氏作。Part25スレより。


強い陽射しよりも、砂の味でアリシアは目を覚ました。
壊れた窓から砂が入ったのだろう、少量の水で口をゆすいで吐き捨てる。
二重の毛布を脱いで鞄に入れ、出発に備えマントを羽織る。
さすがに砂漠で鎧は暑すぎる。脱水症状を起こして意識不明になって砂漠の一部と化しても文句は言えない。
隣の部屋ではラッドが赤チョコボのレッドに水をやっていた。
レッドは砂漠に不慣れだったため体力の消耗が激しく、仕方なく"ここ"で休む事になった。
もしかしたらアグリアス達はもうアリシア達を追いついているか、追い越しているかもしれない。
だとしたら炭鉱都市ゴルランドで網を張られてしまう、それは避けたい。
追いつかれず、常に先を行けば戦う事は無いのだ。あの人と戦わずに済むのだ。
「ねえラッド、出発はいつ?」
「起きたのか。飯を食ってからだ、でなきゃ体力が持たない……こいつもな」
「クエ〜ッ」
レッドの鳴き声はお腹が空いて疲れているというより、寂しそうに聞こえた。
レッドはラムザアグリアスにもよく懐いていたから、そのせいだろう。
もう二度とラムザ達に会えないかもしれない可能性にレッドは気づいてない。
巻き込んでしまったと悔やむ気持ちはあるが、今さらアグリアス達の所へ戻る気も無く、
アリシアは無事逃げ切るための栄養補給に励んだ。
逃げるように出てきたため、持ってきた食料はわびしい。
それでも逃げ切る事ができれば、また温かい食事ができる。
明日は何も食べられないかもしれない、明日は命を落とすかもしれない、そんな不安の無い幸福な食卓
そこに帰りたい。
帰りたい。


   第三話
   砂ネズミの穴ぐら『熱砂海岸』


アグリアスは馬車の中で汗を拭っていた。
交代で御者台に座り炎天下で手綱を握り、みんな少しずつ体力を消耗していく。
怪我をしているムスタディオは未参加だが、揺れる馬車の中ではなかなか休めない。
しばらくして、御者台に座るラムザが見覚えのある建物を発見した。
「懐かしいな……砂ネズミの穴ぐらか」
どちらかというと嫌な思い出のあるこの場所に、再び来る事になるとは。
もしかしたらラッド達が立ち寄ったかもしれないと思いラムザは馬車を止めた。
「ラヴィアンは馬車の番をしてくれ、アグリアスさんは僕と一緒に中を調べてください」
さすがに砂漠で鎧を着るのは暑すぎるため、アグリアスは属性防御を持つ白のローブを装備している。


ラムザ達が建物に入ろうとするのを見ていたボコはいぶかしげに鼻を鳴らした。
「……クエッ? クエーッ!」
ボコが叫んだ刹那、ラムザの足元の砂場から煙が噴出した。
咳き込みながらもアグリアスを突き飛ばして退避させたラムザは、その場にへたり込む。
「眠り……ガス?」
ラムザ!」
煙が収まるのを見てアグリアスラムザに駆け寄り、殺気を感じそのまま駆け抜け、盾を突き出す。
ラムザに向かって放たれた手裏剣が、アグリアスのダイアシールドで弾かれた。
「ラッドか!?」
問いへの応えは新たな手裏剣だった。
先程と同様に盾で防ぎ、アグリアスはダイアソードを構える。
屋内で動く人影があった。
「ラッドなら返事をしろ! 不満があるのなら武器ではなく言葉で語れ!」
返事はやはり手裏剣だ。相手の方向も解っているため簡単に対処できた、手裏剣は盾にぶつかり床に落ちる。
話をする気が無いのなら実力行使だ、アグリアスは慎重に部屋の奥へと向かった。
壁の陰にラッドがいる。いる、はずだ。
さすがはラッド、気配を読みきれない。そこにいると確信を持てない。
ブーツを擦って、ジリジリと近づくアグリアス。手裏剣を投げるために手を出せば、即座に対処できる。
爪先が壁に触れそうなほど近づく。意を決して踏み込もうとした刹那、丸い何かが曲線を描いて顔面に迫った。
それをダイアソードで弾き返せたのは僥倖だったろう、しかしその丸い何かの陰に、もうひとつそれはあった。
腹部に強烈な勢いで何かがめり込み、アグリアスは内臓を吐き出しそうな錯覚に陥ってしまう。
よろめきながら後ずさった彼女が見たのは、顔面と腹部に対する時間差攻撃を仕掛けた武器、フレイムウィップ。
炎を半減する白のローブでなくては戦闘不能になっていたかもしれない。
フレイムウィップの特性を生かし、壁の角を支点に攻撃をするなど、初めて体験する攻撃だ。
思えばこんな風に狭い屋内で隙をうかがいながら戦うラッドなど、アグリアスは一度も見た事が無い。
ただそういう機会に恵まれなかったというだけだが、それがこんな窮地に陥るとは。


