氏作。Part20スレより。



そして。
「あそこです!」
ラヴィアンが叫び、ラムザアグリアスをついに見つけた。
二人は川向かいの、ちょうど中洲が小山になったような、石と土のテーブルの上で戦っていた。
周囲は切り立っており、足を踏み外せば川にまっさかさまだろう。
まるで巨人があぐらをかくためにしつらえたような、自然の石舞台である。
そこでラムザアグリアスの二人が巨大な牛のようなモンスターと対峙していた。
今もラムザアグリアスの二人が剣を構え、ベヒーモス相手に斬っては離れ、斬っては離れを繰り返している。
しかし…どうも様子がおかしい。
これは、あまりにも…
あまりにもラムザアグリアス



“おしている”


ベヒーモスとたった二人で戦っても、不利どころかこのまま倒してしまいそうな勢いだ。
勿論、二人が優勢ならば好ましいが、これはさすがに違和感を感じざるをえない。
俺はその圧倒的な様にしばし呆然となる。


「どうしたんですか?こんなとこ…!」


ラヴィアンもことばを無くす程驚いているらしい。
…二人そろって目の錯覚というわけでもようだ。



問題なのはアグリアス
何が問題なのかというと、
異常なくらいに「速すぎる」のだ。
当のアグリアスは疾風のような速さで駈け、華麗な剣技と風になびく金糸の髪を惜し気もなく晒している。
とにかく速い。速すぎて、目で追い掛けるのに苦労する程だ。
忍者の俺ですらそうなのだから、
ラヴィアンには青と金の残像が石舞台の上で舞っているようにしか見えないだろう。
美しい。
戦闘中に不謹慎だが、俺は何となくそう思った。
やがて、ベヒーモスも多量の出血で弱ってきたらしく、段々と動きが鈍ってきた。
まだまだギアのあがるアグリアスとは対照的だ。
それでも風を切って振り回される丸太のような腕と爪は脅威の一言に尽きる。




ラムザ!とどめを!」


そこが好機と思ったらしく、アグリアスの大音声が響き渡った。


「はい!」


ラムザは勢いよく返事をして、剣を地面に突き立て、両手を自由に。
そして瞳を閉じて、精神を集中し始めた。
ここからでは遠くて聞こえないが、何か呪文を唱えているのだろう。
その間、アグリアスベヒーモスの注意を引き付ける囮役だ。
アグリアスベヒーモスの尾の一撃を跳んで躱し、
さらに空中からセイブザクイーンを振り下ろす。
その太刀筋はベヒーモスの眼球を捉え、大きな傷を与えた。
このまま一人で倒してしまいそうな感すらする。


アグリアスさん!」


ラムザが叫ぶ。
それが合図になったのだろう、アグリアスが一足飛びに大きく距離をとった。
羽が生えているかのようなバックステップ。
そして次の瞬間、ラムザが手を天に突き上げ、力ある言葉を叫んだ。


  「アルテマ!」


ラムザの声とともに、大きなエネルギーの奔流がベヒーモスの体を舐め回していく。
あっ、という間にその流れは消え、あとには所々の皮膚が焦げついたベヒーモスの骸が残ったのみだ。


「やった…のか?」
「やったんじゃ…ないですか?」


俺とラヴィアンは呆然と一言ずつ。
あの二人がこれ程強いとは…。
特にアグリアスだ。
一人であの巨獣を翻弄する圧倒的なスピード、たった一人で一部隊に匹敵する戦力かもしれない。


「こりゃ凄いな…。あんだけ速かったら俺、お払い箱になるかも」
「ええっ!?こ、困りますよぅ…」
「いや、お前は困らんだろ。
 前衛はいくら居ても足りないぐらい…って、何をもじもじしとる」
「だ、だって…」


何やってんだこいつは。
トイレか…?


