氏作。Part21スレより。

異端者ラムザの一行は現在、ドーターの東に広がる森の奥地で野営を行っている。
いつモンスターの襲撃や凶悪な魔物と遭遇するか判らない、危険な場所。
しかしこれでも街中などで宿で取る方に比べれば、幾分か安全であるといえよう。
常に警備隊が目を光らせている──教会より派遣された異端審問官の現れる可能性のある場所に留まるよりは、
なにより精神的に休まるものが大きいのだ。
いくら騒ごうとも文句を言いに来る者がいないという事もあるし、
部隊全員の休息を取るためには程々に都合の良い場所であった。


今夜は私が見張り当番だった。明け方近くにラムザと交代するまで、
何が起こっても隊に被害が出る事のないよう、周囲の気配に神経を使わなければいけない。


ここに到着するまでの間、立て続けにモンスターに襲撃されており、
今の今までまとまった休息は全く取れていない。
その疲れた体に酒を注いで騒ぎ回っていたムスタディオやラヴィアン達はもとより、
出撃を休む事のできない隊長──ラムザなどは今頃、泥のように眠っている事だろう。
そんな時に、年長者であり副隊長でもある私まで一緒になって倒れてしまう訳にはいかないのだ。


……しかし、見張りに当たる前に中途半端に水浴びをして気が抜けてしまっているのだろうか、
先刻からうねるような、強烈な眠気が襲い掛かって来ている。
立っていても座っていても、気が付くと瞼が擡げてしまっている。


私は何とか気を紛らわす為に、近くに倒れていた古木──乾いている事を確かめてから──に腰掛け、
焚き火の明かりを頼りに、隊の備品のチェックを始める事にした。


日々増え行く隊員とそのジョブの数だけ必要な、改廃のある装備品。
必要な物と不必要な物を区分けするだけでも大仕事であるのに、
必要だと判断した物の中から更に、壊れかかった防具や刃こぼれを起こした武器等を選定し、
修理に出すか、または買い換えるか等といった計画を立てて行かなければならない。


こんな事を、以前はラムザが他の用事と共に、たった一人でこなしていたのである。




「───…なんだと?まさか今までずっとそうだったのか?」


「そうですねー、特に誰が当番ていうのは決めていなかったから、何となくこうなっちゃってるだけなんだと
 思うんですけどね。」


「……あのな、いいかラムザ
 まず自分が使っている装備などは、その当人が!責任を持って!管理するのが普通だろう。
 それをたったの一人に任せきりなど、ましてや自分達の隊長をだぞ?小間使いのようにこき使うなど、言語道断だ! 
 もしやとは思うが、ラヴィアンとアリシアまでお前に!?全く、信じられんな!!
 よし解った、今から奴らにきっちりと言い聞かせて来てやる。ちょっとここで待っていろ!」

 
「わーッいいんですいいんですってばアグリアスさん!
 ほ、ほら!こんな時間だしもう皆寝ちゃってますよ!」


「わッ!ちょっ…!、わ、わかった、よし!今日の所はやめておこう。明日にしよう!
 で、では、明日、皆に言って聞かせるとしよう!」


「違うんですよ!本当にいいんですってば!僕は全然気にしてないですし!」


「…ッそっ、…わっ、ちょ、ちょっと、ラム…」


「本当に大丈夫ですから、それに皆も今更やれって言われたって、きっと面倒臭がっちゃいますよ。」

 
「……」


「…アグリアスさん?」


「…いや、その、あの、、ずっとお前が、しっ、しがみついてるから、、その…」


「ぅわッ!!ご、ごめんなさい!」


「い、いやっ!、違う!大丈夫だッ!!わっ、私は別に…」


「ごめんなさい、ほんとに…」


「いや、い、いいんだ、うん。そんな、気にしなくたって…

 
 ……コホン。
 まあ、それはそれとしてだ。
 ともかく、どうしてもお前がやらなければいけないという事ではないだろう。
 今の状態では満足に睡眠を取る事すらできんだろうに。
 例えば何か、私がその仕事をやってはいけない理由でもあるのか?」
 

