氏作。Part20スレより。


アトカーシャ王家近衛騎士団、おそるべし!



“それ、さっきも聞きましたよ”
“気にするな。様式美だ”
などと馬鹿な会話をしてる間に、アリシアが愛想笑いを浮かべながら二人のもとに近づいていく。


「ア、アリシア!まさか、今の話を聞いていたのか!?」
「なんのことです?アグリアス様。はは〜ん、さてはラムザさんといちゃいちゃしてたんですね?」


はは〜ん、っておまえ。いちゃいちゃ、っておまえ。


“だめよ、アリシア!少しわざとらしすぎるわ、もっとおさえて!”
「…聞いていたな」
「す、すいません…」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。聞かれて困ることなんてないでしょう?」
「それはそうだが、ラムザ…」
「ね、アグリアスさんここは僕の顔に免じて」
「…おまえがそういうなら仕方ない」
「すいませ〜ん。ところで物資の補給についてなんですけど…」



“なんとかうまく誤魔化せたみたいだな”


“でもまだ油断はできませんよ”


“確かに。そうだ、ラヴィアン、これ着てろ”


“え?”


俺は上に着ていた「忍びの衣」をラヴィアンに掛けてやった。
“これを身につけてればちょっとやそっとじゃ見つからん”


“そんな、じゃあソウテツさんは?”


“俺は自力で潜伏できる。黒装束さえあればどうにでもなるよ”


“でも…


“いいから着とけ。それに、これで駄目なら俺が何とかしてやる。安心しろ”


“………”

“ん?どうした?顔が赤いぞ?”


“あ…いや、何でも…”


“…っと、誰か来たみたいだぞ”


あれは、ムスタディオか。


そういえばムスタディオは、ディープダンジョンで魔法銃を手に入れたようだったな。
ラムザに自慢でもしにきたか?


「よぅ、ラムザ!ちょっと相談したいことがあるんだが…」
「何だい?ムスタディオ?」
「ほら、決戦も近いだろ?その前に一度、労働八号をオーバーホールしておきたいんだけど…」
「わかった。谷を越えたらライオネル城だから、そこで少し時間をとろうか。
 ちょうどいいからそこでみんなにも休んでもらおう。決戦前の最後の休暇になると思う。
 それで、いいですよね?アグリアスさん、アリシアさん」
「ああ、お前の言うことだ、異論はない」
「私も〜」
「サンキュー、ラムザ!」
「そんな、こっちこそお礼を言わなきゃいけないくらいだよ。機械の部品は足りてる?」
「あぁ、ラムザ達が戦ってる間にディープダンジョンから使えそうなのを拾ってきたんだ。
 見てくれよ、この魔法銃だってあそこで掘り出したんだぜ!」
「それは頼もしいな、ムスタディオ」
「まぁな。ところで…」
そこでムスタディオは、今度はアグリアスに向き合った。
「何か匂うなぁ…これは…」
“いけない!”
ラヴィアンが焦る。
アグリアスが香水をつけていることがバレては、まずいのだろうか?



アリシア!”
「そ、そう!そうなのよ!ちょうどウォージリスで買ったシュークリームがあるの!
 まだいくらか残ってるからムスタディオ食べる?」
「おっ、いいね!疲れたときは甘いものがいいんだよな」
そういってムスタディオとアリシアは、ラムザアグリアスの歩みから離れていった。
離れぎわ、アリシアがぱちりとこちらにウインク。
“あとはまかせた、ってことか…”


“………”


“おいおいどうした、相方が離れて心細いのか?”


“しゅーくりーむ…”


“は?”


“あのシュークリーム、休憩に食べようと思って、大事に運んできたのに…。
 潰れないように丁寧にボコに載せてきたのに…。
 ひどいよっ!アリシア!信じてたのに!”


“シュークリームぐらい、いいじゃないか。いつでも食えるだろ?”


“そういう問題じゃないんです!”


