氏作。Part30スレより。



 ここは、逃亡生活もかなり長くなってきた異端者ラムザ隊の宿泊する宿である。
 このごろはさすがに教会の追っ手も見かけなくなってきたような気がするが、しかし
油断は禁物ということで、ひとつの町に長くとも二日しか逗留しないという暗黙の了解が
守られていた。
 それ故に、宿で飲み明かすようなこともほぼ無くなっていた。いっそ町ではなく、野営の
方が飲んだ気がすると、酒飲み派には不評である。酒に酔いしれて口が軽くなってはいけない
からだとわかっていても、食前酒程度しか飲めぬのは辛い。部屋で飲むことは許されていたが、
酒場の開放的な空気があってこそ、美味い、という日もある。


 それに、酒に限らず、追われる異端者の生活は常に他人の目を気にしなくてはならないため、
かなり窮屈なものなのだ。
 むろん、ラムザもその辺りを気にしていて、年に数度は宿の酒場を貸し切って、飲酒できる
宴会日を作るように心がけていた。密猟のおかげで、こうした余分なお金を使える余裕も、
時折は出来る。そして、今夜は、皆が楽しみにしていた、その宴会日に当たっていた。
 料理をつくり置きしておいてもらうことと翌日の掃除を店に頼み、給仕や調理師たちの
給金もはずんで、酒場の関係者には早く帰宅してもらう等ということも話がつけてある。宴会の
最中の配膳その他は、酒を飲まぬラムザ等が担当するので問題はないとも説明済みだ。
 これらは全て、飲んで口走った事を聞いてしまった給仕の口を封じずとも済むように、
また、心ゆくまで騒げるように、という配慮だった。
 とはいえ、事前に作り置いてもらった大皿料理を前にしての酒盛りになるので、温かい物を
口にすることは難しい。調理場に入ることを調理師たちがいやがるので、温め直せないからだ。
何とか温かい物を出せるようにできないかと、ラムザは最近それで悩んでいたりする。
 それでも、気兼ねなくおしゃべりと酒を楽しめる夜は楽しいものである。
 隊員たちはそれぞれに大いに飲み、ある者は歌い、ある者は叫び、夜も更けた頃。
 アグリアスの陣取った卓の会話が、どうにもおかしな方向へと転がり始めていた。



 発端は、誕生日やら星座やらといった飲みの席では定番な話題だった。日々の戦場で魔法の
効果のほどを見ているのだから、隊の中の誰と誰が魔法の相性が良いかはわかっている。
それに魔法の相性とそれぞれの誕生日との関連については、イヴァリースの誰しもが知って
いることだ。
 では、もう一歩踏み込んで考えてみて、それが互いの年の差といったものにも関連して
いるのか? という議論で盛り上がっていたのである。
 酔っ払い同士だから適当な計算を繰り返しつつ、どうやら年の差とは関係が無いらしいという
結論に落ち着きそうになったところで、年の差を計算していた馬鹿男から余計な一言が飛び
出したのだった。 
「あれっ、アグ姐さん、ひょっとして次の誕生日で節目のお年?」
 ムスタディオの素っ頓狂な大声に、即座にアリシアがテーブルの下でその足を蹴ったが、
それでひるむような酒量ではなかった。すでに多少の痛みは感じられない状態になっている。
「節目とはなんだ? 誰しも一年たてばひとつ年を取る。それだけのことだろう」
 ムスタディオの対面に座っていたアグリアスは淡々と答え、それから杯をしみじみと堪能した。
今夜のラヴィアン特製配合のカクテルは、香りも口当たりも本当に美味かったのだ。
隣に座ったラヴィアンに対してそれを誉めるのも、今夜幾度目であったかしれぬ。
 もっとも、内心、目の前にあるのがこの男の馬鹿面でなければ、もっと美味い酒だったかも
しれない、などと思っていたのだから、アグリアスも相当酔っている。



「でも、異国では、三十歳を『ミソジ』という特別な呼び方で注目するそうよ」
 少々意地の悪い言い方で話にのってきたのは、メリアドールだった。今となっては、隊に
参加した理由など、ほとんどどうでも良くなって来ている彼女は、時折アグリアスを敵対視
したような事を言ったりする。
 とはいえ、アグリアスがメリアドールに対して何かしたせいではない。自分の美貌に
気づいていないらしいアグリアスに、メリアドールが一方的にいらつかされているだけだ。
 もし自分があれほどの美人だったなら違う人生を送ったのではないか、と、考えてしまった
事があって以来、自分の一方的な敵愾心だと知りながらも、メリアドールはアグリアスに対して
意地悪になってしまうのだった。もっとも、メリアドール自身だって、そのような悩みを持つ
事がおかしいような容貌の持ち主なのだが。他人の芝生は青く見えるものなのだろう。
 アグリアスがそうした会話に対して無頓着なところも、ふたりの関係を(一方的に)
悪いものにしており、アリシアやラヴィアンは内心『今日も始まってしまったなあ、どうしよう』と
考えていた。
 メリアドールがアグリアスを煙たがっている理由はわからないが、できれば仲よくして
欲しいのである。アグリアスから歩みよることは考えにくいから、自分たちがどうにかして
仲を取り持たなくてはならない。
 こんな具合に、アグリアスの元部下たちは、いつも元上司のことを思いやって勝手に気苦労を
背負っているのだった。


