氏作。Part16スレより。


ブナンザ一族は、曾々祖父の代から一流の機工師を数多く輩出してきたゴーグの
名門である。ブナンザ姓をもつ家は市内だけで十以上にのぼり、そのいずれもが立派な
工房を構えている。ほかに数家がイヴァリース各地に散らばって古代科学の遺産の研究に
精を出しており、さらに海を越えて国外へ行った者も幾人かいるという話だが、そのまま
消息を絶つ場合がほとんどで、実態は把握されていない。ブナンザ家の男には偏屈者が多く、
同じゴーグに住んでいてさえ滅多に顔を合わせないことが珍しくないが、ただ年に一度、
双魚の月の聖水曜日だけは別である。この日は一族の祖が初めてゴーグに工房を構え、
炉に火を入れた記念日であり、市内のみならず国中から親戚という親戚が一堂に会して、
夜通し騒ぎ明かすのだ。
 その日をうっかり忘れていた、というのが、ムスタディオの第一の失敗であった。



「ムスタディオ、戻ったか! 今日の日を忘れなかったとは感心、感心」
「おお、おまけにもう一つの約束の方も果たしたんだな。いやはや、見事なもんだ」
「へっ?」


 砂漠と滝での出動を連日繰り返してついに煙を噴いた労働八号をオーバーホールすべく
実家に戻ってきたムスタディオ・ブナンザを迎えたのは、色とりどりの火花と大量の紙吹雪、
それに酒くさい歓声だった。正確に言えば最後の歓声は大部分、ムスタディオに続いて
入り口をくぐったアグリアスに向けられていたのだが。


「ほぉー、なるほど別嬪だなあ!」
「今、ちょうどベスロディオからお前の話を聞いていたところだぞ。うまいことやったな、こいつめ」
 酒と、金属と、機械油の臭いが鼻をさす。ふだんは大型機械の組み立てに使われている
巨大な一号ガレージが不器用に飾り立てられ、老若とりまぜて数十人の男達がひしめき
合っている。どうやら、宴会のたけなわに首を突っ込んでしまったようだ。男達はいずれも
機工師の一張羅であるポケットだらけのオーバーオールを着込み、手には酒のなみなみと
入った盃と、人によってはよく用途のわからない工具を持っている。
 無数の視線にじろじろと眺め回され、アグリアスは困惑してムスタディオの方を見た。
あっという間に中央へ引き出され、まわり中からはやし立てられた彼もまた、ひたすら
当惑している様子だったが、しばらくして思い当たる節があったらしい。ハタと手を打った後、
顔を真っ赤にし、それから真っ青にした。
「ちょっと、ちょっと待って。あとで改めて紹介するから! 外にまだ仲間がいるんだ。親父、
母屋を使っていいよな?」
 両手を振り回して酔っぱらった機工師たちを牽制し、ガレージの入り口まで後退する。
向こうの方にいたベスロディオが鷹揚に頷くのを確認すると、ムスタディオはアグリアス
手を引っ張って飛びのくようにその場を後にした。



「いや、俺もすっかり忘れててさ。そういえば今日がその日だったんだよ」
 家人が一人残らずガレージで騒いでいるため誰もいない母屋に隊の仲間を引き入れ、
労働八号も運び込んだ後、ようやくことの次第を思い出したムスタディオが皆に説明した。
「そりゃ、とんだ日に来ちゃったね。じゃあ僕等はいったん出てほかに宿を」
 腰を浮かせかけたラムザを、ムスタディオはしかし引き止める。その顔が何か隠し事を
しているときの顔なので、アグリアスはさきほど抱いた疑問を口にしてみた。
「さっき、なぜだか私がやたらと歓迎されていたように思えたが。何かあるのか?」
 案の定、ムスタディオがぎくりと身を震わせる。ラムザが無言で腰を下ろして、聞く体勢に
なった。アグリアスと、さらにラヴィアンやラッド達もそれに続き、仕方なくムスタディオは己の
第二の失敗について語り始めた。



