氏作。Part26スレより。



深々と降雪が続く中、ラムザ一行を乗せた馬車は王都ルザリアへ入った。
異端者の烙印を押された地で、ラムザは馬車に引きこもりラヴィアンの看病をしている。
大通りから外れた所にある宿を選んでムスタディオが部屋を取り、ラムザは店主に顔を見せず部屋へ向かう。
宿代に色をつけると多少の厄介事に目を瞑るというスタイルは珍しくない。
とはいえ、さすがに王国の騎士団がやって来たら、ラムザ一行は呆気なく売られるだろう。
アリシアがルザリア聖近衛騎士団に連絡を取れば、それで終わりだ。
だが、ゲルモニーク聖典を入手できなかったアリシアがそれをするとは思えない。
「異端者ラムザが、教会の不正を暴けるゲルモニーク聖典を持っている」と報告されるかもしれないが、
そうすればラムザ達──限定するならアグリアスとラヴィアンに迷惑をかけるため、
そういう展開は無いとラヴィアンが断言していた。
だから安心してアリシアを探しに行くよう、ラヴィアンはアグリアスに言う。ベッドの中で身体を休めながら。


   第六話
   王都ルザリア『アリシアの家』


「しかし……私に、アリシアの心の扉を開く事ができるだろうか?」
治療のためケアルをかけた後、アグリアスはうつむいたまま言った。
ラヴィアンはというと、さすがに腰が痛むのか、じっとおとなしくしている。
だが口までおとなしくはしていない。
「結局さー、アグリアス様はアリシアをどうするつもりですか?
 ゲルモニーク聖典は取り戻したんだし、私達を売ったりもしないだろうし、探して見つけて、責めるつもりで?」
「そういう訳ではない……。とりあえず意志を聞いてみようと思うよ。
 だが私よりは、ラヴィアンの方がアリシアを解ってやれるのだろうな……」
「私だって別に、アリシアの全部を解ってる訳じゃありませんよ。一心同体じゃあるまいし」
「ラッドが言ったのだ、堅物の私は誰の気持ちも理解できぬと」
「いやぁ……理解できる方がおかしいんじゃないですか? 一生で一人か二人、そういう人に出会えたら僥倖ですよ」
「度合いの問題だ、私とて相手の全てを理解できるなどと自惚れてはおらぬ。
 しかしアリシアは私に、少なからず理解して欲しい願っていた。それに応えたいと思う、思うのだが……。
 どれほど考えても、アリシアの気持ちを"想像"するばかりで"理解"する事はかなわぬ。
 実際に会って話をせねば理解し合うなど不可能とは承知しているが、いざアリシアを前にして、私は──
口をへの字に曲げ、うつむき、天井を仰ぎ、アグリアスを見て、面倒くさそうな口調で、ラヴィアンは言った。
アグリアス様はさ、難しく考えすぎなんですよ」
布団の中で身じろぎをして、少しだけ身体をアグリアスに向けると、白い歯を出して笑う。
アリシアの気持ちが解らなきゃ、自分の気持ちを力いっぱいぶつけて、抱きしめて上げればいいんです。
 それで駄目なら駄目と割り切ってさ、ヤケ酒でも飲みましょうよ。つき合いますから」
しばしアグリアスは黙考すると、浅い笑みを浮かべて返した。
「フッ……お前が飲みたいだけじゃないのか?」
「えぇー、そんな女に見えますか? 怪我の身でヤケ酒につき合おうとする心意気を買って下さいよ」
「買わぬ。飲酒厳禁、ゆっくり休んでろ」
話を打ち切って、アグリアスは身支度を整えた。
新しい兜と盾を買う余裕が無かったため、装備はダイアソード・白のローブ・ダイアの腕輪の三点だけ。
「探しに……行って来る」
「いってらっしゃい、お土産よろしくワインとかブランデーとかウイスキーとか」
「飲酒厳禁と言ったぞラヴィアン」
アグリアスが部屋の戸を開けようとしたら、戸をノックされる。
少々驚きながら開けるとラムザがラヴィアンに飲み物を持って来ていた。
玉子酒を作ってみました。こんな天気ですし、温まっていいでしょう?」
「わぁお、ラムザさん愛してるぅ」
わざとらしい、しかし心底嬉しそうなラヴィアンの歓声にへきえきとしつつ、
ラムザと入れ替わりに部屋を去るアグリアス
行く先は無論──。