「…そんな、もしアグリアスさんにやっていただけるのなら、誰にお願いするより安心できると思いますよ。」


───戦略や出撃メンバーの組み合わせ、隊員の向き不向きに合わせたジョブの割り当てを
隊長一人が考え決定すると言うのは、まあおかしな事では無いだろう。軍師等の人材が居れば話は別だが。
しかし、ここの長はそれ以外にも装備品の調整や収支管理、日誌の記帳をも含め全て自分一人で賄い、
あげくの果てには野営時の炊事にチョコボの餌やりまでこなしているという。
そんな事をしている人間が休めるようになる時など、当人が死んでしまった時以外にはある筈が無いのだ───



「ならば、そうすれば良いだけの事。武器、防具の管理については早速明日からでも、私が替わろう。」


「ええっ!?
 …で、でも、アグリアスさんにはいつも前線で頑張ってもらっていますし、
 出撃の無いときは出来るだけお体を休めておいていただきたいと思うのですが…」

 
「…いつも前線で頑張っているのはお前も同じだろう?
 もう一度言うが、それではお前は一体いつ休む事ができるんだ?」


「うーん…、でも、やっぱり申し訳ないですよ。
 こんな雑用をアグリアスさんに押し付けてしまうだなんて。」

 
「押し付けるとは何だ!全く。作業の分担は集団生活の基本だぞ!
 基本が出来ていないという事は、不足の事態が起きた時の準備が何も出来ていないという事だろう!
 もし万が一お前が倒れでもしたら、その時に一体どうするつもりだ!!」

 
「……、
 すみませんでした、そうですよね…
 アグリアスさんの仰る通りだと思います。…すみません。何も判ってなくて…」

 
「え、いい、いや、怒った訳じゃないんだ!ち、違うんだ。ただちょっと、すまんな。その、いつもの癖というか、
 悪い癖なんだが。これというのも、そう、そうなんだ、いつもいつもラヴィアンとアリシアが…(ごにょごにょ)」

 
「そんな、隊の事を心配して下さっての事ですもの。しっかりと言っていただけた方が嬉しいですよ。」


「…むぅ…。そうか、ならいいのだが。」


「えっと、、じゃあ、本当によろしいんですか?」


「ああ、何も気にせず任せてくれればいい。
 全く今までだってだな、、、何と言うか、もう少し私を頼ってくれたってよかったんだ。
 全然、…その、迷惑なんかじゃ。ないんだぞ。」

 
「…ほんとですか!わぁーっ助かるなあー!
 じゃあ、何か判らない事があったら何でも聞いてくださいね!
 もう手伝っていただけるんだったら、僕、なんだってしますから!」
 

「なな、なんだってするって、わ、私は何もそういう意味で言ってるのでは…
 だっ大体!私の方がお前を手伝うのだから、お前は何もしなくていいんだ!」
 

「いやー、嬉しいなあ。それじゃあ早速、明日からお願いしますね!
 手取り足取りお教えいたしますから!」
 

「手とッ…!!ふッ!普通に!!教えてくれればそれでいいッ!!───」



───…次の日からラムザは本当に私に付きっ切りで、皆が使う装備の管理方法を教えてくれた。
ラムザの説明が判りやすい事もあり、仕事の内容自体はすんなりと理解できたのだが、



…できたのだが、ラムザは自分の説明を相手が理解しているかどうか確かめようとする時、
顔を近づけて相手の瞳を覗き込むという癖のようなものが有るらしく、
それ自体は別にそう、どうという事ではないのだが、何というか、あまりに自分の顔にラムザの顔が…
…ふわふわとした綿毛のような雰囲気のある、やさしく微笑んだラムザの顔が……
いや。まあとにかくそれが近づくせいで、目が逸れてしまうのだ。
そうするとラムザの方が「説明べたですみません」と頭を下げてしまうので、
誤解を解くためにとどうこうしていると、さっきまで覚えていた事が何時の間にか白紙に戻ってしまい──


