氏作。Part26スレより。




豊富な鉱物資源に恵まれたファルメリア高地は、年中、吹雪が吹き荒れる厳しい土地でもある。
炭鉱都市ゴルランドは、今日も銀世界をにぎわせていた。
しかしゴルランドで長く過ごした者なら気づくだろう、街に流れる張り詰めた空気を。


   第四話
   炭鉱都市ゴルランド『策動包囲網』


馬車が街に入るのは、斥候が済んでからというのが異端者の烙印を押されてからのルールだった。
その役目を多くこなしていたのはラッドだが、今回はアグリアスの役目である。
顔を隠すようにダイアヘルムを深くかぶったアグリアスは、街の酒場や武器屋を訪ね、
客達の雑談に耳を傾けたりしながら、屋台で売っていた熱々の肉団子で身を温めた。
炭鉱都市の名に恥じぬ喧騒に居心地の悪さを感じるのは、異端者という後ろめたい烙印ゆえか?
しかし幸いにも異端者ラムザ・ベオルブの噂などは聞かなかったため、ラムザが街に入っても大丈夫だろうと判断する。
街の外で待たせているラムザ達を呼びに戻った。


いつもは四羽のチョコボに引かせている馬車だが、今はココとレッドの二羽が引いていた。
というのも、街中で万が一の事態になったら四羽のチョコボで機動力を確保するよりも、
二羽のチョコボで小回りをよくし、もう二羽のチョコボで街中を駆け回って援護・かく乱をする方が有利だからだ。
ボコはほとんどラムザ専用だからラムザが乗っており、雪道で馬車を引くのに脚力を要するためココとレッドに任せ、
空を飛べる反面脚力がやや劣るブラックにアグリアスが騎乗した。
ラムザアグリアスが馬車を先導する形で炭鉱都市ゴルランドの大通りを進む。
??すると、路地裏からわらわらと武器を持った者が出てきた。見てくれから傭兵や賞金稼ぎの類らしい。
「……待ち伏せ? 斥候した時は気づかれた様子は……」
「いえ、最初から"知っていた"のだと思います。ラッドが情報を流したんだ……」


ラムザアグリアスは剣に手を伸ばした。こうも囲まれてしまっては、戦うしかない。
だが馬車はどうする? 周囲を阻まれては、突破は困難。
ラヴィアンが腰を痛めている今、手綱を操るムスタディオに馬車の命運がかかっている。
ラムザアグリアスの二人だけで、二十人には及ぼうかという傭兵達から馬車を守れるだろうか?
その焦りを感じ取ったのか、ムスタディオは素っ頓狂な声を上げた。
「おいおいっ、おたくら何だよ!? 俺達が何かしたか?」
「ああっ!? テメェ等が異端者ラムザ御一行様だってこたぁ、解ってんだよ!」
傭兵のリーダー格と思われる壮年の男が、白い息とともに怒鳴った。
「オラッ、苦しんで死にたくなけりゃ抵抗すんじゃねぇッ」
「冗談だろ? 俺はこいつらと何の関係も無いぜ!」
「一緒に街に入って来ただろうがよッ!?」
「雪道に車輪を取られてたところを、こいつが助けてくれたんだよ。自分のチョコボで引っ張りだしてさ!
 それで、行き先が同じなら一緒に行こうって……そうか、俺を目くらましに使ったなッ!?
 他人と一緒なら誤魔化せると思ったんだろ、異端者の考えそうな事だ!」
スタディオも負けじと怒鳴るが、傭兵達にではなくラムザに対してだった。
「そういうつもりではなかったッ! だがそういう下心もあったのだろうな、巻き込んですまない!」
即興のお芝居をラムザも演じ、ボコの腹を蹴って走らせた。
馬車さえ無ければチョコボの機動力で何とかなる。
「道を開けろーッ!」
それは傭兵とアグリアスの二人に向けての言葉だった。
アグリアスはブラックを走らせるよりも、まずダイアソードを振るう。
「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き!」
強烈な雷に、傭兵達の間に切れ目が生まれる。そこをボコは駆け抜けた。
「ラヴィアンを頼むぞ……」
周囲の傭兵に聞こえないよう、ムスタディオにも聞こえないほどの小声でアグリアスは呟き、ブラックを羽ばたかせた。
「逃がすな、落とせー!」
屋根の上に逃げようとするブラック目掛けて、何人かいた弓使いが矢を放ち、黒魔道士が詠唱を開始する。
詠唱の声が遠くなるも、周囲の空気が張り詰めるのを感じて、アグリアスはブラックを屋根の上に着地させた。
「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き!」
二回目の聖剣技が炸裂する。雷撃が黒魔道士ののどを震わせ、沈黙状態に陥れた。
高台を取ったため、届く攻撃は魔法くらいのものだろう。弓使いをも無力化した今、反撃のチャンスだ。
しかしまずは馬車から敵を離すが先決、ムスタディオが仲間と知られれば今は動けぬラヴィアンの身が危うい。
現状をどう打破するかアグリアスは思案するも、それは一瞬で終わらされた。
ラムザを逃がすな! 奴の首さえいただけば賞金はもらえるんだ!!」
その号令に従い傭兵達はラムザを追い始めた。
ボコの足に追いつけるとは思えないが、地の利が敵にあると考えると楽観視できまい。
援護に回るべくアグリアスはブラックを飛翔させ、ラムザを追った。
「ブラック、もっと速く飛べないのか?」
「クエェぇ……」
苦しそうな鳴き声をしつつ、ブラックは屋根から屋根へと飛び、広い屋根はノロノロと歩いた。
そこでアグリアスは、自分が重装備していると思い出した。
ダイアソード、ダイアシールド、ダイアヘルム、ダイアの腕輪。見事にダイア装備だ。
唯一違うのは、ラッドのフレイムウィップや"たま"のダメージを軽減させる白のローブを継続して装備している事。
「がんばれ、ラムザを一人にしておけぬのだ」
「クゥッエェ!」
踏ん張って、一際高く飛び上がった。ブラックとて好き好んでバテている訳ではない。
障害物の無い屋根上を移動したアグリアスは、裏道を縫うように走るボコとラムザを早々に発見した。
背後に黄チョコボにまたがった傭兵が数人迫っている。
「命脈は無常にして惜しむるべからず……葬る! 不動無明剣!」
追っ手との間に氷壁を作り、アグリアスはブラックを地面に降ろさせた。


