氏作。Part26スレより。




雪山を飛ぶ黒チョコボの上で、想いを込めた瞳が絡み合う。
ホーリーナイト、アグリアス
竜騎士アリシア
かつて同僚であり、仲間であり、今は裏切られた者と裏切った者。
アグリアスの兜が砕け散り、悲痛な表情があらわになる。
アリシアの兜は冷たく輝き、悲痛な表情は隠れたままだった。


   第五話
   ゴルランドの炭鉱『雪花灼熱』


兜を砕かれた衝撃に耐えながら、アグリアスはダイアソードを薙いだ。
刃はアリシアの背中を叩いたが、不安定な体勢からの攻撃だった事、
エルフのマントとダイアアーマーに阻まれたせいで満足なダメージは与えられない。
アリシアはバランスを崩しながらも、必死にアグリアスに組みついてきた。
翼を羽ばたかせるブラックに二人分の体重がかかり、高度は急速に落ちていく。
アリシア、何故──」
アグリアス様に私の気持ちなんて、解らな──」
雪上に墜落したブラックは気絶した、アグリアスアリシアも地面に放り出される。
転がりながらアグリアスは鞄を抱きしめた、ゲルモニーク聖典を手放す訳にはいかない。
「うああーっ!!」
叫びながらアリシアは立ち上がり、槍を振り上げて突進してきた。
アグリアスは咄嗟にダイアシールドを突き出し、斜めに振り下ろされた穂先を受け流す。
そして盾の陰からダイアソードを突き出して反撃するも、同様にアリシアもダイアシールドを前面に出していた。
しかしダイアソードを受け流すのではなく受け止めてしまったためアリシアの動きが止まる。
追撃のチャンスだが、アグリアスはあえて口を動かした。
アリシア何故だ、何故お前はゲルモニーク聖典を盗んだ。何故だ!?」
「解らない! あなたには、私の気持ちなんて解るはずもない!!」
「言葉にしなければ、伝えようとしなければ、想いなど解るものか!」
「それでも私は、あなたに解って欲しかった! でもあなたは、アグリアス様の気高さでは──」
アリシアはバックステップで距離を取った。急に引かれたためにアグリアスはやや前のめりになる。
「矮小な私の想いなんてッ!」
パルチザンを右から左へと力いっぱい振り、手のひらの中で棒を転回させ、
逆手持ちのままアグリアスの足を目掛けて突き下ろす。だがアグリアスはすべての攻撃を回避していた。


「私はお前を矮小などと思った事は、一度たりとも無い!」
「過大評価は重荷でしかないんですよ、私にとっては!
 誰もが貴女やラムザさんのような人間だと思わないでください。真なる気高さを持つ人間など、ほんの一握り!
 私はただ、オヴェリア様を守るために??名誉ある任務を与えられて、光栄だったから戦えた。
 でも、あなたは違う!
 ラムザ様の正義を、貴女自身の正義を貫くために、異端者になってまで戦える!
 伝説のルカヴィなんですよ!? 北天騎士団も南天騎士団も、神殿騎士団も、畏国中の人間だけでなく、
 ルカヴィまで敵に回すだなんて正気の沙汰じゃありません! 私はもうついていけない!」
「お前の気持ちは解る、もう戦えないというのならそれもいい。だが、聖典を盗むなど……」
「解っていない! あなたは何も解っていない!」


アリシアパルチザンの矛先を斜め下に傾けると、アグリアスの足を払うように薙ぎ払った。
アリシア!」
なぜ解ってくれないとアグリアスは唇を噛みつつ、槍の間合いから逃れたために『自分の距離だ』と反射的に構えた。
「命脈は無常にして──」
アリシアの頭上に凍気が凝結しようとし、ダイアモンドダストのように煌き出す。
質量を持って氷山を形成しようとする間際、アリシアが跳躍し氷結を散らせた。
「しまった!」
「もらった!」