というような事を繰り返していたので、結局全ての引継ぎが終わるまでには半日以上も掛かってしまっていた。
まあ、そのお陰で備品管理については完全にラムザの代わりになる事ができているので、
良かったといえば良かったんだろうけれども…



「───…ふぅ。」
作業が半分程完了した所で、アグリアスは一度ため息をついた。
暫く没頭する事で眠気は晴れたものの、状態が状態なので、どうしても集中力が途切れ途切れになってしまう。
神経が途切れた瞬間に鼓膜が拾ってしまう、木の葉の擦れ合う音と、姿の見えない森の住人達の鳴き声。
それらがやかましいほどに聞こえて来るお陰で、実を言えばあまり捗らないまま時間だけが掛かってしまっていた。
「仕方がない。休憩にするか…」
と、立ち上がろうとしてふと顔を上げようとした瞬間、


「お疲れ様です、アグリアスさん」
「わ」



突如現れた姿と声に驚き、何か目の前が真っ白な光に包まれたような感覚に陥ってしまった。
「…ラムザか。おどかすな。全く、、」
寝ているとばかり思ってた事もあるが、何よりつい先程まで頭の中で会話を交わしていた人物が
まさか実際にここに現れようとは思ってもみなかった。
気が緩んだ一瞬を衝かれた事もあり、不意に情けない声を出してしまった。
「見張りなら、まだ交代の時間ではない筈だが?」
「ふふ、びっくりしちゃいましたか?」
青年は少し困ったような、それでいて嬉しそうでもある不思議な微笑みを湛えながら、
アグリアスの隣に空いているスペースに腰を下ろした。
「…む。」
この男はわざとこうやって、私をからかって遊んでいる時があるような気がする。
全く以って子供らしい、小憎たらしいふざけ方だと思うのだが、
…不思議といつも、悪い気がしないのだ。むしろ…
「やっぱり、大分お疲れみたいですね」
お前の方が余程疲れているだろうに。と心の中だけで返す。
「…ああ、少々、な。」
これしきの事など何でもない、と普段なら言っている筈なのだが、
疲労のせいなのだろうか、思わず本音が出てしまった。
「まあでも、大丈夫だよ。気を使わせてすまない。」
弱音を吐いてしまった自分自身に言い訳をするように、言葉を続ける。



「…ではもう少々。」
ふと目の前の青年の方がどういう意味で何と喋ったのか、認識できるまでに時間がかかってしまった。
ラムザアグリアスの、「?」という気配を確認してから、
「気を使いますから、いいですか?アグリアスさん。」
そう言って立ち上がり、座っているアグリアスの丁度真後ろに移動した。
ラムザ?」
「ちょっと、そのまま動かないでくださいね。」
一体何を始めるのだろうと疑問に思っていたアグリアスの両肩に、ラムザの掌がそっと置かれる。
「なななっ、なんだ、わわ、私の肩に虫でも付いていたか??」
「いいえ、違いますよ。…もし痛かったら言って下さいね?」
痛かったら?何か失敗事でもしてしまっていただろうか?とアグリアスが不安に身を固めていると、
それを察知したかのように、ラムザの両手が滑らかに動き出した。
「…ッうぁっ…何…をッ…」
「わー、ちょっと、凝りすぎですよアグリアスさん!…ほら!この辺なんか特に…」
「ふぁ…っ、ラム…ッ、ひぁっ、一体…っ」
肩から首筋、それからまた肩へと、ラムザの掌が往復する。
「マッサージですよ。普段お疲れの時でも、こういった事は何もされていないでしょう?」
答えながら、ラムザはふにふにとアグリアスの凝り固まった両肩を揉みしだいて行く。
「おまッ、お前だって、疲れは溜まっているだろう、ッ…くっ!」
全身を突き抜ける電撃のような快感から何とか逃れようと身をよじるが、
ラムザの両手はそれを許さんと言わんばかりに動きを早める。
「…ふぅッ…あ…っ」
アグリアスさん、もうちょっと力を抜いていただけないと…
 それともあんまり気持ち良くないですか?ダーラボン先生にも上手だって褒められたんだけどなぁ。」