“じゃあ俺がライオネルの城下町で奢ってやるよ。
 だから、頼むから落ち着いてくれ。騒ぐとまた見つかる”


“ご、ごめんなさい”


まったく、何で女は甘いものがあんなに好きなんだろう?。
そうこうしてるうちに、バリアスの谷に入ってしまった。
俺たちは相変わらず、茂みから茂みに、移動しては隠れ、移動しては隠れを繰り返して二人のあとをついていった。
谷は声がよく響くので、離れていても意外と会話が聞き取れそうだ。
モンスターの気配も無い。
これは無事に通過できそうだ。
さて、あとはアグリアスラムザの面倒を見ればいいだけか…。
そういえば、どうしてラヴィアンとアリシア
今日のアグリアスの様子に取り乱してていたんだろう?
俺はラヴィアンに、今になってようやく理由を聞く事を思いついた。


「ところで、そもそも俺たちいったい何でこんな事やってるんだ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
こんな真似をしているのに、未だに俺は何にも知らずに二人に協力しているのだ。
我ながら呆れたものである。


「あ、そうでしたね。
 う〜ん、どこから話せばいいものやら…」


なかなか込み入った話のようだ。
俺は合いの手もいれずにラヴィアンの説明を待つ。


「そうですね…。事の発端はディープダンジョン攻略の時です。ほら、私って部隊の経理もやってるじゃないですか。」


そうだ。ラヴィアンは部隊の経理を兼任している。
我々は小部隊だからそういった事務・雑事などの部隊運営も自分達でやらなければならない。
ラムザも物資配分や経理などを自らの手で管理していたのだが、部隊の人数が増えてきたことと(それでも小部隊の域を出ないが)装備するものの質が上がり、
軍資金のやりとりも依然よりずっと高次元になってきた事もあって、補佐としてラヴィアンをつける事になっていた。
それ以来、ラヴィアンはかなり前から経理として部隊の会計、物資の管理を一手にまとめている。



俺もよくラムザとラヴィアンに口をすっぱくして言われたものだ。


“柳生の漆黒ひとつでポーションが20個買えますよ!”


…以来、俺は手裏剣を倹約せざるを得なくなった。
使いすぎると経費で落ちなくなってきたからだ。
要するに、自腹である。
手裏剣は忍者の要なのに、あいつらにはそれが分からんのだ!
…と、それはまぁいいとして…。
俺の思いを知ってか知らずか、ラヴィアンが言葉を続ける。


「で、そのときの戦利品に香水があったんですよ。レーゼさんにでも分配しようかな、って思ってたらアグリアス様が来て、“ぜひ譲ってほしい、頼む”って。」
「へぇ。」
アグリアス様のそういうのって、久しぶりだったから。
 私もつい許しちゃって…」
「久しぶり?昔は違ってたのか?」
「えぇ。まぁ、アグリアス様は貴族の出身ですから。
 公の場に出ることもありましたし、身だしなみもしっかりする人だったんです。
 といっても化粧はいつも最低限でしたけどね…。
 それでも、今よりはずっと頓着してたと思います。 ティンカーリップを引いたアグリアス様は、それはもうお綺麗だったんですよ」


成る程ね…
でも、今は化粧をしないのだろうか。
まぁ行軍中だから仕方ないのかもしれない。



「ふむ。でもいいんじゃないか、たまには。
 好いた男の前でくらい、化粧もしたいだろうさ」
アグリアス様の気持ちも分かります…。
 私だって同じ女性ですから、恋は応援してあげたい。
 でも今回はちょっとわけがちがうんです」
「たかが香水をつけるのが、そんなに大げさなことか?
 いつものお前らなら狂喜乱舞してアグリアスを煽るくせに」
「ものがものですから。
 ソウテツさん、“セッティエムソン”って知ってますか?」
「いや知らん。こっちの化粧品の事はさっぱり分からん」
「でしょうね。」
「その“せってぃえむそん”とやらが問題なのか?」
「正確に言えば、その香水は別に問題じゃないんです。
 ちょっと不思議な、珍しいアイテムってだけで。
 問題はアグリアス様。“あの時”も、セッティエムソンをつけてらした…」
あの時…?
そこが妙な引っ掛かりであることは間違いないだろう。
そう言えば、俺がラヴィアンを尋問した時も何か言っていたな…
何と言ったかな、確か…そう…
「“マンダリアの悲劇”…」


