氏作。Part31スレより。






もう一度めぐり合えたチャンス。
それでも抱かねばならない絶対的な絶望と後悔。
もし運命を司る神というものがあるのなら、それはきっととても残酷で冷徹。
やり直しなんていう都合のいい話に慈悲を与えず、さらなる悲劇を呼び寄せる。
ああ、神よ。運命とはかくも厳しいものなのか。
これが貴方のお決めになられた運命なのか。


   リターン4 運命


金牛22日の朝、アグリアスは朝食を持ってきた兵士に訊ねた。
ディリータ陛下とオヴェリア王妃はいかがすごしているか。
しかし、罪人の彼女に返される言葉など無く、冷たい目で睨まれるだけだった。
朝食を食べ、そしてお腹が空く頃が昼だろうと想像する。
だがその空腹を満たす食料は運ばれず、夕飯まで耐えねばならない。
罪人の食事は朝と夜の二回だけだ。それも酷く粗末な、食べ残しと思われる食事。
朝食を食べてから、次第に腹が空いていくのと比例して焦燥感がつのる。
ディリータは、オヴェリア様は、今、どこで、何をしている。
二人を狙う暗殺犯は、今、どこで、何をしている。
私は、今、ここで、何もできないでいる。
本当にそうか?
アグリアスは一縷の願いをたくして、牢獄に入ってから何度も隠れて試した行為を実行する。
胸の谷間、さらしの中に隠しておいた聖石キャンサー。
それを取り出し、ひた向きに願う。
ここから出る力を貸してくれ。
しかし身体を明け渡すつもりは無い。
一度『ゼロムス』を名乗る声から交渉を持ちかけられたが、謹んで断った。
しかし、もう時間が無い。再び『ゼロムス』が交渉を持ちかけたら自分は、自分は……。


「聞こえているかゼロムス。私の身体が欲しいか?
 残念だがそれに応じる事はできない。
 ルカヴィが滅んだ今、一匹でも復活されたら、新たなヴォルマルフが生まれる。
 だから、身体以外ならばどんな代償でも支払おう。どんな苦痛にも耐えてみせよう。
 キャンサーよ、私に応えてくれ。頼む、どうか、オヴェリア様の元へ……」


   どんな代償でも支払おう。
   どんな苦痛にも耐えてみせよう。
   その言葉に偽りはないか?


「ああ、無いとも! 頼む、私にやり直す機会を与えてくれた事は感謝している。
 例え結果が後悔に彩られたものであっても、お前には感謝している。
 だから、慈悲の心があるならば……もう一度、私の願いをかなえておくれ」


   いいだろう。
   お前は後悔と慟哭の海に溺れて死ぬ。
   それでもいいのなら、今再び、汝に機を。汝に機を。


聖石キャンサーから紫の光がほとばしり、牢屋の中を明るく照らす。
そして、アグリアスの前に空間の穴が開いた。
その向こう、見えるのは街外れの教会跡で一人座り込んでいるオヴェリアの姿。
さらに特に護衛もつけずチョコボに乗ってやって来るディリータの姿が見え……。
「何事だ!?」
牢屋の番をしている衛兵が、光の出ているアグリアスの所へやって来た。
そして聖石の光を目の当たりにし「貴様、何をしている!」と叫んだ。


もう時間が無い。アグリアスは衛兵の叫びを無視して、空間の穴に飛び込んだ。
刹那、五感を失い、ただ宙を漂う。そして突如重力に引かれ、草地の上に落下する。
教会跡が、見える位置だ。
「やっぱりここにいたんだな。みんな探していたぞ」
二人の会話が、聞こえる位置だ。
アグリアスは飛び起きようとし、身体が痺れて思うように動かない事に気づく。
それでも歯を食いしばって、腕に力を入れ、必死に起き上がった。
「ほら、今日はおまえの誕生日だろ? この花束を……」
ディリータが花束を持ってオヴェリアに近づく。
周囲を見回す、人影は無い。
暗殺犯の姿は無い。
想像とは違う現実に、アグリアスは戸惑った。
自分のいる場所は、ちょっとした坂の上だから、教会跡地は上から見下ろせる形になっている。
だから、この視界の外から、暗殺犯がやって来るとは思えない。
もしかしたら、ディリータが自分の言葉を聞き、暗殺犯を事前に捕らえてくれたのかもしれない。
何だ、そういう事か、とアグリアスは胸を撫で下ろし――。


