氏作。Part28スレより。





「…魔の手の者?全てを滅する天使?気が触れたか」
「…それで教権に背き、神聖なる教理を捨てたのか?」
「素直に降っていれば人の裁きだけで済んだものを…教会に背くとは…度し難い」
みんな、今、どうしているのだろう?捕らえられたのは僕だけなのか?
『彼女』は無事なのだろうか?
「当法廷は異端者ラムザ・べオルブに焚刑を宣するものである」


「一つ、質問が…」
「何だ」
「捕らえられたのは僕だけなのですか?」
沈黙。
「仲間の事より己の魂を救う事を考えよ」
そう言い残して、黒頭巾の審問官達は僕の前から消えた。


僕は、あの最後の戦いでは死なずに済んだ。
そして気がついたら異端審問所の獄の中で目が覚めた。
どこぞの野原でくたばっていたところを捕らえられたらしい。
運が悪い…とばかりは言えない。あの天使に魂ごと滅ぼされていたよりは
焚刑の方がまだましだ。
ただ、気になるのは仲間達のこと、何より…彼女のことだ。
今頃、一体どうしているのだろう?




…眠っていたらしい。扉が開くような音が聞こえた気がして目が覚める。
実際、獄の扉が開いていた。目の前に立つ僧服の男。
「目が覚めたか?ふふ、異端者でも人並みに眠るとは知らなんだ」
「…あなたは?」
「僧服の仕立てを見れば判らんか?」
「高位の方の様に見受けられますが…」
枢機卿のアリオストと言えば判るか?」
「!!!」
アリオスト枢機卿…教会のもう一人の実力者。今は亡き教皇のライバル。
神のためではなく権力のために聖職に就いた男。その面貌は聖職者というより
吸血鬼のそれだ。
「異端者ラムザ、手短に用件を言うぞ、私の手駒になれ。嫌とは言わせん…
一緒に来い」
「僕、いえ、私めごときを大変高く買って下さるのですね。手駒になれとは…」
「ふざけに来たのではない。さっさと立て、この豚小屋の臭いにはいい加減
うんざりだ」
「………」
「さっさと来い。お前にとっても悪い話ではないぞ。…手駒になりたくない、
どうしても死にたいというのならその時は私の屋敷で殺してやるから安心しろ…
ま、私の話を聞けば口が裂けても嫌とは言えんだろうがな。さあ、行くぞ」
「………」
刃物か毒かは知らないが、焚刑よりは楽だろう。ついて行こうじゃないか。


「飲め…こいつは豚小屋の水割り葡萄酒とは訳が違うぞ」
「…いただきます」
確かに美味い。枢機卿とはいえ聖職者がこんなものを口にするのは奢侈の謗りを
免れない、そのくらい美味な葡萄酒だ。
「ふふん…ま、お前程度に飲ませる酒ならこれで十分だ」
この味でお前程度、か。ご自身は一体どんなものを飲んでいるのやら。
「私はまどろっこしいのは嫌いだ。本題に入るぞ。私の手駒になれ、
悪い様にはせん」
「手駒になって何をしろと?」
「汚れ仕事に決まっているだろう。お前が腕が立つことは判っている」
「想像はしていましたが…」
「なら問題あるまい。それなりの見返りは用意する。一部はもう用意してある」
「見返り?何ですか」
「一つは、一人を除いたお前の仲間達の身の安全の保証。教権にも俗権にも
絶対に手出しはさせん。約束しよう」
「一人を除いて…ですって?」
「ああ、一人はもう捕らえられているからな」
「誰ですか、その一人というのは!」
「知りたいか?ふふふ…知りたいよな、お前が一番気にかけている女だし」
「おん…誰ですか、その一人と言うのは!」
「お前が一番行方を知りたがっている女だ」
「教えて下さい!」
吸血鬼の笑みを浮かべて枢機卿は言った。
「…アグリアスオークス
「な………」
「何だ、その顔は。生きているのだぞ、お前が懸想している女は」
「無事なんですか!?」
「まあ、一応はな」
「一応?」
「ふむ…それは会えば判る。とにかくあのかつての牝獅子は私の手中にある」
「会わせてください!」
「それはお前の返答次第だ」
「手駒でも何でもなります、ですから!」
「ふふん…威勢のいい答えだ、しかしだ…もし私がハイラルの首が欲しいと
言ったら、お前はどうする?」
「獲って来てご覧にいれます!」
何を言っているのだろう、僕は。だが…
「いい答えだ」
「では!」
「良かろう、契約成立だな。それでいいな?」
「結構です。彼女はどこに!」
「オーヴェルニュの女子修道院、こう言えば判るな?悪い様にはされておらん」