「…!!何故それを!?」


尋常でない様子で驚くラヴィアン。
これは…どうやらただ事ではないらしい。
俺がさらに詳しい事を尋ねようと、二の句を継げようとした時。


「何を言っているッ!」


アグリアスの声!
まさか、もうばれたのか!?
俺とラヴィアンは、話を中断して、静かにあたりの様子を伺った。



俺もヤキが回ったか…。
正直言って、屈辱だ。隠れ、忍び、潜むのが忍者の生業であるのに、この体たらく。
情けない!
己の、あまりの失態に怒りすら湧いてくる思いだ。
ふと隣を見ると、ラヴィアンが不安そうにこちらを見ている。
そうだ、何とかしなければ。感情に振り回されてはいけない。
かけてやった衣をぎゅっと握り締め、じっとこちらを見つめるラヴィアン。
“俺が何とかしてやる”と、俺は約束したんだ。
ここは一旦距離を離して…


「何を言っているんだッ!ラムザ!」


…は?


「ですが…!」
「私が足手まといだと、そう言いたいのか!?だったら好きにしろ、私も文句は言わない」
「ちがいます!僕は」
「何が違うと言うのだ…。私にはお前が、分からない…」


これは…。どうやら、俺達が見つかったわけではないらしい…のか?さっきのアグリアスの声はラムザに向けたもののようだ。



“どうしたんですかね?”


ひそひそと、ラヴィアンが話しかけてくる。


“分からん。もう、俺には何が何やらさっぱりだ…”


ラヴィアンの話も聞き損ねたしな。
しかしとりあえず、今はこっちの心配をしなければ。
痴話ゲンカは犬も食わん、それならせめて俺たちがケアしなければ。
しかし何事にも頃合いが肝要である。
今、俺達が出ていっても仲裁したところで、聞く耳をもってはくれまい。
今はしばらく様子を見るべきだ。
ラヴィアンにもそう目で合図を送る。俺の隣の、にわかくの一もどうやら分かってくれたらしい。
ラヴィアンはこくりと肯いてラムザアグリアスに注意を向けた。



「危険なんです、アグリアスさん。もしみんなを巻き込むような形になれば、僕は…。
 だから、いざとなれば僕一人で行くつもりです」
「ふざけるな!だったら私は…私たちは何のためにここまでついてきたと思っている!」
アグリアスさん!」


ラムザが叫ぶ。大気が震え、腹に響く声だ。
俺は今までにも、こんな声を何度か聞いている。
幾度かの戦いの中で、敵に、味方に、ラムザは己の信念をぶつけてきた。
その中でも今の叫びは、今まで聞いたどんな叫びよりも鋭く、痛々しく耳に届いた。


「最後まで聞いてください。大事な事なんです」
「嫌だ、聞きたくない!私だって覚悟はできている。
 お前を一人にするくらいなら、私も最後まで一緒に行く」
「気持ちは嬉しいです、アグリアスさん。でも…」


でも、という言葉にアグリアスはまた激昂しているようだった。
ラムザもまた、譲る気はないようだ。
しばらく、二人の言い争いを続いた。



二人の言い争いはなおも続いた。
そして次第にギスギスとした空気になっていき、しまいにはお互い口を聞かずに黙って歩みを進めるようになっていた。
どうする?とラヴィアンに目で訴える。
ラヴィアンは複雑そうな顔を伏せ気味にしていたが、俺の視線に気付くと、悲しそうに首をふるふると振った。
これ以上、下世話な覗きはやめた方がいいのかもしれない…。