ラッドは手応えがイマイチだと感じたのか、さらにフレイムウィップで攻撃をする。
アグリアスは後ろに下がって射程外に逃れ、ケアルでダメージを回復した。
ケアルがかかり、痛みが和らぎ出したその瞬間、壁の角から手が突き出された。
「しまっ……」
手は素早い動きで手裏剣を投げた。咄嗟に盾を構えるも、一枚の手裏剣がアグリアスの肩を浅く裂く。
まさか自分がラッドにここまでしてやられるとは。
ラッドを見くびっていたつもりはないが、いささか過小評価していたようだ。
うかつに動く訳にいかず、アグリアスは盾を構えたまま思案した。
一度ラムザの所に戻るか?
エスナで治癒すればラムザは戦力として復帰するが、その隙を突かれたらどうなる?
ラヴィアンも異変に気づいているはずだ、ラムザはラヴィアンに任せればいい。
自分はラッドを何とかすべきだとアグリアスは結論づけた。
力いっぱい床を蹴って、角から飛び出しラッドの姿を確認せぬまま剣を振るう。
「不動無明剣!」
振るってから、ラッドの姿を見つけた。
不動無明剣の狙いからはハズレていたが、ラッドは咄嗟の事だったため大きな回避行動を取ってしまい、
反撃のチャンスを逃してしまった。
聖なる氷が床にぶつかり砕けた瞬間、アグリアスは前に飛び出し、ラッドはフレイムウィップを振るった。
斜め上から振り下ろされた灼熱の鞭を盾で弾き、アグリアスは剣の横面でラッドの右腕を強打する。
その気があれば腕を斬り飛ばせていたが、それをしないのはまだラッドが仲間だという意識があるからだった。
それが墓穴となってしまう。
「風水返しッ!!」
ラッドが左手を振るった、すると角を曲がった先に溜まっていた砂が舞い上がる。
風で少しずつ室内に溜まっていった砂はそれなりの量があり、小規模な砂嵐を引き起こすには十分だった。
目に砂が入り、アグリアスはたまらず後ろに下がる。そこにかとんのたまが投げられた。
「ぐあっ!」
「白のローブか!」
ラッドもようやくアグリアスの装備に気づいたが、だからといってこれ以上攻撃する気は無かった。
それはアグリアスが元仲間だからという意識ではなく、
これ以上構っていたらラムザとラヴィアンが助太刀に来ると読んでいたからだ。
砂ネズミの穴ぐらの奥に逃げ込んだラッドは、レッドに騎乗しているアリシアを見つけた。
「裏口から逃げるぞ!」
「は、はい!」
手綱に従いレッドは走り出す。親分のボコや、優しいアグリアスの声が聞こえた気がしたが、
背中にいるアリシアの命令に従わねばならないという思考をくつがえすには到らなかった。
けれど砂ネズミの穴ぐらから飛び出した刹那、レッドは本能的な恐怖に足をすくませた。
しかし勢いがついていたためすぐには止まれず、目の前にあった"それ"にアリシアが気づいて手綱を引いても、
間に合わず砂に引きずり込まれてしまった。


