氏作。Part14スレより。


 深夜。
 ザーギドス一を自称する汚らしい宿屋の裏手に設けられた厩へ、足音を忍ばせて
入ってくる者がある。
「レーゼ。レーゼ、元気にしているかい」
 答える低い唸り声はドラゴンのもの。つい先日、晴れて異端者一行の一員となった
剣士ベイオウーフと、謎めいたその相棒、ホーリードラゴンのレーゼであった。
 彼がこの竜をまるで人間の相棒であるかのように扱うことには誰もが首を傾げて
いたが、そこはそれ自分達も異端呼ばわりされている身の上である。他人の趣味に
口は出さない。しかし、こうして街の宿に泊まる時にはさすがにドラゴンを二階の
ベッドに上げるわけにいかないので、こうして家畜用の寝床で我慢してもらって
いるのだった。
「しかし、ひどい臭いだな。湿っているし……君もこんな所では眠れまい。待って
いろ、今ちょっと掃除をする」
 熊手とバケツ、それに新しい寝藁を取りにいこうとしたベイオウーフの肩を、
レーゼがそっとくわえて引き留める。
「何だい? キスなら掃除の後に……え、違う? 何?」
 ドラゴンは闇の中でも紫色にふかく輝く長い尾をもたげて、しきりに厩の一隅を
さしている。ベイオウーフが目を凝らすと、闇に慣れた視界にうすぼんやりと、
黒い塊が浮かんできた。寝ているチョコボと、それにくっついたこぶのようなものだ。
こぶは、うずくまった人間のようにも見えた。
「……誰だ」
 相棒に語りかける優しい声とは別人のような、鋭くひくい誰何の声が厩の床を走る。
ベルトに差した短剣は音も立てず抜き放たれていた。
 人影が、ゆっくりと起きあがる。油断なくかざされた短剣の前にその人影は屈託
なく姿を現し、ベイオウーフはしかめていた眉を跳ね上げた。
「邪魔をしてすまなかった。折を見て出ていくつもりだったのだが」


「……何故、君がこんな所に? アグリアス
 現れたのは一行の中でも古参の部類に入る女騎士、アグリアスだった。聖剣技の
冴えと確かな戦術眼、何よりもその磨かれたつるぎのような美しさで隊の全員から
一目も二目もおかれている女傑だ。彼女は髪と服についた藁を払い、すこし視線を
さまよわせた。
「……見回りの途中で、ふいに眠くなってな。具合の良さそうな藁山があったので、
ついうとうとしてしまった。みっともないので、あまり人には言わないでほしい」
「それは構わないが……」
 まだ釈然としない風のベイオウーフに、今度はアグリアスの方が問い返した。
「ところで、失礼な質問であったら許してほしい。貴公はその……ドラゴンと、ずいぶん
親しいのだな?」
「聞かれてしまったか、恥ずかしいな」ベイオウーフは頭をかく。「別にドラゴンが好きで
たまらないわけではないよ。彼女だけだ。いささか事情があってね。……奇妙に思うかい」
「率直に言えば、少しは思うが」
「本当に率直だな」
 苦笑するベイオウーフへアグリアスは笑い返し、
「だが、それはそれで構うまい。信じて行うのであれば、何の恥ずるところがあろう。
天地に我と我が剣ひとつ、だ」
「おやおや。聖騎士とは思えない発言だな」
「私も異端だからな」アグリアスはにやりと笑い、
「では、私は戻る。よい夜を」
 と、夜露をふくんだ寝藁を踏んで出ていこうとするアグリアスへ、
「ああ、おやすみ……あ、ちょっと待ってくれ」


 レーゼが、その巨大な口の先をベイオウーフの耳元に近づけて、何やら喉を鳴らして
いる。彼女の指示に従ってベイオウーフはアグリアスを引き留め、なおもしばらく耳を
傾けていたと思うと、やおらクツクツと笑い出した。
「レーゼから言づてだ。こちらこそあなたの趣味を邪魔して悪かった。これからも遠慮無く、
チョコボの羽に頬をうずめてうたた寝をしに来てくれ……とね」
「なっ……」アグリアスの顔が、闇の中でもわかるほど紅潮する。「……そのドラゴンは
人語を解するのかッ!?」
「解するとも、言ってなかったかな」ベイオウーフはなおも可笑しそうに、「何だったら自分の
鱗も貸そう、と言ってるぞ」
「遠慮するッ!」地団駄を踏みそうな勢いのアグリアスへ、さらに追い打ちのように、
「それと、この可愛らしい秘密をこの私が口外するかもしれないから、口止めのため今晩
厩の掃除を手伝ってあげた方がいいのではないか、とのことだ」
「…………」


 翌朝、朝食の席に現れたアグリアスはいつもと変わらぬ様子だったが、宿の主人が
出てきて誰かが厩の寝藁を掃除してくれた、と礼を言うと、なぜだか急に不機嫌になった。
ベイオウーフはいつも、朝食はレーゼと一緒にとることにしていたので、アグリアス
不機嫌の理由も、厩の掃除など誰がやったのかということも、説明できる者は誰も
いなかった。
 聖石の力でレーゼが人間の姿と声を取り戻し、今度は彼女自身の口から秘密が
漏れるのを止めるために、アグリアスが彼女の言うことを聞く羽目になるのは、まだ
一月ほど先の話である。


End