アグリアスが怒る気持ちも分かる。何故なら、俺も腹わたが煮えくり返る思いだからだ。
どうやら殿は、いざとなれば、“お”一人で“お”行きにる“お”つもりらしい。馬鹿め…
一人であの軍勢に勝てるとはさすがに思っていないだろうが、決定的な場面で決断を迫られたとき、
奴は刺し違えてでもと、一人で行くことをよしとするに違いない。
ルカヴィ相手に、たった一人で勝負を挑もうというのだ。
きっと、あいつはそうするだろう。
そういう男なのだ。
この先の展開も読める。ラムザはきっと、ライオネル城で皆に除隊を勧める。
何人かは降りる奴も出てくるかもしれない。
それでもラムザは責めるどころか、喜んで退役させるだろう。
ラムザの気持ちも分からないわけでもない。
ちらと隣を見やる。
俺も、ラヴィアンが隊を抜ければいいのにと、ふと思った。



ラムザアグリアスが口を聞かなくなってから結構な時間が過ぎた。
俺とラヴィアンはといえば谷の死角に隠れつつ、二人の後を追っている。
何故だか俺たちの間にも、あの二人にあてられたような重苦しい空気が漂っていた。
会話もない。
進行情況は谷半ば、今までは少々散会気味だった部隊も、足場の悪さとモンスター警戒のこともあり少しずつ集団隊列になってきている。
登山の場合と同じだ。ただ、部隊先方に先行偵察を行なうラファとマラークだけが遠目に確認できる位置に居た。


「…休憩しましょうか」
ラムザが言う。
もう、そんな時間か。


「…時間だな。ラヴィアン、戻ろう」
「えぇ…」


二人とも、微かに声色が暗い。あの二人の諍いを見てしまった罪悪感が、淀んだ澱のように俺たち二人にまとわりついていた。
俺とラヴィアンは今後の調整を事務的に話し合うのみで、その場を離れた。
それから俺は潜伏したまま、ラファとマラークの傍に近づいていった。
休憩に入ったと伝えるためだ。
休憩中も哨戒は続けなればいけないので、休憩に入るこのタイミングで哨戒員は交代する。
逆方向、最後尾は今ごろ、ラヴィアンが交代している筈だ。


「お疲れ。ラファ、マラーク、休憩だ。交代しよう」


「もうそんな時間か?」
とマラーク。
「もうそんな時間なの?」
これはラファだ。
二人はほぼ同時にそう尋ねた。
「もうそんな時間なんだよ」
俺が答える。
その場で三人、くすりと笑いあって顔を見合わせた。
それから一番先に口を開いたのはマラークだ。


「俺はいい。ラファだけ先に休ませてやってくれよ」
「分かった。行こう、ラファ」
俺は特に断る理由もないので承った。
「いいの?兄さん、無理しないでね」
「うん」
にこりと笑うマラーク。
とても昔の様子からは想像できない、邪気の無い笑顔だ。
きっとこっちがマラーク本来の顔なのだろう。
お互いを労り合う兄と妹の姿に、俺も自然と笑みがもれた。



こいつらは、まだ若い。
しかし、その幼さの残る瞳に今まで何を映してきたのだろう?
きっと、世の中の一番汚い現実にこの兄妹は立ち向かってきたのだ。
それも、今よりずっと小さい頃から。
だから…だから、これからは幸せに生きるべきなのだと、俺は思う。
こいつらを死なせてはいけない。
おそらくオーボンヌでは決戦になるだろう。
だからそれまでに…


「なに、難しい顔してるの?そーてつさん?」
「ん?大したことじゃない、晩メシ何にしようかと思ってなぁ…」
これは口からでまかせである。
「えーっ!まだお昼なのに?」
「注文するときになって悩むよりいいだろ?」
「まぁ、それはそうだけど。
 でもそーてつさん、考え事してるとき隙だらけですよっ」
それはわざとそうしているんだよ、ラファ。
まだまだ青いな、未熟者め。


「んー…5秒かな?」


顎に手をあてて、じーっと俺を見つめてそう呟くラファ。
お前、それはアレか、俺を殺るのに5秒ってことか。
さすがにカミュジャの秘蔵っ子は思考回路が頼もしいなぁ。
恐ろしい子