ラムザ、無事だな?」
「ええ。でも、逃げられないよう網を張られています……このままではどこかに追い詰められてしまう」
「どうする、さすがにこの数を我々だけでどうにかするのは困難だが」
「……どうせ追い詰められるなら、追い詰められてやりましょう」
「何か策が?」
「炭鉱へ誘い込みます。そこなら人がいないから??」
「いないから?」
「人に迷惑がかかるような罠も仕掛けられる"かも"しれません」
「……かも、か」
アグリアスは苦笑して、けれど信頼たっぷりの瞳を炭鉱の方角に向けた。
「ブラックよ、少し街を飛び回って挑発するとしようか。冷静さを奪えば罠を仕掛ける時に有利だ」
「どんな罠を仕掛けるかまだ思いついてませんけどね」


「くくっ、引っかかったな」
ほくそ笑んで、ラッドはアリシアの手を引いた。
「あっ……あの、アグリアス様達、大丈夫かな?」
「さぁな。あれだけの人数に包囲されて、どうなるか知ったこっちゃねぇよ。それより、周りに人はいないな?」
「……うん」
ラッド達がいるのは、自警団のチョコボ小屋だった。
傭兵や賞金稼ぎだけじゃなく、自警団も当然、異端者狩りに参加している。
そのため手薄になっており、盗みに入るチャンスではあったが、肝心の獲物も今は使用中だった。
予想していた事だが、異端者を追うために自警団はチョコボを使って、小屋の中は空になっている。
「チッ、一羽くれぇ残しといてもいいのによ……!」
当ては外れたが、チョコボがいるのはここだけではない。
少々危険だがチョコボ屋を襲って奪ってもいいし、宿屋にいるチョコボを盗んでもいい。
チョコボを得たら、一気にルザリアまで逃亡する算段だ。
この先の雪道を徒歩で逃げ切れるとラッドは考えていない。
あの狡いラムザなら自警団や傭兵達を何とかして、自分達を追ってくるだろう。


