氏作。Part14スレより。

「助けて・・・殺さないで・・・」
「・・・恨むなら自分か神様にしてくれ」
ラムザは目の前の光景をありえないもののように見つめていた。
南天騎士団が堅固に防衛するドグーラ峠の突破ポイントを探していた一行は、
とある崖そばで運悪く北天騎士団の斥候小隊と出会い頭に遭遇した。
相手がこちらを敵と確認するよりも先にムスタディオとアイテム士隊の銃口が火を噴く。
突然の銃撃で浮き足立ったところにアグリアス率いるナイト隊が突っ込んでいって、
ものの数瞬で全ては片付いてしまった。一方的な殺戮劇。自軍の損害は皆無だった。
こちらが初めから高所に位置していたこともあったが、こういう幸運なケースは珍しい。
呪文を唱え損ねた黒魔道士が不機嫌そうにしている。
しかし全滅させたつもりが、時魔道士の女が一人瀕死の重傷を負いながらも生きていた。
既に戦意は喪失している。胸に受けた剣創は深く、悪いことにはミスリル銃の弾丸も右足の
太腿と脛部に受けている。これでは白魔法で回復させても、自力でここを退くのは無理だろう。
そこで殺すのは忍びないので、このままこの捕虜を護送してパーティメンバーに加えては
どうかとラムザが提案した時、望遠鏡で辺りを監視していたムスタディオの報告が入った。
「南東より北天騎士団接近中。距離約三キロ。数約五百。
 主構成はチョコボ騎乗の重装備のナイト・竜騎士」 


さしずめ最近の北天騎士団の大攻勢への反撃の為に部隊を集結させているというところか。
その時だった、黙って様子を聞いていたアグリアスが女時魔道士の喉元にいきなり剣を
付き立てたのは。時魔道士は物も言わずに絶命した。
ラムザは呆気に取られてしまった。はっと気が付いて時魔道士を抱き起こしたが、
既にその体は弛緩していて、ぐたりとなって腕に重い圧力をかけるばかりだった。
ラムザはなぜアグリアスさんがと混乱しつつも、怒り心頭でアグリアスの方を振り向いた。
しかし、見下ろすアグリアスの表情はラムザをはっとさせるほど険しかった。
「立ってくれ。ここにはじき南天騎士団が押し寄せる」
「なぜ殺したんです!? この人にはもう戦意は無かった!」
「この女を運べば足は鈍る。奴等がチョコボ騎乗なら逃げ切れまい。
 お前は十六人のこの部隊で五百の重装騎兵を相手にするつもりか?」
「その時は回復重視で戦えば・・・なんとか逃げ切ることは可能なはずです」
「どんなアビリティを使えるかも分からぬ敵の捕虜一人を生かすために、アビリティ豊かな
 我々のメンバーを犠牲にするのか。・・・ヤードーでは二人死んだな。彼らは召喚魔法も、
 話術までも心得た優秀な魔道士だった。それで今ラファがどのくらい役に立っているのか?」
「そ、それはラファに対する侮辱です! それに戦闘を回避したいだけなら、
 この人を置いていけばよかっただけではないですか?」
「この女は北天騎士団の紋章の入った装備を全身につけている。
 南天騎士団の連中は今劣勢で殺気立っている。
 こういう状況で敵に捕まれば何が起こるか、お前も知っているだろう。
 そんな恥辱にむざむざ遭うよりは、今ここで殺された方がマシだ」
今ここで殺された方がマシだ・・・どこで聞いた台詞だろうか。


つまったラムザが反論しだすよりも先にアグリアスは続けた。
「いつまで呆けているつもりか。みな準備は完了した。その女の亡骸はここへ置いておけ。
 崖の亀裂に沿って撤退する。夜になればまた突破のチャンスもあろう」
言い終わったアグリアスは腕を上げて出発の合図をした。みな無言で移動を開始する。
納得はできなかったが、仕方ないのでラムザも立ち上がる。
スタディオが先頭に立ち周囲の監視をしつつ前進する。アグリアスは最後尾で殿を守る。
どうにもやるせなく時魔道士の亡骸を見つめていたラムザは最後まで残ってしまい、
自然アグリアスと並ぶ形となった。
アグリアスは黙々と歩く。ラムザは先程の一件で胸がざわついていたが、
ここはまだ敵の支配領域の真っ只中。議論を再開するほどの無分別はラムザにも無かった
ので、同様に黙って行軍する。しばらくすると、アグリアスがふとつぶやいた。
「何も殺しが好きなのではないことは理解してほしい」
「それは・・・」
もちろん分かっていますと続けたかったが、重苦しい空気を漂わせつつも先がありそうな
雰囲気を隣に感じ取ったラムザは黙った。
「ああいう場合はああするより他にやりようがなかったのだ。
 もし北天騎士団がすぐに来るのでなければ、あの娘が足に銃創を負ってさえいなければ・・・
 私はどんなことをしてでもあの娘を助けただろう。それは信じてほしい。
 だが、私はこれ以上仲間が死ぬことには我慢できない。もう耐えられないのだ。
 だからあそこで時間を浪費することはできなかった。だから、ころした。
 お前がそれを許せないというなら、甘んじて除名処分も受けよう」


それはアグリアスが自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
何よりも苦々しく思っているのはアグリアスなのだ。
話し終わって再び黙り込むアグリアスの顔は、どこまでも昏かった。
ラムザにはそれ以上何も言うことは出来なかった。


誰もやらないのなら、自分がやる。そう言い切ったのは誰なのだ。
一体自分が何を護れたというのだ。あのお方を護りきれなかったではないか。
孤独に泣きあかす、か弱い少女一人護れなかったではないか。
「誰もやらないのなら、自分がやる」 
・・・やっていることは、しかしまさにあの男と同じではないか。
今ここで剣を振るい続けることが、あのお方の幸せに繋がると本気で考えているのか。
全ては任務を全うできなかった自分への言い訳ではないのか。
命乞いをする女一人見逃せないのが自分の望んでいた戦いなのか。
これが正義のための、世界を救うための戦いなのか。
本当にこれでよかったのだろうか。
どんな危険も顧みず、あのお方の元に馳せ参じた方が良かったのではないか。
または現状を報告して次の指示を仰ぐため近衛騎士団に連絡を取るべきではなかったか。
だがそれらももう遅い。機を逸してしまった。
今は、あのお方のためと信じて重い剣を振るい続けることしか自分にはできない。
人の夢と書いて儚い・・・
昔、士官アカデミー時代に友人と詩に興じていた時に即興で作ったのを苦々しく思い出した。
今はもう夢など見ない。
そんなものはライオネル城で全て吹っ飛んでしまった。
今はただ剣があるのみだ。