氏作。Part23スレより。




「決戦前日」


「このような所でしなければならない話とはなんだ?」
 アグリアスは男にきつい視線を叩きつける。
「これを読んでください!俺の気持ちです!」
 赤い絹のリボンでしばった羊皮紙が差し出される。戸惑いながら受け取り封を解き、目を通すアグリアス
 ここはドーターの宿屋の裏路地である。暖かな日差しが差し込む路地には二人の他は誰もいない。
 二人とも鎧を着ておらず腰に剣を吊るしただけの軽装。
 明日のオーボンヌでの決戦に備える為の準備期間と休養を兼ねた日の午後であった。
 羊皮紙を持つ手が震える。
「デルタ貴様!このような時に人をからかうなど!ふざけるにも度が過ぎるぞっ!」
「ふざけるだなんて!俺は本気です!」
 その真摯な眼差しに射抜かれて一瞬ひるむアグリアス。だが羞恥に顔を赤らめながらも反撃を行う。
「なお悪いわ!色恋にうつつを抜かしていて良い時期ではない!」
「こんな時期だからこそ!俺は・・・貴女(あなた)に知って欲しかった。俺の思いを知って欲しかったんです・・・。
 たぶん、いやきっと、オーボンヌではかつてない厳しい戦いになると思います。間違いなく誰かが命を落とすでしょう・・・。
 もしそれが俺だったら・・・!そう思うと・・・。」
「貴公、後悔しているのか?・・・この隊にいることを、そして明日の闘いに望むことを。」



 掲げる信念に揺ぎが無ければ笑って死地に赴ける、という騎士道にのっとって考えれば、心残りとは即ちあおぐ旗への後悔に他ならない。
 いかにもアグリアスらしい発想だった。
「まさか!後悔なんて・・・していたらとっくに逃げ出していますよ。
 妹のため、弱者のため、そしてイヴァリースのために戦うラムザの、いや、みんなの力になりたいからこそ俺はここにいるんです。
 そのために命を懸けるのは惜しくない。むしろ誇りに思っています。・・・でも、だからといって死んで構わないわけじゃない。
 今のままじゃ死ぬに死に切れない心残りがあるんです!」
 最後の言葉にアグリアスはびくりと震える。羊皮紙を持つ手に力がこもる。
「それがこれ、・・・という訳か。」
 路地裏に差す陽光はあくまでも穏やかだった。


 アグリアスは目を逸らしながら続けた。
「だが私はお前の想いに答えてやることは出来ない。今は戦いのことだけで頭がいっぱいだからだ・・・。」
 そして羊皮紙をデルタに差し出して言った。
「この事は聞かなかったことにしてやろう。明日までにはお互い全て忘れよう。下手に意識しては明日の戦闘に差し支える。」
「違います!想いを抱えたままこの世から去ることがどんなに無念か!アグリアスさん、貴女なら分かるはずだ!」


 見るからに動揺の色を増したアグリアスは逸らしたままの目線がさまよわせる。
「か、仮に・・・仮にだぞ!貴公の言う通り私に意中の者がいて、想いを口に出来ておらぬとすれば、
 なおさら貴公の想いが報われることは無くなるのだぞ!それで良いのか!?」
 デルタは”アグリアスにデルタ以外の意中の者がいる”などとは言っていなかったが、
 勝手に自白してくれる分には何の問題も無かったのでそこは突っ込まなかった。
 それにアグリアスが誰を好きかなど、当の二人以外全員周知のことだった。
「なぜ何もかも無かったことにしたがるんですか?どんなに否定しても想いは消えたりはしません!
 騎士が信念ある限り戦うように、想いがあるのなら想い人にぶつけるべきだとは思いませんか!?
 例え玉砕することが分かっていても騎士には戦わなければならない時があるのと同様に、
 例え叶わすとも貫いてきた想いをいつかは伝えられなければならないとは思いませんか!?」
 デルタは敢えて騎士を例えに持ち出した。
 それはアグリアスを説得し、ある効果を生み出すためにあらかじめ考えておいたものだった。
 予想通りそれえはアグリアスに明確な変化をもたらした。
 顔は紅潮したままだが引き締まり、視線が定まり、デルタを正面から見るようになった。そしてささやいた。
「そうか。私は騎士らしくなかったのだな・・・。」
「聞かなかったことにされたら、俺は失恋したのかすら分からないじゃないですか。
 もしかして俺にはまだ想いが叶う目があるんですか?それとも全く無いんですか?それを思うと夜も寝られません。」
 アグリアスはゆっくりとうなずいた。
「お願いしますアグリアスさん。俺を完膚なきまでにフって失恋させて下さい。貴女への想いに決着をつけさせて下さい。
 そして他の恋に目を向けられるようにして下さい。そうでなければ俺は後方を守れません!
 前線の貴女が死んでしまうのか、思いが叶うかも知れないのに死んでしまうのかと心配で落ち着いて戦えません!」
 アグリアスは決然とデルタの言葉を受取った。
「分かった。騎士が手加減をすることは敵を侮辱することであるのと同様に、中途半端な扱いは真剣な貴公に失礼に当たるな。」
「お願いします。」
 1つ咳払いをしてアグリアスは言った。
「申し出は有り難いが、今は貴公の想いを受られぬのだ。諦めてくれ!」