とんでもなかった。少しでも気を緩めれば、すぐにでも意識が飛んでしまいそうなくらい気持ちが良い。
極限まで疲れが溜まっていた体にとって、極上とも言える快感だった。
しかし、ラムザの手が自分の体に触れている事。服の上からではあるが、しっかりとラムザの掌から
ラムザの体温が流れてくる事。ラムザの体温が自分の体の中に入って来ているような気がする事。
そんな事を少しでも意識しまうと、体が石にでもなってしまったかのように緊張してしまうのだ。
もう何がなにやらで頭が沸騰しそうだった。


「わわッわかった、そッ、それじゃあちょっと一旦、手を、緩めてもらえない、か?」
「…しょうがないですねー。はい。」
ふっ。と、それまで全身を支配していた刺激が無くなり、
一瞬全身が地面から離れたような感覚に襲われ、反動で体が後ろに倒れてしまった。
「っと。」
しっかりとラムザの胸にもたれかかる格好に。
「!?ッすっ、すまんっ!」
猛然と体を起こし佇まいを整えるが、その行為がたまらなく可愛く見えたラムザは、
思わずくすりと含み笑いをしてしまう。
「いえいえ。ふふっ、体が宙に浮いたような感じになるんですよね。
 もう、最初からそうやって力を抜いて頂けないと。」
…またこの男は私をからかうか?
さすがに今回ばかりはやりすぎだぞと、ラムザを睨んでやろうと思って振り向くと、
月明かりと焚き火の明かりとに照らされて何とも言えない妖艶さを醸し出す、
優しい笑みを湛えた、頬を赤らめたラムザの顔がそこにあった。





体がぴくりとも動かなくなってしまった。
目が逸らせない。
視界がぼんやりとして、焦点を定める事ができない。
心臓が壊れてしまいそうなくらいドキドキする。
何も頭に思い浮かばない。。


「…どうしましょう?続けますか?」
はっと我に返り、一体何の事だろうと記憶の破片を掻き集めようとするが、
頭はちっとも正常に回ってくれない。
「え?いや、ああ、大丈夫、大丈夫だよ。ありがとう」
何が大丈夫なのかさっぱり判らないが、もはやそう言うのがやっとの事だった。


「そうですか…。今度はもうちょっと上手くなってからじゃないと駄目ですねー…」
残念そうに言いながら、ラムザは元の位置──アグリアスの隣に腰掛けた。
「もう十分、上手だ!それ以上上手くなるなっ!!」
思わず声を荒げてしまった。
びくっとラムザが肩を竦める。
今自分は、明らかにおかしな事を言っている筈だ。
その証拠にラムザも目をぱちくりさせている。
「…なんでもないっ」
ぷいっ。と、ラムザの居る方とは逆の方向に顔を背け、音を立てないようにゆっくりと息を吸う。
そして、吐く。
少しでも気持ちを静めなければ、今にとんでもない事を口走ってしまうかもしれない。
まずは、落ち着け。言い訳はそれからだ。
自分に言い聞かせながら、深呼吸を続ける。
心が静まって行くに連れ、ざわざわと、森の中を風が通り抜ける音が聞こえ始めてきた…




(…アグリアスさんを、怒らせてしまった…?)


そんな、突然豹変したアグリアスを前に、ラムザは戸惑っていた。


──余計なお世話が過ぎたのかもしれない──
──今の事は全て、僕が勝手にやってしまった事だ──
──本当は迷惑だったのに、疲れた体を推して、僕に付き合ってくれただけなのかもしれない──
──本当は嫌だったのに…僕が『隊長』という立場だから、仕方なく我慢してくれていたのだとしたら──


