氏作。Part36スレより。






オーボンヌ修道院・・・歴史の表では決して語られない真の英雄が最後に戦った舞台。


久方ぶりの晴天に修道女達は沢山の洗濯物を干している。
そんな中、一人の年取った修道女がゆっくりと建物から出てきた。
それに気がついた一人の修道女は急いで彼女の元に駆けつけ慌てて建物の中に戻そうとした。
「マザー・アグリアス、お一人でお外に出られては危険です!せめて一人はお供をお付けください!」
「いいのです、シスター・メアリ・・・今日は非常に良い天気じゃない、こんな時はゆっくり日向ぼっこしたいわ。」
「マザー、貴方様は昨日までお風邪を召し寝込まれておりました。明日になればある程度体力が回復いたします。
どうかそれまでもう少しだけご辛抱を・・・。」
「あらやだわ、シスター・アリアン・・・これでも私は騎士だったのよ?体力ならまだまだ貴方達よりは上のはずよ?」
「ですが、もうかなりのお年です・・・わかりました、貴方様が一度言い出したら聞かない頑固というのは
シスター・ティータより伺っております。」
「まぁ、ティータったらそんなことを貴方達に言伝していたの・・・もう、あの娘はいい加減、母から離れないと
いけないわね。」
そういってマザー・アグリアスと呼ばれた修道女はコロコロと笑った。


マザー・アグリアス・・・本名はアグリアス・ルーグス、旧姓アグリアスオークス・・・かつては聖騎士とも
呼ばれた女傑。
しかしながらライオネル城の惨劇の際に行方不明になったと公式記録ではなっていたが2年後ふらりと
オーボンヌ修道院に現れた。
そしてオーボンヌ修道院を建て直しながら獅子戦争で発生した大勢の孤児の面倒を見てきた。
今では近くのドーターの町は勿論、イヴァリアース全土からオーボンヌの聖母、聖アグリアスなどと慕われ、
いつしかオーボンヌ修道院には巡礼者や寄付の後が経たない。
同時に彼女はティータという一児の母であるが誰に対しても決して娘の父の名を言おうとはしなかった。


ただ、時折彼女が深夜に掛けて修道院の地下に新たに設けられた礼拝所に入るのが修道女達に何度も
目撃されていた。
一時期は薄気味がられたがある日、勇気を振り絞ってシスター・アリアンが尋ねてみた。
すると彼女は苦笑いを浮かべながら、
「私も完璧な存在じゃないのよ・・・昔、愛したただ一人の男性の冥福を祈る為に・・・あの人と最後に別れた
あの場所で・・・」
そういった彼女の顔は恋をした乙女のそれであった。


「さて、それじゃいつものように私は地下の礼拝所に居ますので何かあったら教えてくださいね。」
そういってマザー・アグリアスは建物の中に戻っていった。
「分かりました・・・ではお食事の時にシスター・リディをお迎えに伺わせます。」
後ろで聞こえるシスター・メアリの声を聞きながら彼女は暗い階段を一歩一歩下っていった。


かつては大書庫であったと思われる場所・・・今は礼拝所となってい・・・一部の天井は崩れて空からの光が降り注ぎ
幻想的な光景を醸し出している・・・。
そこにマザー・アグリアスはいた。
時折、小鳥が崩れた天井から入り込んでは外より少し涼しいこの礼拝所で日向ぼっこをしながら地面を
ついばんでいる。
静かに跪くと小さく祝詞を唱えながら、愛しい彼との思い出を、あの運命の別れを思い出しながら今は亡き
愛しき彼に問うた。
ラムザ・・・貴方は私をどう思うだろうか・・・あの時、貴方を掴めなかった、私を・・・)
(あれから・・・40年が経ったわ・・・貴方には教えてなかったけどあの時、私のお腹の中に居た赤子は
元気な娘に育ちました。)
(今では3児2孫の母だ・・・私も年を取ったわ・・・でも、あの頃の気持ちは40年経った今でも変わらない。)
(こちらに帰還後、暫くして、ディリータがオヴェリア様に襲われ、重傷を負いながら返り討ちにしたと聞いた。)
(かつての私であったらオヴェリア様の仇を討たんと単身で無謀な行いをしたであろうが、あの時の私には
大切な存在が別にあった。)
(お前が私を庇って飛空挺の破片を浴び、離れ離れになってしまった瞬間を今でも覚えている・・・。忘れたい
思い出ではあるがお前との大切な思い出でもある為忘れられない。)
(初めて一つになれた晩のことも鮮明に覚えている・・・初めての時の痛み、今になってみれば大切な思い出だな・・・。)
(決戦を前にお前を呼びとめ、ティータを身篭っていたことをお前に伝えようとして失敗したことも思い出だ・・・。)
(ふふふ・・・人というのは不思議だな・・・己の死期が近い事をいつの間にか悟り、いつの間にか死に対して寛容になる。)
(あの世で私は貴方とまた一緒に過ごせるのだろうか?アルマ殿やオヴェリア様もそちらにいるのだるか・・・?)