「ひとりで大丈夫かな?マラークの奴」
「大丈夫。カエルを何匹が放ってるから、敵が近づいてきたらすぐ分かるよ」
「へぇ…」
ガルテナーハ一族は不思議な術を使う。存外に便利そうだ。
そうこうしてるうちにラムザ達が休憩している場所に辿り着いた。
ラファはレーゼを見かけるとそっちの方に駆けていき、何事かをおしゃべりし始めていた。
ラファはレーゼに母の面影を見ているらしい。
幼いころに両親と死別したラファは、やはり寂しかったのだろう。
レーゼもまたそんなラファを大層可愛がっている。
俺はそんなラファとレーゼの様子を横目にラムザの様子を探りに行った。
アグリアスラムザの隣に、近くもなく遠くもない、微妙な距離で座っている。空気も重い。
双方とも口を開かずにずっと過ごしていたのだろうか?
ラムザ
俺はラムザに声をかけた。
「なんでしょう?」
「お前からの、頼まれ事だが…」
「あぁ…それだったらもういいんです。ありがとうございました」
「もういいことはないだろ。これからどうするつもりなんだ?」
俺の言葉にアグリアスが顔を向けた。
が、何も言わずにまた顔を背ける。



「その様子だと、分かってるんでしょう?」
「大体な。正直、お前の気持ちは分からんでもない。
 俺だってもしお前の立場に立っていたら、そう考えるかもな」
「じゃあ…」
「“じゃあ”、何なんだ?じゃあ聞くが、ラムザ、お前は自分がアグリアスの立場だったら、と考えたことはないのか?
 アグリアスだけじゃない、俺や皆がどう思うのか」
「巻き込みたくないんです」
「勝手だな」
「巻き込みたくないんです」
一言目より強い調子で言うラムザ
強情張りが…。
俺が何と言ってやろうか思いあぐねていると、
今度はアグリアスが話を切るように口を開いた。
「もういい…。もう、やめてくれ…」
俺もラムザも、その一言で気が削がれてしまい、もう何かを喋る気にはなれなかった。
「ぉ〜ぃ…」
代わりに、誰かを呼ぶ声が近づいてくる。
「お〜い、ラムザ〜」
あれは、ムスタディオだ。
空気読め、阿呆。



「よ〜う。ラムザ、もう一つ、ちょっと聞きたい事があんだけど」
「…うん」
「どうした?元気ないみたいじゃんか」
「そんなこと、ないよ」
「ならいいんだけどさ。
 オーボンヌ行くのって陸路?海路?」
「海路だよ?どうして?」
「いや、ちっとゴーグに寄れたらな、と思ってさ」
「そう…」
「どうしたんだよ、いつもは…いやいつもこんな感じか!ははっ」
そう言って笑うムスタディオ。
殺るか…?
このときばかり本気でそう思った。
ラムザも苦笑いをしている。
アグリアスは、顔を伏せている。
怖い。
「ん?ところで、何かいい匂いするな」
「あぁ、それならアグリアスさんの香水じゃないかな?」
「え!?マジで!?アグ姐、香水つけてんの?」
驚くムスタディオ。
ああ、お願いだから刺激しないでくれ…
「意外だなぁ、アグ姐、いきなりどうしちゃったんすか?
 そんな柄じゃないっすよね、姐さん!」
笑い転げるムスタディオ。
やばい、これはやばいっすよ。
見ればアグリアスはすっと立ち上がり、無言のまま立ち去ろうとする。
…これは怖い。
俺もさすがにこれはひどかろうと、ムスタに注意しようと思った矢先、
「あはははは、ヒーッヒッヒヒ…ヒッヒヒッ…く、くるし、ハラがっ…あはははははっ!」
こ、こいつ…。
その時!


剣に手をかけるアグリアス
それはさすがにやばいっす、姐さん!
「ちょっ、おまっ、待て!それはやばい!ラ、ラムザ、お前も止めろ!」
「そ、そうですよアグリアスさん!人殺しはいけないと思います!」
「ええい、離せ!ラムザ、ソウテツ!この馬鹿を斬ってやる!」
「駄目ですよ!アグリアスさん!正気に戻って!」
「私は正気だ!」
叫び、何とか俺たちを振り払おうとするアグリアス
なりふりかまっていられない、俺はラムザと二人で必死にアグリアスを押し留めた。
今だ、ムスタディオ、早く逃げろ!
と後ろを振りかえると…
「あはははは…!」
まだ笑い転げてやがる…。
この馬鹿が…!