「…ごめんなさい。」


「…」


ラムザがどういう意味でその言葉を発したのか、勿論アグリアスは知る由もない。
そっぽを向いたまま深呼吸を続けているアグリアスに、ラムザはゆっくりと話かける。
「…でも…でも、アグリアスさんにも、たまには気分転換をして欲しいと思ったから…。
 何にでも真剣に取り組んで下さるのは嬉しいですし、すごく頼もしいです。」
 でも、それじゃあアグリアスさんの気の休まる時が無いんじゃないですか?」


アグリアスは何か言おうと考えたが、特に気の利いた言葉も思いつかないまま、
ちらりとラムザが座っている方に目をやる。すると、




「あの時、アグリアスさんが僕に言ってくれた事ですよね。」


さっきより何倍も優しい顔をした、ラムザの顔が見えてしまった。
ぶんっ!と、アグリアスも先ほどの何倍ものスピードで顔を背ける。
せっかく少し落ち着きを取り戻したというのに、
出来る事なら今すぐ自分の心臓を、体の中から取り出してしまいたい。
もしもこの音がラムザに聞こえてしまっていら、どんなに恥ずかしい事か。


…そして、その動作がさらにラムザの胸の奥をしめつける事になってしまっている事には、
アグリアスが気付く筈もない。



「………」


「………」


長い静寂が訪れる。


「…僕は、嫌われちゃいましたか?」


「!?は、はぁ!?」
突然の思いもしなかった言葉に、アグリアスは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「…何か変ですね。僕は。
 余計な事をしてしまってすみませんでした。
 では…、そろそろ失礼します。また後ほど。」



アグリアスには訳がわからなかった。一体何があった?
ラムザが私に嫌われた?どういう事なのかさっぱり意味が判らない。
嫌うどころか私は…
告げながらラムザが腰を上げ、その場から立ち去ろうとした時、
「待てッ!行くな!!」
ラムザの腕はしっかりとアグリアスの両手に掴まれていた。
ラムザの顔は、つい今までとはまるで別人のように見える。
笑顔のままなのに、寂しそうな、今にも泣き出してしまいそうな、そんな、見たことも無い表情。
「いいから、行くな。」
アグリアスラムザの瞳を一心に見つめながら、再度同じ言葉を続ける。
「…行くな。」


「…はい…」
悲しそうな笑顔はそのままで、ラムザアグリアスの隣に座り直す。


「…」


「…」


「…」


「…どういうことだ?」


再び訪れた沈黙を切り裂いたのは、アグリアスの声だった。
「…」
ラムザは何も答えない。
「私は隊の長を選り好みするほど馬鹿ではない。」
「…」
ちらりとそちらに目をやると、微かにだが、ラムザの肩が震えているように見える。



「仮にそうする者が居たとしても、この隊にお前を嫌っている者などいないよ。
 …私を含めてな。」


「…」


ゆっくりと諭すように、アグリアスラムザに語りかけるが、
やはりラムザは何も喋ろうとしない。


どうしてラムザはこんなになってしまっているのだろう。


何か誤解をしているのだという事は判った。そして、それはさっきの、私のおかしな態度のせいに違いない。
それなら、誤解を解きたい。そうして、いつものラムザに戻って欲しい。
またあの優しい笑顔が見たい。どうすれば、何と言えば…


ぎゅっと両手をこぶしの形に固めながら、
アグリアスは意を決して、次の言葉を口にした。


「もし…、もし、嫌な奴に…さ、さっきみたいな、男に、あんな事をされていたら、
 ……だなんて、思わん。」


木々のざわめきに掻き消える程の小さな声だった。
最後の言葉は、ラムザに届いていなかったと思う。
現に、ラムザは何も反応を示さない。黙って俯いてしまったままでいる。


もしこれ以上本当の事を言ってしまったら、今の関係が崩れてしまうかもしれない。
隊長と副隊長という、正常な関係が続けられなくなるかもしれない。


…それでも、ラムザに与えた誤解は解いておきたい。



後戻りができない事になってしまっても、それは仕方のない事なのだ。
そう、仕方がないのだ。今日の私は、どこかおかしいのだから。
今日だけ。今日だけだから、こんな事を言ってしまっても、どうか、許して欲しい…