 話は、まだ隊にアグリアスがいなかった頃まで遡る。ラムザ達の助けを得て首尾よく
バート商会を撃退したムスタディオは、借りを返す意味もあって、ライオネル城へとって返す
ラムザ達に同行することにした。異端者にされるなどとはまだ思ってもみなかった頃であり、
また年頃になれば諸国をまわって修行をするのがブナンザ家の男のならいでもある。突然の
ことではあったがそういうわけで反対もされず、逆に壮行会が催されたほどだった。
 これは身内の会ということでラムザ達は参加せず、ために知らなかったのだが、今回
ほどではなくともゴーグ市中の主立った親族が集まり、なかなかの盛会であった。そして
その席で、だいぶ酒を過ごしたムスタディオはこの門出に際し、一つの目標をぶち上げたの
である。すなわち、


「嫁さがし────!?」


 ムスタディオの父ベスロディオはまだ機工士だった頃、やはり諸国を漫遊して修行をし、
そうして旅先で出会った女性と恋に落ちて結婚した。それがムスタディオの母である。
数年前に流行り病で他界したが、人がうらやむほどの円満な夫婦であり、頑固者の夫を
よく支える良妻であった。その自慢とも惚気ともつかない話をムスタディオは子供の頃から
さんざん聞かされており、壮行会の席でまたしても滔々と二人のなれそめを開陳しはじめた
父親についムラムラと反抗心がわいてきて、
『今度戻ってくる時は、俺も嫁を連れてきてやる』
 親類一同の前で、堂々と宣言してしまった。
 もとより大酔した酒の席でのことであり、ましてその後のラムザ達との旅が、そんな話など
頭の隅にも残らないほど熾烈をきわめる戦いの連続だったため、ムスタディオ自身は
これまですっかり忘れていた。発掘された労働八号を見に戻ったときには何も言われ
なかったので、ベスロディオも忘れていたに違いない。しかし、ただでさえ娯楽の少ない
機工都市で、うす暗い己の工房に年中引きこもり、慢性的に話題と酒の肴に飢えた
親戚達はしっかり覚えていたのである。




「つまり、私はお前の嫁だと思われたわけか」
 これ以上はないというくらい憮然とした顔で、アグリアスが言い捨てた。
「冗談ではない。さっさと行って取り消してこい」
「いや、もしかして一概にそうするわけにもいかないんじゃないか」
 ラムザが助け舟を出すと、ムスタディオが大きく頷いた。まさにそれだからこそ、彼は
さっきから苦悩しているのだ。ますます憮然とするアグリアスに、ラムザが代わって説明する。
 つまり、今ベスロディオの家には、国中のブナンザ一族が集まっている。ということは、
ほとんどイヴァリースにおける機工技術の精髄が、ここに結集しているということだ。彼らの
協力を得られれば、労働八号を修理するのにこれ以上の環境はない。逆に、とムスタディオが
後をひきとって、
「これで間違いでしたなんて言ったら俺、勘当されちまうよ。そうなったら労八の修理なんか
できない。それどころか、この街で買い物もできなくなるぜ」
「……だったら、どうしろというのだ」
 ムスタディオはここが正念場とばかり、生唾をひとつゴクリと呑み込んだ。
「ここにいる間だけ、俺の嫁ってことになってください」
 瞬間、アグリアスの美しい金色の髪が怒気をはらんでふわりと舞い上がり、文字通り
天を衝くかと思われた。
 が、深々と頭を下げたまま微動だにしないムスタディオを見れば、冗談やいたずら心で
言っているのではないことはわかる。ラムザや、ラヴィアン達もみな真剣な表情でアグリアス
方を見ていた。一つ、おおきく息を吸って吐いて、こめかみをよく揉みほぐす。それから
もう一度深呼吸をして気持ちを落ち着けると、アグリアスは努めて静かな声で言った。
「よかろう。その話、乗ってやる」





