氏作。Part25スレより。



アリシア! 返事をしろ、どこだ!?」
空っぽの部屋でアグリアスは叫ぶ。返事は無く、またアリシアの荷物も無い。
それに気づいた時、アグリアスは今回の出来事の真相の一端を垣間見た。


   第二話
   ゼクラス砂漠『砂漠の夜の夢』


思考がまとまるより早くラムザが部屋に駆け込んでくる。
「ラヴィアン、ムスタディオを頼む! アグリアスさんは僕と一緒に!」
事は一刻を争う。ラヴィアンは「了解ッ!」と応えムスタディオの介抱へ向かった。
ラムザは宿の階段を駆け下り、それをアグリアスは追う。
ラムザ、どこへ?」
「後を追うんですよ」
「誰のだ」
「多分ラッドとアリシアです、チョコボに乗って街の北へ逃げようとしていました」
「馬鹿な! なぜあの二人が……理由が無い、ゲルモニーク聖典を盗むはずがない!」
「僕だって解りませんよ、今は追いつかなくては!」
ラムザアグリアスは宿のチョコボ小屋に行き、預けていたボコとココに駆け寄る。
ラムザ一行は四羽のチョコボを飼い馬車を引かせており、
その内の一羽、もっとも戦闘に長ける赤チョコボのレッドがいなくなっていた。
ラッドとアリシアが逃亡のために乗って行ったと見てまず間違いない。
ラムザがボコに飛び乗るのを見て、アグリアスもココに乗ろうとした。
ココは雌の黄チョコボで、ボコほどではないにしろ強靭な脚力を持つ美しいチョコボだった。
しかしラムザアグリアスに「僕の後ろに乗ってください」と命ずる。
理由はボコとココの両方に乗って行ってしまっては、後には黒チョコボのブラックしか残らないからだ。
黒チョコボは飛行可能なため、黄・赤に比べ脚力が弱く、馬車を引くのには向かない。
そのブラック一羽で馬車を引くなど無理な話で、
スタディオとラヴィアンが追ってくる時に不都合が生じる。
ラムザにとってはそこまで考えての発言だったが、
アリシアの逃亡にショックを受けたアグリアスラムザの真意に思い至らず眉をしかめた。
しかし何か考えがあっての事だろうと解っており説明を求めて無駄な時間を使うほど愚かでもなかった。
故にアグリアスラムザの後ろに乗った。
ボコは二人分の体重をもろともせず、ラムザの操る手綱に忠実に走り出す。
その直後、アグリアスは赤面した。
胸に濡れた服が張りついて、それがペッタンペッタンとラムザの背中に押しつけられるのだ。
風呂でかけ湯をしていたアグリアスは、銃声を聞いてろくに身体を拭かず服を着て、
しかし鎧は着ずに駆けつけたために、少々恥ずかしい姿になっていた。
それどころではないと解っていても、羞恥というのは自然と感じるものであり、堪えるしかなかった。
ラムザも背中に触れる冷たく柔らかい感触が解っているため、上擦った声でアグリアスに言う。
「あっ、あの。もっとしっかり掴まってください。ボコが走りにくがってる」
「あ、ああ……」
ラムザの脇に腕を回し、胸元を掴むようにしてしがみつくと、アグリアスの身体は安定した。
その代償として、アグリアスの胸はラムザの背中に密着し押し潰されてしまった。


純粋な走行速度は赤チョコボのレッドが上だったが、ボコは走るという行為が上手い。
街中の石畳にも慣れており、角を曲がるのにも体重移動を完璧にこなし、北へ北へと走った。
そして街の出口に近づいた頃、ようやくレッドに乗るラッドとアリシアに追いついた。
ラムザアグリアス同様、ラッドが手綱を握りアリシアが背中に抱きついている。
「ラッド! どこへ行く気だ、裏切るのかッ!?」
「チッ……もう追いついたのか」
ラムザの大声はラッド達に届いたが、ラッドの呟きはアリシアにのみ届いた。
そして振り返ったアリシアは、ラムザの後ろにあるアグリアスの顔を見て、青ざめた。