や、やばい。
このままじゃムスタディオは殺られる。
この部隊初の戦死者が味方によるものだなんて…
いやいやさすがにまずいだろ、それは。
アグリアスはますます力を増して俺とラムザの戒めから体を解き放とうとしている。
本当に、やばい…
俺の腕が限界を迎えたそのとき。
“ぴょん”と何かがアグリアスの頭に乗った。
一瞬、時が止まる。
それはカエルだった。
カエル?なんで?
皆が思ったとき、それは口を開いた。
「敵襲ーーー!!!」
マラークの声だ!
どうやらカエルに喋らせているらしい。


これはさすがにアグリアスも我に返ったようだった。
ラムザも素早く戦闘準備に入る。
スタディオは…ようやく立ち上がったところだ。
「見た限り、スクイドラーケン3、ブラックゴブリン5、
 クアールが7!群れでやってきてる!
 あとは…あれは…ベヒーモス!一匹だ!」
数が多い!心の中で毒づく。
カエルはそれだけ喋ると役目を終えたように谷下の沢を下って川に帰っていった。
「一匹の敵に、必ず二人以上であたって下さい!
 足場が悪いので集団戦はできません!各個撃破で!」
ラムザの指示がとぶ。
皆一様に頷いて剣や杖をその身に構えだした。


「ソウテツさん、マラークのフォローに」
「了解」


俺は口布を引き上げ、口と鼻を覆い隠し、マラークの許に駈けていった。



脚には自身がある。険しい足場をものともせず、一分程で
谷底の川辺に獣を相手するマラークが視界に入る。
雷がいくつも降り注ぎ、敵目がけて光がほとばしるものの、
クアールの足は速くなかなかとらえられないようだ。
マラークの術は大味であるため、こういった細かい芸当には不向きなのである。
命中率も幾分低い。
そばに一体、焼け焦げた獣の死体があるので一匹は仕留めたようだが、
もう一匹に手間取っているようである。
俺は足を動かしつつ、後ろ腰と背中から伊賀忍刀と呪縛刀をそれぞれ引き抜いた。
そのまま谷底へ飛び降りるように大きく跳躍。
クアールはまだ気付いおらず、
マラークの喉笛に噛み付いてやろうと隙を伺っていれようだ。
相手を殺してやろうと意気込んでいる奴ほど殺し易い。
それは人も獣も同じだ。
着地の間際にすっ、すっ、と両手の忍刀で二振り。
首がきれいに落ちはしなかったが、ざっくりとした傷を首筋に二つ付けられ、クアールは絶命した。



恨むなよ、と言おうとしたがマラークがいたのでその台詞は飲み込んでおいた。
気障な奴だと思われたら少々恥ずかしい。


「大丈夫か?」
「ああ。助かった。」
「戻ろう。あちらの加勢に」
「ああ」
口数も少なく、来た道を引き返す。
マラークが先行、俺があとを追う形だ。
さすがに速い。
すぐに戦闘の主戦場に辿り着いた。
そこは谷の中心とも言える場所、小山のような台地だ。
淵は沢になっていたり、川の上流にあるような大石がごろごろと積み上がっている。
ふと目をやれば、何人かの即席小隊がもう交戦を始めているようだ。
しかし、ラムザアグリアスの二人が見当たらない。
やられた訳ではなかろうが、少し心配だ。
他に見える範囲で、ベイオウーフ、レーゼ、ラファが固まってブラックゴブリンの相手をしていた。
オルランドゥ伯とメリアドールは少し離れたところでスクイドラーケンと相対している。
「マラーク、ラファのところに行ってやれ。
 ゴブリン相手だから大丈夫だろうが数が多い」
「分かった。気を付けろよ」
「そっちもな」
言うが早いか、別方向に散開する。
ここからでは見えないところでも戦闘はあるはずだ。
そちらの様子も見なければならない。