「出会いはどこで?」
「ザランダです。聖石を持って逃げる途中の彼と、偶然会いました」
「初めてのデートは?」
「……ルザリアの城下町でした。戦いの合間を縫ってあわただしいものでしたが」
「あんたは、機械は好きですかね?」
「銃の威力は素晴らしいと思います。私は剣士なので、自分が銃を使おうとは思い
ませんが、このような物を生み出せる技術には驚嘆します」
「指輪をしてないようだが」
「それは、まだ……旅の途中のことですので……」
 あらためて宴会場におもむいた二人を出迎えたのは、前に倍する喧噪だった。
 箸がころがっても盛り上がる陽気な酒の席である。格好の肴がやってきた上に、
待たされた間に期待が煮詰まって、皆すっかり出来上がっていた。酔いと興奮で赤々と
充血した視線を一身に集めて、二人は一座の中心に進み出る。
「えー……紹介します。俺の…よ、嫁にしようと思ってる……アグリアスです」
「……アグリアスオークスと申します」
 途端に、目のくらむような五色の火花がガレージの四隅から上がった。このわずかな間に
仕込んだらしい。流石は、とアグリアスが感心する間もなく、押し寄せる酔漢達の質問の
波に呑み込まれる。圧倒されながらも、前もって打ち合わせておいた馴れ初めを、
極力心静かにアグリアスは説明した。ルカヴィのことを伏せて、適当な恋愛要素をちりばめた
だけで、あとは大体事実だ。獅子戦争の話などうかつに持ち出して危険ではないか、と
思ったのだが、
「毎日工房と発掘現場を行ったり来たりするだけで、今の教皇の名前も知らないような連中
ばっかりだから、多分大丈夫だろ」
 との言葉通り、誰一人怪しむ様子もない。皆、本家の息子の嫁取りが嬉しくて仕方ないと
言った顔をして、次から次へと挨拶に押し寄せてくる。



「やあやあ、このたびはまったくめでたい。初めまして、ムスタディオの叔父のアマンディオです」
「またいとこのモルゴディオです。よろしく」
「大叔父のマラカディオです」
「母方のはとこのグスタディオです」
「若い方のグスタディオです」
「山の手のネイマディオです」
「下新田のエノラディオです」
(……ムスタディオ)
「何?」
(……なんで、お前の親戚はこうも皆同じようなのだ)
「そうかい? 名前の響きが似てるだけだろ」
 確かに顔立ちはそれほど似ているわけではない。服装も同じオーバーオールとはいえ、
それぞれ思い思いに趣向をこらしているのだが如何せん、まとっている技術屋魂というか、
機工気ちがいのオーラが皆同じなのだ。チョコボの顔や毛並みが一頭一頭違うと言われても、
慣れないと識別できないのと同じで、アグリアスには全員がムスタディオのバリエーションに
しか見えない。
「ムスタディオ、他の方達にはちゃんと休んでもらってるだろうな」
 唯一以前に面識があり、かろうじて識別可能なベスロディオはしゃんとしているかと思えば、
「それにつけても、こやつがこんな美人を連れてくるとはなあ。どうです、こんな小僧より
今からでも私と」
「親父!」
 どうも真っ先に泥酔しているようだった。
「しかし一体、こいつのどこに惚れなすった?」
「えっ!?……と」
 しまった、それは打ち合わせてなかった。
「それは、あの……明るくて……剽軽で……助平で…無礼で…場をわきまえなくて……」
「短所に聞こえるが」