「あっ、ソウテツさん、あれ!」
「何だ?」
ラヴィアンが何かに気付いたように向こうを指差す。
目を向けると、死んだはずのベヒーモスが今まさに身を起こすところだった。
まだ生きてたのか!



「………!」
アグリアスが一早くその気配に気付いたようで、
すぐに振り返り、最後のとどめをもう一度刺そうとしていた。
が、ベヒーモスの振り下ろす爪の方が早い。


「無双…!」


アグリアスも聖剣技を繰り出そうとするが、しかしこれでは間に合わない!
アグリアスの異常なスピードをもってしても気付くのが遅すぎた。


「ラム…!」
俺はラムザにそれを知らせようと声をあげたが、結局それは誰の耳にも届かなかった。
代わりにそれを遮る大きな音が周囲にこだましたからである。
ドン!という重い響きは火薬の音──これは銃声だ。
弾丸には魔法の力が籠められていたらしく、全身から青白い火花をちらしながら、今度こそ絶命したベヒーモスがゆっくりと倒れていく。
ずん、という音がしてベヒーモスが横たわり、その陰から現われたのは、銃を構えた機工師ムスタディオだった。


「ムスタディオ!今のは君が!?」
「おぅ、ラムザ。おかけでさっそく魔法銃をテストできたぜ」
「もっと早く加勢してくれればよかったのに…人が悪いよ、ムスタ」
「わりィわりィ、でも近距離じゃないとベヒーモスには豆鉄砲だからさ」
「へぇ〜…あ、そうだ、みんなは無事?」
「あぁ。今こっちに大急ぎで向かってきてるよ。
 まぁ、無駄になっちまったけど」
こつん、とベヒーモスの尻尾を蹴るムスタディオ。



「稲妻……」



「あれ?今何か聞こえなかった?」
「おい、おどかすなよラムザ。あれだけくらって生きてるわけないだろ?」
「いや、そうじゃなくて…」
「変な奴だなぁ。あ、そういえばアグリアスは?」
「あぁ、アグリアスさんならそこに…」
「お、いたいた。お〜ぃ、姐さ〜ん、俺の活躍見て…」


   『突きぃィィィィィ!!!』


「「うおおおおぉ!?」」



「ななななにするんですかアグリアスさん!戦闘はもう終わってますよ!」
「…何を言ってる…ラムザ、ブラックゴブリンがまだ生きているぞ…?」
「ちょちょちょ、ちょっと待って姐さん!
 俺はゴブリンなんかじゃうおおぉおぉ!?待って!分かったから待って!」
「よく喋るゴブリンだ…」
「ア、アグリアスさん!?正気にもどって! それは味方です!」
「 不 動 無 明 剣 !」
『うわあああああ!?』



…………。
一部始終を見て絶句する俺とラヴィアン。
間違いない、アグリアスはムスタディオを 消 す つもりだ。
けっこう根に持つタイプだとは知らなかった…。


「…どうする?」
「どうするって言われても…」


ちらちらとお互いを見合う。
正直言って、あの中に飛び込むのは…


『ぎゃああああ!?こっちこないで!ちょ、マジで!おねがい、いやおねがいしま、うおあっぶねぇぇぇ!!』
アグリアスさん!?眼が光って、う、うわあああ!!』


「ちょ、俺、あれ止めるの無理」
あれに飛び込むのはさすがに怖い。ルカヴィより怖い。
「ええっ!?ラムザさん死んじゃいますよ!?
 ムスタディオに巻き込まれて」
「でも、あれ、ムスタディオが自分で蒔いた種だからな…」
「つ、摘み取られちゃいますよ!?」
「いや、こういうのはお前の方が向いてるんじゃないか?
 ほら、アグリアスと付き合い長いし」
「私だって命は惜しいです…」
じゃ、どうしようか。
ということで二人で会議したが5秒で“様子を見よう”になった。
いつもと同じ、今日はこればっかりだ。



そして丁度、俺達の5秒の会議が満場一致で終了した時だ。


「何をしている!?」


この声はオルランドゥ伯だ。
しめた、オルランドゥ伯は剣聖と呼ばれる程の使い手、この場を治めてくれるかもしれん。
頑張れ!オルランドゥ伯!