振り返ったアリシアの顔が青ざめるのを見て、アグリアスは胸を痛めた。
そんな顔をするのなら、何故そこにいるのか?
それともそこにいるのはラッドのせいなのか、アリシアは巻き込まれただけなのか。
アリシアーッ!」
信頼する部下の名を叫ぶ。アリシアはラッドの背中に顔をうずめて表情を隠した。
ならば力ずくでも止めてみせると、アグリアスは剣を抜いた。
不動無明剣で動きを止めれば追いつける、アリシア達を傷つける事になってしまうが。
アリシアを傷つけてしまう。
一瞬の躊躇の間にラッドが半身を捻って振り返って、手を振り上げた。


「ボコッ!」
手綱を引いてボコを裏路地に入れるラムザ。直後、石畳に炎が広がった。
「かとんのたまか!?」
ラッドが何かを投げようとした事には気づいたラムザだが、それが何かまでは解っていなかったらしい。
だからこそ安全を取って裏路地に逃げ込んだラムザの判断力はさすがだった。
「悪いなラムザ! 妹は自力で何とかしてくれッ!」
ラッドの声が遠のく。
「くっ……闇に生まれし精霊の吐息の凍てつく風の刃に散れ! ブリザド!」
ラムザは氷の魔法を放ち、かとんのたまで起きた火柱を相殺した。
しかし路地裏から出た時にはもう、ラッド達の姿は無かった。


「北か……ゼクラス砂漠を越える気か?」
「……我々の装備では砂漠を越えられん、いったん宿に戻ろう……ムスタディオの容態も気になる」
「そうですね……ラッド達が砂漠で足を取られるのを期待しましょう……」
それ以上ラムザアグリアスは何も語らなかった。
ラッドとアリシア、信頼していた二人の突然の裏切り行為が口を重くしている。


ふと、アグリアスは空を見た。
雲の流れがいつもより速い気が、した。


宿ではムスタディオがベッドに横たわりうんうんと唸る中、ラヴィアンが全員分の荷物をまとめていた。
「おかえりなさい。アリシア達、どうでした?」
手を止めずにラヴィアンは訊ねる。後を追うためすぐ移動せねばならないと解っているからだ。
ラムザはムスタディオのベッドの前に行き、苦しそうな表情を見ながらラヴィアンに問う。
「北に逃げた……ムスタディオはどうだ?」
「頭を殴られたようで、首も痛めてます。ハイポーションを使いましたけど今日は戦闘は無理かと。
 銃なんて撃ったら反動で首が痛くて戦ってなんかいられませんね。薬(ポーション)漬けにしときます?」
「いや、今使い切る訳にはいきません。ムスタディオには我慢してもらいます。……荷物をまとめたら北へ向かう」
「……了解」
そんなやり取りを、アグリアスは他人事のように見ていた。
他人事ならどんなによかったか。
ラムザはムスタディオを抱き起こし、背中に背負う。馬車に運ぶつもりだ。
だからアグリアスは、自分とラムザの分の荷物を持った。
ラヴィアンはラヴィアン自身の分とムスタディオの分を持つ。
アグリアスさん。宿の主人に、今すぐ立つ事にしたと伝えてください。窓の修理代を多目に払って」
普段は倹約に励んでいるが、揉め事を避けるための修理代に色目をつけるような余裕はあった。
むしろ、こういう時のために倹約していると言うべきだろう。時間や安全の中には金で買えるものもある。


「修理代だ」と言って多目の額を出された主人は、なぜ窓ガラスが割れたのか理由を訊かなかった。
そしてすぐラムザ一行を乗せた馬車が発進する。ボコ、ココ、ブラックに引かれて。


馬車の振動で目覚めたムスタディオは、切れ切れに何があったかを説明した。
「タオルを忘れて、部屋に戻ったらさ、アリシアが……ラムザの鞄から、聖典を取り出してるのを見たんだ」
アリシアが主犯なのか、ラッドにそそのかされた結果なのか、アグリアスは馬車の手綱を握る手に力を込めた。


