氏作。Part22スレより。
その日、ラムザ達は儲け話から帰ってきたラッドとラヴィアンの報告を聞いていた。
今回、ダンジョン探索の儲け話に出発した二人だったが、儲け話自体は困難の末に何とか成功を収めたという。
「あと、嬉しいかどうか判らないがお土産もあるんだよ」
そう言ってラッドが取り出したのは煉瓦色の革張りが成された一冊の本であった。
本来表紙に書かれていたであろう題名は煤汚れて判読が出来ない。
ダンジョンで見つけた物品は、スポンサーである学院が基本的には引き取ることとなっていた。
しかしラヴィアンが見つけたこの本はその場にいた誰もがどうやっても開けることが出来なかったのである。
この本は汚れているため判別も不可能、さらには魔力も感じられないということで廃棄処分になりかけていたのを
ラッドが『捨てるぐらいなら俺らにくれ』と言って、引き取ってきたのだ。
「開かない本か……」
「いや、ウチの隊ならレーゼとかクラウドとか結構な力持ちがいるからどうかと思ったんだけどな。
もしかしたら値打ち物かも知れないだろ?」
「私は捨てろって反対したんですけどね。ラッドがどうしても試してみたいって言うから……」
「あ、ズリィぞラヴィアン! お前だって『アグリアス様ならもしかして……』って言ってたじゃないか!」
「え、あ、それは言葉の綾って言うかなんて言うか……」
責任を擦り付け合う二人の横でムスタディオが額に汗を浮かばせながら悪戦苦闘していたが、
大きく息を吐いて本を放り投げた。
「無理だ。どうやっても開かねえってコレ! いっそ労働八号にでもやらせてみるか?」
「いやいや破けちゃうって。しかし開かない本か……どうしよう?」
悩むラムザ。火にくべれば燃料にはなるかな、と考え始めたとき、
「ラムザ、明日のアタックチームのことだが……おや、ラッド、ラヴィアン帰ったのか」
テントに新しい人影が入ってくる。
パーティの副リーダー・聖騎士アグリアス=オークスである。
ムスタディオが放り投げた本はちょうど入り口の方に投げられていたので
アグリアスは足元に落ちていた本を拾い上げた。
「何だ、これは?」
「ああ、俺達が今度の冒険で見つけたものなんだけど、どうしても開かないんだ」
「そうなのか? どれどれ」
──パカッ
「「「「ええ!?」」」」
アレほど苦労して開けようとした物がいとも簡単に開いてしまった。
狐に摘まれたような顔をしている4人に向かって、呆れたように鼻を鳴らす。
「何か引っかかっていたのではないか?」
「そんな感じじゃなかったけどな……ま、いいや、なんて書いてあるんだ?」
「ええと……『我が名は大魔術士ミンウ。
ここに……我が……友のため……あの素晴らし……き……日々を……』」
アグリアスがおかしいと気付いた時にはもう遅かった。
瞼が重い。それどころか体中に力が入らず、膝をついてしまう。
「アグ……さん」
「早く……を……」
「しっか……ア……様」
仲間達の声が遠くに聞こえる。
意識を保とうと思っても、手から零れ落ちる水のようにとりとめもなく消えていく。
「アグリアスさん!」
アグリアスが意識を失う前に最後に感じたのは
自分を呼ぶラムザの声としっかりとした腕の感触だけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アグリアスが目を覚ましたのは見慣れない部屋だった。
宿屋にしては私物が多いような気がする。
というかそもそも建物の造りが違う。
少なくともアグリアスが今まで見てきた建築物の中にはこんな造りの物はない。
これまでの経緯を思い返そうとしてもぼんやりと靄がかかったように思い出せない。
私は、ええと……
「アグリアスさん! 起きてください! 遅刻してしまいますよ!」
目を上げるとそこにいたのはラムザであった。
ただし着ていたのは見たことも無いような黒い服であった。
絹でもなければ麻でもない不思議な素材で出来たその服はぴっちりとした襟があり、