「これはいったいどうした事だラムザ!」
「わ、わかりません!とにかくムスタディオを早く!」
必死にムスタディオを逃がそうとするラムザ
一方ムスタディオは腰が抜けて立てないらしい。


オルランドゥ伯!アグリアスさんを引き付けて下さい!」
「わ、わかった!」
アグリアスに立ちふさがるオルランドゥ伯。
しかし…


「速い!?」


見た事もないスピードに翻弄される伯。
一方アグリアスは容赦がない。


「 聖 光 爆 烈 波 ! 」
「ぬわーー…」


オルランドゥ伯がいとも簡単に吹っ飛び、石舞台の下に落ちていく…



「伯!?」
やばい、オルランドゥ伯まで犠牲に…
しかし伯が命がけで時間を稼いでくれたその間に、次々と援軍がやってくる。
ベイオウーフ、レーゼ、ラファ、マラークがラムザの悲鳴を聞きつけやってきた。


「ベイオさん!マラーク!助けて下さい!
 アグリアスさんが暴走してます!正気にもどして!」
「よし、分かった!俺の魔法剣で」
「 北 斗 骨 砕 打 ! 」
「ああ〜〜…」
落ちていく…
「ベイオの仇!裏天魔…」 「 乱 命 割 殺 打 ! 」
「うぁ〜〜…」
また一人…
レーゼはラファを抱きしめ、「子供は見ちゃだめ」のスタンスだ。
子供の目にはきつかろう…
その後、アカデミー出身の奴らが名乗り出るも、ことごとく敗退していく。
あまりにも凄惨なので割愛させてもらおうか…。


そしてまた一人、新たなチャレンジャーが石舞台に上がったようだ。
挑戦者はシーフのラッド。
ハートを盗めばあるいは勝機があるかもしれないとふんだのだろう。
なかなか考えたな、ラッド。


アグリアス、あんたに恨みは無いがアリシアに頼まれたんでな!いくぜ!」
ラッドが叫ぶ。
その宣言がゴングのように、一気に駆け出し、間合いを詰めていく。


「遅い!」


アグリアスはまるで嘲笑うかなのようにラッドの攻撃を容易くかわす。
もはや人間のスピードではない。
残像を残しつつ、手刀をラッドの首筋に振り下ろす。
俺の目から見ても、急所を的確に狙ったきれいな手刀だ。
一撃を食らったラッドはがくりと膝をついて気を失う。そしてリングアウト
これはまずい…。
ほぼ部隊が全滅じゃないか。
今度は俺の番か…?
そう思ってラヴィアンの方を振り向くと、


「これは…“あのとき”と同じ…」
何事か、うわごとのように呟いている。


「“あの時”?あの時ってまさか…」
まさか、ラヴィアンが言っていた…


「そう…思い出すのもおそろしい…“レナリアの悪夢”」


…………。


「…ええ!?“マンダリアの悲劇”じゃないのか!?」
「一緒ですよ。他にも“スウィージの惨劇”、“フォボハム事件”、“血のゼクラス砂漠”…」
「そんなにあるのか!?」
「知らなかったんですか?」
「おそろしいな、あいつ…」
「でも、普段はあんな化け物みたいな強さじゃないだろう?」
「だから、今日は違うんですよ。ほら、アグリアス様、香水つけてたでしょう?」
「ああ。あの“なんたらかんたら”」
「“セッティエムソン”ですよ…。それ、マジックアイテムなんですよ。
 香水自体にヘイストの魔法が織り込まれてるんです」
「成る程…。それであの速さか」
それなら納得がいく。あれをつけると化け物のような強さになるのも不思議ではない。
「ってことは、今までのその悲劇やら惨劇やらも、その香水のせいなのか?」
「ええ。まぁ、正しくは使用者に問題があるかというか…」
アグリアスに?」
「はい…。アグリアス様は、何というか、その…」
「うん」
「スピード狂なんです…」