チョコボ小屋から出たラッドとアリシアは、次なる獲物を求めて自警団の家屋から離れようとした。
「おいっ、そこで何をしている?」
突然の声に、ラッドは愛想笑いを作って振り返る。家の戸を開け、一人の男がこちらを睨んでいた。
「いえね、何だか街が騒がしいんで何かあったのかなと思いまして」
「だったら中に入ってくればいいだろう。そっちはチョコボ小屋だな? 入ったのか?」
「人影が見えたんで、自警団の方がいらっしゃると思ったんですよ。それで、その人に訊ねようと」
「人がいたのか? お前達以外に?」
「いや、いませんでしたよ、俺が覗いてみた範囲じゃ。気のせいだったのかな?」
あえて曖昧に答えた。ハッキリ見たと言うより、そうした方が現実味がありそうだと思ったからだ。
「……まさか、この辺りに奴等が?」
「お尋ね者でもいるんですか?」
「ああ、異端者がな……」
男にジロジロと見られながらも、ラッドはへらへらとした態度を崩さない。
お尋ね者という単語も、他人事のように口に出した。その背中に隠れるようにアリシアは身をすくめている。
そんな彼女を見て自警団員の眉がピクリと動く。
「そこの女、ちょっと顔を見せろ」
「え、私?」
アリシアは戸惑ったが、ラッドの決断は早く、瞬時に手裏剣を投げていた。
自警団員の首に手裏剣が刺さる。といっても服越しのため深くは刺さっていない、治療すれば死にはしないだろう。
だが黙らせるには十分、これで助けを呼ぶのに少々時間を要する。
アリシアの面が割れてたのか……そういやこいつも貴族の出だったな、クソッ!)
ラッドはアリシアの手を引いて駆け出し、すぐに来るだろう追っ手への対策を考えた。
このまま街中を逃げても、街の外へ逃げても、自分達の足では遠からず捕まってしまう。
とりあえず身を隠し、ほとぼりが冷めるのを待たねばならない。
どうせ街にはラムザ達がいるのだ、自分達よりそっちを優先するだろう。
さて、どこに隠れるか。
ラッドは、人気の無いだろう炭鉱方面を向いた。



炭鉱方面で待ち構えていたのは街の自警団らしき集団だった。
まともに戦っては数で押し切られるため、ラムザはあえて突破を試みる。
「地の砂に眠りし火の力目覚め、緑なめる赤き舌となれ!」
ボコを走らせながら詠唱をし、視界の端で街外れの屋根へと飛び移るブラックを視認していた。
「ファイラ!」
炎が自警団の前で渦を巻く。
「怯むな! 撃てー!!」
ラムザに弓が向ける団員が五人。その内の二人に向けて、屋根の上からアグリアスは無双稲妻突きを放った。
さらにブラックが、もう一人に向けてチョコボールを放つ。
構えているところを攻撃されバランスを崩した弓使いは地に伏す事になったが、
残る二人は矢をラムザ目掛けて放った。しかし歴戦の猛者であるボコは最小限の動きで矢の軌道から出て、
ファイラの炎と自警団員の間を突っ切った。その際に一人の団員が刃を振るったが、
ラムザの剣によって腕を浅く斬られ、武器を取り落としてしまった。
ラムザとて数々の修羅場を潜り抜けている、ラムザとボコのコンビを止めるのは至難だった。
「よし、ブラック。我々も炭鉱に逃げ込むぞ」
アグリアスもブラックにまたがり、炭鉱に向けて羽ばたかせた。
待ち構えていた自警団だけでなく、後方から迫っていた傭兵等も追いかけてくる。
それを確認しつつ、ラムザに追いついたアグリアスは質問した。
「さて、どうする? 何かいい案は浮かんだか?」
「そうですね……どこかに老朽化した坑道はありませんか? 入口を壊せそうなくらいの」
「いや、解らんな。少し調べて来よう」
ブラックは天高く舞う。
その姿は自警団や傭兵達だけでなく、炭鉱に逃げ込んできたラッドとアリシアの眼にも留まった。