「…お前じゃなかったら…嬉しいだなんて、思わん。」



「え…」


掠れた声で、やっとラムザは声を出した。
俯き気味にしているせいで、どんな表情をしているのかは判らない。


「…いや、なんでもない!今のは忘れてくれ!」


思いもよらず大きな声が出てしまった事で、自分でも驚いてしまった。
堪える事ができなかった。もうだめだ。ラムザの事をそんな風に見ていただなんて、
騎士として、副隊長を務める者として、戦友として…あるまじき痴情だ。
軽蔑されたっておかしく無い筈だ。そんな感情は本来、あってはならない物なんだ。


「…」





ラムザの沈黙が怖かった。喉の奥が火傷をしそうなくらい、熱い。
やっぱり言わなければ良かった。こんな下衆な感情は、ずっと押し殺して心の奥に閉じ込めておくべきだったんだ。
もう今までのようには行かなくなるんだ…
そう思った瞬間、今まで耐えに耐え抜いていた物が、目の奥から熱い塊となって、込み上げて来た。


誤解は解けなかっただろうか。いや、多分解けただろうな。
嫌いじゃないよと言って、その上、言わなくていい事まで言ってしまったんだ。
…そして、今度は私が本当に嫌われる番だ。


今までありがとう、ラムザ。変な奴に付き合わせてしまって、悪かったな…


そう言おうとした瞬間、



「…もう少しここに、居させて頂いても…構わないですか…?」



ラムザが初めて口を開いた。



「…え…?」


アグリアスの胸が、どくんと音を立てて、疼いた。
それまでとは全く違う感覚で。


そして一瞬間を置いて、ラムザは言い直す。


「…まだ、隣に居ても、いいですか…?」




「…えっ、ああ、え?…そ・・っ…」


言葉にならない声が喉をついて出る。
今まで気づかなかったが、焚き火は何時の間にか消えてしまっていたようだ。
ラムザの顔は、焚き火が消えてもずっと赤いままだった。


「ずっと、アグリアスさんの傍に居たいから…」


月がもう少し出ていたら、きっとラムザを直視できなかったと思う。
いつも心に掛けていたはずの頑丈な錠前が、跡形も無くなってしまっている。
このままでは何の壁も無い、隙だらけな、無防備な心を曝け出してしまう。


…いや、やめよう。もう今夜は、そういう事は気にしない事にしよう。


「…わ…私も、お前の傍に、居たい…」


言ったアグリアスの手の上に、ラムザの手が重なる。
「!…」
手をひっこめようとして、やめた。
許してくれるのか…?
それなら、このまま…今夜だけは、おかしな私のままでいようか…


丁度その時、月にかかっていた雲が晴れ、それまで見えなかったお互いの顔がはっきりと見えてしまった。
ふいを突かれて思わずアグリアスが顔をうつむかせようとした瞬間───
ラムザは自分の唇を、アグリアスの唇に重ねた。





───翌朝───


「たいちょー!おはようございまーす!!」
「ございまーーす!」
けたたましい二つの叫び声が、アグリアスの鼓膜をつんざく。
「…」
昨夜は結局一睡もしていない。
『あんなこと』があった後では、眠れる筈も無い。
今日はまだ丸一日、この場所から動かない予定だったので、昼過ぎまではベッドから出ないつもりだったのに…
「たいちょー!もう朝ですよー!」
「あっさでっすよぉーー!」
ラムザに施されたマッサージのせいだろうが、それまで固い殻の中に収まっていたのであろう、
尋常ならざる量の疲労が全て溶け出し、全身に広がってしまっている。指一本動かす事も億劫だ。
そんな事はおかまいなしに、しっかりと睡眠を取れたらしい、体力の有り余っている部下2人はじゃれついて来る。
…頼むから寝かせてくれ…
と構わず顔を背けて寝たふりをしようとすると
「たいちょー、昨日の晩はお帰りが遅かったようですが!」
「時間が過ぎてもお戻りにならなかったようですが!!」
「…」
寝てたんじゃなかったのか、こいつらは…!
「いつもお勤めご苦労様です。隊長のお陰で、私達がゆっくり休ませていただけているんですものね。」
「そうね。隊長、いつもありがとうございます。ぺこり。」
「…」
何だ。何かと思えば、少しはまともな事も言えるようになってきたんじゃないか、感心感心。
まだまだ子供だとは思っていたが、こいつらも段々と成長してきているのだな…



