氏作。Part16スレより。



ラムザ!」
 駄目だ、駄目だ、駄目だ――!
 心の中で叫ぶ。だけどそれでは敵は決して止まってくれないのだ。
 弓の弦が引き絞られて――放たれる。どうか、間に合って――!
「がっ」
 矢を胸に突き刺した彼は、妙な声を出して、地面に転がった。とても滑稽な姿に見えた。
「らむざ……?」
その光景に唖然としている内に、目の前に敵の姿が現れ――


「ラ……」
 あと少し届かなかった私の腕は、天井に向かって突き出されていた。月明かりに微かに
照らされ、震えているのがわかった。
 ――夢か。
 溜め息を吐きたくなった。いや、むしろ夢で良かった。あんな光景は夢であっても2度
とは見たくないが。
「寒いわね……」
 体が震えた。やけに冷たいのは――汗が冷え切ってしまったからか。
 窓の外を見ると、宿の近くに造ってある池に月が映って、一つの画のようになっていた。
美しい――と、柄にも無く思う。
 こういう場所で一生を終えたいと思わない訳でも無いが、私は戦場に生きていた。
「寝よう」
 こんなことで体調を崩してはたまらなかった。明日も行軍は続くのだ。
 ベッドに深く潜り込んで、半ば赤ん坊のように丸まる。しばらくすると、眠気がやってき
た。心の中で、オヴェリア様が無事でいるよう願いながら――


 物音がした。



誰だ?
 がさごそ、と足音。忍び足だった。……異端者のラムザを狙った暗殺者、という訳でも
あるまい。それならこんな足音はたてない。まさか宿の主に彼の事がばれたのか。
 自分の勘違いという可能性も高かった。夜に出歩くのを感心は出来ないが、用を足すだ
けかもしれないのだ。
 様子見だ。そう決めて、聞き耳を立てる。
 そして――足音の主は、この部屋に入ってきたのだ。
 こんな寒い時分に女の寝込みを襲う不埒者とは。全く、信じられない。恐らく、物盗り
の類だろう。そう見当をつけた。運の悪いことだ、私のいる部屋を選りによって選ぶとは。
「(――ラヴィアン)」
 男の声。……何故ラヴィアンを呼ぶ?これは――
「(ん、待ってた)」
 ラヴィアンの声だ。起きていたのか……待て、この声はラッドか?
「(誰も起きてないかな)」
「(隊長が――さっき起きてたけどね。あの人ったら寝言でラムザラムザって言っちゃって
 こっちが恥ずかしくなるもん)」
「馬鹿な!」と、叫びそうになって、喉の奥で止める。何を言っているんだ。私は――
いや、あの夢のせいか。あんな風に後味の悪い事になっては名前も呼びたくなる。
 ラッドが声を殺して笑っているようだった。


「(可愛いなぁ)」
「(バカ!)」
 斬り殺すか、ラヴィアンには悪いが。クリスタルで我慢してもらおう。
「(ごめんごめん。勿論お前が一番可愛い。でもラムザの奴と――似合いだろ?)」
 私の何が奴と似合いだと言うのか。
「(確かにね)」
 お前も一体何を言う……?
「(さ、行くか)」
 ラヴィアンがベッドから出るらしい、ごそごそという音がした後――2人分に増えた足
音は、遠ざかっていった。
「……ふう」
 逢瀬と言うやつか。
 色恋沙汰には余り縁の無い私にとっては、一生経験も無いと思うものだった。第一、こ
んな騎士然とした女を誰が好むか。せいぜい私の家の名を継ぎたい連中くらいのものだ。
(ラムザの奴と――似合いだろ?)
 ……仮に似合いだとして、奴が私を好くなどと。
 寝よう、どこかおかしい。