「クエェーッ!!」
真っ先に反応したのはボコだった。レッドが助けを求めるために鳴いたのだと即座に気づいた。
馬車と自分をつなぐ留め具を外すよう騒ぎ立てるが、
目を覚ましたラムザはラヴィアンと共にもう悲鳴の方へ向かっている。ボコはもどかしさに鳴いた。
「うるさいぞ、ボコ……」
馬車からムスタディオが這い出て、ボコの手綱に手を伸ばした。


飲み水で目を洗っているアグリアスに足音が二つ近づいた。
「大丈夫ですか?」
ラムザか、さっきのはレッドの鳴き声か? ただ事ではないようだが……」
「その傷はラッドが?」
ラムザアグリアスの白のローブが焦げている事に気づき、フレイムウィップによる攻撃と推測した。
ラムザ、私に構わず行け……何かあったに違いない」
「……罠の可能性もあります。傭兵時代チョコボを囮に使った事もありました」
「……アリシアが許すまい。レッドだけじゃなく、チョコボ達の世話をよくしていた……」
袂を分かったアリシアの心が解らないと悩んだのに、不思議と今の言葉に迷いは無かった。
アリシアは優しい娘だ。それだけは変わっていないに違いないとアグリアスは思う。


ラムザとラヴィアンが駆けつけた先には、巨大な流砂でレッドがあがいていた。
チョコボの強靭な脚力も、砂に力を殺されてしまいまともに動けないらしい。
流砂の中心に何かがいた。何かが争っている。
アリシアか!?」
刹那、巨大な芋虫の怪物が流砂から飛び出した。
その先端についている巨大な口に槍でつっかえ棒している人間がいた。
アリシア!」
ラムザは状況から推測してそれがアリシアだと気づいたが、
ラヴィアンはその人間の後姿を遠くから見ただけでアリシアだと確信を持った。
アリシアは槍を口から外すとジャンプで逃げ、サンドウォームの胴体に飛び降り槍を突き刺した。
緑色の液体がほとばしる。さらに流砂の外から水色の玉が放られ、サンドウォームの長い胴体で弾けた。
「ラッド、無事だったか! 伝説のサンドウォームが生き残っていたなんて……気をつけろ!」
ラムザ! 俺と殺し合いをする気が無いなら追ってくるんじゃない!!」
「なぜこんな事を! ゲルモニーク聖典をどうする気だ!?」
アリシアが死ぬぞ! そっちを優先しろ!」
言われて、ラムザアリシアを助けねばと剣を構えた。
しかしサンドウォームは流砂の中に潜り姿を消す。アリシアは流砂の中に転げ落ちた。
アリシアが流砂から出れないよう計算して戦ってやがる! 流砂には入るな!」
ラッドは安全圏から飛び道具で攻撃するだけで、危険を冒してまでアリシアを救おうという気は無いらしい。
しかしラムザも中に入るのは自殺行為だと感じたため、踏みとどまった。
忍者のラッドですら入らないのだから、自分達が入ったら??。
アリシアが危ないっていうのにッ!!」
叫んで、ラヴィアンが飛び込んだ。流砂を駆け下りようとして、途中でバランスを崩し転んでしまう。
地響きがラヴィアンの直下で起き、砂がめくれ返った。
動きようが無いラヴィアンは、その場で刀を掲げる。
八雲立つ、出雲の神の知るところ、逝くも還るも、天のむら雲!」
森羅雲海。刀が青い光を放ったかと思うや否や、青雲がまるで波打つ海のように噴出する。
直後サンドウォームが飛び出し、渦巻く雲に肉をえぐられる。
それでもサンドウォームの突進力を相殺はできず、ラヴィアンは天高く弾き飛ばされた。