 隣で立て続けに乾杯を受けさせられて目を回しそうになっているムスタディオを横目で
見て、必死で長所を考える。明るくて……はもう言った。冗談がうまい……は剽軽と同じだ。
狙撃の腕が立つ……さっき銃を使わないと言ったばかりで、惚れる理由としては変だ。
何か、何かないか……
「……。助平で、礼儀もわきまえず。さばけているかと思えば、一途で不器用なところもあって。
軽薄そうに思えて、自分の仕事は決しておろそかにせず……」
 もとより、弁の立つアグリアスではない。考えれば考えるほど、頭の中は煮詰まっていき、
それが限界に達したところでふいに、口の方が勝手に動き出していた。
「……そして、とても優しい。……そんなところが、私は好きになりました」
 気づけば、ムスタディオが真っ赤になって、こっちを見ていた。まわりから一斉に、ほおっ、
と感嘆の声が上がる。
「よく見てくれている。いい人じゃないか」
「お前には過ぎた嫁だ。大事にしろよ」
 今度はまわり中からげんこつの雨をくらって、それでもなんだかひどく嬉しそうにしている
スタディオを呆然と見ながら、アグリアスは考えていた。今更ながら、思い返して頬が
熱くなる。一体自分のどこから、あんな言葉がすらすら出てきたのだろう。アグリアス自身は
これまでムスタディオのことを、もちろん戦友として信頼してはいても、どちらかといえばあまり
高くは評価していなかったはずなのだが。そもそも、人を誉めること自体あまり得意でない。
まして、こんな場面で……
(……まあ、いいか)
 別段、嘘や出任せを言ったわけではない。心にもないことを言ったわけではないのだ。
 祝福が七分、やっかみが三分といった様子で、ムスタディオはまだ殴られ続けている。
そろそろ助けてやった方がいいか、と思い手を差し出すと、それでまたはやし立てられた。
それでも、さっきまでほど不快でも照れくさくもない。


「それにしても、よく見つけた。あの時言ってた理想のタイプそのままじゃないか」
「まったくだ。あんな条件をクリアする女なんて、簡単に見つかるわけがないと思って
いたんだが」
「うまくやったなあ。ええ、おい」
 すこし離れたところで、かたまってしみじみと盃をあけていた年嵩の連中が、ふいに
そんな声を上げて、アグリアスは思わず耳をそばだてた。白いもののまじった髪の毛が
さまざまな具合で禿げ上がり、しわの刻まれた顔を酒気で真っ赤にした男達の、瞳の
輝きだけがまったく少年のようだ。聞こえよがしに喋っているのかと思ったが、単に
声が大きいだけらしい。最後の、ええ、おい、のところだけ、座の一人がこっちをむいて、
ことさら大きな胴間声で言った。
 ムスタディオが何やら慌てて、その先の発現を差し止めようとしている。その様子が
可笑しくて、アグリアスは笑ってそちらに向かい、次の言葉をうながした。
「年上で金髪で気が強くて、腕っぷしも強くて、おまけに胸と尻のでかいエッチな体つきの
女なんてそうそう見つからんと思っていたがなあ」


「……」
(……そうか。お前は私のことをそういう目で見ていたのか)
「いやあの、つまりだからその」
(……ゴーグを出たら覚えていろよ)
「…………」
「どうしたムスタディオ、ひどい汗だぞ。そんなに火酒が強かったか」
「いや……まあ……うん。……でさあ、その、あれだ、鉄巨人!」
 突き刺さるアグリアスの視線を振り払うように、ムスタディオがむやみに声を張り上げた。
めいめいに騒いでいた男達が、いっせいに振り向く。
「前に、57番坑道で掘り出されたやつ。労働八号って名前で、俺達が使ってたんだけどさ、
壊れちまって。修理するのに、力をかしてほしいんだ」
 そういえば、それが本来の目的なのだった。まあムスタディオも、苦しまぎれに思い出した
のだろうが。



「ほお」
「あれか」
「そういえば、まだ俺は見たことがなかったな」
 宴のそれとは違った活気が、たちまちのうちに場にみなぎってきて、アグリアス
驚嘆した。酔いつぶれて半分眠ったようになっていた連中までが、むくむくと起き出してくる。
「壊れたって? 勿体ない」
「まあいい、一度バラしてみたかったんだ」
「儂等からの結納だ。腕によりをかけて仕上げてやろうぞ」
 手に手に工具を取り上げて奮い立ち、今からでも作業場に出ていきかねない親類達を、
スタディオとベスロディオ、それにアグリアスがあわてて止める。
 宴はそのまま、深夜まで長々と続いた。