王都の名に相応しい華麗な街並みが白銀の衣をまとい、清涼ながらも冷たい空気が建物の間を縫って流れる。
アグリアスのまとうマントは簡素なこげ茶色の物で、やはりこれも少しずつ白を積もらせた。
金糸の髪をフードで隠し、ブラウンの瞳は自然とアリシアに似た人影を追い求める。
だがアリシアがきっといるだろう場所を彼女は知っていた。
ルザリアの地理には精通しているとはいえ、おおよその位置しか解らぬが、
アリシアは"そこ"にいる。いるはずだとアグリアスは思う。
雪道は行きかう人々に踏み固められ、泥で汚れてしまった白が多かったが、
アグリアスが通る道は次第に足跡が少なくなっていく。
代わりに、道の中心にはチョコボの足と車輪の跡。
道の左右に立ち並んでいた建物も減って、広々とした庭を持つ邸宅が増えつつある。
貴族が多い地区に入ったのだと感じる。
アリシアは、この街で……)
目的地に近づく。


雨でもそうだが、静かに降る雪は街を静かにさせる。
感性によっては寂しくさせると表現しても差し障りは無いだろう。
今現在、静かと寂しいのどちらが適切かを考えるならば後者だ。
それは人気を感じさせない──すなわち人のぬくもりのついえた雰囲気のせいか。



かつては使用人を必要としただろう三階建ての白い家。
庭は広く、けれど木の枝も草もわずかに乱れがある。庭師が数日か数週間何の手入れもしていないようだ。
さらにこの季節、木に葉は無く花も咲いておらず、彩りが貧しい。
白雪が降り積もり、ますます色合いを消失させていく。
扉の鍵はかかっておらず、軽く押すとキィと音を立てて開いた。
室内は薄暗く、寒い。コツコツと足音が不気味なほど大きく響くのは、静けさ故の錯覚である。


埃で白んだ床が濡れているのは、雪道を歩いてきた者が入った証拠だ。
食堂の入口あたりで水気が途切れたため、その後は手がかりを無くしたために適当に部屋を回る。
二階の書斎や寝室等を通り、一階のテラスのある部屋へと入る。
その部屋だけは暖かく、明るかった。
薪の弾ける音、暖炉の炎の前でうずくまる小さな人影。


「アリ、シア……」


かけられた声に肩が震え、けれど膝を抱えたまま動こうとしない彼女の姿が、アグリアスの眼に痛む。
(私が傷つけ、追い詰めてしまったのか……)
足音はアリシアの耳にも届いているはずだ、少しずつ近づいていると解るはずだ。
それでも逃げないでいてくれる事が、今のアグリアスにとってわずかながら慰めとなる。
「何しに来たんですか」
だのに、拒絶の言葉を打ちつけられた。膝と両腕で顔を隠したままの拒絶だ。
「……嘲笑いに来たんですか? 聖典の無い鞄を取り返して、馬鹿みたい……」
「そ、そんな事はない。アリシアがあれほど強かったとは思わなかったぞ。ムスタディオが来なければやられていた」
何とか好意的な言葉を言わせたいと思い、先の戦いを褒めてはみたが、
それでアリシアが顔を上げてくれるとは思えなかった。
「……アリシアよ、顔を見せてはくれまいか?」
「………………ヤです」
「…………お前の顔を見たいのだ」
「………………ヤです」
「………………頼むアリシア
「………………ヤです」
ぬかに釘の状況に言葉を失くしていくアグリアス。どう話しかければアリシアは応えてくれるのか解らない。
さて、どうしたものか? 悩ましさに縛られたアグリアスだが、ふと、ラヴィアンの言葉を思い出す。
自分の気持ちを力いっぱいぶつけて抱きしめればいい。
だがその自分の気持ちが解らないのだから、ぶつけようもない。
抱きついて、払い除けられたら、もう、この場にいられないと思う。
だから、探るように、
「私に──何か、言いたい事はないか? 何でもいい。不満でも、何でも、何かあれば……」
けれど、アリシアは応えず、
「このままでは終われんのだアリシア。私は、こんな別れ方をしたくない」
薪の弾ける音だけが、寂しく鳴り続ける。
いたたまれなくなりアグリアスは窓を見た。埃で曇った窓ガラスの向こう、確かに白い雪が降っている。
暖炉の炎にゆらめく影が、幽霊のように室内を蠢いているようにも見て、不気味であった。


「……もう、終わりなのか。話す事すら無いというのか、アリシア
視界の端ではアリシアの姿を捉えていた。アリシアは身じろぎすらしない。
「お前はここに一人、残るのか。この、もう誰もいない、この場所に……」
窓の外は庭で、土や緑が白に埋められていく最中だった。
「私達では……駄目なのか……?」
雪が、胸の中の何かまで埋めていくような錯覚を、アグリアスは感じて??。
「……今日は冷える、風邪は引くなよ」
アリシアに背を向け、別れの一歩を踏み出した。


