氏作。Part25スレより。


積み重ねはあった。
不安と不満。変動する己の足場がガラス張りのようで、歴史の最先端へ押しやられるように思えて。
尊敬するあの人は強くて、こんな状況でも真っ直ぐで。
だから??。


   Chapter3.5
   帰する者 帰せぬ者


   第一話
   貿易都市ドーター『そして彼女は逃げ出した』


貿易都市ドーターで、ラムザ一行の前に現れた褐色の肌の男……ゲルモニーク聖典……。
その重要性は察しがついた。読んだのはラムザだけだった。
聖典に何が書かれていたのか、教会の不正を暴けるとだけ知る事ができればそれでよかった。
それ以上など求めていない。
にも関わらず、ラムザは「運命共同体だから」と、仲間達に真実を語った。


貿易都市ドーターの宿屋にて、彼女は真実を聞かされた。
今まで信じていた聖アジョラがどういう存在だったのか、その重圧に耐えられるほど強くはなく、
いっそ置手紙を残して逃げ出そうとまで考えた。しかしその先に何があるというのか?
どうやって生きて行く? 傭兵にでもなるのか? 自分が?
腕に自信はあるが、傭兵として必要な知識や経験は不足していると、
ラムザとラッドという手本を見ていれば解る。
傭兵は騎士ではない。自分で仕事を??戦場を探さなければならない。
常に戦いに備えるだけなら騎士でもやっている、だが常に戦いを探すのは精神的に参ってしまうだろう。
それに傭兵をやるとして、異端者に組していた自分が、どこに雇われるというのか?
北天騎士団、南天騎士団、神殿騎士団、全てが敵だ。そして今は"奴等"も??。
民間の富豪や商売人の護衛でもするか? 女一人で? まともにやって行ける?
不安は尽きない。けれどこのまま旅を続けるより、このまま彼等と戦い続けるより、その閃きは現実的に思えた。


そんな彼女にチャンスが訪れてしまえば、それにすがってしまっても仕方ないだろう。



ラムザから話を聞かされ、宿の女部屋に戻って考え込んでいると、アグリアスが退室しようとした。
刀の手入れをしていたラヴィアンが問う。
「どこ行くんですか?」
「風呂だ。少々疲れたのでな……お前達も来るか?」
「ご一緒します」
アリシアは?」
「あ、後で入ります……部屋を留守にするというのも……」
追われる身として、どこから誰が来てもおかしくない。
ラムザには異端者としての賞金、さらにゲルモニーク聖典まであるのだ。
みんなして風呂に入れば無防備になってしまう。
そう考えたアグリアスは、特に疑問を持たずアリシアに留守を頼んだ。
どうせ風呂など10〜20分程度で済むのだから。


そしてアグリアス達が風呂へ向かって二分も経ったか経たないか、そんな時間に、
隣室??ラムザ達の部屋で物音と話し声がした。安宿らしく壁が薄いらしい。
「風呂か?」
「うん。ちょっと疲れたし、のんびりしたいよ」
「……そうだな」
ラムザ、ラッド、ムスタディオの声がした。
そして複数の人間の足音が、隣室から自室の前を通り、階下へと向かった。


チャンスだ。そう、思った。思ってしまった。
今、パーティーメンバーは六人。
宿も二部屋取って、男三人女三人に分かれて使っている。



パーティーの詳細は、まずリーダーのラムザ・ベオルブ。
士官候補生のまま北天騎士団から逃げ出したため騎士の称号を得られず『見習い戦士』のままであるが、
さすがはベオルブ家の男子、類まれなる素質を持ち高い指導力と戦闘力を兼ね備える。
武器も魔法も平均以上に使いこなすが、最大の武器は人望や状況判断力といったものだ。


ラッド。傭兵時代のラムザの同僚で、ガフガリオンよりラムザを選んで信頼を得た男だ。
器用に何でもこなし、様々なジョブ・アビリティで仲間をサポートするが、悪く言えば突出した能力が無い。


スタディオ。まだオヴェリア様とご一緒だった頃、縁あって仲間になった機工士だ。
スタディオ本人より銃の性能の方が頼りになるが、
その銃の性能を100%引き出しているのは間違いなくムスタディオの実力だ。
他の者が銃を扱っても「弓よりマシ」といった程度になってしまうだろう。