・ ・ ・ ・ ・ ・
「う……」
 寝返りをうった。さっきよりも汗の量が増えている。
 眠れない。夢のラムザが倒れ伏す光景ばかりが浮かぶ。
 本当に夢だったのか、という気持ちさえ湧き出てくるのだ。こんなことではいけない。
しかし、眠らなければ、と思うほどに目が冴えるのだ。
 ラムザは大丈夫なのか?
「……ぐ」
 予知夢というものもあるという。ならば、ラムザに何か起こる前触れでは?
 もしそうなら、夢のようにさせる訳にはいかない。――オヴェリア様の二の舞にはさせ
ない。
「ならば――行くまで」
 鞘に収めた短剣。いざという時のために、母上が下さった物。いつも手元にある。
 それを取ると、私は突き当たりにあるラムザの部屋へと急いだ。
「――」
 ドアの前で立ち止まって、様子をうかがってみると、静まり返っていた。矢張り寝てい
るのだろう。そこは一人部屋のはずだった。
「よし」
 ドアを静かに開ける。
 そして、ベッドの横まで歩く。ラムザは――寝ていた。薄明かりに寝顔が浮かぶ。可愛
いものだな、と思った。無垢な表情だ。
「良かっ……」
 そこで気づいた。
 一体私は何を寝惚けている?


 まるで夜這い――それより性質が悪い。武器を持って夜這いをする馬鹿がどこにいる。
大体無事な様子を見たから何なんだ。夜明けまでずっといるつもりだったのか、私は?
「ううん……」
「あ」
 ラムザがごそごそと動く。まさか、起きるか? 今?
あぐりあすさん……んん?」
 私の名前?
「(ラムザ……起きているのか)」
 小声で呼びかけてみる。
 返事は無かった。つまり寝言か。寝言で、私の名を――。
 思わず「貴様!」とかなんとか叫びそうになって、口に手を当てる。
「(……だからなんだ、だからなんだんだ)」
 呪文のように何度も呟いて、必死に落ち着こうとした。そう、ラムザだって私のような
夢を見るかもしれないではないか。それならば私を大切な仲間と思ってくれている証拠。
むしろ嬉しい事だ。
あぐりあすさんの……いいにおい……」
 何を言っているんだ、貴様は?
 叩き起こそうかと思った。
「……はぁ」
 戻ろう。無駄足だった。
 そう思って、踵を返した。
「う……あぐりあすさん、いかないで」
「(お前、起きていないか?)」
 思わず呟いた――反応は無い。
 だけど、「いかないで」か。彼に言われて、気持ちの悪いものではなかった。
 むしろ――
「おやすみなさい」
 私はラムザにそう言って、ドアを閉めた。


・ ・ ・ ・ ・ ・
「あーあ」
 ラムザは、それからしばらくして――唐突に声を出す。
「……いっちゃったなあ、アグリアスさん」
 矢張り起きていた。至極残念そうな様子で呟く。
「ちぇ」
 侵入者が来た時点で目を覚ましていたのだろう。いつ危険に晒されてもおかしくない
ラムザのこと、そういった感覚は敏感になっているに違いない。
 しかし――
「何が『ちぇ』だ」
 そんな寝たフリが私に通用すると思ったのか?
「わっ――いたっ!」
 ラムザは私の声に驚いて、壁で頭をぶつけた。いい気味だ。
「部屋なんて出ていない。ドアを開け閉めしただけだ――まったく」
 そう、本当にまったく、だ。
「痛……アグリアスさん!?」
「叫ぶな、騒々しい」
 皆が起き出してしまうだろう。
「ど、どうして」
「一泡吹かせてやろうと思っただけだ」
 私を騙そうとしたのだから。これくらいの報いは受けて当然だ。
 しばらく言葉を詰まらせていたラムザは、はっと気づいたように言った。
「だって――アグリアスさんこそ、どうしてこんな時間に僕の部屋へ」
「う」
 今度は私が詰まる番だ。理由を言うわけにはいかない。
「どうしてですか」
 我が意を得たり。そう顔に書いてある。
「――い、嫌な予感がした。それだけだ」
「……そうですか。ふうん」
「何か文句があるのか、ラムザ