頭上から氷塊を叩き込もうと考えていたアグリアスは、逆に頭上からアリシアの全体重をかけた一撃を叩き込まれる。
咄嗟にダイアシールドで頭をかばうも、強烈な一撃に盾は貫かれ、二つに割れた。
しかし盾の防御により生まれたタイムラグと、障害物のせいで槍の軌道がズレた事により、
穂先はアグリアスの右肩を浅く裂くだけに終わった。
だがアリシアは両足をアグリアスの脇下を潜り抜ける形で乗りかかり、アグリアスを雪に押し倒した。
「あグッ!?」
「私は??帰ると決めたッ!!」
アリシアは槍の下部である石突でアグリアスの額を狙おうと、柄を回し反転させたが、
その命までは奪うまいという気遣いの隙を、アグリアスは剣の柄頭で突いた。
脇腹を強打されたアリシアは怯んでしまい、アグリアスに跳ね除けられる。
「剣ではなく言葉で語り合いたかった!」
「語り合っても、私が欲しいものはもう戻らないんですよぉッ!」
アグリアスがさらに剣を振るうも、アリシアは近くにあった岩の上に跳んで逃げた。
「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き!」
動きを止めるため多少痛めつけるのも仕方ないとアグリアスは割り切るが、アリシアの逃げ足は速かった。
正確には地形がアリシアの味方をしている。炭鉱は山中にあるため起伏が激しい。
竜騎士の跳躍力ならば、人が作業をするため階段を要せずとも、一気に崖を飛び越える事ができる。
アリシアは高低差を無視する機動性を発揮し、アグリアスの追撃から逃れつつ、隙を突いてジャンプ攻撃を試みる。
ヒット・アンド・アウェイの攻撃にアグリアスは苦戦をしいられた。
聖剣技はジャンプで回避され、剣は間合いに入る前に槍で攻撃を妨害されてしまう。
「このままでは……!」
不利を自覚したアグリアスは、万が一に備えゲルモニーク聖典アリシアの手に渡らぬ手段を思案した。
ブラックは気絶中、ラムザとボコはラッドと戦って移動してしまった。
スタディオはラヴィアンを守るため街の外まで逃げているだろう。
負傷したラヴィアンを残して援軍に来るなんて真似をするほど愚かな男ではない。


アリシアが崖の上に跳躍し姿を隠したと思った刹那、崖の上から雪の塊が落ちてきた。
咄嗟に剣で雪塊を砕くも、その間にアグリアスの側面へ飛び降りていたアリシアが、槍を突き出した。
「覚悟!」
穂先がアグリアスの腕を貫こうとした刹那、轟音と金属音が重なって槍が跳ね上がり軌道をそらした。
その瞬間アグリアスは状況を何となく想像しながらも、アリシアへの反撃を優先した。
「ハッ!」
渾身の力を込めて、アリシアのダイアヘルムの繋ぎ目部分を一刀する。
「キャンッ!」
甲高い悲鳴に甲高い音が重なり、兜が割れた。
涙目のアリシアが、怯えた瞳でアグリアスを睨む。


理屈ではない罪悪感がアグリアスの胸を突いた。


アリシア……お前が去るというのなら、もはや止められるものではないのかもしれん。
 別れの挨拶をしてくれるのなら、しばらく暮らしていけるだけの資金は──」
「私が欲しいのは、そんなんじゃないんですよ、アグリアス様」


先端の砕けた槍で、アリシアはなおも攻撃を仕掛けようとする。
だが再び轟音が数度鳴り、アリシアの身体が弾かれると共にダイアアーマーにヒビが入った。
ようやく、アグリアスは音の発射点に目を向けた。
「ムスタディオ! ラヴィアンと馬車はどうした!?」
「ラヴィアンが行けって言ったんだよ!」
ミスリル銃に弾を装填しつつ、ムスタディオは斜面を駆け上がって来る。
「ムスタディオさん……」
「ラヴィアンは『アリシアを救って上げて』と俺に頼んだ、こうする事がお前のためだと……」
「ええ、そうでしょうね……ラヴィアンなら、きっとそうさせる!」


壊れたパルチザンアリシアはぶん投げた。足場が悪いため狙われたムスタディオは避けられず、
回転する棒に脛を強打されて転んでしまい、顔面から雪面に突っ伏した。
「ヅアッ!?」
アグリアスの気も一瞬そちらに取られ、その隙にアリシアは跳躍して崖を登った。
「しまった! ……ムスタディオ!」
「ぶへっ。アグリアス追えよ、俺に構──」
「預かれーッ!」
アグリアスは鞄からゲルモニーク聖典を取り出すと、ムスタディオに向かって放り投げた。
「わっ、たぁ! こんな大事な物を投げるな、雪で濡れたらどーすんだよ!?」
「私が持っていると知られている! ブラックの介抱もしておけ!」
「ブラック? あっちにいるのか?」
近くにある階段に向かいながらアグリアスは手を振ってブラックの位置を教えた。
痛む足を引きずってブラックの所に行くと、ブラックは倒れたままムスタディオを見上げていた。


