氏作。Part31スレより。





五感を失い、漠然とだが、肉体だけがそこに在るとアグリアスは感じていた。
肉体を見下ろす精神。肉体と精神が一致しない違和感。
次第に精神が肉体という器に引っ張られ、中に引きずり込まれる。
精神と肉体が完全に一致した瞬間、アグリアスは覚醒した。


   リターン2 選択


貿易都市ドーターの宿、そこでアグリアスは目覚めた。
窓の外は朝霧にかすみ、室内には同室のアリシアとラヴィアンの静かな寝息。
アグリアスは恐る恐るベッドから這い出て、アリシア達の布団が上下するのを確認した。
呼吸している、生きている。そして、自分の胸に手を当てる。
寝巻き越しに伝わってくる震動。生きているという実感。
そして、胸に当てた右手に残る痣。
「こ、れは……?」
寝巻きをずらし、右肩を確認するアグリアス。肩から胸にかけて、痣。
「…………あれは、夢では、ない?」
オヴェリアが死に、アリシアが死に、ラヴィアンが死に、自分が死んだ。
ならば、これはいったい何なのだ。
窓の外の景色はドーターだ、ザーギドスのものではない。
なぜ、自分はドーターにいるのだろう。
アグリアスは早々に着替えをすませると、部屋の外に出た。
見覚えのある宿、ここには何度か泊まった事がある。
そして朝霧が出ていた朝は、よく覚えていた。
そうだ、あれは、オーボンヌ修道院で最後の戦いに挑んだ朝の光景。
アグリアスは言いようのない不安に身を震わせ、食堂に向かう。
そこには早起きをしたラムザが一人、朝のミルクを飲んでいた。


「おはようございます」
「……おはよう」
探るような目線でラムザを見るアグリアス
ラムザは張り詰めた空気をまとい、それでも平静を装おうとしている。
オーボンヌ修道院に向かう時もこうだった。
そして、これがもし本当にあの日の繰り返しなのだとしたら……。
アグリアスも朝食を持ってラムザの向かいの席に座り、彼の言葉を待つ。
「……恐らく、これが最後の戦いとなるでしょうね」
「……そうだな」
「……アグリアスさんには感謝しています。ここまで一緒に戦ってくれて」
「……そうか」
「……出発までまだ時間はあります。これが最後の休息かもしれない。
 どうかこの朝を大切にしてください」
「ら……ラムザ。実は、頼みたい事が……ある……」
「何でしょう?」
アグリアスは、間違いなく過去に戻ってきたのだと実感した。
だから、こんな頼みをしてしまう。
「私を……除名してくれないか……」
「……あなたを?」
ラムザの表情が困惑に歪み、アグリアスは顔をそむけるしかなかった。
手が震え出しそうになるのをこらえ、唇を噛んで返事を待つ。
「……どうして、って……理由くらい聞いても、いいでしょうか?」
「……オヴェリア様が心配なのだ。あのお方の側にいて差し上げたい」
「オヴェリア様にはディリータがついている、大丈夫ですよ」
アグリアスを手放したくないのか、ラムザは食い下がった。
仲間として、戦力として、あるいは女性として、アグリアスを引き止めたかった。


「すまない……私は貴公ほど、あの男を信頼できない」
それは戦いを終えて数週間後、オヴェリアの誕生日。
彼女は、ディリータと二人きりでいたところを、何者かに狙われ――命を喪った。
ディリータも重傷だったと聞く。なれば、その時その場所に自分がいる事ができたなら。
ラムザ達と一緒にヴォルマルフ達を倒してから、という選択肢もある。
しかしそれでは間に合わないかもしれない、とアグリアスは思った。
異端者に落ちぶれた自分が、果たしてオヴェリア様の元へ帰れるのかという問題。
その解決に、ディリータの力を借りるとしても、やや時間を要するかもしれない。
それに守るなら事前に警備についておく方がいいだろう。
ゼルテニア城には詳しくないから、ゼルテニア城とその周辺を探索する時間も欲しい。
そして何としてもオヴェリア様を暗殺犯の手からお守りするのだ。
だから、行かねばならない。
「頼むラムザ。私は、隊を抜け……ゼルテニア城に行く。オヴェリア様の元へ」
「……アリシアと、ラヴィアンは、この事……」
「知らぬ。私一人の勝手だ、あの二人は貴重な戦力……これ以上抜けるのはまずい」
一人でも欠けていたらどうなっていたか解らない戦いを思い出し、アグリアスは戦慄した。
自分が抜けたら、ラムザ達は、勝てない?
いや、そんな事はないとアグリアスは思い直した。
自分が知る限りの情報を前もってラムザ達に教えれば、勝機はある。
待ち構える神殿騎士団、ヴォルマルフの真の姿、アジョラの戦闘方法。
それらを今話せば、不審に思われるだろう。
(後でメモに書き記し、アリシア達に渡しておくか……)
こうしてアグリアスは、隊を抜ける決意を新たにした。