「……俺は、銃をアリシアに向けて……止めようとして……。アリシアは、酷く怯えていた。
 それから、うっ、もう少し揺らさず頼む……」
「す、すまん」
アグリアスは少しスピードを出しすぎたと反省し、馬車の速度を緩めた。
急がねばならないのは確かだが、飛ばしすぎてはチョコボがスタミナ切れを起こし、
長距離移動で考えた場合到着時間は遅くなってしまう。
「槍を向けられたから、武器を下ろすよう命令して……そしたら、いきなり後ろから殴られた。
 そこで目の前が真っ暗になって……話し声がして、見たら、ラッドとアリシアが何か話してた。
 逃げる相談みたいだった……ルザリアに、聖典を持って行くとか……。
 とにかく、俺はお前等を呼ぶのと、威嚇の意味で、銃を撃った。
 弾は二人に当たらないよう、撃ったつもりだけど、どこに飛んでったかは、よく解らねー」
「それなら窓ガラスが割れていたから、そこに当たったんだと思う」
「そうか。……それで、うー……。それで、いきなり後ろから殴られて、気を失っちまった……」
「ムスタディオ、ありがとう。ゆっくり休んで……」
「ああ。そうさせて、もらうよ」
四人分の毛布を敷いた上で、ムスタディオは仰向けに寝て、目を閉じた。
「ムスタディオは僕が看ている。ラヴィアンはアグリアスさんの補佐を……」
「はい」


御者台にいるアグリアスの隣にラヴィアンは座り、「私がやりますよ」と手綱を奪った。
馬車がドーターを出て街道を渡り、前面に広がる砂漠が見え始めた頃、アグリアスが口を開いた。
「ラヴィアン……アリシアが去った理由、解るか?」
「……アグリアス様はお解りになりますか?」
アリシアが草だったとは思いたくない……」
「……アリシアが草なら、私も疑いますか?」
「まさかッ。……私はアリシアを信頼していた」
「でしょうね、それは解ります。でも、それだけだったと思いますよ」



チョコボの足音が変わった。
砂漠が初めてだった黒チョコボのブラックがもたつき
チョコボ達のリーダーのボコはブラックに合わせて速度を落とした。
かつてウィーグラフと様々な場所を駆け抜けたボコにとって、この程度の砂漠などどうという事はない。
だからココやブラックも上手く導けるだろう。
しかし果たしてレッドはどうだろうか? ラッドとアリシアが乗っていった赤チョコボのレッドは。
ココ、ブラック、レッド、元々は全て野生だった。
それを捕まえたり保護したりして仲間にしたため、仲間になる前はどこで何をしていたのかは解らない。
レッドは丘で仲間になったため、多分砂漠は初めてだろうと、ラムザアグリアスも考えている。
だから足が遅い馬車でも、ボコが先導してくれる限り、こちらの方が速いと踏んだのだ。
事実、ココとブラックと馬車という足手まといを持ちながらも、ボコはがんばってくれた。
しかしそのがんばりも、砂嵐にはかなわない。
ゼクラス砂漠に入って数時間経った頃、風が強まり、砂嵐が起こってしまった。
ラムザ一行は丈夫そうな岩の陰に隠れ砂嵐をやり過ごそうとする。
砂嵐が止んだ頃には、もう夜になっていた。
星を見れば方角は解るが、夜の砂漠は危険だ。
寒さもあるが、足場がよく見えないため、砂地獄に足を取られたり、急な斜面を転げ落ちかねない。


冷えるため岩の南側で焚き火を起こし、ムスタディオを除いた三人で番をする。
最初にラムザが行い、次にアグリアスの番となった。
アグリアスの瞳に炎が映る。
揺れ動く火をじっと見つめていると、意識が飲み込まれるような錯覚に陥り、
半分起きていて半分眠っているよう状態になった。
起きたまま見る夢はアリシアの夢だった。


アリシアは膝を抱えて座っており、腰を曲げて口元を膝で隠している。
視線の先には砂漠の砂があったが、そんな物を見ている訳ではなく、
視点が偶然そこに留まっているだけだった。
寒いのか、ぎゅっと膝を抱きしめて身体を揺する。吐く息も白い。
焚き火をしたいな、とアリシアは思ったが、同行者がそれを許さない事も知っていた。
アリシアは追われている。だから見つからないために、火を点けるのは厳禁だ。
「寒いよぉ……」
文句や愚痴ではなく、自然と漏れた率直な心の声だった。
そんなアリシアの背中に、毛布がかけられる。
アリシアは元々毛布を羽織っていたため、これで毛布を二重にした事になる。
「いいの?」
アリシアは問う。
「風邪引くなよ」
声が応える。
「……うん」
しばらくして、アリシアは寝息を立て始めた。