竜騎士は縦方向の移動には強いが、横方向の移動には弱い。
アグリアスもあまり足が速い方ではないが、幸いアリシアが逃亡する方向に続く行路があったため、
あまり距離を離される事は無かった。アリシアの戦意は薄れているようで、どこかへ逃亡しているらしい。
壊れた鎧が邪魔なのか、アリシアは途中で止め具を外し鎧を放棄し、壊れた槍だけを持って移動を続けた。
しばらくして、アリシアは高台から一気に飛び降り方向転換をする。その方向から剣撃音が鳴り響いた。
ラムザ達が戦っている!? ラッドに助けを求めるのか!」
坂を登ると、すぐ先のくぼ地でラムザが二本のフレイムウィップを避けていた。
ボコもラッドの背後に回りクチバシで突こうという意思を見せているが、
ラッドのフレイムウィップに阻まれてできずにいるようだ。
「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん!」
剣を構えながらアグリアスは坂道を駆け下りる。この高低差から当てられる聖剣技はこれしかない。
「無双──」
「ラッド危ないッ!」
アリシアの呼びかけに反応したラッドは、声の反対側へと跳んで逃げた。
アグリアスが来たのだと解れば、聖光爆裂破でない限り攻撃の回避はどの方向にしてもいい。
とすればアグリアスから離れた方が接近戦も回避できて好都合だ。


「──稲妻突き!」
ラッドの作った真新しい足跡がの上に雷が落ちた。
アグリアスかよっ、聖典を取り返せなかったのか!」
フレイムウィップの握り手を薬指と小指で支えたまま、ラッドは懐に手を入れて、
親指と人差し指、人差し指と中指の間にかとんのたまをひとつずつ挟んで取り出した。
それを器用に自分とラムザの間、自分とボコの間に投擲する。雪面で炎と蒸気の壁が生まれた。
ラムザはいったん後退しアグリアスとの合流を試みるが、追撃しようとして出鼻を挫かれたボコは反応が遅れ、
それをラッドに気づかれてしまった。赤と黄の玉がボコを遅い、火炎と落雷が羽根を焦がす。
「ラッド、貴様ァー!」
剣を再度振りかざしつつも、よろけたラムザを片手で抱き止めるアグリアス
「大丈夫か? ……喋れないのか、のどを?」
風水術『吹雪』の冷たさにのどをやられ沈黙状態となったラムザを見て、他の負傷具合も大きい理由を悟った。
今のラムザは黒魔法を使うため、詠唱ができねば攻撃の手数が激減する。
今治してやる。天駆ける風、力の根源へと我を導き、そを与えたまえ! エスナ! 」
「うっ……ケホッ、助かりました……」


アリシアが来たためにラムザを回復させてしまった事を悔やみつつ、ラッドは作戦を練っていた。
「くそっ、聖典を取り戻せなかったのかよ」
「ごめ、ごめんなさ……」
「俺が隙を作ってやるから、鞄ごとかっぱらって逃げろ。起伏の激しい場所を行けば追いつけない」
「ラッドは?」
「足止めするだけなら簡単だ。ほとぼりを見て俺も逃げる、合流地点はお前の──隙を作る手段は──お前も協力しろよ」


「仕切りなおしですね……アリシアの装備は?」
「ムスタディオが来てくれた。今はブラックの治療をしているはずだが、いつ来るかは解らん」
聖典を取り戻した今、撤退するという手もあるけれど……」
ラムザはのどをさすりながらアグリアスの鞄を見た。
聖典はムスタディオに預けた、鞄は空だ……」
「では、戦闘を続けますか?」
「説得をだよ、ラムザ