袖と胸には金色のボタンが並んでいる。
見慣れぬ服について聞くべきかと思ったがまず言わなければならないのは──
「そ、そのだなラムザ。如何に貴公といえども女性の寝所に無断ではいるのはどうかと思うのだが?」
「? 何言ってるんですか、アグリアスさん。
アグリアスさんは朝に弱いから毎日僕が起こしてるじゃないですか」
「え?」
ラムザの口から出てきた言葉に状況を整理する。
私はアグリアス=オークス。オークス家の騎士で私は──
≪脳内探査。情報収集開始──終了≫
≪入手情報ニ従イ、情報ノ上書キ開始≫
そうだ、私は……
「そうだ。私はアグリアス=オークス。私立イヴァリース学園の3年生……
部活は剣道部。趣味は花占い……」
「? そうですよ。寝ぼけているんですか?」
ふわふわとした笑みを浮かべる幼馴染のラムザ。
ラムザのベオルブ家とアグリアスのオークス家は家が隣同士。
ラムザはそこの三男で、上の二人とはあまり話したことは無いが、
ラムザとその妹アルマとは昔から遊んでいた。
──そうだ。そのはずだ。
一瞬頭をよぎった違和感を打ち消し、ラムザに微笑みかける。
「ああ、すまない。まだ寝ぼけているようだ。どうも変な夢を見てしまったらしい」
そう言うとラムザも安心したように微笑む。
「さて、このままだとお前の言うとおり遅刻してしまうな。早く着替えないと……」
ベッドから体を起こす。
すると一瞬ラムザの表情が凍りつき、次の瞬間には顔を真っ赤にして明後日の方向を向いてしまった。
冷静に自分の姿を見下ろしてみる。
そうだ。春になって暖かくなってきたから昨日はついついシャツ一枚で寝てしまったのだ。
当然シャツは自分のものな訳だから下半身をカバーできる訳もなく、純白の下着が丸見えになっている。
血が一気に顔面に上がると次の瞬間には腹の底から声が出ていた。
「で、出て行けーッ!!」
「すみませんでしたーッ!」
謝りながら、脱兎のごとく駆け出すラムザ。
深呼吸して心を落ち着かせると、箪笥から制服を取り出す。
白を基調としたシンプルなデザイン。
(そうだ。これは制服。セーラー服だ。いつも自分が着ているもののはずだ)
まるで自分に言い聞かせるようにして、セーラー服に袖を通す。
全身鏡で改めて自身の姿を見てみると、何故か毎日着ているはずのその服が妙に恥ずかしく思えた。
暖かな春の日差しの中、ラムザと並んで学校への道を歩く。
「それにしても随分と暖かくなってきましたね」
「ああ、そうだな」
登校路の脇には見事な桜並木が立ち並び、道往く人々の目を楽しませている。
二人もその例に漏れず、季節の作り出す色彩に見とれていた。
「よーっす、ラムザ、アグリアス姐さん」
そんな二人に長髪を後ろ手にまとめた少年が朝の挨拶をする。
ムスタディオ=ブナンザ、ラムザと同じクラスで、自称・ラムザの無二の親友だ。
「あ、おはようムスタディオ」
「あれ? 今日はアルマちゃん一緒じゃねーの?」
「アルマはもう学校へ行ったよ。何でも部活の朝練があるんだって」
「そっかあ、残念だな。そういえば姐さんんトコはそういうのは無いのか?」
「ああ、私はもう三年生だからな。
それにテストも近いからな。部活動は控えめで行く方針らしい」
「げ。嫌な事思い出させるなよアグ姐さん。な、ラムザ?」
「そろそろ勉強し初めないとまずいんじゃないの」
「チッ優等生め。いいんだよ、俺は一夜漬け派だから」
ムスタディオを加えて他愛ない話をしながら歩いていると、程なくして校門が見えてくる。
天に向かって大きく聳え立つ私立イヴァリース学園の校門には、いつも通り生徒会長のメリアドールが
背筋を伸ばして立っている。
「おはようラムザ、ムスタディオ、アグリアス」
「おはよう、メリアドール」
「おう、おはようさん。今日も綺麗だな」
「お世辞言っても無駄よムスタディオ。今度遅刻したら裏山の草刈は免れないわ」
三者三様の挨拶を交わし、雑談に興じる三人。
いつもと変わらない朝──だというのに、この違和感は何なのだろう?