オヴェリアが振り向き様ににディリータを刺す。
ディリータの手から花束が落ちる。
アグリアスの心が凍る。


「オ……オヴェリア……」
「……そうやって、みんなを利用して!
 ……ラムザのように、いつか私も見殺しにするのね……!
 アルマももういない。信じた人は皆いなくなるか、私を裏切ってしまう。
 もう……私は誰にも裏切られたくない……!」


ディリータが震える手で腹部に刺さった短剣を抜くと、オヴェリアは身をよじった。
そして、ディリータがオヴェリアの力を上回りそうしたのか、
それとも負傷したディリータの力が及ばずオヴェリアの凶行を許してしまったのか、
二人に握られたままの短剣が、オヴェリアの、胸に――。


   これが真実。これが運命。


アグリアスは呆然と、ただ呆然とした。思いも寄らぬ悲劇に。
オヴェリアは花束の上に倒れると、色とりどりの花を赤く染めていった。
そしてディリータは後ずさり、奪い取った短剣をその場に落として、
二、三歩ほど歩くと膝をつき、呟く。
「……ラムザ、お前は何を手に入れた? 俺は……」
そのまま、前のめりに倒れた。
そこでハッと我に返ったアグリアスは、斜面を駆け下り、教会跡地へ飛び込む。
うつぶせに倒れたオヴェリアを抱き起こすと、わずかにオヴェリアの息遣いが聞こえた。
「オヴェリア様。なぜ、なぜこのような……」
「……ア……リアス……。どうし……アルマ、殺、し…………」
「また……また救えないのか。また……」
傷口の深さを見て、もう手遅れだとアグリアスは絶望した。
そしてオヴェリアのかたわらに落ちている、血濡れの短剣を拾う。
いっそ、自分も。
そう思った。それでいいと思った。
自分が望んでやり直した末路がこれだ。
ラムザ達は死んだ。アルマ様も死んだ。オヴェリア様も死ぬ。
なら、もう、生きていても仕方ない。
せめて、貴女と同じ刃で、黄泉の国への護衛を務めさせていただきます。


刃を持ち上げたところで、風切り音がして、アグリアスの右手の甲が矢に撃ち抜かれる。
短剣がオヴェリアの胸元に回転しながら落ちた。
それが刺さらなかった事だけは、幸いに思えた。
続いて、振り上げた右腕のせいで空いてしまった右脇に矢が刺さり、肺を突き破る。
「……ゴホッ」
灼熱がのどを這い上がり、口から血となってあふれ出した。
もはや擦り切れてしまった精神で、わずかに目線を矢の方向に動かす。
ディリータの護衛と思わしき一団が、チョコボに乗って向かってきていた。
(ああ、何だ。一応ディリータも私の話を聞いていたという事か……)
さらに矢がアグリアス目掛けて放たれる。
誤ってオヴェリア様に当たらないように、とアグリアスは自身の背中を盾とした。
その背中に矢が何本も突き刺さる。
腕の中のオヴェリアは、もう息も絶え絶えだ。
「申し訳……ありま、せん……オヴェリア様……」
言って、彼女の胸の傷跡に左手を当てる。
そこで、軽い違和感。
(ああ、またか)
聖石キャンサーを左手で握りしめたままだった。
(また、やり直せるとしたら……いや、それはない。
 私は絶望と慟哭の海で溺れ死ぬと決まっている。だから――)


そこで、アグリアスの意識は途絶えた。
彼女の後頭部に矢が突き刺さり、頭蓋を突き破り脳を破壊してしまっていた。
そんなアグリアスの死に顔が、オヴェリアがこの世界で見る最後の光景。