「それでは諦められませんよ、アグリアスさん。」
「ええっ!?でっ、ではどうすればよいのだ!?」
 慣れない恋愛事に戸惑うアグリアス
「それではまだ望みが有りそうじゃないですか。
 今ダメなら後でなら、この闘いが終わってからなら俺の気持ちを受け止めてくれるんですか!?」
「い・・・いや、それは・・・」
「もっと完全に俺を諦めさせて下さい!絶対に無理だっていう証拠を見せて下さい!」
「う、うむ。・・・で、どうすればよい?」
アグリアスさんの好きな人を教えて下さい。」


 さっきの小鳥はもうどこかに行ってしまったようだった。
「な、なな、何を言っているのだっ!わた私にそんな者などいないっ!」
 一瞬前までの凛々しい態度は消え去り、動揺を露にしてしまう。一方デルタは全て想定内だと言わんばかりに落ち着いている。
 そこからは何やら企みがありそうな気配が覗くが、慌てるアグリアスはそれに気づかない。
「嘘ですね、アグリアスさん。伊達にずっとアグリアスさんを見てきたわけではないんですよ!
 好きな人が誰を好きなのかは見ていれば分かります。」
「きき貴公こそ偽りを申すな!私だってずっと見ているがあやつが誰を好きなのか皆目分からぬのだぞ!」
「ほら!好きな人いるじゃないですか。」
「あっ!ぐぅ・・・。」


「貴女が誰を好きなのかは知っています。いや、知っている”つもり”です。
 つもりだから・・・はっきり貴女の口から聞かない限りどうしてもわずかな希望にすがってしまうんです。だから・・・」
「そうか・・・。」
「おねがいします!」
「わ、わかった。貴公に引導を渡してやろう!・・・だが、絶っ対に他言無用だぞ!」
 強張った顔でアグリアスは左手を剣の上に置きながらそう言った。
「はい。それはもちろん。」
「では、いっいくぞ!」
 こくりとうなずくデルタ。
「わわ、私のすっ好きな者の名は何と言うかというとだな・・・。」
「はい。」
「どんな名かと言うとだな・・・。」
「はい。」


 砂時計が何回も落ち切るくらい時間が経っても、告白タイムは続いていた。
「その・・・何と言うか我が恋人の名は何というかという話だが・・・それが何かというとだな・・・。」