ぼちゃり。
俺たちが会話してる間に、誰かが川に落ちた。
多分、メリアドールだと思う。


そんなこんなで事態が急展開していると、


「ラヴィアン!」


アリシアが後ろから現われた。どうやら無事のようだ。


アリシア!大丈夫だったの?」
ラヴィアンも俺が思っていた事と同じ質問をする。
「ラッドが時間を稼いでくれたから、何とかね…。それより、様子は?」
尋ねられて、首を振るラヴィアン。
「ほぼ全滅だ」
俺が代わりに答えてやる。
「そう…。ラムザさんとムスタディオは?」
「皆がアグリアスの注意を引いてる間に、何処かに隠れたみたいだな」
「今のうちに何とかしなきゃ、ってことね。
 …しょうがない。ラヴィアン、“あれ”をやりましょう」
「分かったわ、アリシア


何か策があるらしい。一体何をするつもりなのか?


「あとのことはお願いします、ソウテツさん!」


ラヴィアンがそう言い残し、アリシアと共に駈け出していく。
二人がかりでアグリアスの相手をするようだ。
仕方なく俺も後をついて行く。
もちろん、潜伏しながら、である。
俺は石舞台の端の、巨石の陰に陣取り、ラヴィアンとアリシアは獲物を探すアグリアスの前で足を止めた。


アグリアス様!」
「目を覚まして下さい!」
交互に叫ぶラヴィアンとアリシア
「どけ!お前たちでは私には勝てん!」
確かにそうだ。悔しいが認めざるをえないだろう。それはあの二人が一番よく分かってる筈だ。
しかし二人は動じない。


「…アリシア、準備はいい?」
「いつでも、いけるよ」


何をするつもりだ?
その感想はアグリアスも同様らしい。警戒の様子が見てとれる。
そして、ラヴィアンとアリシアが同じ剣の構えをとった。
それはまるで鏡合わせのようにきれいに揃った動作だ。
ラヴィアンが右、アリシアが左。
呼吸も、お互いの息がぴったりと揃っている。
そして、二人が同時に、すぅ、と息を吸うと、


『戦技!』


同時に叫び、走りだす二人!
ラヴィアンとアリシアが一度交差、まず初めはラヴィアンが一撃。
あの剣の振りはスピードブレイクだ。
歴戦の騎士が相手を傷つける事なく力のみ削ぐ技術。
続いてラヴィアンとアリシアの体が入れ替わるように二撃目。
アグリアスもその恐ろしい反射速度で受け流すが、ラヴィアンとアリシア二人の動きも負けてはいない。
そのまま二人は入れ代わり立ち代わり剣撃を浴びせ続け、まるでアグリアスがひっきりなしにダンスの相手を取り替えているようだ。
これはいけるかもしれない。
しかし、これ程の切り札を持っているとは…


アトカーシャ王家近衛騎士団、侮りがたし!



だが…その淡い期待も長くは続かなかった。
そうして二人がいくら打ち込んでも、決定打がアグリアスに届かないのだ。
手数でこそ勝っているものの、二人には圧倒的に足りないものがある。
それはパワーだ。
アグリアスの膂力の前にラヴィアンとアリシアは未だ攻めあぐねている。
俺の目にも二人が焦り始めてきたのが分かった。
そしてアグリアスがその隙を逃すはずもない。
アグリアスは剣を両手持ちにして体重を乗せた一撃を放つ!
アリシアはその衝撃を受けとめきれずによろめき、二人の一糸乱れぬコンビネーションに一瞬、穴が開く。