「ミソジって、何ですかぁ?」
 問いかけたのは眠たそうな瞳のラファである。私の里の言葉じゃなさそうだわと続けながら。
最年少の彼女が実はかなりの酒豪だと発覚してから、もう何年になるだろうか。けれど、今日の
酒は、彼女に睡魔を呼び寄せているらしい。
「さあ? 詳しくは知らないけど、女性が三十歳を迎えるとそう呼んで、もう娘とは呼ばれ
なくなるとか、結婚は出来なくなるとか、そういうことらしいわよ」
 話題に出しはしたものの、メリアドールの情報もいい加減なものである。
「そこの娘さん、じゃなくて、そこのミソジさんとか呼ぶのか? 変な国だなー。女の魅力は
若さだけじゃないんだぜ、なあ?」
 マラークの意見には、誰も賛同が無く、彼は寂しそうにひとりで杯を傾ける作業に戻って
いった。意見そのものには賛成でも、マラークに賛成したくない……そんな空気が感じられた
からだろう。
 マラークは、見知らぬ女性に声をかける事が好きらしいと聞いていたが、本当だったようだと、
アグリアスは思っていた。今のところ、隊の風紀を乱すような状態ではないようだが、いずれ
注意すべきだろうか。そもそも隊にも女性は多いのに、何故見知らぬ女性に声をかけるのだ? 
危険ではないか。敵かもしれぬというのに……いや、危険なのは女性ではない。マラークその
ものに違いない。マラーク自身が敵なのだろう。
 この日以来、マラークは、アグリアスの心の手帳に「危険分子」と書き込まれたのだった。
そこに至るまでの過程が酔っ払い故のおかしなものだったことなどは全く覚えていないのに、
マラークはアグリアスから厳しい目つきでにらまれ続けることになった。それでも除隊希望を
出さなかったのだから、マラークも意外と肝の据わった人物である。


「でもなんでそんなに年齢にこだわるんだろうね。年齢を書いた札でもつけて歩くのかな」
ラッドののほほんとした突っ込みに、ラヴィアンは笑顔を返した。なんとかして、年齢その
ものにこだわるのではなくて、もっと大きな視点で語る方向に持って行かなくてはならない。
時代や国の事情で年齢についての注目は違うとか、お国自慢などの方へ持って行こう! と
ラヴィアンは考えたのだ。考えたのだが。 
「平均寿命の若い国なんじゃない? イヴァリースだって、一時は若くして亡くなる人が
多くて、だから、年齢は注目されたっていうか………戦争が多いと若い人が亡くなるから……」
ラヴィアンの言葉はだんだんと小さくなり、やがて「お代わりを作ります」と言いおいて、
新しい酒瓶を取りに行くことで、その場を逃げ出すしかなくなってしまったのだった。
 ちなみにアグリアスの心の手帳に書いてあるラヴィアンの項目には「自分で自分を追い込む
タイプ」とある。今日もそうなってしまったようだなあと、アグリアスは元部下のあたふたと
した様子を眺めていた。
 話にでているのは、自分の年齢に関する事だとわかっている。わかっているが、話題に
のって言葉を発するような気分には到底なれない。アグリアスはもともと口数が少ないが、
酒が入ってもそれには変化がないのだ。
 そして、もうひとりの部下であるアリシアも、困惑顔をしていた。話題をどの方向へと
持って行けば円満な状況に戻れるのか、残されたアリシアにはもうわからなくなっていたのだ。
 ここで宴会を切り上げても良いくらいなものだが、隣の卓の奥に座ってしまったラムザに、
視線だけでその願いを伝えることは無理だろう。どうしようかと悩み始めたとき、朗々とした
強い声が聞こえた。


「このシドルファス・オルランドゥの知る女性の年齢は、三十を越える事は無いぞ。だから
アグリアスもミソジとやらに怯えんで良い」
 隣の卓の端にいたオルランドゥにまでこちらの話が良く聞こえていたらしいと思いながらも、
奇妙な言葉に、他の面々は首をかしげた。
 三十を越える事は無いとは、どういう意味だろうか?
 まさか、三十歳を越えたら即死刑といったような、乱暴な法がオルランドゥ家にはある
というのだろうか。
 貴族たちには、各家の中で、ある程度の自治が認められている。特に女性は、家ごとの
規則に縛られている部分が大きかった。「女は子供を産む道具にすぎない」といった考えの
家も多いから、アグリアスは貴族に嫁すだけの人生を嫌って剣の道を選んだのだ。
 オークス家は貴族としてはリベラルな家風だったから、剣の道を選ぶことにもさほど
問題視はされなかったのである。また、そんな娘でも受け入れてくれるのであれば、その家は
娘の個性を大事に考えてくれるだろう、という両親の思惑もあってのことだったが。
 いずれにしても、アグリアスが貴族に嫁すことはもはや考えられず、その意味では「ミソジは
嫁にいけないということ」という話に合っているのかもしれない。主原因が年齢ではなく、
異端者の同行者になってしまったことだという部分がかなり違っているが……等と、のんびりと
アグリアスは考えていた。