そう、この世界で見る……。



「さ、出発いたしますよ、オヴェリア様」
突如クリアになった感覚の中、背後からアグリアスの声がした。
驚いて振り返る最中、ここがオーボンヌ修道院の礼拝堂だと気づく。
(え? 何で、どうして、え?)
困惑するオヴェリアにやや不審な目を向けながら、アグリアスは言葉を続けた。
「すでに護衛隊が到着しているのです」
「姫様、アグリアス殿を困らせてはなりませぬ。さ、お急ぎを……」
そして、死んだと知らせを聞かされていたはずのシモンが言った。
さっぱり状況が解らない。これはいったい、何だろう。
――と、そこに三人の剣士が入ってくる。全員に見覚えがあった。
「まだかよ! もう小一時間にもなるンだぞ!」
裏切り者、ガフガリオン。
「無礼であろう、ガフガリオン殿。王女の御前ぞ」
そして同じく裏切り者、アグリアスが言うと、三人の傭兵はひざまずいた。
これは、すべてが変わってしまったあの日の繰り返し?
「これでいいかい、アグリアスさんよ。……こちらとしては一刻を争うンだ」
「誇り高き北天騎士団にも貴公のように無礼な輩がいるのだな」
二人の会話が耳に入らない。何で、どうして、ここに帰ってきているのだろう。
二人がしばし言い合うのを見ながら、オヴェリアはただ目を丸くするのだった。
アグリアス様……、て、敵がッ!」
そこに、負傷した女騎士が入ってくる。
入れ替わるようにアグリアスアリシアとラヴィアンを連れて飛び出して行った。
「ゴルターナ公の手の者か!?」
シモンが慌しく叫ぶ。それに対しガフガリオンは酷く冷静だ。
「……ま、こうでなければ金は稼げンからな。なんだ、ラムザ、おまえも文句あるのか……?」
ラムザ、という名前を聞いた瞬間、オヴェリアはハッと正気に戻った。


「……僕はもう騎士団の一員じゃない。あなたと同じ傭兵の一人だ」
草笛を教えてもらった時とは違う、厳しい口調のラムザが、そこにはいた。
ガフガリオンはそんなラムザを見てニヤリと笑う。
「…そうだったな。よし、いくぞッ!」
「ま、待って!」
それを、慌ててオヴェリアが引き止めた。
いったい何だと言わんばかりに不服そうな顔をしたガフガリオンが振り返る。
「そ、そこの若いお二人。私の警護のため、この場に残ってくれませんか?」
「僕達が……ですか?」
オヴェリアとラッドの顔を交互に見ながら、ラムザがいぶかしげに問い返してきた。
「そ、そうです。敵は前から来るとは限りません。だから、お願いです。どうか側に」
「おいおい、こいつ等は俺の部下だぜ?」
「そこを曲げて、ガフガリオン殿。そこの二人を私の護衛に」
ガフガリオンは面倒くさそうにあごひげをさすり、ラムザを睨みつける。
「……いいや、駄目だ。護衛ならそこの騎士さンにでも頼むンだな」
ガフガリオンは裏切り者だ。オヴェリアの思う通りに動いてくれるはずがない。
なら、どうすべきか。
「で、ではせめて……護身用に、短剣を貸してくれませんか?」
「短剣? まあ、素人が使うには無難な武器だが……何だってそこまで食い下がるンだ?」
「おいおいガフガリオン。こんな所で油売ってる暇があるのかよ、獲物取られちまうぞ。
 ほれ、姫さん。短剣が欲しいなら俺のを貸してやるよ」
早く戦場に行きたいらしいラッドが、無愛想な表情のまま、
鞘に納まった短剣をオヴェリアの足元に放る。
ガフガリオンは余計な事を、というような表情を作り、教会の外に向かった。
それに続いてラッドとラムザも出て行こうとする。



ラムザ!」
名指しで呼び止められ、困惑した表情でラムザが振り返った。
大丈夫。この人は、この人とアルマだけは、この兄妹だけは裏切らない。
だから、どうかいなくならないで。いなくなってしまわないで。
「早く、戻って来てくださいね」
「……? 御心のままに
オヴェリアに一礼して、ラムザはその場を後にした。
それからオヴェリアは短剣を引き抜き、鼓動を高鳴らせた。
「姫、そんな物を手にしていては危のうございます。シモンめにそれを」
「ありがとうシモン。でも、自分で持っていたいの」
それからしばらくして、教会の裏口の戸が軋む音がした。
オヴェリアはあの日あの時の記憶を必死に思い出した。
すべてあの時のままだ。
違うのはオヴェリアの両手に握られた物。
右手には短剣を、左手には……?
「あら? これは……」
いつの間に手にしたのだろうか、左手には不思議な輝きを持つ水晶があった。
それをどこかで見たような気がしたが、濡れた足音がわずかに聞こえ、
オヴェリアは水晶を上着にしまい、短剣を足音の方に向けた。
そして、そこから出てきた金色の鎧のふいを突いて、一直線に……!


もし運命を司る神というものがあるのなら、それはきっととても残酷で冷徹。
やり直しなんていう都合のいい話に慈悲を与えず、さらなる悲劇を呼び寄せる。
さあ、今度はどんな運命が貴女を待っている?


   Fin