「甘い!聖光爆烈波!」


その間隙を縫うようにすかさず聖剣技を打ち込むアグリアス


「きゃあっ!」


悲鳴をあげ、紙のように吹き飛ぶラヴィアンとアリシア
これはまずい!
俺はラヴィアンが吹き飛んでくる着地点を予想してそこに飛び込む。
そうして空中でラヴィアンキャッチ。得意分野だ。
俺はよく、敵の忍が投げたものを片っ端からキャッチしたものである。
それに比べたら女の一人、何という事はない。
俺はラヴィアンの背中と膝裏に手を回し、腕の中に抱え込んで、着地。


ぼちゃり。


あ、すまんアリシア…。
でも下は水だから痛くはないだろう。
許せよ…。



「う…ん…」
「大丈夫か?」
ラヴィアンが目を覚ました。
「…あ、すいません」
「立てるか?」
「はい」
ゆっくりとラヴィアンを地面に降ろして立たせてやる。


アグリアス様?」
「向こうだ。ここは石の陰になってるから簡単には見つからん
 ここでしばらく様子を見よう」
「そうですね…。あっ、ソウテツさん、あそこ…」
ラヴィアンが指差した方向を見る。
そこにはラムザがいた。
たった一人でアグリアスに挑むつもりなのだろうか?
と、俺はそこで、ラムザの装備している剣がいつもと違う事に気がついた。
あの騎士剣は、間違いない、混沌の名を冠する“カオスブレイド”だ。
あの魔剣をもってするならば、アグリアスを止める事も可能かもしれない…。
しかし、俺の思いをよそにラムザはいつまでたっても剣を抜かない。
それどころかまったく無防備にアグリアスに向かって歩いていくではないか。



「馬鹿、やられ…う。」
途中で言葉が遮られる。ラヴィアンが俺の口をその手で塞いだからだ。
「ソウテツさん!ここはラムザさんに任せましょう」
「しかし」
「大丈夫ですよ、きっと女の勘がそーいってるんです。
 それに、私たち、今日ずっとお二人を見守ってきたじゃないですか」
「いや、“覗き”って言うと思うんだが…」
「そ、それはこの際おいといて。とにかく、痴情のもつれはご本人方に解決して頂かないと」


痴情ってお前なぁ…
しかしまぁ、一理あるような、ないような。
どうせ今からでは間に合わん、ここはラムザのお手並み拝見といこうか。



アグリアスさん…」
ラムザ、ムスタディオはどこだ」
「別の場所に隠れてますよ」
「どこだ」
「どこでもいいじゃないですか。もう、こんな事やめましょうよ」
「………」
「八つ当りじゃないですか、こんなの」
「…違う」
アグリアスさん…」
「近づくな!」
アグリアスさん」
「そうやって、いつも、自分が、全部分かっているような事を…」
「…そんな風に思ってません」
「なら何故!何故一人で全て背負いこもうとするんだ!」
「………」
「死ぬ…つもりなのか」
「その方がいいんですよ」
「何を、言っているんだ、お前は…」
「それに、もう誰も失いたくないんです。ティータや兄さんのように…」
「もう、やめろ、やめてくれ…」
「だから」
「やめろ!それ以上何も言うな……」



アグリアスさん」
「どうしてそんな風に考えるんだ、おまえは」
「………」
「お前は一人じゃない。私がついてる」
「…いつも聞いてますよ、その言葉」
「茶化すな。…私じゃ、不満か?」
「そんな事、ありません。アグリアスさんは…僕の大切な人です」
「…ばか」
「だから、アグリアスさんには、危ない目に遭ってほしくないんです」
「そんな事知ったことか」
「真面目に聞いてください、アグ……ん…」
「………」
「………」
「………」
「ア、アアアアグリアスさん!いきなり何するんですか!?」
「私じゃ、不満か?」
アグリアスさん、ずるいですよ…」
「お前ほどじゃ…ん……はぁ…ふ…ぅ…!ば、ばか!何をする!」
「お返しですよ」
「…責任とって、もらうからな」
「ア、アグリアスさんが先にしてきたんじゃないですか!」
「言い訳するな、男のくせに」
「………」
「男だったら“大切な人”ぐらい、守ってみせろ…」
「………」
「絶対ついていくからな。だめだって言っても、ついていくからな」
アグリアスさん……。僕の事、信じてくれますか?」
「今更疑うものか。私は、お前を信じる」





