氏作。Part21スレより。


 あまり知られていないことだが、ラヴィアンとラムザは声質がちょっと似ている。
 ある時、ラヴィアンが風邪をひいてのどを痛めたことがあった。もともと低めだった声が
しわがれてハスキーになり、
「そのままの方がかっこいいわ」
 などと、女性陣に受けていたが本人はぜいぜいと苦しいばかりで嬉しくもない。
アリシアに付き添ってもらって早めに宿へ引き上げると、前夜の夜番だったアグリアス
先にベッドで眠っていた。煎じ薬が枕元、ちょうどアグリアスの頭の向こうに置いてある。
「ちょっと失礼しますね」
 と、アグリアスの顔の横に手をついて、ラヴィアンが身を乗り出した時。
「ん…ラムザぁ……? まだいいだろう……」
 とろけるような甘い声でささやいて、アグリアスがそっとラヴィアンの腕に指をからめたの
である。


 ハタとアグリアスが覚醒したときにはもう、風邪などどこかへ吹き飛んだ様子のラヴィアンと
アリシアが目を輝かせて取り囲んでいた。




「……ということがあってな。結局、隠しきれずに白状させられてしまった」
「ははは。災難でしたね」
 疲れた顔で語るアグリアスがひどく可愛らしく見えて、ラムザは子供にするように
頭を撫でてしまった。アグリアスは不機嫌そうに眉をしかめて、
「笑い事ではない。口止めはしたが、あの二人に知れたらほどなく部隊中に知れ渡る
ことになるぞ」
「後で僕からも頼んでおきますよ。それにしても、どんな夢を見てたんです」
「お前が、珍しく私より早く起きてどこかへ行く夢だ。大体お前がいつも寝坊でなければ、
あんな夢を見ることもなかったのだ。お前も悪い」
 ずいぶんな言いがかりだが、それも心を許し、甘えてくれているからだと思えば嬉しい。
口調こそ普段仲間や部下を叱りつける調子で、冷然と怒っているように聞こえるが、
アグリアスラムザの肩に頭をあずけ、美しい金色の髪をラムザの指先がいじるに
まかせている。
 隊長であるラムザには野営時にも専用の天幕があてがわれるが、広いものではない。
大人が二人横になったらいっぱいになるほどの円錐型の空間に、丸めた毛布を寝椅子
がわりにして、二人は寄り添って寝転がっている。外は小糠雨。外界の音がすべて雨粒に
吸いとられていくような、秋の夜である。
 こんな夜だけ、二人は会うことにしている。静かで月がなく、できれば少しの風か雨が
あって、見張りの目や物音をごまかしやすく、それでいて適度にロマンチックな気分に
ひたれる夜。そういう夜にだけ、アグリアスは騎士服の襟もとをゆるめ、きっちり編んだ
髪もほどいて、そっとラムザの天幕を訪れるのだ。




「クアールが鳴いているな。雨だというのに」
 アグリアスがふと、外に耳を傾ける仕草をした。
「クアールじゃない。あれは鈴虫です」
「鈴虫?」
「リーリーリーリーと鳴くのは鈴虫です。クアールの触角はルルルルルルル」
「そんなものか」
 もともと大して興味はなかったらしい。またラムザの肩へ頭を戻し、膝のあたりを
見るともなく見ている。揺れるランプの炎に照らし出される、身も心も恋人にゆだねて
すっかり安らいだ、その姿をラムザは眺めて幸せになる。
 昼間のアグリアスを見て、彼女に恋人がいると想像できる者は多くはないだろう。
美しい顔に汗の珠を散らせて剣を振り、澄んだよく通る声で味方を叱りとばし、時には
涼やかに微笑んでもくれる彼女に憧れる男は多く、憧れる女も多いが、実際に近づこうと
試みる者はわずかである。アグリアスとは、そういう女性だ。
 そういう強い人が、自分にだけはこんな無防備な姿を見せてくれるのだと考えるたび、
ラムザはなんだかもうたまらないくらい幸せな気分になるのだ。
「っ、……こら」
 たまらなくなって、つい頬にキスをしてしまった。アグリアスが頬を赤らめて、振り払う
仕草をする。意外に照れ屋で、おまけに見栄っ張りな一面もこの人にはあるというのも、
ラムザだけが知っていることだ。そもそもこの忍び逢いにしたところが、隊の風紀を乱すまい、
恋にうつつを抜かすまいという克己心のあらわれであると同時に、こんな自分を人に
知られたくないという彼女の照れから始まったのである。
「誰も見てませんよ」
「まだ夜が早い」