沢を下り、川辺に下りると
「ゴブ!」
物陰に隠れたゴブリンが襲い掛かってきた。
後ろに転身、余裕をもってかわす。
が、なおも突進してくるゴブリンに刀を抜く暇もない。
俺はゴブリンの大振りな一撃をかいくぐり、全力で体当たりをぶちかます
ゴブリンが後ろによろめく。
そいつに今度は石を拾って投石をお見舞いしてやる。
さすがに応えたか、石の当たった顔をおさえて仰向けに川辺に倒れこむゴブリン。
ばしゃり、と水が撥ねる。
俺は無造作に「らいじんのたま」を川に投げ入れ、ゴブリンが感電するさまを横目で確認しながらその場を走り抜けた。
奇襲するならかけ声をあげてはいけない。
ゴブリンの頭の悪さならそれも仕方ないだろうが。


そこを通り過ぎると、獣の唸り声が大きく聞こえてきた。
道を遮る大きな石を一つ飛び越えると、そこにはラッドとアリシア
それからラムザのアカデミー時代からの連れが奮戦していた。
概に何体か敵を倒しているらしく、死骸がちらほらとしていた。
しかし…
「ラヴィアンは!?」
あいつの姿が見えない。
加勢しながら大声で尋ねる。


「向こうです!早く!」
「わかった!」


クアールの一匹を斬りつけてそのまま離れ、ラヴィアンのところに向かう。


……居た!
ラヴィアンはボコを守って必死に戦っていた。
しかし、石と石を身軽に跳ねるクアール二匹に囲まれ、苦戦を強いられている。
「ラヴィアン!」
咄嗟に声をかける。
「ソウテツさん!」
ラヴィアンも声を返し、顔がほころぶ。
俺も思わず安心したその時。ラヴィアンの後ろに今にも飛び掛かりそうなクアールが目についた。
ラヴィアンは目の前に敵に気をとられて、後ろの敵に気付いていない。


「伏せろ!」
そう声をあげて手裏剣を二つ三つ、放つ。
とっておきの“柳生の漆黒”だ。
さすがに威力は抜群で、急所を抉られたクアールはその場に崩れ落ちた。
もう一匹の方も、ラヴィアンの身を伏せながらの薙ぎ払いの前に
前足を二本とも切り飛ばされ、ショック死していた。


「ソ、ソウテツさん!」
ラヴィアンが俺の名を呼ぶ。
「それ一つでポーションがいくつ買えると…」


…はいはい、20個買えますね…。


「おまえの命に比べたら安いだろ」
「あ…どうも」
何故だか顔を赤らめるラヴィアン。
俺、なんか変な事言ったか…?
まぁ、今はそんなことどうでもいい。
ラムザアグリアス、見なかったか?」
「あ!そうです!お二人が向こうに…」


その時だ。


グォォォォ…、と遠くから、それだけ聞けば間抜けに思えるような独特の唸り声が聞こえてくる。
この声は。


ベヒーモスか…!」


これはまずい。
ベヒーモスといえばドラゴンに並ぶ強敵だ。
大きく、堅い筋肉に覆われた躰、鋭い爪、そしてその巨体に似合わぬ俊敏さを持ち合わせている。
要するに、厄介な相手という事だ。


「急ぐぞ!」
「はい!」


返事もそぞろに俺達は声の方向向かって走りだす。
まったく、今日は忙しい!
焦りと腹立ちまぎれに大きく跳躍。
飛び石状にぽつぽつと並ぶ岩石群の間を乗り越えていく。
その下には川が流れ、意外に深そうな川底に落ちれば
容易に浮かび上がってこれないだろう。
俺は装備も身軽だからいいが、重い鎧をつけたナイトはかなり危ない。
そうだ、ラヴィアンはちゃんとついてきてるだろうか?
そこまで考えて後ろを振り向くと、


「はぁ、はぁ、ちょっ、ソウ、テツ、さ…、はや、すぎ…」
「頑張れ、大将がやられたら元も子もなくなる」
「は、はい」


今度はラヴィアンの返事も大きい。
俺たちは川の流れの溯る方向に進み続けた。






この前の話へ / この次の話へ