「だっふんだ!」



────────。


「なぁ、ラヴィアン」
「なんです?」
「お前さ…」
「はぁ」
「…いや、何でもない」


俺とラヴィアンは隠れていた岩を背もたれに、二人並んで座り込んでいた。
背を向ける形になるので、ラムザアグリアスの姿は当然見えない。
二人の声だけがこちらに届いてきていた。


「やりましたね、ラムザさん」
「どうかな…。結局、ラムザアグリアスには適わなかったんじゃないか?」
「別にうまくないですよ」
「お前なぁ…」


そう言ってうらめしそうに顔を見合わせたが、すぐに笑いが込み上げてきて
二人同時に吹き出してしまう。
そうしてひとしきり笑ったあと、あたりを見回すと、こちらに四つんばいで近づいてくる人影が目に映った。
スタディオだ。


「だ、だんな…たすけて…」
…あれ?そういえば、何でこいつだけ無事なんだろう。
考えてみればこいつが発端なのに。
発端?
そうだ、発端だよ。
その時、俺の脳裏に突然、あるアイディアが閃いた。これは我ながらなかなか良い考えだ。


「ラヴィアン」
「はい?」
「ちょっと耳貸せ」
「はぁ……あ、はいはい。…なるほど」
「いい考えだろ?」
「ベストですね」


「え…二人とも、何やってんの…?」
スタディオが不思議そうに尋ねてくる。
「何でもないですよぉ」
にこにこしながら答えるラヴィアン。
こいつめ、なかなかの悪党だ。実に頼もしい。
「ちょっ…おまえら、俺に…」
何をするつもりって?まぁ見ていれば分かる。


「 乱 心 唱 !」


「…ぐぅ……」
一発でオチるムスタディオ。
さて、ここからは…
「ラヴィアン、頼むわ」
「はい。よいしょっと…」
スタディオの耳許まで移動するラヴィアン。
そうやって何をするかといえば、この混乱状態の時に暗示を吹き込むのである。
ラヴィアンに尋問した時と同じだ。
しかし今度はそのラヴィアンが混乱したムスタディオの相手をしているのだから、世の中分からないものである。
「ムスタ君、君は私のシュークリームを食べましたね?
 あなたはそのお返しに、私にシュークリームを倍返し、シュークリームを倍返し…」
「違うだろ!も、もういい、俺がやる」
何やってんだか…。
「えー」とぶーたれるラヴィアンを尻目に、俺は話術を駆使して一つ一つ丁寧にムスタディオに濡れ衣をかぶせていく。



前後不覚のムスタディオに新しい記憶を植え付けていく。
これで次に目が覚めた時には色々と役に立ってくれるだろう。
勿論、身代わり羊として。
その作業が終わると、俺は次の仕事にとりかかる。
スタディオを、白魔法を扱えるラヴィアンに任せ、谷間の川に落ちた仲間たちを救助しに行かねばならない。
お殿さまの後始末も忍びの仕事、最後まできっちり尻拭いをするべし。
それにしても、今日はよく働いた一日だ。
向こう側ではラムザアグリアスがま共に風に吹かれている。
なかなか気持ちよさそうだ。
今は二人だけにしといてやろう、そう考えて俺は駆け出していく。
吹き下ろす渓風が俺の背を押す。
その風は、少し甘い匂いがした。