「ラヴィアン!」
叫んだのはラムザだったか、アリシアだったか。
しかし飛び出したのは金色の風だった。
跳ね飛ばされたラヴィアンを空中でキャッチしたのは、ボコに騎乗したアグリアスだった。
スタディオが留め具を外したおかげでボコがアグリアスの所へ来たのだが、
今はアグリアスラムザ達もその事実を知らない、ただ助かったと思っただけだ。
ラヴィアンを左手で抱きながら、アグリアスは剣を振るった。
アリシアーッ!」
名を呼ばれ、アリシアサンドウォームの巨体が自分にのしかかろうとしていると気づいた。
「キャッ……」
「不動無明剣!」
間に氷山が割って入り、サンドウォームの巨体を弾く。
ボコは流砂の中に着地するが、砂の流れをものともせず駆け抜ける。
「ラヴィアン、無茶をするなッ」
「私はいいからアリシアを!」
「お前を放って行けるものか!」
さすがに流砂の中で二人乗りというのはいちじるしく体力を消耗してしまうが、
それでもボコは流砂の外へ向かって力強く走っているのだから驚嘆に値する。
「まずお前を流砂から??」
「レッドの所に運んでください!」
「レッド!? 流砂にハマっているのか!」
ラヴィアンの意図を読んだアグリアスは、ボコの首をレッドに向けた。
背後から巨体が砂を掻き分ける音が迫り、振り向いたラヴィアンは巨大な円形の口を見て蒼白になる。
円を描く牙が獲物を求めて蠢動しているように見え、生理的嫌悪感が湧き上がった。
頭の部分にある無数の青い突起も気色悪く、ラヴィアンは一刻も早く逃げ出したい気持ちに駆られた。
「飛び移れ!」
アグリアスに言われ、ラヴィアンはレッドにだいぶ接近している事に気づく。
「レッド!」
名前を呼ぶと、レッドは動きを止めてラヴィアンの行動を見守った。ラヴィアンがボコからレッドに飛び移る。
チョコボールをあのゲテモノ野郎にご馳走してやって!」
「クエッ!」
レッドは翼をはばたかせチョコボールを放った。
それに合わせるように、アグリアスも振り向きざまに剣を振る。
「聖光爆裂破!」
二つの攻撃が炸裂するも、サンドウォームの突進力は凄まじく、アグリアス達は体当たりを食らってしまう。
それでも獲物を流砂から出すまいと戦っていたサンドウォームが、
アグリアス達を流砂の外まで吹き飛ばすという失態を犯したのは攻撃の威力に冷静さを欠いたからだろう。
砂の上に落下したレッドから、さらに転げ落ちてしまったラヴィアンは、
集落の石の壁に背中からぶつかってしまった。
「カハッ……」
鎧が無ければ骨が折れていたかもしれない衝撃に、肺の空気をほとんどしぼり出されてしまう。
しばらく動けそうにないラヴィアンだが、アグリアスはというとボコが空中で態勢を立て直し着地してくれたため、
幸い目立った外傷は無かった。しかしボコは苦しげにうめき、戦闘に支障あるダメージを受けたのは明らかだ。
「ラヴィアンとレッドの所へ行ってチョコケアルをしていてくれ」
「……クエェッ…………」
アグリアスに従いボコはラヴィアン達の所へ向かう。
サンドウォームは流砂の端までやって来て、今度はラムザに牙を向けていた。
「虚空の風よ、非情の手をもって、人の業を裁かん!」
流砂を回り込むように走りながらラムザは詠唱をし、まだ流砂の中にいるアリシアを心配げに見た。
「ブリザラ!」
サンドウォームの頭部に氷石が落下する。
グチャリとサンドウォームの頭部がめり込んだが、致命傷には到らなかった。