「……予感がするのだ。近々、オヴェリア様によくない事が起こる……と」
「それを確信しているから、アグリアスさんはオヴェリア様の元へ帰りたい?」
「理由は言えぬ。だが行かねばならないのだ……」
「…………」
ラムザはまだ信じられないというように、うつむいたアグリアスを凝視している。
「……本気、なんですね」
「すまぬ……」
ラムザの残念そうな声色に耐え切れなくなり、アグリアスは席を立った。
「貴公等の勝利を信じている」
そう言い残して自室に戻り、旅支度を整え、メモを残す。
覚えている限りの、オーボンヌ修道院から異界に至るまでのすべての戦いの記録を。
この情報を武器として活用してくれれば、自分一人いなくとも勝機は掴めるはず。
こうしてアグリアスオークスラムザにだけ別れを告げ、
一人貿易都市ドーターの宿を後にした。



南天騎士団将軍にして聖騎士の称号を持つ平民出の男、ディリータハイラル
彼はアグリアスの事を覚えており、ゼルテニア城に投降したアグリアスの身柄は、
翌日には牢獄から出されディリータへの謁見を許された。
ディリータは金色の鎧に立派なマントを羽織り、王者たる威厳をたずさえていた。
近い将来『英雄王』と称される男の姿に、アグリアスは自然と頭を垂れる。
「……ディリータ様。願わくば人払いをしていただけますか」
南天騎士団最大の指導者としてゼルテニア城の玉座に座るディリータの周囲は、
彼を守護するための南天騎士団の近衛兵が並んでいた。
「……いいだろう」
ディリータはそんな騎士達を下がらせ、アグリアスと二人きりになる。
「さて、どういうつもりだ? 今さら歴史の表舞台が恋しくなったか」
「……ディリータ様。私をどうか、オヴェリア様の近衛騎士に任命していただきたい」
「お前を? お前は本来ルザリア聖近衛騎士団の人間だろう。
 しかも異端者の一味という肩書きまでついている。
 そんな奴を俺の配下にする訳にはな……」
「名は要りませぬ。名も無き一人の騎士として、どうか」
「…………ラムザ達はどうしている? ドーターでの目撃情報を最後に行方が解らない」
「ヴォルマルフを追ってオーボンヌ修道院へ。その後の消息は私にも解りません。
 私は……ドーターでラムザ達と別れましたので」
「ヴォルマルフも行方不明、崩れたオーボンヌ修道院に生き埋めにでもなったか?」
「恐らく……」
この男は聖石やルカヴィの事を知っているのだろうか?
恐らく知らないだろうとアグリアスは推測する。


ヴォルマルフは言っていた、この仕組まれた戦争はアジョラ復活のための『血』を流されるためだと。
そして最後に自らの血を生贄としてアジョラを現世に復活させた。
すなわちヴォルマルフが存命しているならば、戦争終結などさせず、さらに血を流させるだろう。
それがなく、ディリータが獅子戦争を終結に導く事に成功している事からも、
ヴォルマルフの死は間違いないだろうとアグリアスは思った。
つまりあのメモは無駄ではなかった。今頃は皆、バラバラになりながらも畏国に帰還しているだろう。
ラムザ達もオーボンヌ修道院の瓦礫の下……という事にしておいた方がよさそうだな」
「恐らくそれが真実でしょう」
「ヴォルマルフもラムザも……いったい何を隠していたのか、今となってはな。
 お前は知っているんだろう? ラムザが何と戦っていたのか。ヴォルマルフの真意を」
「……すべて、済んだ事です」
「何も明かさず、自分をオヴェリアの近衛騎士にしてくれとお前は頼むのか」
「……どうか、どうか」
「フンッ……生憎だがオヴェリアの遊び相手は間に合っている。
 この場で貴様を切り捨てれば、余計な物を抱え込む必要もない。だが……」



祈る事すら許されない。そう、祈るべき対象が世界を破滅に導く異形の長だから。
懺悔する事すら許されない。そう、懺悔する相手はすでに死んでいるのだから。
後悔する事は許されていた、あの時ああしていればという思いが再びアグリアスの胸を責める。
アグリアス……無事だったのね、よかった」


通された部屋、オヴェリアとの再会。刹那の喜びの時。
「お久し振りです、アグリアスさん」
オヴェリアの部屋にいた先客が瞳に映った時、アグリアスは絶望した。
「な……なぜ、ここに」
「友達に会いに来るのに何か理由が必要?」
そう言い返したのは、銀髪のアルマ・ベオルブ。
――聖アジョラの生まれ変わり。
それじゃあ、ラムザ達は、アジョラとの戦いで……?


もし許されるなら今一度、過去へ。そう願わずにはいられなかった。


   to be continued……