一人だけぼうっとしているアグリアスをメリアドールは不思議そうに見つめる。
「どうしたの彼女?」
「アグリアスさん、何だか今日は変なんだ。今朝変な夢を見たって言ってたけど」
「ふーん、鬼の霍乱ってやつかね? まぁいいや、ラムザ、そろそろ行こうぜ。
ダーラボン先生が来る前にラッドに漫画を返したいからな」
「じゃあ、アグリアスさん、また」
「……ああ、また後でな」
ラムザたちと別れ、3階にある自分の教室で授業を受ける。
一時間目から順にベイオウーフ先生の国語、レーゼ先生の数学、シド先生の歴史、オーラン先生の物理と進み、
何事もなく昼休みへと移行した。
学校という空間において、昼休みは閉塞感と開放感を併せ持った独特の雰囲気に包まれる。
その雰囲気の中、アグリアスは同窓生のラヴィアンとアリシアと共に
生徒と同じように席を寄せ合って昼食をとっていた。
「……それでムスタディオがベイオ先生とレーゼ先生がホテル街に消えていくのを見たんですって!」
アリシアが幾分か興奮しながら弁当のから揚げをつつく。
「それ本当なの? この間もクラウドが他校の巨乳美人と歩いてたって噂があったけど
結局、そんな女性見当たらなかったじゃない」
対するラヴィアンは冷静な顔で紙パックの牛乳を飲んでいる。
「今度こそ本当よ! って……アグリアス様ボーッとしてどうかしたんですか?」
「いや、今朝変な夢を見てな。どうもぼんやりとしてしまう」
「変な夢? まさかエッチな夢じゃ……」
アリシアの額に顔を真っ赤にしたアグリアスの手刀が炸裂する。
「痛いですよアグリアス様」
「お前が変な事を言うからだ! 第一私にはそんな相手はいない!」
「ラムザ君がいらっしゃるじゃないですか」
当たり前の事実を確認するようにラヴィアンが言う。
「私とラムザはそんな関係ではない!」
「じゃあどんな関係なんです? 毎朝起こしに来る幼馴染なんて答えはなしですよ?
そんな関係、『それ何てエロゲ?』って話ですよ」
“えろげ”なるものが何なのかアグリアスには見当もつかなかったが、馬鹿にされているのだけはわかった。
いいだろう。この機会にこの二人にもこれ以上誤解を生まぬようにしっかりと言っておかねば。
「私はラムザに剣を──」
≪エラー削除≫
「私はラムザに──何なんです?」
何を言おうとしたのか、言葉に詰まる。
ど忘れとは違う。言うべき言葉を消されてしまったような、そんな違和感。
だがアリシアはその沈黙を別の意味にとったようで大きくため息をついた。
「そんな暢気な事言ってたらラムザ君ラファに盗られちゃいますよ」
「──ラファ?」
「ラファですよラファ。知ってるでしょう? 4組のマラークの妹さんで天文部の」
「1年の中でアルマちゃんと人気を二分してるって噂ですし」
「生徒会長のメリアドールさんもラムザ君のことを気にかけてるって噂もあるらしいですし」
「ぼやぼやしてると他の人に“ハートを盗む”されてしまいますよ」
好き勝手言うラヴィアンとアリシア。
「ラムザは──そうだ、言うなれば弟みたいなものだ。
お前達が想像しているようなことは何も──なんだお前達。
その子供を見守る母親のような眼差しは!」
「そんなことないですよー。ね、ラヴィアン」
「ええ、そんなことはありませんとも。あ、噂をすれば」
ラヴィアンが指差す先にいるのはラムザであった。
何故か心持ち緊張したような顔つきをしている
「どうしたラムザ。三年の教室に何か用か?」
「あの……その……今日、放課後はお暇ですか?」
「ああ、部活も今日は早く終わるしな。それでどうした?」
「あ、あの……部活が終わったら校舎裏に来ていただけませんか?」
「? かまわないが」
「ぼ、僕待ってますから!」
そういって踵を返すラムザ。
訳がわからないが、そういうのならきっと重要な用なのだろう。
振り向くと二人がニヤニヤと笑っていたので、とりあえず手刀を叩き込んでおいた。
五時間目のガフガリオンの体育、6時間目のダーラボン先生の倫理
(体育とのコンボは通称“夢邪睡符”と呼ばれ、恐れられている)が終わり、
シド先生の指導の下、剣道部が終わったときには殆ど日も暮れかけていた。
放課後の校舎裏。人気のないそこにラムザとアグリアスの姿はあった。
「どうしたんだ。わざわざ呼び出して」
「二人っきりで伝えたいことがあったんです」
夕日のせいか、いつもは幼く見えるラムザの顔が大人びて見える。
そういえば同じぐらいだと思っていた身長もいつの間にか追い越されて、
アグリアスが少し見上げる形になっている。
そんな何でもないことなのに何故か気になったのはラムザの持つ雰囲気がいつもと違うせいだろうか。
口を開けばこの世界が壊れてしまう様な、そんな気まずい沈黙が数秒続いた後、
意を決したラムザが口を開いた。
「好きです、アグリアスさん。僕と付き合ってください」
一瞬、世界が止まった。
次第に綿に水が染み渡るようにその言葉がアグリアスの中で理解されるまで数秒を要した。
そして理解した瞬間、アグリアスの思考は爆発した。
(ちょ、ちょっと待て!? ラムザが私を──?
