氏作。Part26スレより。



ご記憶の諸子には、感謝の念が絶えない。


私の名はオーラン・デュライ。この学校の庶務課で働くいち公務員である。
先日、誰のタレコミか各教室に仕掛けた監視カメラが一部の者に発見され、
公的訴追は免れたものの、全ての装置は没収・破壊され、
オルランドゥおじさんにボッコボッコにされた挙げ句、
居候の契約を破棄されたのだが、それはまた別の話。
今では私も一人暮らしをしながら、我が使命である
学校の歴史の編纂に邁進する日々を過ごしている。
この命題を突き進める上にあっては、私はたとえ火刑に処されることも厭わない。



前置きが長くなってすまない。
本記述は、以前書き記したところから2週間が経過したものである。
時はまさに、その渦中の人物に新たな運命をもたらす、体育祭を向かえるに至った。


意を違えたまま素直になれず、心にしこりを残して体育祭に挑むラムザ
男を落とす決定打を携え、自信の想いを確かめるべく立ち向かうアグリアス
その裏で暗躍し、二人に体育祭をも巻き込んだ罠をしかけるディリータ達。


快晴の空の下、この年行われた体育祭を語り継ぐ権利を得たことは、
私にとって大いに誇りとする所である。





幸運にも、梅雨の気配を吹き飛ばすような陰りのない水色をたたえた空が広がった。


この日のために、クラス全体に放課後の特別練習を呼びかけ
率先して体育祭に備えてきたラムザの表情は、しかし晴れやかではない。
いざお祭りを向かえるに至って、ラムザの心中に拭えない切なさがある。
彼の鼓舞で立ち上がったクラスメイト達は、今日においては特にテンションが高い。
気が付けば、彼だけが浮かない顔をしているではないか。


アグリアス先生との喧嘩から、逃げたかっただけなのか・・・?)


ラムザはただ、二週間前の出来事を反芻する。
アグリアス先生にからかわれ、幼稚な反抗をしてしまった朝。
その後悔と、兄への怒りに震え、思わず心中で先生にすがった夜。
謝ろうと思い立ったはずが、視線を交わす事すら叶わなかった朝。


今日は当然、教師も生徒も総動員だ。
体育祭のクラス代表となった以上、アグリアス先生と会話をする機会も
おのず生じてくるかもしれない。その時、自分はどんな態度をとればいいのか。
集合場所にクラスメイトを集めている時も、ラムザは気が重かった。


ラムザ!今日は頑張ろうな!」


突然、その透き通った声が自分を呼ぶのを聞いてラムザは驚いた。
振り返ればそこには、どれほど渇望したか知れない、彼女の笑顔。
簡素な真っ白いTシャツと紺のジャージ、額にはC組を示す水色の鉢巻きを巻いた
アグリアスは、今日の青空にも劣らぬ爽やかさでラムザに微笑みかけた。


気にしていなかったのか。やっぱり、先生は大人の女性だ。


ラムザは嬉しさで飛び上がりたくなるのを堪えて、慎重に笑顔を作った。
「あ・・はい、がんばります!絶対に、優勝してみせますから」
この何気ない会話ひとつで、どれほどラムザの心が救われたかは知れない。


だが、ラムザの歓びとは裏腹に、笑顔をたたえたアグリアスの心中は
この上ない緊張で張り裂けんばかりであった。


気まずい状態のままで弁当など渡せるはずもない、と、彼女が気付いたのは
渾身の出来のおかず達を弁当箱に詰め終えた、その日の朝6時43分のことである。
弁当を完成させてしまった手前、今更引き返すことはできない。
それに、わざわざこの提案をしてくれたレーゼ先生にも申し訳が立たない。
早起きの上慣れぬことをしたせいか、「まずは仲直りを」と半ば夢見心地で彼女は決意した。
だが、いざ頭も冴え、ラムザを目の前にしたとき、何をどう言ってよいものか
彼女は逡巡した。実は7分も前から彼女がラムザの背後にいたのを、彼は気付いていない。


結局、彼女にできたのは、精一杯の作り笑いを浮かべ、前述の一言を述べるだけであった。
(は・・・走る前から、こんな事で・・・・)
ラムザの前から離れ、大急ぎで校舎裏に逃げ込んだアグリアスは、
自らの異常な動悸の速さに驚きながら、なんとか冷静さを取り戻そうとしていた。



病気を理由に校長の任を辞したオムドリア現理事長に代わり、
厳格だが影でその髪型を揶揄されている、ラーグ教頭の開会挨拶が行われた。
「長っげーんだよな?、あのキノコ頭。おらおら、『脚を狙う』!『脚を狙う』!!」
そう小声でぐちりながら、ムスタディオは隣に座るマラークに
拾ったグラウンドの粒砂利をぽいぽいと投げつける。
「やめろよ。なあ、それより・・・」
と、マラークは思い詰めた表情でムスタディオに近寄り、口元に手を当ててささやく。
「なんでうちの学校はブルマじゃないんだろう」
「帰れ」
容赦なく突っ込みを入れ、気を取り直してマラークに向き直るムスタディオ。
「それよりって言えば、お前。ラムザアグリアス先生だろーが。
ディリータ、マジでうまくやってくれたんだろうか・・・」
「心配するな。プログラム表見ただろ?
午後のエキシビジョン競技に、ちゃ?んとあったじゃないか」
そう言ってマラークは、短パンのポケットから折り畳まれた紙を取り出し、指さした。
「まぁ・・・あとはあいつが巧くやってくれるのを祈るだけだな」
ボソボソと密談を交わす男子二人に、かしましい事2学年に並ぶ者なしと言われた
女子二名、ラヴィアンとアリシアも加わった。彼女らも計画の賛同者である。
「ねぇねぇ、マラークの言ってた競技だけどさぁ。あれちょっとあからさまじゃない?」
アリシアがマラークにつっかかる。
「何?俺の組み立てた策に文句つけるのかよ。この競輪選手の脚を持つ女め」
脚が太め、という揶揄はすんなりアリシアに伝わり、顔面にストレートを食らうマラーク。
「(俺はこれくらいの方が・・・)」
ハーフパンツから覗くアリシアの太股を眺めながら、そう考えるムスタディオは、
ラヴィアンの軽蔑の眼差しを察知し、はたと背筋を伸ばした。
「い、いや。ともかくだ。あのディリータが乗り気になってくれたんだ。
切れ者のあいつのことだ、きっといいように進めてくれるんだろう」


「そこっ!全員リレーのアンカーやりたいのっ!?」
唐突に、背後からミルウーダ先生に私語をたしなめられる。
赤のジャージに長くたなびく鉢巻き、ぴんと正した姿勢はまさに、
戦場を駆る戦乙女さながらであった。
「(この人にバレたら、まずいよなぁ?・・・)」
申し訳なさそうに肩をすくめながらも、一同はにやにやと視線を交わす。




以下、続。




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