 出来るだけ声を厳しくして言ってやる。ここで少しでも弱みを見せたら、こいつの思う
ままになりかねない。――まさか、とは思うが、こいつも男なのだ。
「ありますよ? 色々」
「うるさい! 大体貴様が大人しくしていれば良かったのに、これみよがしな寝言なんて
 呟くからだ! どういう企みだ!」
「た、たくらみって」
 詰め寄って、指を突きつけながら言ってやる。自分でも目茶苦茶な理論だと思ったが、
ここで畳み掛けておかないと、ラムザは頭が良い。突っ込まれる事は目に見えていた。
「――ふん、まあいい。この事は後日。それまで黙っていてやる」
 勝ち逃げというやつだ。黙ってもらわなければならないのはラムザの方だが、ここで何
も言われなければいいことだった。言いふらすような男ではなかったし、まさか短剣で脅す
わけにもいくまい。
 言い切って、私はさっさと部屋から出ようとしたが……ほとほと私には運が無いようだっ
た。その時、唐突にドアがノックされたのだ。
「……!」
「あ、は、はい」
 ラムザが私の方を見ながら返事をする。
「あ、やっぱり起きてました? アリシアです」
 アリシア!?
「(アグリアスさん隠れて!)」
「(どこにだ!)」
 部屋に、めぼしい場所はあまり無いようだった。ドアから死角になる場所は余り無い。
「(とりあえず小さくなっててください!)」
 ラムザはベッドから出て、そこを指差す。なるほど、人が入っている跡のように見せか
けるのだな。
 頷いて、そこに急いで潜り込む。と、頭からチョコボ羽毛のシーツを被せられた。
「!!!」
 ラムザの体温が――
「(静かにお願いします)」
「(……わかった)」
 言われたように出来るだけ縮こまって息を殺し、私は2人の会話を聞くことにした。


「夜分遅くすいません、隊長」
「あ、うん」
「なんだか中で物音がしていましたので――起きてらっしゃるのかと思って」
「ちょっと探し物をね、はは」
 さすがにラムザも少し焦っているのか、声が擦れている。
「それで、どうしたの」
「それが――アグリアス様とラヴィアンがいつの間にかいなくなっていて」
 思わず肩を震わせた。少し潔癖症の気のあるアリシアが、私が今こんなところにいるの
を知ったらどうなるだろう――不可抗力としてもだ。
「……ラヴィアンも?」
「いえ、ラヴィアンは、ラッドとその――私は反対しているんですが」
「あー」
 わかったような言い方をするラムザ。まさかあの逢瀬は周知の事実だったのか?
「――隊長、もしかしてアグリアス様と何かありませんでしたか」
 アリシアはとんでもない核心にいきなり迫ってきた。どうしてわかるのか――。
「え?」
「まるでアグリアス様の行方を知っているような口調です」
「あ、うん」
 うん、じゃないだろうラムザ! 馬鹿者!
アグリアスさんなら、さっき廊下で会ったよ。嫌な夢を見たから夜風に当たるって」
「外に?」
 きちんと考えてはいたのか。あまり良い言い訳ではないかもしれないが。
「多分ね。寒いから気をつけてって言っておいたけど――」
 嫌な夢か。ラムザ……偶然か?
「そうですか――わかりました。すいません。おやすみなさい」
「おやすみ」
 ばたん、とドアが閉められて、私とラムザはほぼ同時に溜め息を吐いた。