それでもひるませるには十分だったらしく、サンドウォームは砂に潜って姿を隠した。
「くっ……奴を倒さないと、流砂にいるアリシアが危険だ……」
ボコとレッドが負傷した今、アリシアの所へ駆けつけるのは至難。
ココかブラックが来てくれれば何とかなるが、ムスタディオはこちらの状況を知らないし、
負傷したムスタディオと馬車の護衛の意味もかねてココとブラックは残らねばならない。
ここにいるメンバーだけで何とかするしかない。
黒魔法が使えるラムザ、聖剣技が使えるアグリアス、投げるが使えるラッド、ジャンプが使えるアリシア
しかしアリシアは流砂のせいでまともにジャンプできないだろう。
となれば、サンドウォームが顔を出した所にブリザド・不動無明剣・ひょうすいのたまで集中攻撃するくらいしかない。
しかし先程からラッドの攻撃が止んでいた、ひょうすいのたまや手裏剣が切れたのだろうか?
「ラッド! まだ武器が残ってるなら、次に奴が顔を出した時、三方向から同時攻撃を仕掛ける!
 聞こえているのか? ラッド! 返事くらいしてくれ!」
返事は無い。ラッドは腰を落として身構えたまま動かない。
アリシアは槍を足元に向け、どこから来るか解らないサンドウォームの襲撃を警戒し……いや、怯えていた。
地響きが起こる。サンドウォームが姿を現す合図だ。
アグリアスさん、いいですね!?」
剣を構える事で返事をしたアグリアスは、ラムザの魔法詠唱が終わるタイミングを見計らった。
距離があったため詠唱呪文は聞こえないが、ブリザラが発動するまでの時間は感覚として掴んでいた。
しかしラムザが今詠唱しているのはブリザドだった。
MPの余裕はまだある、無いのは時間だ。
ブリザラではサンドウォーム出現に間に合わないと踏んでブリザドの詠唱をしているのだが、
その事をアグリアスは知らない。威力に不安を残したままラムザは唱える。
「闇に生まれし精霊の吐息の凍てつく風の刃に散れ!」
「命脈は無常にして惜しむるべからず……」
アリシアの足元で砂が爆発したように噴き上がった。
かろうじてサンドウォームの額に槍を刺してしがみつくアリシアの姿が見えたため、ラムザは攻撃の決断をする。
「ブリザド!」
「葬る! 不動無明剣!」
ブリザドより詠唱時間がわずかに長いブリザラにタイミングを合わせたアグリアスの攻撃は、
一拍遅れてサンドウォームに降り注いだ。
ブリザドがサンドウォームの胴体を揺らし、不動無明剣の照準がズレ、攻撃はかするだけに留まる。
「しまっ……」
アグリアスは闇雲に第二撃を放とうと再び剣を振り上げた。
サンドウォームが暴れた拍子にアリシアが宙に投げ出され、サンドウォームは口を大きく開いて天に向けた。
このままではアリシアサンドウォームの口に落ち、喰われてしまう。
そう予測できても、対処する術が無い事をアグリアスは解っていた。聖剣技では間に合わない。
連続して放つにも一呼吸の間を挟まねばならない。振り上げた剣を今すぐ振り下ろしても、聖剣技は不発に終わる。
アリシア……!)
信頼していた大切な仲間。なぜ離反したのか話をする事すらできず、終わってしまうというのか。
アグリアスは目頭が熱くなるのを感じた。砂漠の太陽が両眼を直射するよりも熱く、痛い。
「青き水の牙、青き鎧を打ち鳴らして汚れ清めたまえ!」
??そこに、ラッドの言葉が高らかに響く
両手を天にかざしている。ラッドが様々なアビリティを習得しているとアグリアスは思い出した。