コツ・・・コツ・・・
誰もいないはずの礼拝所に静かに誰かが・・・誰かが歩く音が響く。
おかしい・・・ここに至るにはどうしても修道女たちの目の前を移動しなくてはならない。
では幻聴だろうか・・・そう思い、再び祈りに集中しようとするアグリアスだったがどこか懐かしいその足音に
ふと背後を振り返ってみたい誘惑に駆られた。


コツ・・・コツ・・・コツ・・・・・・・
すぐ後ろまで来て足音は止まった・・・・。
「ただいま・・・ようやく・・・君の元に来れたね・・・」
どこか懐かしい・・・だが愛しい人へつむぐ恋人の音色に彼女の心臓はドクンっと高鳴った。
「長い長い旅の末・・・ようやく帰ってこれた・・・」
「・・・そうか・・・」
「大変だったよ・・・いろんな所でいろんな人を助け、いろんな人に恨まれ・・・でも結局は君に会いたいって・・・アグリアスに会いたい一心でここまで来れたよ。」
「ずいぶんと遠回りだったのね・・・あの時、お腹にいたティータも今は40を過ぎて良いおばちゃんよ・・・」
「そうだね、僕らも60を過ぎたしね・・・でも最後に君と会えてよかった・・・そう思いたくて一生懸命頑張ったんだ、褒めてくれたって良いじゃないか。」
「・・・馬鹿・・・、女を・・・大切な女を・・・こんなに待たせた男に・・・褒め言葉なんて無いわ・・・」
涙声混じりになりながらも気丈に振るう愛しい人を見て男はそっと彼女を包むように抱きしめた。


「お帰りなさい、私のラムザ・・・・私も・・・私も貴方に死ぬ前にお会いしたかったわ・・・。」
「お待たせしちゃってごめんね・・・愛しい僕のアグリアス・・・。」
「うふふ・・・大分老けちゃったわね・・・これじゃあ、ティータは貴方が父親だと言わないと気づかないんじゃないかしら?
あの娘は貴方を肖像でしか知らないわ・・・この上の書庫にある・・・見たでしょ?」
「ああ・・・、あれは僕の絵だったのか・・・かなり僕を美化したんだね・・・教えてもらったら急に恥ずかしくなったよ」
「あら、美化なんてしてないわ・・・、貴方はあの絵のままよ・・・」
「そうか・・・そうなのかな・・・なんか自分っていう気がしないな・・・」
「あら、私には貴方はあの絵のような英雄よ・・・覚えてる?あの絵は貴方がドーターの町のスラムで助けた
女の子が描いた絵なのよ・・・頼んだら快く引き受けて描いてくれたわ・・・」
「へぇ、あの時の女の子が・・・今はどうしているんだい?」
「この間、宮廷お抱えの絵画師として王都からお迎えが来たらしいわ・・・。」
「そうか・・・よかった・・・皆、幸せに暮らしてるんだね・・・」
「知らないわ・・・私はここでずっと静かに暮らしてたんだもの・・・」
「ふふふ・・・そうか、じゃあこれからは二人で静かに・・・」
「ええ、貴方と一緒よ・・・・何時までもね・・・だから絶対に私を離さないでね・・・もう、貴方無しの生活は嫌よ」



日が暮れ、シスター・リディが夕食の準備が出来たことを伝えに礼拝所に降りるとそこには礼拝所一杯に
千日紅が咲き茂っており、
誰かが植えたのかと不審に思いながら礼拝所の中央を見るとそこにはマザー・アグリアスが静かに横たわっていた・・・
幸せそうな微笑を浮かべたまま・・・


10日後、一人の偉大なる聖人の国葬が行われた・・・。
しかし、参列した人々やしなかった人々の間には奇妙な噂が飛び交い続けた・・・
曰く、「マザー・アグリアスは実は亡くなってはおらず、かつては異端者と呼ばれた救世の英雄ラムザ
仲睦まじくこの世のどこかで暮らしている」
「マザー・アグリアスが亡くなった日、誰かが会話している声を聞いた・・・それは救世の英雄であり彼女の最愛の人である
ラムザだったのではないか」と・・・


・・・真相は深い謎という名の闇の中にある・・・