武器も防具も壊されたアリシアに残された物は、エルフのマントを除けば防具としての役目を持たない衣類だけ。
アグリアスの本意では、一時取り押さえて納得いくまで話をするというのも可能だろう。問題はラッドの妨害だ。
アグリアスはボコの様子を見た、今は雪を転がって焦げた箇所を冷やし呻いている。
戦線復帰を待つ間にラッドは先手を打ってくるだろうし、ケアルをかけようとすれば詠唱の隙を突かれる。
迷うアグリアスだったが、この場には決断力の高いラムザがいた。
「多少痛めつけるのもやむなしと考えましょう。僕が詠唱する間、聖剣技でけん制をお願いします」
「了解した」
ラムザは考えた。致命傷を与えず動きを阻害する黒魔法というと、ポイズンやトードが有効だろう。
しかしそこまで計算してあるのか、ラッドは百八の数珠を装備している。
毒とカエルを防ぎつつ炎属性を始め様々な属性攻撃を強化する、攻防一体の装備。手強い。
ならば多少乱暴でも攻撃あるのみ!


「地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚まし」
「創世の火を胸に抱く灼熱の王」
同時に詠唱を開始するラムザとラッド。同時に動き出すアグリアスアリシア
詠唱を妨害するためのどを焼く一撃を叩き込もうとアグリアスは刃を突き出した。
「無双稲妻突き!」
アリシアがマントで身を包みながらラッドの頭上に跳躍した。
ラッド目掛けて落ちた閃光はアリシアの身体を焼く。
いかにエルフのマントといえど聖剣技は防げない、だがアリシアの身が聖剣技を防いだ。
ラッドは詠唱を続ける。自分の読み通りの行動を取ったラムザアグリアスを見据えて、
自分の指示通りに身を挺して盾となったアリシアには一瞬たりとも視線を向けず。
「裁きの手をかざせ!」
「灰塵に化せ!」
同時に詠唱が終わり、大気が熱で歪んだ。天から巨大な紅蓮が舞い降り、大地から炎を伴って巨人が現れる。
「ファイガ!」
「イフリート!」


真っ白い雪の中、まるで赤い花が咲いたように炎が広がった。
灼熱はすべてを呑み込むが如く勢いを増す。


ラムザは歯を食いしばりながら思った。
(何て熱量だ! ファイガの余波が混ざって??でも向こうにはイフリートの威力がまったく伝わっていない。
 受けたダメージはこちらが上か? 僕は魔力の小手を装備しているが、向こうだって百八の数珠を装備している)


ラッドは眼前を踊る紅蓮に怯まずほくそえんだ。
(あの鞄は耐火耐水性に優れてるからな、短時間なら燃えないだろうよ!
 もちろんしっかり閉じてりゃの話だが、その辺を抜かるようなアグリアスじゃねーよな!? 行けよアリシアッ!)


アリシアはイフリートの作った安全圏の中に着地すると、稲妻のダメージを残したままアグリアス目掛けて跳んだ。
(熱い……苦しい……痛い……嫌だ、こんなのもうイヤッ……だから、これで最後、こらえるの!
 アグリアス様から鞄さえ奪えば、ゲルモニーク聖典さえ奪えば、私は帰れる……私の家に!)


アグリアスは鞄が燃えないよう抱きしめながらアリシアが来るのを待った。
(鞄を狙っているのだろうアリシア? だが聖典はムスタディオに渡してある……無駄骨だ……。
 だからアリシア、もうやめてくれ。これ以上お前と戦うなど、胸が、張り裂けそう──)