 ようやくのことで座がはねたのは、本邸に残ったラムザ達がとっくに寝静まった
頃だった。眠りを乱さないように足音をしのばせつつ、アグリアスとムスタディオは本邸の
客室に通された。当然のこととして、ベッドは一つしかない。
「わかっているだろうな」
「はい。俺は床で寝ます」
 悄然と毛布にくるまって床にうずくまるムスタディオ。アグリアスもベッドに横になり、
ぼんやり天井のあたりの闇を見ながらつぶやいた。
「しかし、凄かったな今日は。毎年、あれほどまでに騒ぐのか?」
「今年はだいぶ盛り上がった方だよ、俺達がいたからね。でも、親族の集まりなんて、
大体あんなもんだろ」
「私は知らん、あんなのは」
アグリアスには親戚が少ないのかい」
「大勢いるさ。だが、貴族の親戚づきあいというのは、ああいうふうに屈託なく騒いだりは
できないものだ」
「ふーん。大変なんだな」
 もそり、と毛布の動く音がした。ムスタディオも姿勢を変えて、床に寝転がることに
したらしい。アグリアスと一緒に、闇を眺める。
「でも、本当に今日はありがとうな。嫌な思いもしたろ」
「ま、我慢できないほどではなかったさ。労働八号のこともうまくいったしな。鉄巨人
聞いただけで皆、目の色が変わったのは驚いた」
「掘り出されたそのまんまの形で、あれだけ現場でガンガン稼働した機械なんて、ゴーグ
でも滅多にないからな。みんな触ってみたくて仕方ないのさ」
 風に乗って、ガレージの方から野太い笑い声が聞こえてくる。何人かがまだ起きて
呑んでいるのだ。アグリアスもそれなりに酒は強いが、あの火酒というやつをがぶがぶ
飲んで平気な顔をしているのは理解できない。
「や、でも、嬉しかったよ。あの、俺のどこに惚れたかってやつ」
「う……あれは、言葉のはずみだ。忘れろ」
「はは」
 もそもそ、とまた音がする。ムスタディオが寝返りを打ったようだ。
「俺だってさ……あれ、嘘じゃないんだぜ」
「何がだ?」
アグリアスが……俺の理想のタイプだって話さ」
「……そうか…」
 急に、あたりが静かになったような気がした。ガレージの連中が力つきたのかもしれない。
ランプの消えた夜の暗さにすこしずつ目が慣れてきて、星明かりに照らされたシーツの
白さが見える。ゆっくりと、アグリアスは身を起こした。
「つまり、お前は私のことをいやらしい体つきだと思っていたわけだな」
 ムスタディオが跳ね起きて、後ずさる気配がした。大股で床を踏んでドアに先回りする。
星明かりの中に、ぶざまに動く毛布のかたまりが見えた。
「いや、あの、それはですね」
「せっかく二人きりなんだ。お前の理想の女というものをたっぷり味わわせてやろう。
腕っぷしの方をな」
「ああああ待って、お願い待ってくれ、ははは話を話を」
「問答無用ッ!!」




 ブナンザ一族が総力を挙げて取り組んだ修理作業は驚くべき速さで進み、翌々日の早朝には
ネジ一本までピカピカになった労働八号が祝いのリボンをかけてラムザ達の元に届けられた。
「すごいな。さすがは本場」
 ラムザはしきりに感心したが、
「まあな……」
 ムスタディオはたんこぶをさすりながら、疲れた顔でうなずくだけだった。
 親類一同からの心ばかりの祝福のしるしとして、労働八号の肩に溶接された『鋳鉄にかけて
永遠の愛を ムスタディオ・アグリアス』の字句を刻んだ銀のプレートはゴーグを出た瞬間に
引っぺがされたが、もう一つの祝いである、
「オクサマ ダンナサマト オナジバシャニノラナクテ ヨロシイノデスカ」
「黙れ!!」
 ムスタディオを「旦那様」、アグリアスを「奥様」と呼ぶ命令プログラムを解除するのに、
スタディオはベルベニアまでの旅程の大部分を費やしたのだった。




End