氏作。Part22スレより。

「ぬう……どうにも良いものが見当たらないな」


通りに並ぶ店を覗き込みながら、唸るように呟くアグリアスさん。
いつもの騒がしい取り巻き二人組も遠ざけて、今日は一人で買い物のようです。
それもそのはず、今日ばかりはあの口の軽い二人についてこられては困るのです。
なぜならアグリアスさん、ここへはラムザの誕生日の贈り物を選びに来てるのですから。
もしもあのお調子者の部下二人に知られたら、
厩舎のボコにまで噂を広められて贈り物を渡すどころではありません。

それにしても、ラムザの誕生日は磨羯の月の十日。
今日はもう十三日です。
なぜ今さらプレゼントなど探しているのでしょうか?


三日前、それはアグリアスさんにとって手痛い失態の日でした。
あらかじめ行程を調整して街に宿を取ったこの日、隊の皆はラムザの労を労うべく
盛大なパーティを開きました。
日頃仲間のことしか考えていないラムザです。
当然誕生日のことなどすっかり忘れていたものだから、彼はひどく驚きました。
ところが、すっかり忘れていたのはラムザだけではありませんでした。


アグリアスさんは仰天しました。
気がつけばめぼしい仲間は手に手に祝いの品を用意していて、
そうでない仲間も予め承知しきった様子で宴を盛り上げているのです。
アグリアスさんだけは全然知りませんでした。
皆当然のようにそのことを知っていて、なおかつ当日にラムザを驚かせるために、
パーティのことは口にしないのが暗黙の了解となっていたからです。
今思えば、アグリアスさんには意図的に知らされなかったような雰囲気がありましたが。
ラムザは驚きながらも、顔いっぱいの笑顔で仲間から贈り物を受け取っています。
アグリアスさんには何もあげるものがありません。
呆然と手を叩いてやることしかできませんでした。
「そんなこと、気にしないでください。僕だって全然気付いてなかったんですから」
いたたまれない様子で謝るアグリアスさんを、ラムザは穏やかに慰めてくれましたが、
その後ろで勝ち誇ったようにニヤつくメリアドールの笑顔が、
アグリアスさんの脳裏に深く深く焼き付いたのでした。

そして今日。
再び街に駐留したのを幸い、アグリアスさんは贈り物探しに奔走しました。
とはいえ贈り物などしたことのないアグリアスさんですから。
まず初めに武器屋に走る辺り、センスのかけらもありません。
そんなわけですからめぼしいものがみつかるはずもなく、
とうとう時刻は夕刻になり、疲れ果てた彼女はフラフラと怪しげな店に足を踏み入れていました。





「いらっしゃい」
もう一目でうさんくさいとわかる汚い店主が声をかけてきました。
アグリアスさんはほとんど期待も抱かず、うろうろと店内の品々を見渡しました。
ところが、棚のなかに一つ、綺麗な淡い桃色の薬瓶がありました。
「親父、これはなんだ?」
「流石お嬢さん、お目が高い!」
いつのまにか背後に来ていた店主が、大げさに説明する。
「それは蚊の涙と、山鹿の生き血、それにイモリのしっぽに処女の枝毛を加えて…」
「ええい、まどろっこしい! 要は何の薬か聞いているんだ!」
「つまりは、あれです。惚れ薬ですな」
「ほ、惚れ!?」
思わず声を乱すアグリアスさん。
店主は目ざとく彼女の変化につけこんできます。
「ははあ、お客さん! さては想いを寄せておられる方が!」
「な、なななにを馬鹿な!」
「いやいや、お隠しになっても分かります! 恋をされた女性は美しいものです!」
「美し……ちっ違う! ラムザはそんなものではない!」
「いえいえ! 隠されることはありません! 恋は偉大なもの! 恥じることなどありません!」
「し……しかしだな」
「あなた様の切ない想い! 悩ましい想い! それをラムザ様にもお伝えするのです!」
「ラ、ラムザにか……」
ラムザ様も、きっと心の底ではそれを待ち望んでおられるのでは……!?」
「……そうかな」
「そうですとも! さあ、今なら3割引で7000ギルぽっきり! タオルもつけます!」
「じゃ……じゃあ、買う」
「おありがとうございましたっ!! 袋にお入れしますか!?」





そんな具合に、気付けば薬瓶とタオルを手に店を出されていたアグリアスさん。
我に返って少し後悔しかけましたが、手のなかの惚れ薬を見つめているうちに
そんな思いは彼方に吹き飛び、足取りも軽く宿に引き返していったのでした。
もはや当初の目的をすっかり外れてしまっていたのですが、
揚々と舞い上がるアグリアスさんはそんなことに気付こうはずもありませんでした。


