの力を持つ。
だが、この年になって思うがね、愛に全てを捧げる人生というのも、一つの幸せの形だよ」
 ムスタディオが鼻を掻きながら、シドの背を勢いよく叩いた。
「爺さん、格好付け過ぎだ」
 笑いながらそう言うのは、ムスタディオなりの照れ隠しで、
それを見たベイオウーフに頭を小突かれてじゃれあう二人も、
それを笑いながら諫めるレーゼも、確かな絆で結ばれている。
シドはそんな彼等を見て、本当に愛おしいと思う。
恋人を思うのとはまた違う、大切な物を守りたいと思う気持ち。


 それから小一時間が過ぎた頃、息子達のじゃれあうのを眺めていたシドは、ふと何かを感じる。
ヒリヒリと、背中を焦がす感触。ほぼ間違いはないだろうと結論づけ、そしてシドは言う。
「さて、そろそろ寝るか」
「どうしたよ爺さん、まだ夜は長いぜ?」
「そういう物では無いのさ。明日はまた戦場だ、体を整えねば、死んでしまうぞ?」
 どこかに、有無を言わさぬ迫力を感じて、皆はそれぞれのテントへと散っていった。





 皆がテントに入り、その火が消えたのを確認してから、シドは一人森の中へと歩を進め始める。
「バルバネスの息子、か。薄幸な家系なのか……だが、幸せになって欲しい物だ」
 同時に浮かぶ、アグリアスの笑顔。
武人として、頑固なまでに一途な彼女は、しかしもし戦争が終われば、良い伴侶となるだろう。
ラムザアグリアスの子、想像しただけで、シドからは笑みがこぼれた。
「皆、幸せになって欲しい。他者の為に……この年になって、再び感謝せねばならぬ出会いだな」
 隊の皆の顔を一つ一つ思い浮かべ、戦争が終わったら、皆はどんな生活をするのだろうかと想像する。
それだけで、幸せになれるのだ。本当に、有難い出会いだ。
 そうして、半刻程歩いただろうか、シドは突然に歩みを止め、そして声を上げた。
「貴様等の目的は知れている。退けば良し、退かぬならばその命、貰い受けるぞ」
 シドの声は夜の森に響き、やがて暗闇の中、四人程の賞金稼ぎが姿を見せ始める。
「おい爺さん、お前本気で言ってるのか? それともボケたか」
 一人がそう言って、敵は笑い始める。シドは反応せず、再び問うた。
「退くつもりは無いのだな?」
 太く、意志の通った声に、敵は一瞬ひるみ、そしてそれを跳ね返す様に、荒々しく言い返す。
「お前から殺すさ」
 それを聞き、シドは大剣に手を掛け、そして大地を蹴る。
「残念だ」
 呟く様にシドは言って、直後何かが崩れる音がした。
敵集団は一歩として、その場を動いていない。


 号令を掛けようとした敵リーダーの声は、しかし響かなかった。
何故ならば簡単で、既にその首が胴体と分かたれていたからだ。
返り血を浴びることなく、シドは悠然と歩を進める。
「断末魔は五月蠅いのでな。親友の末子の、一時のロマンスに邪魔なんだ。悪いが全員、首を刈らせて貰う」
 そう言って、再び大地を蹴り、暗闇の中、刎ねたのは二人目の首。
断末魔を上げる事も許されず、ゴトリと落ちた首の音だけが響く。
 敵は残り二人となって、ようやく状況を飲み込んだ。シドはそれを見て、再び問う。
「老いた爺に殺されるか、それとも田舎に帰って平凡に生きるか。どちらか選べ」
 雷神の剣気は場を切り裂かんばかりに荒れ狂い、残る二人は退く事も敵わなかった。
既に、この森に足を踏み入れてしまった時に、彼等の命は絶えていたのだろう。
 発狂した様に叫び、突撃してくる二つの首を、シドは冷静に刎ねた。 




 キャンプに戻ると、ベイオウーフが立っていた。シドは表情を戻し、寝ていなかったのかと声を掛ける。
「俺はムス太程、子供じゃないんでね」
 そういって、再び酒瓶をシドに向けるベイオウーフに、シドは苦笑した。
「何をなさってたんです? 森から変な声が聞こえましたが」
「何、ちょっとした手伝いさ」
「手伝い、ですか」
「親友の末子が、不器用なりに頑張っている様だからな……年寄りに出来るのは幸せを祈る事と、ちょっとした手伝い位だ」
「今度からはその手伝い、俺もやらせて頂きたいですね。愛が素晴らしいと教えて下さったのは、他ならぬ長老なのですから」
 酒の入ったグラスを二つ、カチンと鳴らして、シドは至高の酒をあおる。



 翌朝、ラムザが朝陽に目を覚ますと、目の前にはアグリアスの顔があった。
動揺し、茹で蛸の様に顔を染めながらも、ラムザは状況確認を試みる。
自分の後頭部が触れる、柔らかな感触、アグリアスの太股であるようだ。
つまり、ラムザは見張りの途中で眠ってしまい、アグリアスは膝枕してくれていたのだろう。
そしてそのアグリアスも、いつの間にか眠ってしまったと言う訳だ。
 ラムザは起き上がり、これじゃあムスタディオが当てにならないなどとは、冗談でも言えないなと苦笑する。
 陽は半分程、地平線の彼方から顔を覗かせて、光を受けた空は徐々にその色を薄めていく。
薄く透明なブルーの空を、小鳥がさえずりながら飛んでいく。
 横目をやると、陽を受けて黄金色に輝くアグリアスの髪が、美しく風にそよいでいる。
眠り姫の唇に目をやると、水々く潤ったそれに、口付けしたくなる。
 ふと虹が見えた、それは目に差し込んだ朝陽だった。
虹の向こうに見えた彼女の唇は、あまりにも大きい。
ラムザはそこで、無意識に顔を近づけていた自分に気が付いて、またも苦笑した。
眠っている彼女に向けて、何となく、言ってみる。
ラムザ・ベオルブはアグリアスオークスが好きです。愛しています」
 そんな独り言――のはずだった。
「……私もだ」
 朝鳥の囀りに混じって、ハッキリと響いたのは、何より愛しき人の声。
ラムザは動揺し、頬を真っ赤に染め上げ、けれど退く事はなかった。
 半分、夢だと思っていたのかも知れない、けれど半分は現実である事を知っていた。
だから、きっとこうして、唇をよせて彼女にキス出来たのは、こんなにも素晴らしい朝空のお陰だと思う。




 道中、ムスタディオが口を開いた。
「お前らって朝から熱いよな」
 それはラムザアグリアスに向けられた物でなく、ベイオウーフとレーゼに向けられた物である。
ベイオウーフとレーゼは荷車の中で、二人で腕を組んでいる。
 ラムザは荷車を牽くチョコボの手綱を持っており、アグリアスはその横にちょこんと座っている。
そんな二人が、ムスタディオの発言にドキリとしたのはほんの一瞬。
だから気が付いたのはシドとベイオウーフの二人だけ。
 シドはそんな二人を眺めて、ベイオウーフに視線を送る。
どうやら昨夜の手伝いは、多大な効果を上げた様だと、男二人は視線で笑った。
 愛とはかくも、素晴らしきかな。





               了