・ ・ ・ ・ ・ ・ 
「えーと。アグリアスさん」
 心なしか、ラムザのベッドは私のものより寝心地がいい気がした。
「……嫌な夢を見た」
 ラムザは椅子に、私はベッドに座って、ちょうど向かい合っている。
 結局、アリシアが部屋の近くを出歩いている可能性もあるので――ラムザは、あれは絶対
怪しんでいますと言った――出るに出られず、ラムザの部屋に留まるしかなくなったのだ。
「え?」
「貴公が殺される夢だ。私の目の前で」
「……僕が」
 淡いランプの光にあたるラムザの顔は、何故だか青ざめている気がした。
 彼の顔を見ていて、どうしてか理由などどうでもよくなったのだ。話してもいい、と。
「悔しくてな――あと少しで届きそうだったんだ」
 自分の手を見つめながら、私は呟いた。また手が震えている。
 普通の夢ならすぐ消えるのだろうが……まだ、その瞬間は頭に焼き付いていた。
「僕が死ぬと、困りますか」
「当たり前だ、馬鹿!」
 私は立ち上がって、ラムザの頭を掴んだ。
「どこをどうしたらそんな台詞を考え付く? この頭か? お前は大切な人間なんだぞ!」
 ぎゅう、と力をこめると、ラムザは喚いた。
「い、痛い、痛いですってば!」
「何?」
 指でラムザの頭を探ると、さっき私が驚かせた時に打ったところにこぶが出来ている。
さすがに罪悪感を感じた。
「あ、すまん」
「いえ。――でも、そうか。あなたにとって大切なんですか、僕は」
「そうだが……いや、ラムザお前、何か変な風にとってないか」
「いいえ。嬉しいだけですよ」
 満面の笑みを見せてくるラムザ。――こちらが気恥ずかしくなるだろう。

「起きた後、嫌な予感がしてな……思わずこれを持って出てきてしまった」
 短剣を見せると、矢張りラムザは少し驚いた顔をした。
「寝惚けていたんだ。間抜けな事だ」
 溜め息を吐く私に、ラムザは優しい表情を向ける。
「いえ――でも、嬉しいのには変わりありません」
「……嬉しいとお前はああいうふざけた反応を返すわけか」
「それは」
 再び慌てるラムザを見て、私は何だか笑いたくなった。
「いい。今日のことは忘れる。何を言いたかったのかはわからないが、寝惚けていたと
 いうことにしておく」
「(……忘れてもらうのもな)」
「ん?」
 小声過ぎて、よく聞き取れない。何かいったろうか?
「いいえ何でも。僕も今日の事は秘密に――」
「忘れろ」
「……はい」
 もうそろそろ、アリシアもあきらめたろう。私は立ち上がって、ラムザの肩に手を置いた。
「明日からも頼む」
「ええ。もちろん。――アグリアスさんも、決して死なないで」
 私はゆっくり頷いた。


「それじゃあ――」
「あ、待ってください」
 部屋を出ようとすると、ラムザに呼び止められる。
「僕もそういう夢は見ます」
 自嘲するように彼は呟いた。
「……」
「何度も。毎晩のように――自分のミスのせいで、隊が全滅するのを」
 あんな夢を、毎晩見るのは……
「辛いな」
「ええ。でも、一度も本当になったことはないです。これからだって」
「本当にはさせやしない。私がいる」
 私が言葉を継ぐと、ラムザは微笑んで頷く。
「あ……」
 ふと窓の外を見ると、池の傍であの2人が口付けをしているのが見えた。
 自分でも子供らしいが――悪戯心が芽生えたのか、ラムザにキスをしたらどういう顔を
するだろうか……などと思った。
「――どうかしましたか?」
 じっと私を見つめてくる視線に気づいて、何を馬鹿な、と考え直す。私にそんな事が出来る
わけがないだろう。第一、ラムザに嫌がられたら――。
 それ以上は考えないことにした。
「おやすみ、ラムザ
「おやすみなさい、アグリアスさん――」



 2日後。
 アリシアが冷たい。
 ラヴィアンがにやにやしている。
 レーゼとメリアドールは朝から妙に親切だ。
 ラファはラムザと何かあったのかと何度も何度も聞いてくる。
 ラムザは――昨日の戦闘で男の味方に散々的にされ、今は天幕の中で唸っている。
 どうした。何が起こった? 敵の巧妙な罠か!?

 おわり。