同僚のラヴィアンは、自分と同じく平凡な騎士だった。
今では侍にジョブチェンジし、高い攻撃力で苛烈な攻撃をする切り込み役だ。
敵に囲まれても『引き出す』を使って敵を翻弄し、仲間の援護が来るまで持ちこたえる粘り強さを持つ。


サブリーダーを務めるアグリアスオークスは、オヴェリア様を護衛していた頃は自分達の隊長だった。
彼女の放つ聖剣技は出が早く強力で、このパーティーにおいても主戦力として活躍している。
白魔法の心得もあり、回復と防御も出来るため、パーティーに無くてはならない人だ。
そんなアグリアスを、アリシアは心から尊敬していた。


アリシアはというと、今は竜騎士となって中距離からの支援攻撃を担当している。
あまり広範囲にジャンプ攻撃はできないが、それでも最低限の飛距離は出せるのだ。



現在の役割をまとめるとこうだ。
前衛 ラムザ・ラヴィアン
中衛 アグリアスアリシア・ラッド
後衛 ムスタディ


ラヴィアンが前線で敵と戦い、ラムザとラッドは状況に応じて前にも出るし後ろにも下がる万能戦士。
アグリアスは聖剣技と白魔法で攻撃と回復を行い、竜騎士アリシアもジャンプで攻撃。
スタディオは後方から銃を使った狙撃と戦技で援護する他、弱った敵にトドメを刺すなどかかせない存在だ。


だから、自分一人いなくなったとて、このパーティーは何とかやっていけるだろうとアリシアは思う。
言い訳は出来た。後は逃げるのみ。いや、帰るのだ。
このまま逃げ出してもつらい逃亡生活が待っているだけ、それよりも??。


アリシアは手早く自分の荷物をまとめると、静かに戸を開け、隣室、ラムザ達の部屋に入った。
誰もいない。アリシアは部屋の中を見回し、ラムザの荷物を見つけると、それをあさった。
そして一冊の本を手に取り、自分の鞄にしまおうとして??。


「何してるんだ?」


背後からの声に振り返る、槍を構えながら。
しかし相手は銃を構えていた。ムスタディオだ。
「この狭い部屋でそんな長物振り回したって結果は解ってるだろう?」
「あっ……これは、その、違うの。私……」
「……アリシア。何であんたがそれを持ち出そうとしているのかは知らないが、
 元の場所に戻すんだ、今すぐ。そうすれば……見なかった事にしてやってもいい」
「だ、駄目……これが無かったら、私、許してッ……」
「だったらまず武器を置くんだ」


アリシアは顔を真っ赤にして、涙をポロポロとこぼした。
動悸が激しくなり、槍を持った手には自分の意思に関係なく力が込められてしまう。
歯をカチカチと鳴らし、無様なほどに震え、嗚咽を漏らしている。
そんな彼女を見て、さすがに良心が痛むムスタディオだが、だからといって見逃す訳にはいかない。
アリシア! 武器を置け、いや、それよりまずその本を??」
そこで、ムスタディオの声は鈍い音とともに途切れた。
前のめりに倒れたムスタディオの背後に、新たな人影。
「なっ、どうして、ラ……」
人影は、真っ直ぐにアリシアに向かった。




銃声がしたのは、ラムザがちょうど上着を脱いだ時であり、
アグリアスとラヴィアンが風呂に入る前に身体に湯をかけた直後だった。
「何だ!?」
ラムザは上半身裸のまま、剣を持って自室に駆け戻った。
そこには床に突っ伏したムスタディオがおり、窓は開きっぱなしになりガラスが割れている。
「ムスタディオ、どうした!? 何があった!?」
「げ、ゲルモ……聖典……」
「何だってッ!?」
ラムザはすぐさま自分の鞄を調べた。無い、ゲルモニーク聖典が。
呆然としていた時間は10秒か30秒か、濡れた服を着たアグリアスとラヴィアンも部屋に駆けつけた。
ラムザ、ムスタディオ!? これはいったい!?」
「ゲルモニーク聖典が盗まれた!」
ラムザの言葉に顔面蒼白となるアグリアスとラヴィアン。二人とも聖典の重要性は承知している。
「あ、アリシアはどうした!? 隣室にいたはずだ」
アグリアスはラヴィアンを連れて隣室へと向かい、大声でアリシアの名を呼んだ。返事は無かった。
ラムザは開きっぱなしの窓の前に立ち、外を確認する。


一羽の赤チョコボが、二人の人間を乗せてドーターの街を駆けていた。宿から逃げるように。








この次の話へ