「──なのに」
だから、あきらめてしまった瞬間にかけられた声に、胸の雪が溶けて振り返った。
まさか呼び止めてくれているのか、と思ってしまう。それはとても幸福な夢だ。夢でなければもっと幸福だ。


振り向いてもアリシアは膝を抱えたままで、顔を上げず、けれど肩は振るえて。
「私はただ、帰りたかった、だけ、なのに」
のどの奥からしぼり出すような声。それまでアリシアは短くか細い声だったため気づかなかったが、
こうして会話のために出した声を聞くと、それが泣き声だと気づく。
顔を上げなかったのは、泣き顔を見られたくなかったからだろうかと、アグリアスは思った。


「家族が、待っている暖かい家で……。戦いに怯えたりせず、特別で無いただの一貴族として??暮らしたくて。
 オヴェリア様の護衛隊に任命された事は、名誉で……お父様、お母様も、喜んでくださったのに。
 枢機卿殺しの汚名を着せられ、異端者の烙印を受け、家が、こんな事になってるなんて、私……」


異端審問官が現れたあの日、アグリアスは家に連絡をしなかった。
例え自分も異端者となろうと、己の家族ならば王家への忠誠と正義を貫き、自分をかばうまいと考えたからだ。
ラヴィアンも詳しくは話さなかったが、実家に行き事情を伝えたらしい。
しかしアリシアは「親に合わす顔が無い」と、ただ手紙をつづるのみだった。
そのまま、今日帰ってくるまで、家で何があったのかは知らずに過ごして、きっと大丈夫だろうと願って。
でも??家は"今ここにある様"になっていた。誰もいない、人気の無い家に。


聖典を、王家に持って行けば……また、お父様とお母様と、一緒に、家族一緒に暮らせるって思ったんです。
 国中の人を敵に回して、神話の異形とまで戦う、なんて……怖いです。
 ラムザさんは、裏の歴史の先端に立っています。私達は、王家とは違った形で、畏国の命運を握ってます」
「それが、アリシアには重すぎたのだな……」
「私は、ラムザさんやアグリアス様のような、名門の出ではありません。
 貴族だからといって、アグリアス様達ほどのモノを背負えません……。
 無理ですよ、あんな……私には無理……耐えられない。
 戦場で騎士として死ぬならまだしも、オヴェリア様を……主君を守って死ぬならまだしも、
 世間から異端者として罵られて、嫌われて、そんな報われない戦いを……正義のために、身を粉にして……」
アリシアの声色がわずかに昂ぶった。
「何でそうまでして、戦えるんですか。戦おうとするんですか。
 立派すぎますよ、立派すぎて、私なんかじゃ、ついて、行けない……行けなくなっちゃう……」
そんな風に考えていたのか、とアグリアスは震える。
アリシアと長く一緒にいるが、私はアリシアを引っ張るばかりで、向き合った事は無かったのかな)
アリシアの知らなかった部分を知った驚きと喜びが混ざり合って、何とも表現しがたい感動が込み上がる。
同時に"自分"はこれほどアリシアに"自分"を語った事はあっただろうか。いや無い、きっと無かった。
だからこうしてすれ違ってしまったのだろう。


「……それほど、たいしたものではないぞ。私もラムザも」
不思議と、穏やかな声色だった。アグリアスの頬には微笑さえ浮かんでいた。
「今のラムザは、ルカヴィだの裏の歴史だのより、肉親アルマ様を救うために動いている。
 私とて、正義や信念、仲間意識だけでラムザと共にいる訳ではない。
 異端者の仲間になってしまったのだから運命共同体として仕方なくという弱い考えもあるのだ。
 アリシアが思うほど立派ではないよ、私も一人の人間に過ぎぬ」
アグリアスは、アリシアの肩に、手を伸ばした。触れていいのだろうかと悩みを持ったまま。
肩に指先が触れると、アリシアはわずかに身を引く。
それで何となく『今は抱きしめるべきではない』とアグリアスは感じて、
その根拠の無い直感に従い手を引き、背を向け、最後の希望を言い残す。
「明日の朝、日の出と共にグローグの丘へ向かう。もし、まだ……」
言葉を切って、その先を少し考えてから、アグリアスは苦笑した。
「いや、好きに……思うままの道を選べ、アリシア
振り返らず、アグリアスは懐から金貨の詰まったギル袋を取り出して床に置き、部屋を出た。
もうアリシアは呼び止めなかった。