「伯、まさか、三十歳をすぎたら、女性ではな……あぎゃうぎゃ」
 ムスタディオの失礼な台詞は、アリシアの腹部への拳によって不発に終った。
 いずれにしても、ムスタディオの顛末は、雷神の耳には入っていなかったらしい。落ち着いた
声が説明を続けてゆく。
「つまり、アグリアスは、さ来年二十九になる。次の年には二十八ときて、二十五からは再び
二十六に戻って、三十までは年を加える。そして再びひとつずつ減らす。それを繰り返すだけだ」
「はぁ……」
 一行は頭の中でその様子を思い描いてみた。だが、酔った頭で数字について考えることは
なかなか難しく、しばし酒場は沈黙に支配されてしまった。
「それじゃあ、良い年代を繰り返すばかりですね。オルランドゥ家の女性に生まれれば良かったわ」
 レーゼの笑いを含んだ声に、他の女性たちも同意を込めて笑い出し、場は賑やかさを
取り戻した。
 むろん、レーゼの言葉に、この男が反応しないはずはなく。
「何を言ってるんだ、レーゼの魅力には年齢など関係ないよ。むしろ、僕と出逢ってから
重ねてくれたその皺にこそ、僕らの歴史が」
「……シワ?」
「あ、いやっ、その、つまり、僕はいつまでも君を愛していると」
 ブレスによる酒場殲滅は、こうしてなんとか免れた。


 一方で、アリシアとラヴィアンは必死だった。今度こそうまく話を展開しなくてはならない。
「女盛りは二十代よね」
「ううん、いくつになっても、女盛りでいないとねー」
「ラヴィアンとアリシアは女盛りなの? 今? へえー」
「そのへえーってのは、何よ、ラッド? 文句でもある?」
「返事次第では、踏むわよ」
「いや、単に、そうなのかって感心しただけ。文句はない」
女性たちの声が生気を取り戻し、話題を持ち込んだメリアドールが少しばかり居心地の
悪そうな表情になったところで。
「んでも、男は年齢が増えて行く一方なんじゃ、姉貴よりも年上の弟とかが出来ちまうだろ?
 面倒なことになりそうだけどなあ」
という、ムスタディオの無粋かつもっともな指摘が、場を再び当惑に支配させてしまった。
「なんでこんな時だけ頭が回るのよっ、馬鹿男っ」
とつぶやいたのは、ラヴィアンだったか、アリシアだったか。
「男の年齢は確かに少々厄介なことになるがね。さほど問題にはならないさ。姉は姉、
弟は弟だから」
笑いながら言ったオルランドゥは、なみなみとつがれていた杯を一気に飲み干し、こう続けた。


「男は四十五になったら、一旦四十に戻って、それから再び五十までの年齢を繰り返すのだ」
 仲間たちの頭の中は、再び数字に支配された。しかし、すでに計算のできるような頭の
持ち主はおらず、酒を飲んでいなかったラムザがこう尋ねるのが精一杯な具合だったのだが。
「その後はどうなるのですか」
「好きな年齢を名乗って良いことになっておる」
……………。
 今度は、沈黙が酒場を支配することになった。
「あのう、では、伯の年齢として伺っていたのは、オルランドゥ家方式の年齢なのですね?」
重ねて聞くラムザに、オルランドゥは笑みで肯定する。
「そういうことになるな」
「……では、実際は……」
「さて、生まれた年のことなど忘れてしまったし。私は一体いくつに見えるかね?」
 誰よりも強い剣聖の年齢がいくつに見えるかと聞かれて、答えられるような人間が、どこに
いるというのだろうか?
 ちなみに親友だったバルバネスとオルランドゥの間で、年齢の話が出た事は一度も無く、
故に、どちらが年上であったか等、わからぬのだそうである。





 さて、実際にアグリアスがミソジを迎えたその日。
 ラヴィアンとアリシアを中心に、祝いの宴が催された。各人がそれぞれに贈り物を用意しての
盛大なものである。
 中でもアグリアスが一番嬉しかったのは、ラムザから贈り物と共に贈られたものだった。
「僕は、ミソジって言葉はきっと、三十年生きて来られて良かったと、それまでの人生を
讃える言葉だと思うんです。若くして命を落とすことだって多いですし。だから、僕は、
今日、おめでとうと一緒に、こう言わせてください」
 ここでラムザは一度息をついて、真剣な瞳でこう言ったのだ。
アグリアスさん、三十年生き抜いてくださってありがとうございました。これからも
どうか、僕のそばで生き抜いてください」
 アグリアスの返事は、もちろん……。


                                  Fine