ライオネル城下町。
バリアスの谷を抜けて辿り着いたこの町は、聖アジョラが捕らえられていたと言い伝えがある。
俺達はその町でも、“城下町を一望できる”というのが売りの店に宿をとっていた。
小高い丘の上に建っているこの宿屋は一階がロビーと店主の住居、二階が食堂兼酒場、三階が宿泊部屋という構造だ。
そして今、俺達がいるのは二階。
他に客もおらず、俺達の部隊だけでほぼ満室に近い状態だ。
聞けば最近はモンスターが多く、ベヒーモス目撃の噂もあり客足が遠退いていたらしい。
まぁ、そんな事もあって、今はこの酒場もほぼ俺たちの貸し切りというわけだ。


「ムスタディオ!だからあれ程怪しげなアイテムに手を出すなと…」
「す、すいません…」
「まったく!大体最近の若者ときたら…」


隣ではムスタディオがオルランドゥ伯にこってりと絞られている。
あれはきつかろう。
何せ少々酔いの回った伯相手に、
叱責→謝罪→最近の若者ときたら…→叱責(以下繰り返し)
という無限ループ地獄に付き合わされているからだ。


あれから結局、アグリアスの暴走事件は、“ムスタディオがディープダンジョンで拾ったマジックアイテムのせい”という事になっていた。
もちろん、まるっきりでっち上げだが、ムスタディオ本人も気付いてないし、ま、いい薬になるだろう。
ちなみにアリシアとラヴィアンの“秘密のーと☆”には今回の事件の真相があます事なく載せられている。
こうして“地獄のバリアス谷”は一件落着したと言えよう。



おっと、向こうでは何やら騒がしい。
ラッドとアリシアがまた喧嘩しているようだ。
こりない奴らめ。
それをほほ笑みながら見ているレーゼ。
酒が飲めないのでオレンジの果汁を飲んでいるラファ。
ベイオウーフは何やらマラークの相談にのってやっているようだ。
メリアドールとアグリアスは静かに酒を愉しんでいる…空気を醸し出している。
二人とも実はあんまり飲めないのだ。
そしてラムザは…


「今日はありがとうございました、ソウテツさん」
「なんのなんの。俺はとくに何もしとらんよ」
グラスを持ちながら俺のところまでやってきたラムザ
普段はあまり飲まないのに珍しい、今日のラムザは少し顔が赤い。
「ここ、いいですか?」
「勿論」
そう言って椅子を引いてやる。
どうも、と言ってラムザがそこに席についた。


「結局、誰も抜けなかったな」
「そう、ですね。喜んでいいのか、悪いのか…」
「え、せっかく残ったのに喜んでくれないのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ…」
「冗談冗談。地獄の底までお供しますぞ」
「もう、止してくださいってば…」


そう、ラムザが除隊云々の会議を開いたのはつい先刻なのである。
オーボンヌが最終決戦になるだろうという旨、今までで一番危険な戦いになると予想される事。
“強制はしない、もし除隊したい者がいるなら名乗り出てくれ”というラムザの一声に応える者はいなかった。
もし言いにくいのなら、あとで僕の部屋に来るように、そう言ってラムザは退出しようとした。
その時である。
誰かが立ち上がり、ラムザに声をかけようとしていた。
ああ、抜けるつもりなのか?
皆一様にそう思ったはずだ。
しかし、立ち上がったそいつは口を開けるとこんな事を言ったのである。


“んなもん、抜けたかったらとっくに抜けてるって。
 それよりメシ食おーぜメシ!アグ姐の相手してたら腹減っちまってさ!”




「ま、今回はムスタディオの能天気に感謝しないとな」
「まったくです」
二人そろって苦笑する。
当のムスタディオは今、伯の砦落としの武勇伝をえんえんと聴かされている。
伯、その話はもう3回目ですよ…


「それより、いいのか?」
「何がです?」
「ほら、アグリアス殿の責任、とるんだろ?」
「聞いてたんですか!?」
「何のことやら」
「人が悪いですよ…」


そういって席を立つラムザ
見れば、向こうでもメリアドールが気を利かせて席を外すところだった。
ラムザアグリアスの席に向かう。
どっちも顔が赤いのは酒のせいばかりではないだろう。