リヴァイアサン!」


熱砂に津波が押し寄せる。
大量の海水の向こうでリヴァイアサンの美しい鱗が日の光で煌いていた。
「みんな、巻き込まれないでッ!!」
攻撃の意志が自分達にも向けられているのを感じてラムザは叫んだが、
今さらタイタルウェイブを回避できるとは微塵も思っていなかった。ただ警戒をうながすため叫んだだけだ。
ラムザ達は集落を背に戦っているため、下手に流されたら石の壁に叩きつけられてしまう。
「レッド! チョコメテオをここに落とせ!」
閃きをそのまま口にするラムザ。一拍置いて、レッドは主の意図は理解できずとも命令には従った。
それからラムザは、アグリアスの近くに落とさせればよかったと思ったが、もう遅かった。津波は目前だ。
ラムザは砂に体積の半分ほどを埋めたチョコメテオにしがみつく。これで流されずに済めばと願う。


一方アグリアスは、津波に飲み込まれる前に移動できる範囲にある物が砂とサンドウォームだけだと判断した。
踏ん張りの利かない砂上でタイタルウェイブを受ける訳にはいかない。
やむを得ず、アグリアスはいちかばちかの賭けに出た。
「南無三ッ!」
のたうつサンドウォームの胴体に剣を突き刺して捻り、身体を固定する。
津波サンドウォームもろともアグリアスを呑み込んだ。


灼熱の砂漠に波打つ激流。その勢いの前では、水浴びなどと生易しい言葉は浮かばない。
砂丘を呑み込み、濁流となった洪水はアグリアスに痛みをもたらした。
水、砂、ともに相応の速度があれば凶器となる。必死につぐんだ瞼と唇に水と砂が割って入ろうとする。
剣を捻ってサンドウォームの内臓をえぐり、抜けないようしっかりと刺し込むが、今にも流されてしまいそうだ。


十数分程に感じられた濁流は、わずか十数秒の出来事で、アグリアスは波が穏やかになると砂を吐き捨てた。
彼女の半身は水につかっている。無限にも思える砂は現在進行形で貪欲に水を吸い込んでいるものの、
流砂というくぼみに入った水を飲み干すにはやや時間を要するようだ。
サンドウォームはというと、タイタルウェイブの威力で絶命したのか、
それとも気絶しているだけか、グッタリしている。
「……他の者は?」
周囲を見回そうとした瞬間、流砂の中心あたりの水面からアリシアが顔を出した。
アリシア、無事か」
「あっ……」
泣き出しそうな顔をして、アリシアは逆方向へと泳いで逃げた。
「待ってくれアリシア! 私は、お前と話しをしたいだけだ! 理由を聞かせて欲しいのだ、アリシアッ!!」
「ヤッ……イヤです、ごめんなさい……」
水音にかき消されそうなか細い声が、何よりもはっきりとアグリアスには聞こえた。
サンドウォームの肉体から剣を抜き、アグリアスアリシアの後を追う。
どちらかというと鈍足なアグリアスでは、身軽なアリシアに追いつくのは難しかった。
アリシア……!」
剣を手放し、アグリアスは手を伸ばした。
アリシアの背中には届かない手の横を、丸い何かが通り抜ける。
それが水面に波紋を生んだ刹那、突然アグリアスの身に熱いものが流れ込んだ。
「ギャウッ!?」
視界が真っ白に染まり、アグリアスはまだ膝上まである水に沈んだ。
アグリアスから距離があったアリシアは、その巻き添えにならずに済み、
アグリアスに攻撃を仕掛けた人物を怯えたように見る。


「ラッド……らいじんのたまを使うなんて、酷い……」
「その女は敵だ。お前が俺の敵じゃないんなら、とっとと自ら上がれ。逃げるぞ」
「…………うん……」
流砂の上からラッドは手を伸ばし、アリシアはそれを掴んだ。しかし本当に掴みたかった手は誰の手だっただろう。