紅をまとった翠が一直線にアグリアスへと肉薄し、面積を広げ覆いかぶさる。
炎を防いでいたエルフのマントがアグリアスの視界をさえぎり、そこにアリシアの体重が激突した。
倒れたアグリアスを踏みつけたアリシアは、力いっぱい跳躍して上空に逃れた。
刹那──視界をふさがれたアグリアスは気づかなかったが、らいじんのたまがラムザアグリアスの間に投げられる。
灼熱に溶けた水溜りを電撃が駆け抜け、ラムザアグリアスは感電してしまう。
直撃ではなく二次的なものだったため威力は下がったが、身体を流れる電流に二人は自由を奪われた。
白くスパークする視界の中、アグリアスアリシアの顔を見た気がする。
事実、その時マントを取り払ったアリシアが、鞄を奪い取りながらアグリアスの顔を見下ろしていた。
アグリアス、様……」
「横だアリシア!」
ラッドの叫びは手裏剣と共に放たれた、火炎を舞わせてボコが突進する。
横腹に手裏剣を一枚食らいながらも、鋭いクチバシをアリシアに向けていた。
咄嗟にジャンプで回避するアリシアラムザアグリアスの間で立ち止まるボコ。
水溜りの上でクルリと一回転し、光る羽根を散らす。それはラムザアグリアスの火傷へとしみ込み癒した。
「チィィッ!! 鳥の分際で!」
叫びながらラッドはフレイムウィップを一本、振り投げた。鎚頭がボコの側頭部を強打し意識を闇に落とし倒れる。
さらに腰からナイフを抜いて二人に向かって駆けた。
アリシア行けーッ!!」
「あ、う、うんっ」
鞄を抱きしめたアリシアは逃げ出し、岸壁を飛び越えて姿を消した。
チョコケアルによって体力を取り戻しつつあったアグリアスは、それを見て呻く。
「あ、ぐぅ……アリシア……」
「危ないアグリアスさん!」
ラムザアグリアスの前に飛び出た。ラッドが迫っていた。ナイフがラムザの頬を裂く。
「うあっ……」
ラムザ!?」
「しゃらくせぇ!」
ラッドがさらに右手のフレイムウィップを振るが、ラムザのイージスの盾に弾かれた。
「このっ」
ダイアソードを脇腹目掛けて突き出すも、刃は服と皮を裂くだけに終わる。
「風水返し!」
「同じ手が二度も──!」
またのどを凍てつかされてはたまらないと、のどと口元をかばうようにイージスの盾を構えた。
ラッドの足元の"水"が塊を作ると、一気に頭上まで浮き上がった。
イフリートとファイガによって、足場は雪から水へと変化している。
らいじんのたまで感電した時に解っていたはずの事を失念していた。
ラッドは最大限に地形を生かし、さらに意図的に地形を作り変えて攻撃してくる。対応は至難。
「水塊!」
これもまた百八の数珠の力を借りて、水属性の威力を強化している。
幸いカエルにはならずに済んだが、思いも寄らぬ攻撃をまともに受けてしまい後ずさる。
その身体をアグリアスが抱きとめつつ肩ごしに剣を振る。


「北斗骨砕打!」
一撃で戦闘を終わらせ、アリシアを追うという欲があったが、
ラッドは紅い尖塔に身を突かれながらもフレイムウィップを振り回した。
周囲にある炎の残滓をまとわせて、鎚頭がラムザの肩を叩き鈍い音を立てる。
悲鳴は上げず、しかし痛みに片目を半分ほど下ろして、ラムザは剣を縦に振った。
ラッドは避けなかったが、剣はラッドの横の空間を斬った。
片目を半分ほど閉じたのは痛みのせいだけではないと、その時点になってラムザは自覚する。
「ブラインナイフです、気をつけて!」
「遅ぇんだよ!」
ラムザの頬から顎へと血が垂れていた。その横をブラインナイフを握ったラッドの手が通り抜け、アグリアスを狙う。
ラムザを抱いているため対応が遅れたアグリアスだったが、ラムザは側頭による頭突きで腕の軌道をそらさせ、
アグリアスの邪魔になるまいと前に飛び出た。霞む視界の中、ラッドの影が大きくなる。
体当たりでラッドの身体を弾き飛ばし、自身もまた浅い水溜りへと倒れた。隣ではボコが伸びている。
ラムザ!」
ボコの隣に倒れた事もあって、ケアルで同時に回復できると計算したアグリアスだが、それはラッドも読んでいた。
「させるかー!」
ブラインナイフが飛来する、が、ダイアソードを眼前で回してナイフを弾く、が、そのわずかな時間にラッドが迫る。
円を描く軌道、紅い塊がアグリアスの頭蓋を狙うも寸前でバックステップをして回避。
さらに下から斜め上へ、斜め上から横へとフレイムウィップが執拗に襲い掛かり、
アグリアスはどんどん後退してラムザとボコから離されてしまった。
しかし、フレイル系という慣れぬ武器を眼前で幾度も振られる事で、慣れ始めた。
軌道を察知できる一撃が来ると感じた瞬間、それに合わせて身を屈ませ剣を薙ぐ。
フレイムウィップがアグリアスの頭上をかすめた。ダイアソードの腹がラッドの脇腹を強打した。
「ぐあっ!?」
まさかのカウンターだったため、ラッドは風水返しを放つ余裕が無く、苦悶に身を硬直させた。
アグリアスは剣の腹を滑らせると、手首を捻って柄頭を向け、みぞおち目掛けて振る。
「ッ……ダァァァッ!!」