「??チャンスだ!」
ラッドの言に不吉なものをアリシアは感じた。
「俺達を追いかけてる連中をアグリアスに押しつけちまおう」
「そ、それは……」
「どこかその辺に身を潜めるんだ。アグリアスがあれだけ目立ってくれてりゃ、勝手に向こうへ行ってくれるさ。
 ……帰るんだろう、アリシア? 俺がお前を帰してやる、そして俺に甘い汁を吸わせるんだ!」
山に掘られたいくつもの坑道入口。その中に潜もうかともラッドは考えたが、見つかったら袋のネズミとなる。
かといってそこいらの岩陰では心もとない、いっそ雪に潜るか? それでは凍え死ぬ。
「選択肢は少ないという事か……」
独り言を口にして現状を再確認し、結局隠れる場所など坑道しかないと解った。
アリシアは目立つ緑色をしたエルフのマントを防寒具代わりに身体に巻きつけ、坑道の入口を見ながら言う。
「ここは寒いわ、あの中なら……」
「チッ……そんなだから、あそこにゃ隠れられねぇ。来いッ、坑道の中で靴を履き替える。足跡はしっかり着けとけ」
坑道の中に入ると、ラッドは荷物からフェザーブーツを一足取り出した。
「俺の荷物はお前が背負えよ、俺がお前を背負うんだからな」
「え、何で?」
「馬鹿か。足跡で俺達はここに入ったと見せかけて、他の場所へ隠れるんだよ。フェザーブーツなら足跡は着かない」
「あ、なるほど」
「こういう戦い方、逃げ方も覚えとくんだな、騎士様」
嫌々しい口調でラッドは言った。その理由はアリシアを馬鹿にしての事なのか、
それとも鎧を着込んだアリシアを背負った時の重さを想像してなのか。


「あったぞ、足跡だ。いかに強靭な足腰とて、一足飛びに行ける範囲など知れたものだ」
自警団のリーダーは仲間と共に目印を追いかけ、それに気づいた傭兵や賞金稼ぎが追い抜こうと駆け出す。
異端者という危険分子から街を守るという理由ではなく、賞金のためという健全な欲望に従って傭兵達は躍起になる。
そうすると自警団も対抗心と欲を刺激される。
街を守るという本心の裏に、賞金や名声が欲しいというもうひとつの本心を隠して、異端者の足跡を追った。
正確には異端者の乗ったチョコボの足跡を。


チョコボの足跡は古びた坑道入口へと続いていた。足跡の着く雪道では逃げ切れぬと踏んだのか、
もしくは寒さに凍えて風をしのげる坑道内へ逃げ込んだのか、どちらにせよこれで袋のネズミという訳だ。
「この中に逃げたか……黒チョコボの女も一緒か?」
「さあな。だが本命は異端者だ、奴の首さえ取ればそれでいい」
「ああ、そうだが……」
自警団リーダーは顎鬚を撫でて思案する。その横を傭兵達が通り抜けて行った。
「お先ッ」
それを見て自警団の若いメンバーがいきり立つ。
「リーダー、あんな連中に出し抜かれていいんですか? 俺達も早く行きましょう!」
「ん……そうだな」
異端者の首にかけられた賞金額は桁違いだ。しかも相手があの名門ベオルブ家の末弟とあらば、
さらに額は上がり、討ち取れば貴族に匹敵するほどの名声が手に入る。それが思慮を浅くさせた。
ラムザを追っていた人間全員が坑道に入って三十秒ほど経った頃、入口の前に黒い影が降り立った。
そして近くにあった岩陰から黄色いコンビも現れる。ラムザとボコだ。
「作戦通りですね、よかった……」
ラムザは足跡のせいで追跡をまぬがれないと考え、ボコに跳躍させて一時身を隠したのだ。
そしてやや離れた位置に、アグリアスの乗ったブラックを着地させて、坑道内へ向けて歩かせた。
ブラックの足跡をボコの足跡と誤認させ、雪の無い坑道内に入ったブラックは飛翔して外に出るという作戦。
幸いにもすべてが上手くいった。後は入口を閉ざすのみ、そうすれば追っ手は断てる。
「やりますよアグリアスさん。無念の響き、嘆きの風を凍らせて??」
「ブラック、お前が一番手だ! 命脈は無常にして惜しむるべからず……葬る!」
「クエエッ!」
「不動無明剣!」
「忘却の真実を語れ……ブリザガ!」
チョコボールが坑道入口を支える木材を粉砕し、さらにその上から二重に氷山を叩きつける。
その質量が重量が岸壁を衝撃で崩し、瓦礫の一部と混ざり合いながら坑道入口を閉ざす。
外と中の両方から瓦礫をどかそうとしても日単位の時を要するだろうし、他の出口から出るのにも数時間はかかる。
完璧に近いほどに計画通りだ。しかし計算外の事がひとつ、嬉しい誤算が発生した。


