氏作。Part24スレより。


「なあ、ラヴィアン。正直に言って欲しいのだが」
「な、なんでしょう? 隊長に嘘をつくような大それたことが出来る私とお思いですか?」
 その言い種がすでに嘘っぽく聞こえるのは何故だろうかと思ってしまうのは、普段の
アグリアスがラヴィアンにどのような扱いを受けているかを物語っている。もちろん、
ラヴィアンがアグリアスに嘘をつくというわけではない。だが、本当のことだけを言う
とも限らない。このところ、ラヴィアンとアグリアスは、そんな具合に気安くからかい
あえるような友人同士の関係に近づきつつあったのである。
 うららかな昼下がり、宿のそばの土手へ出向いて、趣味でもある武具の手入れをして
いた彼女は、様子を見に来たラヴィアンに、今朝から心にある質問をぶつけてみようと
思いたったのだった。
「大したことではないのだ。ただ、その」
「はい」
 一方のラヴィアンは身構えている。アグリアスから改まって何かを尋ねられる時は、
大抵、どこかあさっての方向からやってくる常識問題を問われることが多いのだ。正確に
答えなくてはまずいが、しかし、そもそも何故それを知らないのかわからない、という
ような事柄が。
 大方の場合は、ムスタディオ辺りにからかわれた事を気に病んだり曲解しているので、
その誤解も解かなくてはならない。しかもムスタディオがアグリアスの逆襲に合わぬように
気をつけて答えねばならなかった。
 正直なところ、ムスタディオがアグリアスに闇討ちされても一向に構わないのだが、
銃の維持管理役が寝込んでしまっては面倒が多い。それに何故闇討ちに至ったかを、隊の
皆に公にしなくてはならぬのも頭が痛い。それ故に、ラヴィアンは毎度頭を使う羽目に
なり、アグリアスから質問されるといささか気が重くなった。
 しかし、自分がアグリアスの質問に答えないと、他の誰かに尋ねる可能性がある。
アリシア辺りなら良いが「何を言われたのかわからないなら、言ってきた本人に聞き返せば
いいのだ」という単純なことに気がついてしまっては問題だと、ラヴィアンは思っていた。
 アグリアス本人にとっては問題ではないかもしれないが、ラヴィアンにとってアグリアス
「頼れる副長」という立場に居るべき人物なのだ。実は世間知らずでとんちんかんなところが
かわいらしい、とか、実は寂しがりなところもあるようだ、とか、手先が不器用なので、剣の
手入れ以外におよそ「手入れ」と名のつく仕事は全てアリシアとラヴィアンがこっそり受け
持っている、とかいった事柄は、他の人間に洩れてはならぬのである。
 少人数で、しかも仲の良いラムザ隊の中で、こうした秘密を保ち続ける為に、アリシア
ラヴィアンは、人知れぬ気苦労を勝手に背負い込んでいたのだった。
 もちろん、これは自分が勝手にやっていることなのだから、ムスタディオを闇討ちして
アグリアス様をからかうな」等と釘を刺すわけにもいかない。確かに、ムスタディオが
アグリアスに雑談を持ちかけることを一切辞めてくれれば、こんな心配は無用に近くなる
だろう。けれど「その言葉から、どうしてこんな質問に到達するんですか」と脱力して
しまうような相手なのだ。一切話しかけるなというのも剣呑だし、どうしようもない。
 そんなわけで、ムスタディオひとりを犠牲にすればすむような事態ではないと悟った
ラヴィアンは、食事当番の時にムスタディオの分だけ辛い調味料を多めに盛ってやる程度の
復讐で気を紛らわせてきたのだった。
 もちろん、元凶であるアグリアスは、元部下のそんな気苦労を露ほども気づいてはいない。
だから、こうして、再び返答に困る質問を投げかけようとしているのだった。
「私の鼻は、その、不都合な状態だろうか?」
「…………はぁ?」
 鼻が不都合とは、一体どういう意味なのだろう?
 あっけに取られてどうして良いかわからなくなってしまっているラヴィアンに向かって、
アグリアスはゆっくりと事情説明を始めた。
 いわく、昨晩、宿においてあった異国の物語集を読んでいたのだが、異国の地では、
とある美女の鼻が低かったり、短かったりしたら歴史は変わっただろうと言われた事が
あったらしい。また、別の国の僧侶は、あまりに長い鼻をもてあまし、移動する時には
鼻を自分の足で蹴ってしまわぬよう、お付きの者が鼻を持ち上げるためだけに同行した
らしい。鼻の大きさひとつとっても、世の中に伝説は残るものだとしみじみ感じたのだが、
ところで自分の鼻は、一体どんな鼻なのだろうかと、それが気になってしまったのだ。何か
他の人の気に障るような鼻であったなら、少し考えた方が良いのだろうか……と。



 アグリアスが自分の容姿について気にする事自体が珍しい。それに驚いた上に、出て
来た例が異国の、しかも作り話か事実かもはっきりしない物語集からとは、ラヴィアンに
とって驚きの連続だった。
 そもそも、他人の鼻の具合が気に障るときといえば、鼻水が出ていたり、ひどくくしゃみを
繰り返したり、そういう時くらいなものではないか。一般的な容姿で何か他人が影響を受ける
事が珍しいからこそ、そうした物語が作られたのだろう……と言ってしまって良い物かどうか。
 黙って考え込んでいるラヴィアンの横顔を、アグリアスは眺めていた。相変わらずまつ毛が
長く、綺麗な瞳をしている。この瞳に宿る優しい精神に、自分はどれほど助けられてきたこと
だろう。
 今だって、こんなにくだらない質問をしているのに、真剣に答えようと考えてくれている
のがわかる。私は仲間に恵まれている。改めてそう思うアグリアスなのだった。


 一方、ラヴィアンはやっとアグリアスへの返答を思いついて尋ねてみた。
「ご自分では、どう思われているのですか?」
「それがわからないから聞いてみたかったのだ、というのは、答えになっていないだろうか」
「ご自分でもおわかりでしょう。答えになっていません」
 ふたりで顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
 ラヴィアンは、いろいろ考えた挙げ句、こんな答えしか出て来ない自分がおかしくて。
 アグリアスは、頼りにしている部下の、済ました顔の上でつんと上を向いた鼻がおかしくて。
ラヴィアンが意図的に鼻をそびやかしたのがわかったからだ。気に病んでも仕方がないと、
何よりもその鼻が教えてくれているような気がしたのである。
「すまん、ラヴィアンはいつも、私に困らされてばかりだな」
「それは、もういつものことですから」
 済まして言うラヴィアンに、アグリアスは微笑んだ。
「感謝している」
ラヴィアンは、返答に詰まった。どうしてこの流れでそうなるのだろう?
「唐突に、何を仰せですか」
「感謝しているんだ、本当に。オヴェリア様の護衛として張り切っていたお前たちを
こんな流浪の運命に巻き込んでしまったのに、アリシアもラヴィアンも恨み言ひとつ言わず、
ついて来てくれているだろう。それに、こんな私には愛想をつかしても良いだろうに、
それも言わず、今だって、こうして、くだらない事にも真剣に答えようとしてくれるでは
ないか。私はラヴィアンに甘えているのかもしれないな。すまない。ありがとう」


 うららかな春の風が見守る中で。ラヴィアンはほろほろと涙をながして、敬愛する
元上司をおおいに慌てさせたのだった。


                               (おわり)