 アグリアスは目をそらし、真っ赤になってうつむき、あろうことか胸の前で両手を組んだり揉んだりよじったり、
 さすがに両手の人差し指を突き合わせるなどという可愛いまねはしなかったが、ひどくモジモジする様は
 いつもの毅然とした姿からは想像さえ出来ない姿だった。
 出来ればいつまでも見ていたい、絵師に描き止めさせて一生の宝物にしたい、そんな光景だった。
 しかし話が一向に核心に届かないので、デルタは質問を変えてみた。
「俺の何倍くらい好きなんですか?」
「え?そ、そうだな・・・。」
 話の矛先が変わって、心底ホッとした顔でアグリアスは答えた。
「貴公には済まぬが十倍・・・いや百倍はす、好きだ。」
 分かってはいたが、目の前で本人の口から恥ずかしがりながらも微妙に幸せそうにそう言われるとショックだ。
 しかしデルタは涙を呑んで質問を続けた。
ラムザをどんな風に好きですか?」
「む・・・どうと言われても・・・。」
 少し考え込むアグリアス。デルタがラムザの名を出したのにも気づかない。
 すると考えがまとまったのか、確信に満ちた表情で語り始めた。
「そう・・・以前私はオヴェリア様に剣を捧げた。だがオヴェリア様が無事に女王の座に就かれた時に、
 騎士ならば何を措いても馳せ参じるべきであったのにそうしなかった・・・。
 あの時は枢機卿のルガヴィのすさまじさに驚き、私がいなければどうにもなるまいと思い留まっていた。
 だが、それからオルランドゥ伯やベイオウーフ夫妻の参入が有ったりと、何度も抜ける機会があったのに私はまだここにいる。
 いつの間に心が決まっていたのであろうな・・・。
 大義小義と区別するのではなくただひとえに「義」の為に戦う男の下で剣を振るう事を。
 名も実も取らず、ただ他人の為に戦う男の剣である事を選んだのは。」
「そして・・・いつ芽生えるのであろうな?異性を愛しいと思う心というものは・・・。
 その心も気がつけば胸の内にあった。これは日増しに大きくなるのだな。」
 デルタはうなずいた。
「私は騎士失格だ。剣の主に懸想するなど。」
 アグリアスは自嘲気味に笑った。
「だが後悔はしていないし、不幸だとも思っていないぞ。
 剣の主と想い人が同じだというのは素晴らしい事だと思っている。一生そばにいることが出来るのだからな!」
 ラムザと結婚することは考慮に入っていないようだが、それを指摘するのはデルタ自身が余りにもツライのでやめた。
 言い終わって、アグリアスはハッと我に返り、自分がいかに恥ずかしいことを言っていたかに気づいて
ユデダコのようになってしまった。
「も、もういいだろう!ででは、いいか!この事は他言無用だぞ!では、失礼するぞ!」
 狼狽しながら去ってゆくアグリアス
「どうもありがとうございました!」
 言ってからデルタは自分が泣いていることに気がついた。
 その声を聞いたアグリアスは立ち止まり振り返ろうとして、やはり振り返るのはやめてこう言った。


「貴公は勇敢だな。」
「は?」
「私が貴公であったら想いを告げるなど到底できぬ。」
「・・・ぐすっ。」
「私も・・・戦う前に告げて玉砕すべきだろうか?」
「玉砕はしませんよ。ラムザも貴女を好きですから。」
「気休めはよせ。」


 アグリアスが去った路地で、デルタはまだ泣いていた。
 予想以上にキツかった。失恋は何度やってもツライ。だが、やって良かった。
 死地に向かう前に想いを吐き出してしまえて良かった。
 これでもし死んでもアグリアスの心の中に「その他大勢の一人」ではなく「自分を好いてくれた男」として刻み込まれることになる。
 叶わない恋なのは分かっていた。だからこれで充分なのだ。
 そして、これがあの二人の恋に進展を与えるかもしれない。
 明日はオーボンヌに向けて出陣する。間違いなくボス級のルガヴィが待ち構えている。
 かつてない厳しい戦いになるだろう。今夜は生きて過ごす最後の夜になるかも知れないのだ。
 結ばれた男女は強くなる。生き延びる確率も高くなる。もしうまくいったのなら死んだ恋も本望だろう。
 それがこの告白のもう1つの狙いだったのだ。



(それにしても恥ずかしがってモジモジするアグリアスさんは可愛かったなぁ・・・。
 まぶたに焼き付けたぜ。あの世まで持って行くいい土産ができたぜぇ・・・。)
 悲しくって涙が止まらないのに、ついニヤケてしまう。
「アハハハ・・・アグリアスさん・・・アハアハアハ、ぐすっ、アグリアスさんアハアハアハアハアハアハア・・・。」
 日当たりの良い路地裏はポカポカして気持ちが良かった。


 実はこの顛末の一部始終を見届けた者が一人いた。
 二階の路地側の部屋にいたムスタディオだった。
 アグリアスの怒鳴り声を耳にしてよろい戸の隙間から覗いていたのだ。
「なにも、宿のそばでやらなくてもいいのになぁ。」
 笑いながら銃の手入れを再開する。
「バァン!デルタ討ち死に!なぜか泣きながら笑って死んでいます!」
 自分も想いを打ち明けるべきだろうか?間違いなく討ち死にするだろうけれど。
「それよりもラムザ達をどうにかしてやらないとイカンよな。」
 今夜はなんとかしてあいつらを二人っきりにさせないといけない。
 せっかくアグリアスがその気になっているのだ。ラムザの友人としてこのチャンスは逃せない。
 しかし邪魔者がいる。強敵はラファ、伏兵はメリアドール、といったところか?
「くっそう!なんでアイツばっかモテるんだー!?なんで俺様がモテないんだよぉー!?」
 銃の手入れは進まない。


                 END