オーヴェルニュ女子修道院…ゴーグ郊外の村に位置する修道院
修道院と名乗ってはいるが、その実態は揉め事(大抵は未婚の身で子を孕んだ、
というやつ)を起こした良家の娘を世間のほとぼりが冷めるまで閉じ込めておく
場所だ、巨額の寄付金と引き換えに。
世間一般で考えられている修道院とはかなり異なる場所。
なにしろ清貧の誓いも無ければ、私有財産の保持も許されているし
男と会うことも出来る。そんな場所だ。そこに居るということは辛い目には
会っていないのだろう…少なくとも肉体的には。
翌日、僕は吸血鬼と共に四頭立ての馬車でそこに向かった。


ヒースの原に囲まれた重々しい雰囲気の建物、着いたのだ。修道女たち…
形ばかり僧服を纏った良家のあばずれ娘達が何事かと馬車の中の僕らを見る。
馬車は僧院そのものには止まらず、敷地の隅の鐘楼の前で止まった。
「ここだ…」吸血鬼が呟く。息苦しくなるような石造りの塔。
黒ずんだ外壁がその古さを物語っている。
気がつくと、吸血鬼の目が僕に注がれていた。
「何でしょうか?」
「本当に…会いたいか?」
「そうでなかったら何のために僕がここまであなたについて来たと?」
「ふふ…本気のようだな」
「まさか、彼女の身に何か…!」
「勘がいいな、その通りだ」
「!」
「そんな目をするな…きっと気に入るぞ。ふふん…私は悪魔かも知れんが
人の望むものは誰よりも良く判っている…行くぞ」


塔の螺旋階段を昇りてっぺんに辿り着く、ドアを開く…夕暮れの陽が注ぎ込み、
血のように赤く染まった部屋、椅子に腰掛けた金髪の女性、
彼女がドアの方を振り向く。金髪が夕陽を照り返しまるで血そのもののようだ。
そして…
ラムザ………!」
アグリアスさ…」
彼女は、僕のほうに駆け寄って来る事もなかったし、
僕に抱きついたりもしなかった。そんなことは不可能だった。
椅子…正確には車椅子に腰掛けた彼女の腿から下は…腿から下が無くて
僕に駆け寄る事が出来るだろうか?
「怪我をしたんですか…」
「ええ…あなたは無事みたいね、良かった…」うつむく彼女。
アグリアスさん…そんな…」
「ひどいでしょ、私…こんな、こんな………」
「そんなこと…ないですよ」
「どうした、抱き締めて、口付けして、押し倒して久方ぶりに女の悦びを
味わわせてやれ」
吸血鬼が僕の耳元で囁く。人生で一度も感じた事の無いほどの怒りを感じて、
奴の顔を見る。
好色で下卑た笑顔ではなかった。そんな人間的なものではなく…
自分が生血を啜る為の奴隷を見る吸血鬼の顔。
「ふふ、私はしばらく席をはずそう、ごゆっくり…お若いお二人さん」
僕らは二人、部屋の中に取り残された。豪奢な内装の、そして墓穴のようにも
感じられる部屋の中に。



真夜中、修道院の貴賓室。僕は彼と向かい合っていた。
「楽しんだのだろう?何だかんだ言いながら。顔にそう書いてあるぞ」
「………」
「もし知りたいのなら、教えてやれる事がある」
「何ですか?」
「知りたいか?」
「ええ、これ以上何を言われても驚きません」
「そうか、それでは…彼女は、足を無くさずに済んだと言ったら?」
「な………!」
「見つかった時、足に大怪我をしていた…が、医者の腕によっては切らずに
済んだそうだ。そして…」
「そして?」
「私が、切れと言ったんだよ」
「………」
「私を殺したそうな顔だな?」
「それ以外の何に見えますか」
「そりゃひどい、お前の為を思ってやったんだがな。お前への贈物だ」
「贈物?僕のため…?ふざけるな、悪魔め!」
「ふざけてなどいない。考えろ…あの牝獅子は永久にお前のものだ。
もうどこにも行けやしない。違うか?」
「………」
「お前の好きにすればいいんだ…あの女にお前の子を産ませればいい、喜んで
そうしてくれるだろうさ。
お前は時々私のために人殺しをしてくれればいいんだ。
そうすれば、お前も、あの女も、お前たちの子供も…
私が全て面倒を見ようじゃないか」
「あんたは………」
「悪い取引じゃなかろう、違うか?」
「………」
「素直になれ、あの女をずっと独り占めしたいんだろう?そうすればいい、
今のお前にはそれが出来るんだからな」


…ある史書の言葉を借りれば、この時代はまさに暗殺の時代であった。
あらゆる勢力が敵の要人を殺そうと計っていた。
その中で一つの興味深いエピソードがある。教会の敵対者…正確には
アリオスト枢機卿の敵対者が、全て同一犯の仕業としか思われない方法で
殺されているということだ。その数は実に四十名を越える。
そして、その暗殺者の名は今に至るも不明である。




〜FIN