砂漠が砂浜に見えるほどの海水が一面に広がる砂に吸収されていく、
しかし石で作られた集落にはまだ水溜りができていて、ラヴィアンの髪がひたっていた。
「ううっ……」
負傷していたラヴィアンはタイタルウェイブに何の対処もできず、
再び石壁に背中を叩きつけられてしまった。
ボコとレッドは足場がしっかりとしていた事もあり何とか持ちこたえたが、ダメージもしっかり受けている。
だからボコは、アリシアとレッドの傍らでチョコケアルを続けていた。
そこに、感電して気絶したアグリアスを背負ったラムザがやって来る。
「ボコ、偉いぞ」
「クエェッ」
「そうだね、アグリアスさんも頼むよ」
話術士の心得は無いが、ラムザは何となくボコの意思を察する事ができた。
仲間がこの有り様ではラッド達を追う訳にもいかないが、彼等とて足を失った、
馬車を急がせれば炭鉱都市ゴルランドで追いつけるだろうとラムザは考え、腰を下ろし身を休める。
「あグゥッ……アリ、シア……」
意識は無いだろう、しかしアグリアスはうめくように呟いた。
濡れた髪が額に張りついていたため、ラムザはそっと髪を整えてやる。
陽射しが水滴に反射し、ラムザの心を魅了した。
「……一途な所は、好きなんだけどな」
それはラムザの率直な感情ではあったが、ラムザの言葉ではなかった。
横たわってチョコケアルを受けているラヴィアンの言葉だ。
「ラヴィアン、大丈夫?」
「うー……戦闘不能って感じです。馬車のお留守番役をムスタディオと交代しちゃいそう」
「そろそろ回復する頃だろうしな。しかし、代わりにラヴィアンが戦闘不能というのは苦しい……」
「ラッドってあんなに強かったんですね……アイタタタッ」
「無理に動こうとしないで」
「ラッドをどうするかは、ラムザさんに任せるとして、アリシアを捕まえたら、どうします?」
「……どうしようかな」
ラムザは空を見た。雲ひとつ無い晴天で、陽射しがジリジリと肌を焼く。
濡れた身体のせいで、ここが真夏の海岸だと錯覚してしまいそうだ。
しかし視線を下ろせばそこに海は無く、彼方まで砂丘が続いていた。
アリシアをどうするかは……解らないな。ゲルモニーク聖典は必要だ、取り戻さなくちゃならない。
 意思を聞いて、もう僕達と一緒に戦えないというなら、それもいい。異端者の一味では……ね。
 でもせめて理由を、いや、別れの言葉を一言でもいいから、言って欲しいよ。つらいかもしれないけどさ。
 だから僕は、アリシアをどうこうするつもりはない。
 彼女のいいようにすればいい……ゲルモニーク聖典さえ返してくれるなら。
 ……アリシアをどうするか。それを決めるのはむしろ、この人の役目なんじゃないかな?」
アグリアスの顔に視線を降ろしながらラムザは言った。
電気のショックで気絶したままのアグリアスの目が、一瞬、開いていたような気がしたが、
どちらでもいいだろうとラムザは視線を上げた。空は遠く陽射しが眼に痛い。


砂漠を抜けた先には雪があった。
炭鉱都市ゴルランド。夜の砂漠のように冷たいその都市に、一組の男女が訪れた。
荷物の大半を失い、資金も無い二人は、宿に泊まる事も新たなチョコボを買う事もできず、
最低限の飢えをしのぐために熱々の肉団子だけを購入した。
「ルザリアへにたどり着く前に、間違いなく追いつかれる……向こうは足を持っている」
町の片隅でラッドは肉団子を食べながら言った。
チョコボを盗むって手もあるが、これ以上追っ手を増やすのもな……」
「じゃあ、どうするの?」
「足止めするしかないだろう。なぁに、手はあるさ」
「……何をする気?」
「決まってる。異端者ラムザがここに来るって噂を流すのさ。
 北天騎士団、教会の追っ手、賞金稼ぎ、自警団……あのマラークとかって奴も来るかもな」
「そんな……危険よっ。アグリアス様達だって消耗しているのよ? もしもの事があったら……」
「もしもの事を起こすのさ」


ラッドの冷笑は雪よりも冷たく、アリシアは背筋を震わせた。









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