いつの間にかラッドは小太刀を左手で引き抜いていた。
ブラインナイフを投げたために空になった手を、気づかれぬよう腰の後ろに回し、
もうひとつの隠し武器であった小太刀を掴んでいたのだ。
小回りの効く刃がアグリアスの腕を狙う。咄嗟に肘から上を引いてダイアの腕輪で刃を受けた。
「ラッド! 貴様がアリシアをかどわかしたのか!?」
「まだそんな事を!」
小太刀を弾かれ、ラッドはわずかに距離を取った。
聖剣技の間合いだと剣を振り上げた瞬間、その刀身にらいじんのたまが投げられ、手首を捻って回避。
その隙にラッドはひょうすいのたまをアグリアスの腹部に放つ。重い衝撃に苦悶の声が漏れる。
白のローブは炎・雷・冷を半減するが、水属性には効果が無い。
「くっ……」
続いて二つ、三つと投げられる蒼球を、華麗な剣さばきで叩き落す。
そしてその中に黄色い球を見つけた刹那、横っ飛びをして回避す。
ひょうすいのたまの残骸が作った水溜りに雷が落ちた。


「同じ手は喰わん!」
「学習能力があるのは戦いだけか! そんなだからアリシアに見限られる!」
「貴様は……何故だ、貴様はアリシアをどれだけ解っている!?」
「今や畏国中の人間がラムザの首を狙ってくる、さらにはルカヴィまでもな!
 ウィーグラフの契約を貴様も見たろう!? あんな化物と戦えるかよ!」
「ガフガリオンを棄て、ラムザを選んだ男の言うセリフか!」
「野郎は俺にも北天騎士団の計画を黙ってやがった、だから"俺が"ガフガリオン切り捨てた!
 ラムザを選んだんじゃない、ガフガリオンを選ばなかっただけだ! ラムザに従うつもりは毛頭無い!」
「それではアリシアは何だ! ラムザを見限ったのだとして、何故アリシアと!?」
アリシアが王家に聖典を渡せば、晴れて貴族に戻れる。恩を売っときゃ俺も甘い汁が吸えるんでね!」
「低俗な欲望に身を任すか、己は!」
アリシアも低俗な欲で動いているだろう!」


頭上でフレイムウィップを回転させつつ、一足飛びに肉薄するラッドの放った攻撃は下から斬り上げる小太刀だった。
ダイアソードが甲高い音を立て小太刀を弾き飛ばし、
振り下ろされるフレイムウィップを紙一重で避けたアグリアスの靴底がラッドの膝を蹴る。


「ぐっ……風水返し!」
足元の雪が舞い上がった。グッと息を止め体内への冷気の進入を防ぎつつ、後ずさりながら剣を振り上げる。
「乱命割殺打!」
騎士の魂を象徴する巨剣のオーラが、拠り所を持たぬ傭兵を突き上げる。
鋭い気がラッドの脇腹から肩にかけて切り裂いた。血を吸って服が赤黒く染まる。
悲鳴も上げずラッドは、フレイムウィップを投げ放つ、アグリアスの足元目掛けて。
ジュワッと音を立てて雪が蒸発する。何度も食らった手なのでアグリアスが慌てる事は無かった。
この程度の薄い水蒸気ならラッドを見失いはしない、よろめいて崖に向かい逃げようとしている。
「逃さん!」
怒気が視界をしぼり、一直線にアグリアスは肉薄する。剣を上段に振り上げ、振り下ろした。
切っ先はラッドの鼻先をかすめ、皮一枚裂く事は無く、真意は威嚇であった。
刃を振り下ろした勢いのまま右肩を上げ、傷ついたラッドの左半身にショルダータックルを叩き込む。
骨の軋む嫌な感触がした。
「風水……返しぃッ!!」
悪あがきかと息を止め、吹雪を待ち構える。足元のしっかりしている"ここ"は水場ではないため水塊は来ない。
空気の歪みを感じて気づいた。
(足場がしっかりしている?)
視線を下に。
入ったのは木目。
ラッドがいたのは、坑道の入口を支える屋根だった。
突風がアグリアスの身を吹き飛ばす。
「あぅ、グッ!」
「追う足は持たせん!」


