氏作。Part29スレより。




スタディオは、きっちり一年分の記憶と歴史がなかった。
身に着けていたものは武器を含めてぜんぶあの日のままだった。
まさに、あの爆発の直後に工房の仮眠ベッドに姿を現したことになる。
そして、わたしが戻ってきたのがその二年後ちょっと過ぎ。
おかしな話だけれど、
三つ下の死んだ弟と同い年だったはずの、ラムザと同い年になってしまった。
わたしより二つ年下だったはずのムスタディオもわたしやラムザと同い年。
まあ、人間がルカヴィになるよりはずいぶんマシな話だけれどね。
どこに戻ってきたかというと、その、誰にも言ってないのだけれど、
スタディオと全く同じ場所にだった。
下でみんなが呑んでいる間マットレスの真上にそっと落ちでもしたんだろう、
朝まで惰眠をむさぼっていられた彼とは少々具合が違った。
目が覚めるといきなり目の前が斜めに傾いたロフトの天井、
そのまま中身のある仮眠ベッドまでまっさかさまに落ちてしまった。
ムスタがつぶされたおかげでわたしはケガもなかった。
そして、そのう、なんというか、うん。
きっちり二年後でまたみんなが集まっているときでなくてよかったとつくづく思う。
ベスロディオおじさまもちょうど商用で労働八号をおともに遠出していた。
まさに丁度いい場所と時期にわたしも還ってきたのだ。
還るとすればブナンザ家か子供時代を過ごした界隈が妥当だったとは思うけど。
なにより、以前からあのロフトに思い出があったなんて知られたら、
いくらこの手のことにはすばらしく鈍感なラムザでも
もっと早くにわたし達の遠慮を見抜いていたから。
ムスタにはもちろん「口止め料先払い」につき、
「わたしが戻ってきたのは子供時代を過ごしたウォージリス」。
そこでしばらく体を休めてからゴーグに戻り、
一人で留守番していたムスタに迎えられたってことにさせた。
真相は墓まで持っていくように常々言い含めてある。


「いい加減ケジメつけないのかな〜、
 リリベット・カスタフィオーレ嬢は随分お待ちのようですが〜、
 ムスタディオ〜?」
チコに乗ったわたしが先導し、ボコとラムザ、ココとムスタディオ、
それに大荷物を抱えた労働八号が続く。
年末に近所のご夫婦からも冷やかされたことをまたラムザが口にしている。
「ムスタがれっきとした機工師になったらね〜」
「飛空挺の復元ができたらな〜」
非常時ではなくゆったりチョコボに腰掛けているものだから
いちいち語尾がのんきに伸びて揺れている。
実質もう嫁扱いで重要な帳簿もさわらせてもらっているんだけど、
表向きはそういうことにまだしている。
一応はよその下宿を借りて一緒に住んでもいない。
これが逆だったら、彼女もそうしたと思うから。
「ところで随分かかるけどどこまで行く気〜?」
「まだまだ先〜」
「どこなのさ〜」
「まだ内緒だ〜、お楽しみは最後にとっとくもんだろ〜」
わたしたち三人だけは早めにゴーグに戻ってきた。
ラムザの誕生祝いをしたいけれど特別な場所でないと無理だと連れ出したのだ。
留守番を任せていた労働八号の最終チェックも昨日終えたし、
ラムザは事前に言っておいたとおりに、よく分からない顔をしたまま
「ガッツ」「ジャンプ」「キャッチ」のアビリティを用意している。
「いま労八が抱えてる包みはさ〜、ここで開けちゃ駄目かな〜」
「あ、それはオマケオマケ、メインはこれからだ〜」
こうして間延びした会話を交わしていると随分アホみたいに感じるけれど、
スタディオもラムザも変わったな、と思う。
あのころよりさらに、男の顔になった。



「ムスタ〜」
「ほいよ〜?」
「昨日は徹夜で労八のマイナーチェンジがんばったよね〜。さっすが〜。お疲れ様〜。」
職人として一人前の仕事をする姿もさまになってきた。
仕事をしているときの目や手は玄人の誇りに満ちている。
手に惚れたのはわたしの養父も職人だったからなんだと思う。
ラヴィアン、アリシア、メリアドールに茶化されてオロオロした彼女も結構面白かったけど、
彼女がラムザのどこに惚れたのか聞き出したくって、恋愛の話題が苦手な女ふたりで話し込んだ夜もあった。
その誠実でどこまでもお人よしなところも、普段は優しいのに激しい一面もあるところも、
目も髪も声も背中も好きだからひとつに決めきれないって、
恥じらいながらもあえかに微笑む彼女は月光に映えた。
「そういうリリベットさんも〜、今日は一段といい女だな〜」
わたしたちは普段おくびにも出さないノロケまがいの言葉を交わした。
ラムザ、不審がっている。
「あはは〜、ほめられてブレイブアップ〜。
 ラムザも〜、ヒヨッコの頃が嘘みたいね〜。いい男になったよ〜」
ラムザは髪をもっと短くするようになった。
生え際のあたりで前髪がちょっと不規則にクセっぽいのを除けばザルバッグ様に似てきていた。
こんないい男、他にいい人でもいない限り、ほうっておく女がいるなら見てみたい。
ねえ、そうでしょ?
わたしは心の中で彼女に問いかける。
あ、わたしは対象外ですけれど、下は10歳から上は47歳子持ちまでよってたかって、
ラムザの友人って立場だけでもう、取り次いでくれ紹介してくれって、
わたしたちでさえ身が持たないくらいにしつっこいんだから。
アルマを信頼できる男性のもとに嫁にやるまではって、
数少ない言い訳のネタもとっくになくなっちゃったし。
何のことやら、とラムザがますますこちらを凝視したとき、
わたしたちはようよう目的地にたどり着いた。
ここまでごまかすのも大変だったけど、ラムザを狙う女性陣からの総攻撃に比べれば、ね。
もうその気苦労もなくなると思えば。
大地にのみこまれていった血の穢れ、死臭、涙、嘆き。
獅子戦争の責を問われたもの、政治的に排除されたもの、
そして、教会に反逆したものの死が大量に飲み込まれた場所。
ゴルゴラルダの処刑場はあまりに多くの人生をとりこみすぎた。その場自体が忌まれ、おそれられた。
無数の死で飽和したゴルゴラルダは棄てられ、英雄王の治下あらたな処刑場が別につくられた。
風や雨くらいじゃ拭えないくらいに血のにおいが充満しすぎて
自分は絶対に無関係だと決め込むような暢気な観衆でさえ
その場がもちだした呪力と臭気に耐え切れなくなったからだ。
だけどわたしたちにとっては、もう少し違う意味を持った場所。



