氏作。Part22スレより。
「ラムザって素敵ですよね」
アリシアがアグリアスに言った。
ラヴィアンもうんうんと頷く。アグリアスの視線は宙を彷徨う。
「さ・・さあ。どうだろうな」
「やだぁ、隊長もそう思ってるくせに」
「べ・・別に、お・・思ってない」
戦いの旅路。戦士たちもたまには軽口もたたけば恋もする。
後に世界を救ったと言われるこのパーティも例外ではなかった。
「隊長はこういうこと、ほら疎いからさ」
「そうですよー、私たちが微力ながらお手伝いしちゃいますよ」
風が花の匂いを運んでくる春。アグリアスは部下たちの下世話で大きなお世話に少々いらだっていた。
恋だの愛だのに疎いのは確かだが他人にそれを指摘されて面白いはずがない。
「お前たち私が上官だということを忘れてないか」
「いや〜私たちは所詮、流浪の私兵集団ですからね」
「そうですよ楽しまないと」
パーティが馬を休ませる泉から満たした水袋を手に持ち歩いてくるのはラムザだ。
水袋に口をつけて顔をしかめた。
「雪融け水です。冷たいですけど美味しいですよ」
ああ・・と言いながらラムザから水袋を受け取り口をつけようとした瞬間──
「間接キス・・・」
アリシアが小さな声で言った。アグリアスの頬は一瞬で林檎のように赤くなる。
ヒューヒューとはやし立てるふたり、ラムザも苦笑いだ。
アグリアスは自分にやや赤面症のケがあることを最近発見した。
このオチャラケた部下ふたりのおかげで・・・
アグリアスの顔から表情がスッ・・と消え、水袋をラムザに付き返した。
「えっ・・・?」
そしてやや大きめのよく通る声で言った。
「ラムザ、言っておく。私はオヴェリア様との忠義によってここにいる。私はお前の部下でもなければ主君でもない。わかっているな?」
「は・・はあ?」
「それだけだ。私は実をいうとお前みたいなやつが嫌いだ──」
「た、隊長!!」
「なんてことを!!」
「喋り方も歩き方も顔も剣の使い方も嫌いだ」
アグリアスはそれだけ言うとラムザに背を向けスタスタと馬車に歩いた。
慌ててラヴィアンとアリシアがあとを追った。
「隊長!!」
「なんてこと言うんですか!!」
アグリアスは鼻でフンと笑い二人に言った。
「お前たちが誤解しているようだからハッキリさせたのだ。私はお前たちの下世話な期待には残念ながら添えられないのだ、ふふふ」
「もう!!ふふふじゃないですよ!!」
取り残されたラムザは呆然としていた。
馬車の手入れをしていたメリアドールとムスタディオはことの一部始終を目撃してしまい、どうする?と目で問いかけあっていたが答えは出そうになかった。
「・・・ぼく何か嫌われるようなことしたかな?」
突然尋ねられたメリアドールは狼狽した。
「わ・・・わたしに聞かれても、ど・・・どうなのかしらねムスタディオ」
「えっ!?おれ!?さ・・さあ嫌われるようなことしたんじゃないの?なにせ喋り方も歩き方も顔も剣の使い方も嫌いらしいから・・・」
メリアドールはとなりのアホを殴った。ラムザはこの世の終わりのような顔をして天を仰いだ。
「えっ?別行動?」
ラファは何を言っているの?という顔をして兄のマラークと顔を見合わせた。
マラークは瞑想の姿勢をとっていたが妹の問いかけに方目だけを開き首をかしげただけだった。
「別におかしいことじゃないだろ。今までだって資金集めのために別行動したことは何回もあったじゃないか」
「そうだけど、ラムザが資金調達にいくなんて・・・しかもこんなに急にひとりで、もう夜よ?」
ラファがそういっている最中もラムザは荷物を作る手を休めなかった。
ラムザはラファの言うこともろくに聞かず、フラフラした足取りでひとり夜の森に消えていった。まあラムザほど腕が立てば何も心配することはないのだろうが、あの状態ではそうも言いかねる。いったい何があったのかラファにはわからなかった。
メリアドールは何か言いたげにアグリアスに視線を投げているが、アグリアスは焚き火を枝でいじりながら近寄りがたいオーラを発していた。
「私たちが悪いんですぅ・・ちょっとからかい過ぎて・・・」
ラヴィアンとアリシアがうなだれている。
ラファはため息をついた。何があったか少しだけ想像がついた。ええっと、犬にけられて・・?
「しょうがないわね。ゴーグで合流するのはもう決まってるんでしょ」
「は・・はい」
「私たちにはオルランドゥ伯もいることだし、まあ大丈夫でしょう。ラムザのことは心配だけど私たちは私たちでしっかりしましょう」
そうと決まれば早寝早起きだ。流浪の私兵集団は夜営の準備にとりかかった。
炎を見つめながら瞳をゆっくりと閉じた。涙が頬をつたった。
驚いて手の甲で拭った。なぜ泣いているんだろう。
これでも少しぐらいは責任を感じているのだ。
アグリアスは夜の見張りを自らかってでた。次の交代はメリアドールだができるだけ長く寝かせてやろう。
少しだけラムザのことをひとりで考えてみよう。
ラヴィアンとアリシアも寝てしまっている。
ラムザは行ってしまった。少しだけ責任を感じている。そのくらいの責任感は持っているつもりだ。
行ってしまうラムザの後ろを見送るとき心が少しざわついた。
パチパチと音を立てる金色の炎がアグリアスの記憶を優しく刺激する。
──眠れないから、話に付き合ってくれ。そう言っていたと思う。
アグリアスはラムザが夜営の見張りをしているとき寝袋から抜け出して、小さな声でふたりで喋るのが
好きだった。ラムザの喋ることが好きだった。アグリアスがラムザに昔のことを話したりしたこともあった。
そんなことに興味をもって聞いてくれるのが嬉しかった。もちろんラムザにそういったことはない。
本当はアグリアスも眠かった。でも決まってラムザが夜営の晩のときは決まって眠れないと嘘をつく。
馬車を引くラムザの歩き方。自然体で雲の上を歩くように軽やかに歩く。
身体はぜんぜんがっちりとはしていないのに背中を見ていると心強い。
ラムザが剣をとって戦うのを見る。自分の正義のために剣を取る。
きっと私と同じ思いで戦っているのだと信じている。私にも勇気が沸いてくる。
ふ・・と、声に出して笑った。
本当はわかっている。自分で自分を騙している。
ラムザの話し方も声も笑顔も好きだ。歩き方や戦う姿も。もちろん言えない。
だって二つ年下の男の子にそんなことをいうのは恥ずかしいから。わたしは女の子だから──まだ女の子だから。涙が止まらなくなった。肩を震わせて泣いたのは何年ぶりだろう。
「──好き」
この夜一番密やかな告白が真っ暗な森の中で行われた。
少女はゆっくりと目を閉じて硬い樫の木の幹にもたれかかったまま夜営の番を果たさずに眠ってしまった。
しかしこの夜、聖アジョラは迷える子羊のもとに魔物をつかわしたりはしなかった。
──それどころか森を抜ける吊橋を落とし、ここにいるはずのない少年を再びパーティに連れてきた。
少年は彼女の身体に毛布をかけなおした。
「僕もです」
眼の下を少し腫らした聖女は、金色の篝火を受けて煌いていた。小さな寝息は少女のそれだった。
少年が彼女の唇をそっと盗んだ罪は聖アジョラもきっと許してくれるだろう。