 二人だけの夜は長いようで短い。寄り添って互いの体温を感じながら、ぼんやりと
安らぐのも結構だが、そういつまでも安らいでばかりはいられない。その先へ進みたい
という欲求がある。大体において、先に我慢の限界を迎えるのがラムザであり、
いったんは諫めるのがアグリアスである。そういう役回りになっている。
「ちぇー」
 ラムザは不服そうな顔をして、丸めた毛布に背中を投げ出し、元の体勢に戻る。そうして、
アグリアスの肩をまた抱きよせる。実際のところ、それほど不満なわけではない。
何と言っても、これはこれで実に悪くない時間には違いないのだ。


 ふいに濡れた草を踏む音がして、天幕の前を誰かが小走りに横切った気配があった。
見張りが交代するにはまだ時間があるから、誰かが用足しにでも起きたのだろう。
アグリアスの配慮は正しかったことになる。二人で息をひそめていると、足音はしばらく
たってから引き返してきて、天幕の前で立ち止まった。
ラムザ? まだ起きてるのか」
 ラッドだ。アグリアスは音を立てないように、荷物の山の後ろへ隠れる準備をする。
平静をよそおった声でラムザが答える。
「いや、あかりを消し忘れて、うたた寝してたみたいだ。ごめん」
「ちゃんと寝ておけよ。ただでもお前は寝坊なんだから」
「はは、そうするよ。おやすみ」
「おやすみ」
 ランプを吹き消すと、特に訝しむ様子もなく、ラッドは去っていった。やがて彼が自分の
天幕にたどり着き、服の水滴をはらい、入り口を開けて、また閉める音が聞こえるまで、
じっと待つ。待つ間に目は暗闇になれて、ふと顔を横に向けると、ラムザの毛布に
半分もぐり込んだアグリアスと目があった。


「…」
「……」
 どちらからともなく、唇を重ねる。今度は、アグリアスも止めようとはしなかった。しかし
唇が離れたあと、真面目な表情でラムザの鼻先へ顔を寄せる。
「そうだ、言っておくことがある。当分の間、胸をさわるのは禁止だ」
「ええ? なんでです」
 今度は本当に不満そうな顔をするのへ、しばらく口ごもって、
「……お前が胸ばかりいじるせいで、最近また大きくなってしまった。服や鎧の前がきついのだ」
「……」
 しばらくの間、にやけたような、残念なような、笑いをこらえているような、なんとも
言い難い表情でラムザは沈黙していた。それから、おもむろにアグリアスを抱き寄せる。
服を脱がせやすいように肩の力を抜いて、アグリアスラムザの手に従った。
「……あ、挟むのは?」
「駄目だ」
「ええーー」
 やがて、会話はささやきになり、聞き取れないほど低くなっていって、衣擦れの音と共に、
雨粒の中へ吸い込まれていった。




「川沿いに回り込む! 続けッ!」
 鋼の青いひらめきが血しぶきにかわり、金色の三つ編みがひるがえって斃れたセクレト
巨体のむこうへ消える。ラムザ、ラッド、ムスタディオの後衛三人が、あわてて斬り込み役の
後を追いかける。
「いやはや、今日も絶好調だな、姐さん」
「鉄の女ってのはああいうのを言うんだな。あれ、実家へ帰ったらドレスとか着てダンス
パーティに出たりするんだろ。信じられん」
「決まった男とかいるのかなあ。お前、アタックしてみるとか言ってなかったか」
「言ったけど、無理だよありゃあ。あの人が男に惚れる姿が想像できない」
「同感」
 前を行く二人がそんな会話を交わしているのを、ラムザは思慮深く黙って聞き流しつつ、
足を速めて二人を追い抜いた。その口元には、かすかな微笑みのなごりのようなものが
浮かんでいたのだが、それに気づいた者は誰もおらず、ラムザはただ、木立の向こうで
早くも次の敵と切り結びはじめた騎士を護るべく、手にした剣を握り直した。




End