炎の揺らめきが新たな影を映し出す。
あれでよかったのか? と、影は訊いた。
アリシアは応えない。
帰ると言ったよな、ここがお前の帰る場所か? と、影は訊いた。
アリシアは応えない。
俺には帰る場所なんざ無い、お前はどうだ? と、影は訊いた。
アリシアは応えない。
家はひとつだけと誰が決めた? と、影は訊いた。
アリシアは応えない。
お前の家はどこだろうな。そう言って、影は消えた。


雪は人々が寝静まる頃には止んでいたが、寒気は銀の化粧をそのままに残し、
清らかな白は朝日との対面を果たし煌く。
その様をアグリアスは一部始終見つめていた、大切な仲間が来るのを待ちながら。



「ふぁ……眠ぅ……」
一晩ぐっすり眠ったためか、ラヴィアンは自分の足で歩けるほどには回復していた。
これもラムザ玉子酒に混ぜられていたエクスポーションのおかげだろう。
ちなみにアリシアポーションが嫌いだ。苦いから嫌いだ。不味いから嫌いだ。味が酷いから嫌いだ。
特にエクスポーションともなれば、何というか、"濃度"が凄まじくて、より苦くて不味いから大嫌いだ。
ふて腐れて早目に就寝したために、日の出前に起床しても睡眠時間はバッチリで、
十分に三度あくびををする程度の眠気が残るくらいで済んだ。


ちなみにラヴィアンより睡眠時間の短いムスタディオは十分にあくびを一度する程度だ。
さらにムスタディオより睡眠時間の短いラムザはあくびを一度もしない。が、頭上の跳ね毛が少々萎びている。


東の丘陵の隙間から登る日の出を見つめていたアグリアスが、ゆっくりと馬車に戻って来た。
馬車に繋がれた四羽のチョコボは出発が近いと判断して、周囲を見回す。
まだ来ていない仲間がいると思っているからだ。
「時間ですね」
手綱を握るラムザが言う。
顔を知る者が多いルザリアに長居する訳にはいかない、人を待つ時間は無いと暗に言ったのだ。
それはアグリアスとて重々承知している。わがままのためにラムザ達を危険にさらす訳にはいかない。
これが彼女の答えか、と落胆に安堵の色を交えた苦笑を浮かべる。
これで彼女は平和に生きるだろう、しばらく暮らせるだけの資金は渡してきた。
金欠で悩むラムザ一行だが、万が一の時に備えた資金というのは常に用意してあった。
それをアリシアに使ってしまったが、文句を言う仲間は誰一人いない。
それがアグリアスにとって慰めになった。だから、今はラムザのために働きたいとアグリアスは思う。
「行こう」
「いいんですか?」
「アルマ様が待っているのだろう?」


皆馬車に乗り込み、ラムザは手綱を振るった。「行くのかい?」と言うようにボコは振り返ったが、
ラムザがうなずいたので、寂しそうに小さく鳴いて歩き出した。
馬車は北へ、グローグの丘へと向かう。
御者台に並んで座るラムザアグリアスは遠くを見据え、荷台ではムスタディオが寝転がって幌天井を見上げ、
ラヴィアンは後ろから顔を出して新鮮な外気を吸い眠気を覚まそうとして、
「あっ」
笑った。


馬車は止まり、街から駆けてくる人影を待ち、それから、
「……た、ただいま」
「おかえり、アリシア
濡れた眼を隠すようにして、アグリアスアリシアを抱きしめた。


「結局、元鞘って訳か。女同士の友情ってのは美しいねぇ」
抱き合うアグリアスアリシアを、荷台で寝転がったまま横目で見たムスタディオは言って、
視線を"へこんだ幌天井"に移すと、あくびを噛み殺した。
「で、あんたは何なのよ」
問うと、人一人乗ってるような幌のへこみが面倒くさそうに答える。
「俺は帰る場所なんざねぇからな、もう少しつき合う事にしてやるからありがたく思え」
「へい、へい。素直じゃねーの!」
「また裏切る時は真っ先にお前の寝首をかいてやるよ」


馬車の中で銃声がして、幌に風穴が空いて、それに気づいたラムザはムスタディオ達を叱った。
そんなこんなで今日も彼等は旅をする。
行き先がどこであれ、この旅が終わるその日までは、ここが彼女の帰する場所だ。
そして帰せぬ者が一時の道連れとして歩む事もあるだろう。


   Chapter3.5
   帰する者 帰せぬ者


   FIN




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