そして夢を見る。
アグリアスとラヴィアンと自分とで、お祈りをしていた。
場所はオーボンヌ修道院だったが、構造が一部変わっていて、本来の物よりやや広くなっている。
しかし色は全体的に薄く、儚い印象を受ける。
時折世界はセピア色になったが、それを判別する前に色を取り戻したりもした。
教会の中は寒くて、アリシアは祈るために組んでいた手を解き、身体をさすった。
寒い理由は解っていた、アグリアスもラヴィアンもいないからだ。
さっきまでいたのに、いなくなっていたからだ。


砂を踏む音がアグリアスの意識を覚醒させる。
といっても完全に眠っていた訳ではなく、
半分起きて半分眠っているという微妙な状態を継続させていたのだ。
その間、アリシアの夢を見ていた気がするが、詳細は思い出せなかった。
アグリアス様、交代します」
「ん……まだ交代時間ではない、休んでいろ」
「何か寝れなくて。隣、いいです?」
やって来たラヴィアンは干し肉を持ってきていて、半分をアグリアスに渡した。
三口ほどで食べ切れる大きさだ。
硬い肉をかじりながら、二人は薪というステージで踊る赤いダンサーを見つめた。
一時として同じ形をせず、常に動き形を変える赤は、人を魅了する。
アグリアス様。昼間、訊きましたよね」
「何をだ?」
アリシアが去った理由」
「……解るのか?」
「解らないんですね」
「考えてはいる」
「どう考えたんですか」
「……ルザリアを目指しているのなら、聖典を王家に渡すつもりなのだろう。
 ルザリアという事はオリナス王子の側に……ラーグ公の側につくという事になるが、それも正しい判断だ。
 私達はオヴェリア様を守るよう命じられてはいるが、命じたのは元老院であり、王家だ。
 私とて王家への忠誠を捨てた訳ではないが、我が身は、ラムザに預けてある。
 ラムザが正しいと思える限り、私も同じ道を行く。しかしアリシアが王家を選んだとて、それは??」
「解ってないんですね、やっぱり」
落胆した声色で、ラヴィアンは微笑んだ。
そのどちらがラヴィアンの本音なのかアグリアスには判別できない。
もしかしたら両方かもしれない。それでは矛盾してしまうが、人は矛盾を抱える生き物なのだから。


「私は、アグリアス様の事、好きですよ」
アグリアスのいぶかしげな視線を向けられたラヴィアンは、干し肉をかじって言葉の続きを先延ばしにした。
仕方なくアグリアスも干し肉をかじる。
濃い肉の味に水が欲しくなったが、砂漠を抜けるまでは節約しなければならない。
薪がパチッと音を立てて崩れる。
「でも尊敬してるかというと何か違います」
ラヴィアンは言葉を続けた。
「けれどアリシアアグリアス様の事が好きで、尊敬もしていたと思います」
「ならば……ならば何故、私に何も言わず行ってしまった? せめて一言っ……」
「軽蔑されたくなかったんですよ。だから相談も何もできなかったんじゃないですか?」
「部下の相談にも乗れないようでは、隊長失格だな」
「何でそう的外れなんですかねぇ……もしかして狙って外してません?」
「……私はいつも真面目だ」
「そういうところが好きだったんだろうなぁ」
アリシアがか? それともラヴィアンも??」
ラヴィアンは腰の刀に手を伸ばし、北側にある巨石を見た。
登頂で動く影があるが、人の物では無い。鳥、ジュラエイビス系だろうか?
鳥目ゆえ夜間襲ってくる事はないが、焚き火の明かりでラヴィアン達は見えているだろう。
一羽しかいないようだが、追い払った方がいい。
アグリアスも剣を抜いたが、そこで追い払う方法が無い事に気づいた。
無双稲妻突きなら届くだろうが、アリシア達が近くにいたら見つかってしまう。
ラヴィアンは高所に届く技を持たない。
黒魔法が得意なラムザは就寝中、銃が得意なムスタディオは負傷中、
高低差に強い忍者のラッドと竜騎士アリシアは出奔中。
「ちょっと面倒くさいけど、追い払ってきます」
それがこれ以上の会話を避けるための目的を持っているのではとアグリアスは感じたが、
あえて何も言わずラヴィアンを行かせた。ラヴィアンが岩を登ってから、小さな声でポツリ。
「自分から話しかけておいて……」


岩の上で人影と鳥影が争っているのを見ながら、アグリアスはさっき見た夢を思い出そうとした。
しかしどんな夢だったのか微塵も思い出せず、しばらくして戻ってきたラヴィアンに火の番を任せ眠る。
今度は夢は見なかった。









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