…しかし、…『あんなこと』…か…。まだあの瞬間が頭に焼きついて離れない…。
夢じゃないんだ…ラムザと私は、…あの時、あの場所で……





「でも、だからって私達に隠れて変な事してちゃだめですよっ!」


あの場所で…うぐぐ、ああもう。だめだ、これじゃ眠れる訳ないよ…
それに……ラムザとも顔が合わせにくいな…
…そう、…そうなんだ…。ラムザと、顔を…合わせて……


「たいちょーがナイショにしておきたいというのなら私達は何も言いませんけどっ」


…ところで、ラヴィアンとアリシアは一体何が言いたいのだろう。
この間たまたま見つけたラヴィアンの日記を読んでしまった事を言っているのだろうか?
それともアリシアの持っていたスカーフを間違えて汗拭きに使ってしまった事かな?
まあ確かにそんな事をしてはだめだな。
しかし人聞きの悪い。別に隠れたり内緒にした訳じゃないだろう…


…はて。
なにか、変だ。何だろうこの胸騒ぎは。





「でもでも、あの場所ってばテントから丸見えなのに隊長ったら、もう、もう!ねぇ!
 きゃー!もうアリシアさんこれってどうなんですか!?」


テントから丸見え。テントから丸見え…
昨日テントに戻るときは…うーん、、見張りを代わってくれたラムザくらいしか見えなかったがな…
そもそもテントがよく見えるように見張りを置いている訳だし……?



……テントからも…


丸見え?


見張りが。



…!#$%&*??!!!


「いやーたいちょーとラムザさんはラブラブですにゃーー!!」


「お ッ ッ ま え ら あ あ ぁ ッ !?」


「ぴ き ゃ ー ー ッ!!」「う に ゃ ー ー ッ!!」



…それからというもの、必ず毎晩、見張り当番にはラヴィアンとアリシア2人の姿があったという。




──おわり──




──の前に、ちょっとだけその後──



…トントン。
ラムザ、…居るか?」
アグリアスさん?どうぞ、開いてますよー。」
「む、そ、それでは」
ガチャリ…
パタン。
「…まだお休みにはなられないので?」
「うむ、じ、実は今日も、ラヴィアンとアリシアが見張りを代わってくれてな。
 しかし、やはり任せきりというのも不安だから、まあ、元はといえば私の部下でもある訳だし、
 その、あいつらが帰ってくる時間までは、やっぱり、起きていようと思うんだ。」
「はい。」
「えーと。コホン。それで…そのう、ま、またここで、待たせてもらっても、いいかな?」
「ええ、もちろんですよ。それじゃあ、今日は何のお話をしましょうか?」
「うむっ、そうだな、それじゃあボコを交えた時のジョブ編成と戦略について、というのはどうだろう。」
「ふふ、長くなりそうなお題ですね。じゃあ、ちょっと紅茶とお菓子を持ってきますから、
 アグリアスさんは先に掛けていてください。」
「ああっ、悪いな、うん。あ、わっ私も、手伝うよ。」
「いいですよぉ、お疲れなんですから。少しは休んで下さいってば…」
「いやいやそういう訳には…」
「…もう。」
ぎゅっ…
「わ、わ…っ、ラム…ザ…」
「大丈夫だから、座って待っててね?アグリアスさん…」
ちゅっ
「っ!!………」


アグリアスの指導…もとい、段々と成長してきているラヴィアリのお陰で、
毎晩、戦略会議という名の密かな「おたのしみ会」が開かれていたとかいないとか…



──おしまい──