さて、夜もすっかり更けて。
そろそろ寝ようかと部屋の明かりを落とそうとするラムザ
そこへなにやら慌ただしいノックの音。
返事も待たずに入って来たのはもちろんアグリアスさんです。
アグリアスさん?」
「や、やあ……、こんばんはラムザ
「こんばんは。……あの、何か?」
「何か? あ、いや、何か……うん、何か……あ、うん……ちょっと」
「はぁ」
ノックの音もさながら、かなり挙動不審なアグリアスさんにラムザは首を傾げます。
なおも口ごもるアグリアスさん。
「あ、あー……その、ラムザ
「はい」
「あのだな、お前、先日……誕生日で」
「あ、そのことですか。あんなこと気にしなくたって良いのに」
「えーと………いや、そんな気にしてなど」
「よかった。それじゃその……おやす」
「りっ、林檎食べないかラムザ?」
「はぁ?」


あたふたと林檎を取り出すアグリアスさん。
無茶苦茶な話の流れに呆れながら、ラムザアグリアスさんの手のなかの林檎を見ました。
真っ赤なほっぺたに、ぼんやりと桃色を帯びた大きな林檎。
なんだか不思議と惹きつけられるような…………。
言うまでもなく、一服盛ってあります。
アグリアスさんが夕方からつい先程までじっくりコトコトと薬を染み込ませた一品です。
「はは……その、今日市場で買って来て……う、うまいぞ?」
へらへらと林檎を薦めるアグリアスさん。
ほとんど白雪姫に出てくる老婆の姿そのものです。
ラムザもかなり不審に思いましたが、
これは先日の失態を気にしてのことだろうと彼らしい好意的な解釈をしたのち、
「じゃあいただきます」
と笑顔で一言。
桃色の林檎にかじりつきました。
「ど……どうだ?」
「うん、おいしいですよこれ!」
むしゃむしゃと頬張るラムザ
アグリアスさんは固唾をのんでその様子を見守ります。
店主の言葉が真なら、薬を飲んで始めに目に入った人間を………。
「…………んっ」
ふいに喉を詰めたように、頬張る手を止めるラムザ
ここぞとばかり、アグリアスさんは白々しい声をかけました。



「ど、どうしたラムザ!」
「………」
「どこか具合でも悪いのか!? どうした、私を見ろ!」
アグリアスさん……」
ラムザ、しっかりしろ! 私を見ろ! 大丈夫か? ほら、こっちを見ろ!」
アグリアスさんが必死に呼びかける間にも、ラムザの顔には見る見るうちに
異変が起こっていきました。
顔は火照った赤に染まり、目は熱病にかかったように朦朧とアグリアスさんを捉えていました。
(これは、薬が効いて来たのだろうか?)
声をかけながらもそのことを気にかけていると、やがてそれを証明するように、
ラムザの手ががしりとアグリアスさんの肩を強く掴みました。
アグリアスさん」
「ラ………ラムザ……」
アグリアスさん……」
「………あ、あぁ……」
「……す………」
「…………」
「す…………」


(す………!?
 ラムザ、続きは!? 続きは────!?)




「す……」
「………ラムザ……」
「……すいませんが」
「…………?」
「万能薬を……急いで……」
「………は?」
「………もう、……だめ………すいま……せん」
ラムザ……? わっ、おい! ラムザ、しっかりしろ、ラムザーー!!」


アグリアスさんの呼びかけも空しく、
結局ラムザはそのまま倒れ込み、意識を失ってしまいました。
騒いでいるアグリアスさんの声を聞きつけて集まって来た仲間たちによると、
薬物によるアレルギー反応だということ。
ラムザはその日以降高熱に悩まされることになりました。
ラムザは何も言わなかったのでアグリアスさんが責められるようなことはありませんでしたが、
もちろんアグリアスさんは彼の看護を進みでました。

それにしても、冷静になると、いい加減な薬を掴ませたあの店主も憎いけれど、
なにより浮かれて軽はずみな過ちを犯した自分がつくづく憎いアグリアスさんでした。
そんなわけで、アグリアスさんは薬の空き瓶を怒りに任せてゴミ箱に投げ捨ててしまい、
瓶の横に書かれていた『既に自分に惚れこんでいる相手には使わないこと』という注意書きに
とうとう一度も気付くことのないまま、とっぷり落胆の吐息をつくのでした。