そんな馬鹿な。ありえない。でも事実私は告白されている訳で。
こ、告白!? そんな馬鹿な。考えられない。私は自分で言うのも何だが武門一辺倒の堅物だ。
女性らしいところなど皆無で──そんな私にラムザが惚れるなど。
ほ、惚れる!? 私などに私などに──)
「じょ、冗談はよせ」
爆発する思考の渦の中で搾り出せたのはそれだけだった。
あるいはそれがアグリアスにとっての最後の防壁だったのかもしれない。
冗談であればいつも通りの気安い関係でいられるのだ、という。
「僕は本気です。僕は本気でアグリアスさんのことが好きなんです」
強甲破点突き。あっさりと最終防壁は破られる。
真っ直ぐに瞳を見据えられたアグリアスの混乱は一層加速する。
「聞かせて欲しいんです。アグリアスさんは僕のことをどう思っているのかを」
迫力に押されて、一歩引いてしまうアグリアス。
だが見た目に反して強い力で引き寄せられる。
「頼りない弟としてしか見れませんか? それとも一人の男として見てくれますか?」
「わ、私は──」
アグリアスが答えを言わんとしたその時であった。
『しっかりしてください、アグリアスさん!』
掴まれた腕の感触から突然、脳裏に音と映像がフラッシュバックした。
驚いているムスタディオ
呆気にとられいてるラッド
泣きそうなラヴィアン
そして、真剣な顔をしているラムザ。
みんな制服を着ていない。マントにローブ、鎧といった戦姿だ。
どうしてそんな格好をしているのだろう。
いや、違う。私にとってはこの世界こそ異常なのだ。
『アグ…リ…ス…ん』
目の前のラムザの声が遠い。代わりに聞こえるのは労働八号のような奇妙な響きを持った声であった。
≪危険。危険。危険。エラー削除。エラー削除。エラー削除≫
今や明るかった世界は歪み、耳には訳の判らない言葉が響く。
口に出そうとした違和感は片っ端から削られ、思考が泥のようなものに囚われる。
確かなものなど何一つない世界で、唯一つ、この世界が幻想だという確信だけが心を満たしていた。
≪危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険≫
≪エラー削除エラー削除エラー削除エラー削除エラー削除エラー削除エラー削除エラー削除エラー削除≫
「──五月蝿い、黙れ雑音!」
聴覚を支配するノイズじみた声を一喝し、心を静める。
もはや記憶の大半は削り取られ、自分が誰なのかも判らなくなってきている。
ならば、いっそ思考を空にする。
心さえ削られるのならば、その心を空にしろ。
空洞になった体は最も慣れた行動をとる。
アグリアスにとってそれは即ち剣を構えることである。
いつの間にかその右手には鈍い光を放つ騎士剣が握られている。
耳障りなノイズはもはや耳には届かない。
アグリアスは剣を大きく振りかぶると、
「幻よ、消え失せるがいいッ!」
振り下ろした剣から放たれた閃光が“世界”を切り裂いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは安楽死用の本らしいな」
パーティー1の識者である召喚士イングラムが本を調べながらそう言った。
現実世界に帰還したアグリアスが最初に見たのは憔悴したラヴィアンの顔だった。
現実の世界で、気を失ってから丸一日が経過していたらしい。
アグリアスは自分のテントの中で毛布に包まっていた。
あのあと『自分のせいでアグリアス様が』と半泣きのラヴィアンを
ラッドとアリシアがなだめながら、ラムザがアグリアスを別のテントまで連れてきて休ませたのだという。
今までずっとそばについていたラヴィアンはアグリアスが目を覚まして気が抜けたのか、