計算外の事態は、その内容を推測できないからこそ計算外なのだが、その事態が訪れる可能性を頭に置く事は可能だ。
今まで何度もそういう事態に遭遇し潜り抜けてきたラッドの対応は早かった。
(くそっ、落ちるか!?)
ラムザ達が破壊した坑道入口のある斜面にラッド達はいた。
姿が見えないのは、フレイムウィップで雪を溶かして作った穴に潜んでいたからだ。
すでにフェザーブーツは普通のブーツに履き替え、万が一見つかった時のために武器を構えている。
が、地響きにより斜面の雪が崩れ、自らが転げ落ちる事になるとは。
武器を手落とさぬよう握り締め、フレイムウィップの鎚頭で雪を溶かしながら態勢を立て直しつつラッドは斜面を滑った。
一方ラッドと同じく潜んでいたアリシアは、突然の出来事に混乱し、パルチザンを握り締めたまま転げ落ちる。


追われていたラムザアグリアスは、追っていたラッドとアリシアが突然斜面から転げ落ちて来た事に驚愕した。
「何でここにッ、ラッド!」
「驚く暇があるのかよ、ラムザ!」
距離は大股で五歩といったところか、ラッドは素早くひょうすいのたまを投げる。
反射的に反応したラムザは持っていたイージスの盾で氷撃を受け、ラッドに肉薄した。黄色い刀身を抜く。
アグリアスさん、回り込んで!」
アリシア! とっとと逃げ??鞄を拾えトンマ!」
怒鳴られて、アリシアはゲルモニーク聖典の入った鞄を落としている事に気づいた。
鞄は雪上を転がり、アリシアが今倒れている場所からは手を伸ばしてもほんのわずかに届かぬ距離。
故にアリシアが雪を這う間に、ラムザは剣の向きをラッドから鞄へ変えた。
剣の切っ先で鞄の紐を引っ掛け、後方に放り投げる。
ブラックに飛び乗ったアグリアスは、偶然にもキャッチするタイミングが一致すると感じたため、
即座にブラックを低空で前方に飛翔させて鞄を抱き止めた。そのせいで両手がふさがる。
「このアマッ!」
ラムザに出し抜かれたラッドは、怒りのままにフレイムウィップを横一閃するも、
その動きを悟ったブラックは膝を曲げてギリギリ攻撃を回避しつつ、安全な距離を開けようと高度を上げた。


「取り返せアリシア!」
外したフレイムウィップとは逆の手で、さらにフレイムウィップをラッドは振るった。
今度の狙いはラムザの腹部だ。回避は不可能と見たラムザはさらに踏み込んでラッドにタックルを試みる。
鈍い衝撃がラムザの脇腹を駆け抜けた。刹那、赤い渦がラムザを包む。
「うあっ!? こ、れは!」
フレイムウィップの追加効果が発動したのだとラムザは気づいた。
しかもこの熱度は明らかに強化されている。ラッドの手首に百八の数珠が巻かれていた。
「くっ……そういう事か!」
炎に巻かれながらもラムザはラッドへ体当たりを敢行する。が、一瞬の遅れが生じた。
横っ跳びに回避したラッドはさらにフレイムウィップを振るう。
咄嗟に首を捻ったラムザの耳元を鋭い風切り音が通り過ぎた。
際どい体勢からラムザはブーツの底をラッドの腹部に叩き込み、距離を取ろうと図った。
しかしラッドは、その目論見通り後ずさりながらもフレイムウィップが届かぬ腕を振って反撃する。
「風水返し!」
「吹雪だって!? うあっ」
まだわずかに残る炎の残滓を、新たな白い渦が掻き消し、さらに肌を切り裂いた。
聖典は……あった、取り返したぞ」
滞空するブラックの上で、アグリアスは鞄の中にあるゲルモニーク聖典を確認した。
これを奪い返されてはならない。鞄を腰にかけると、敵の攻撃に備えて剣を抜いた。
(敵の攻撃と……私は考えたのか? 相手はアリシアだぞ……)
そのアリシアが、空中にいるアグリアスのかたわらを下から上へと跳び抜けた。
「なっ!?」
「それは渡せないんですッ!」
竜騎士アリシアは、驚異的なジャンプ力によってアグリアスの頭上を取った。
お揃いのダイアヘルムの奥にある視線が、空中でぶつかり合う。
同じ日、同じ時に購入した、同じ兜。それ目掛けてアリシアはスピアを振り下ろした。
ヘルム越しの衝撃によって、アグリアスの視界に火花が散る。
さらに耳元で轟音、それはダイアヘルムが破砕する音であった。
破片が散る。
アグリアスの悲痛な表情があらわになった、しかしアリシアの悲痛な表情はダイアヘルムに隠れたまま──。






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