うぶな奴らだ。だからついつい、からかってしまう。


「どうしたんですか?ニヤニヤして」
「…どこから出てきたんだ、ラヴィアン」
「これですよ、これ。返しときますね」


そう言ってラヴィアンは“忍びの衣”を俺に渡す。
成る程、これのせいで気配が薄かったわけか。


「便利ですよね、それ」
「そうでもないぞ。部隊の中で存在感が薄くなるのが、どれだけ辛いか…」
「そ、それは大変そうですね…」


そんな慰めの言葉なんていらん…。


「まぁ、それはいいとして」
いいのかよ!?


「明日、空いてます?」
「いや、開いてるけど?」
「じゃ、明日シュークリーム食べにいきません?」
「…俺のおごりで?」
「もちろん。約束したじゃないですか」
あぁ…そういえばそんな事も言ったような…
「いや、無理無理。大体、国全体が貧しいのにそんな贅沢できるわけ無いだろ」
「それがですね、この町のパン屋さんに頼めば、
 買った分だけその場で作ってくれるらしいんですよ。
 もちろん、値は張りますけど…」
「そんな金持ってないぞ、俺。ただでさえ手裏剣に自腹切ってるのに」
「だから、それですよ。それがあるじゃないですか」


それってまさか…
「無理!それだけは無理!」
「何言ってるんですか、それ一つでポーションいくつ買えると思ってるんです?」
「これ売ってシュークリームにするぐらいならポーション買うわ!」
「そ、そんな!ひどい!……私に乱心唱かけたくせに(ぼそり)」
「お前、気付いてたのか!?」
「まぁ、何となく、声が聞こえたような気がして。
 でも本当にやってたなんて…ひどい!よよよ…」


嘘泣きなんかしやがって、こいつ…


「あー、そーてつさん、ラヴィさん泣かしてるー!!」
「ち、ちがう、これはだな…」
「そーなのよラファちゃん!ソウテツさんが…」
「わかった!わかったから!おごる!それでいいだろ?」
「分かってくれればそれでいいんです」


んふふ、と猫のように笑うラヴィアン。
あぁ、また俺の手裏剣が減っていく。大赤字だ。
まったく今日はろくなことがない。



窓枠に肘をかけて外を覗く。風が涼しい。
町の灯りがぽつぽつと灯っていて、それが空の星座のようにも見える。
かの聖アジョラがこの町で捕らえられた時も、こんな景色だったのだろうか。
奇しくも今この町にいる俺たちはその聖アジョラの、歴史の本当の姿を知っている“異端者”だ。
ラムザや俺たちが行なおうとしている一切もまた、聖アジョラと同じように真実は覆い隠されてしまうかもしれない。
だが、いつか、いつの日か、ラムザのやっていた事、その信念が白日の下に明らかになる日が来る事を信じる。
おそらくそこには俺の名前なんぞは記されてすらいないだろうが。
俺はそれでも構わない。
忍者とはそういうもの、闇から闇に消えていくのが似合っている。
俺はラムザの手助けができればそれでいいのだ。
主君の影になりて、風の如く吹き荒び、風の如く去る。
ちょうどここまで吹き抜けてくる渓風のように。


「あ、ソウテツさん、今日は飲みましょう!」
「ラヴィアン、お前どれだけ飲んでるんだよ…。凄まじく酒臭いぞ」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。さ、こっちこっち…」


まぁ、今は一時のやすらぎを楽しもう。
風がどこまで吹いていくのか、それは誰にも分からない。
それでも俺たちは前に進んでいくのだ。
だから今日は少し休憩、皆思い思いの過ごし方をしている。
今日ぐらいは構わないだろう?
少しくらい酒臭い風が吹いたとしても、風下にいる人間は構いやしない。
いつか真実が後世の人間に辿り着いた時、そこに届くのはきっと、薫しい風だからだ。




風、薫る。完。






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