「今さら疑うものか! 私はおまえを信じる!!」
そう、不器用でどこまでもまっすぐな彼女が、はじめて愛の言葉を告げた場所。
ねえちょいとそこの裏切りにゃ慣れっこの異端者さん。
君にとってここがどういう場所だったのか、そろそろ思い出さない?


「おっし完了!」
労働八号の装甲板を開けていろいろ押したり繋いだり、ひとり忙しかったムスタが顔をあげた。
「うーん、一番高台なのはここだけかぁ。木製の処刑台なんて腐っててもうダメね」
処刑台の物見の塔にわたしたちはいた。
「そうだなー。じゃ、はじめるか」
ぼんやり突っ立っているラムザを尻目にわたしたちは勝手にことをすすめていく。
スタディオはヘンテコな機械を労八に繋いで重そうに持ち上げる。
「それが、プレゼント?」
「いいや違う」
「めがほんっていうんだよね、それ。で、労八が、増幅器になるんだっけ」
「さっすがオレの恋女房は覚えが早いよ」
「・・・・・・俺、帰っていいかな?」
あ、拗ねたスネた。
たまに俺、っていうようになったラムザがすねた。
ごめんねラムザ
こうして褒めあってブレイブアップしておく必要があるの。
「そんじゃ行くぜえ!耳塞いでな!!」
天に向かって、どっちでもいいやと適当な方角向いて、
ムスタの声なのにありえないような大きな音が響き渡る。
「あーっ、あーっ、ただいまマイクのテスト中、ただいまマイクのテスト中、
 本日は晴天なり、本日は晴天なり!」
「曇天だよ・・・」
きっちり耳指ガードで防いだわたしを、一応耳を掌でおおっているけど
キャッチしかないラムザが恨めしそうににらむ。
「本日は、磨蝎の10日です!!
 ラムザ君29歳のお誕生日おめでとうございまーす!!!!!」



それがどうしたとばかり、まーだラムザが恨めしそうな目をしている。
にぶちんめ。ここまで来ていて何にも分からないの?
彼女、堅物でも鈍くはなかった。ふたりの恋が難航したわけだ・・・。
それじゃわたしも一肌脱ぎますか。
「ムスタそれ貸して」
「あいよッ」
鉄の塊が強くきしみわたしが発した最初の言葉は飲み込まれた。
「―――――ッ!
 いい加減ッ、還ってきなさぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!!!!!!!!!!!!」
耳指ガードも完璧に、背後でムスタディオが面白がってるのがよーくわかる。
ラムザがだれかに取られちゃってもいいのーッ!?
 まいにち毎日周りの女がほっとかなくってそりゃもう凄いったらないんだからッ!
 あなたはもうラムザよりひとつ年下になったんだから
 これで満足したでしょ――――――――――――――――――――ッ!」
えーと、また今年の巨蟹の月がくれば「同い年」だけど。


童顔低身長でどう考えても年下に見えたっていっつも言われてたけど
わたしも一応ムスタより年上なの気にしてたし、人のことはあんまり言えないけれど。
だからわたしもムスタより遅くに還ってきたんだろうし、
実は去年もラムザの誕生祝いはすっぽかしてここにいて待ってみた。
還ってこない「お姉さま」はやっぱり、「同い年」でも気になるみたいでして。
わたしがラムザに死んだ弟のスタンを重ねて姉貴風吹かせるのも嫌がってたし。
だいたい、実の兄君とは二人とも親子並みの年齢差だからか、
ラムザ本人はこれっぽちも気にもかけていなかったのにね。
ついでに言えば彼女、
はじめからムスタより背の低かったわたしを羨ましいってこぼすこともあった。
これもラムザはちっとも気にかけず。
ラムザに酒はやめて牛乳飲めのめって口が酸っぱくなった日々が懐かしい。
ルグリアを名乗っていたころのラムZときたら
ガフガリオンに教えられてきついのばかり好んで口にした。
涼しい顔で呑んではいたけれどいつ体を壊すかとみんな心配だった。
酒に逃げる男はまじめな彼女に嫌われるよって、
あなたの名前を出すだけであっさり止めたんだから。
なんか鎧がきついから新調するって言い出したときには
とっくに追い抜いていたからこっそり彼女にもおめでとうって伝えたっけ。
照れて下向いてゆでダコみたいになった彼女が可愛かった。
「クウカンノ ヒズミヲ カクニン シマシタ」