腰を落としながら右足を力強く踏み出したラッドは、雪面を這うようにしてフレイムウィップを薙いだ。
突風に押されて勢いを殺されたアグリアスでは避けようが無いと計算する。
しかし踏み止まったアグリアスの足が雪から離れ、爪先を熱い塊がかすめた。
剣を握り締めたまま、アグリアスは両手をラッドの肩に置き、低姿勢の身体を逆立ちして飛び越える。
首だけ振り返ったラッドの瞳に、アグリアスの左手首で光るダイアの腕輪が入った。


スロウを防ぐよう加護を施したこの腕輪が、突風による行動の抑止を妨げる。
背中の後ろで木目に着地する足音、完全に背後を取られたとラッドは悟った。
冷たい汗が噴出した背中を、いつ斬られるのかと恐怖する。が、覚悟もする。
「ラッド!」
アグリアスの猛りが背中を打つ。
剣を逆手に持ったアグリアスは、切っ先をラッドの首に向けていた。
そのまま突き下ろし──。


「あったぞ、出口だ!」
「急げよ! 奴等を逃がすな!」


足元の方からの声に反応し、軌道をそらす。刃は首の皮一枚を切って雪面に刺さった。
「坑道の……閉じ込めた連中か!?」
気を取られた刹那、ラッドの後頭部が跳ね上がりアグリアスの鼻っ柱を叩いた。
「んぶっ!?」
思ったより早く坑道を脱しようとする自警団等の存在を、ラッドは逃亡の好機と見て、一目散に駆け出した。
左半身から血があふれるが、構わずひたすら階段を駆け下りる。
「くっ、ラッド……!」
アリシアはなぁっ、お前等との旅に嫌気が差したんだよ。
 帰る場所の無い俺は、同じ境遇のラムザを憐れみ、帰る場所のあるアリシアを羨ましいと思った!」
「待てラッド……お前は!」
「貴様は、堅物らしく誰の気持ちも理解できないまま足掻き続けてるんだなっ!」


ラッドは階段から飛びのき、急な雪の斜面を滑り降りた。
追おうとも思ったが、坑道から追っ手が出てこようとしている今、こちらも早々に撤退せねばならない。
アグリアスは、未だ倒れたままのラムザとボコの所へ戻り、ケアルラを二度ほどかけている間に、
ブラックに騎乗したムスタディオが聖典を脇に抱えてやって来た。
そしてアグリアス達はゴルランド坑道から脱する。





雪は──。
雪は炭鉱都市ゴルランドを去っても止まず、王都ルザリアにも銀化粧を施していた。


薄汚れた、みすぼらしい、翠のマントを羽織った女性が独り、立ち尽くす。
見上げた空は遠く、星は見えず、雪が舞い、肩に積もる。


「ここが──私の、帰りたかった場所。………………だったのに……」


哀が、頬を濡らした。




四羽のチョコボに引かれる馬車もまた、王都ルザリアへと辿り着いていた。
竜騎士や忍者の足なら、山道を突っ切って先にルザリアへ着いた可能性も無いとは言い切れない。
ボコの負傷が激しく、チョコボ達の指揮がいまいち上手く行かなかった事。
追っ手を眩ますための偽装に時間を要した事。それらがルザリア到着を遅らせた。


アグリアスは思い出す、王都ルザリアで過ごした日々を。
ラヴィアンとアリシアに出会った日。
王女オヴェリア警護の任を受けた日。


ラヴィアンは、ちょっと面倒くさそうで??アリシアは、すごく嬉しそうで??。


ラヴィアンは言う。
アグリアス様はさ、難しく考えすぎなんですよ。
 アリシアの気持ちが解らなきゃ、自分の気持ちを力いっぱいぶつけて、抱きしめて上げればいいんです」


雪はまだ止みそうになかった。






この前の話へ  / この次の話へ