今は別のテントで休んでいる。
そうして今このテントの中にはラムザ、ムスタディオ、イングラムの三人がいるのであった。
「この本に書いてあった物語に読んだ者の身近な人物を投影させ、
安楽な夢を見させながらあの世へと連れて行くシロモノのようだ」
「おいおい、そんな物騒なもん読んでお前は大丈夫なのか?」
「ああ、残念ながらこの罠は一度こっきりのもののようだ。
文字もすべて消えて読めないよ」
イングラムの言うとおり、本に書かれていたはずの文字はすべて消え去り、帳面のようになっている。
ムスタディオは本を受け取ると不思議そうに何度も見返している。
「それにしても何でアグリアスさんだけがこの本を開けれたんだろう?」
「こればかりは憶測の域を出ないが、俺はこの本を必要とした人間と何か共通点があったんじゃないか、と考える。
指紋か声か……もしかしたら気付かない内に何らかの手順を踏んでいた可能性だってある。
まぁ、結局は判らないということだ」
「それにしても古代と現代の文明は大分違うものといわれてるけど、『これは夢だ』って気づかないものなのかな」
「ラムザ、君は夢というものを見たことがあるか?」
ラムザは首肯する。
「夢というものは見るものの願望などが自動的に加味されて、
都合のいいように意識が修正されていくものだ。
よほど大きな違和感が無い限り、それが夢だと気づくことは無い」
「しかしアグリアス姐さんは僅かな違和感を見破り、無事生還したというわけだ」
「そういうことだ。流石我らが副隊長といったところだな」
そういって笑いあうムスタディオとイングラム。
その二人から視線を外すと固まっているアグリアスがラムザの目に飛び込んできた。
「……アグリアスさん?」
問いかけても反応が無い。その目はここではないどこか遠いところを見ているようであった。
心配になったラムザは覗き込むと再び声をかける。
「大丈夫ですかアグリアスさん?」
するとアグリアスは顔を耳まで真っ赤に染め、
「な、何でもない!」
と言って毛布を頭から被ってしまった。
そんなアグリアスの態度に首を傾げるラムザ達。
先ほどからイングラムが知的好奇心から夢の内容を聞きたがっているが一向に話さないのと関係があるのだろうか?
そんな取り留めのない思考に囚われそうになった時、イングラムが外を見て立ち上がる。
「おや、そろそろ俺は見張り交代の時間だ。ラムザ達もアグリアスを休ませてやれよ」
「そうだな。じゃあなアグリアス姐さん、大人しくしてろよ!」
「今日は大事をとって寝ててくださいね。アグリアスさんの分は僕達がやっておきますから」
そう言い残し、ラムザ達がテントから出て行ったあともアグリアスは毛布の中から顔を出せないでいた。
一人になった馬車の中で幻想をリフレインする。
『好きですよ、アグリアスさん。僕と付き合ってください』
先ほどイングラムが言った言葉が確かなら、あの言葉は自身の内なる願望だというのだろうか。
だとしたら、
『──私は、』
あの時私は何と答えようとしたのだろう。
弟としてしか見れないと言うつもりだったのか、それとも──
『大丈夫ですかアグリアスさん』
意識の中でラムザの声が反響する。
先ほど覗き込まれたとき、夕日に照らされたラムザの顔は
幻想の中のそれと寸分も違わず、思わず顔をそらしてしまった。
真鍮色の瞳。幼さを残した精悍な顔。剣を預けるに足る気高き意思。
そして──自分を支えた力強い腕。
今まで意識していなかったラムザの男の部分が思い返され、
アグリアスは訳もなく胸が締め付けられるのを感じた。
(私は……ラムザのことを……)
アグリアスは毛布をきつく握り締め、それ以上考えないようにした。