氏作。Part29スレより。




陽射しは高く、けれど鮮烈で、地上にあるすべてのものを映し出す。
真っ青な空の下で真っ青な海が波打ち、その上を大きな帆船が駆けていた。
帆は強い風を受け、船を前へ前へと追いやる。
同様に風を受けて、彼女の日に焼けた金髪が腰の辺りで揺れていた。
「やはり名残惜しいですか」
言って、隣に立つ青年。今はラムザ・ルグリアを名乗っている。
そして彼が声をかけた女性はアグリアスオークス
「ああ。畏国に骨を埋めるのが当たり前だと思っていたからな」
ラムザの言葉に耳を傾け、しかし眼差しは前を向いたまま。その先には遠くなりつつ大陸。
「大切な物を……置いてきてしまったな」
「ええ、本当に大切な物を、色々と……」
二人の脳裏に不規則に幾つかの名前が浮かんでは消える。


ディリータ。オーラン。ムスタディオ。ベスロディオさん。労働八号。ベイオウーフ。レーゼ。
ラファ。マラーク。クラウド。ラッド。アリシアオルランドゥ伯。メリアドール。オヴェリア様。


残った者もいる。自分達とは違う方法で国を離れた者もいる。故郷へ帰った者もいる。
行方不明になってしまった者もいる。旅立った人もいる。逝ってしまった人もいる。


思い出した人の数だけ、人の歩んできた道があった。
それぞれの道を己の意思、もしくは何者かの意思で歩き、ひとつの終着点を迎えた。
ラムザ達が選んだのは新しい旅立ち。
畏国を離れ、どこか遠い異郷の地で様々な事をやり直そうと決めた。
アリシア、見えなくなるまで手を振ってくれていて……」
「ええ、いい部下に……いえ、仲間に恵まれましたね。ラヴィアンもガラにもなく大泣きしてさ」
「ふっ……可愛いところもあるんだ、ああ見えてな。アルマ様はどうしている?」
「船室で寝込んでますよ。まだ酔いが抜けないみたいです」
「抜けるのは、まあ、新天地の港についてから……になるのか。不憫な」
「でも途中で慣れて平気になるかもしれないって、船員さんが言ってましたから」
「そうか」
「で、ラヴィアンはどうしたんです? 一緒だったでしょ」
「私と一緒に景色を眺めていたのだがな、飽きたとか言ってどこかへ行ってしまった。
 風情の解らん奴よ。潮の香り、波の揺らぎ、音……皆、素晴らしい。船旅とはよきものだな」
「ボコとココの所にでも行ってるのかな。ココとは結構仲がいいしさ」
「かもしれん。が、食堂で酒を飲んでる可能性も否めんな」
「あはっ、そうですね」
談笑がとても楽しいものだと、最近になってアグリアスは強く実感していた。
戦いの最中での会話は、例え非戦闘時、休息時でも、思考回路から戦いの文字が離れる事は無かった。
だが今はもう、誰と戦う事もない、平和を手に入れた。
ラムザはその証明にと、アルマと一緒にアルマの墓を見にも行った。
ベオルブの宿命から解放された証、今は二人ともルグリア姓を名乗る自由人。
「私もオークスを名乗るの、やめようかなぁ……」
「どうしたんですか、急に」
オークス家も、それなりの名門だからな。
 異端者と共にドラクロワやらエルムドアやらダイスダーグやら……見事に大物連中を暗殺している。
 ザルバック殿も我々が殺した事になってるだろうし……そんな私がオークスを名乗っていては、
 父上やオークス家の歴史を築いてきた先代達に申し訳が立たん」
「まあ、一応裏の正義の戦いだったんですから、胸を張りましょうよ」
「そうだが、表側としてはやはり我々は悪なのだ。家名に泥を塗ってしまった。
 新しい名でも考えて、新天地では別人としてやり直すのもありかもしれんな」
「僕は、アグリアスさんはアグリアスさんでいないとイヤですけどね」
「そうか?」
ようやくアグリアスが振り返った。表情は、微笑み。
釣られてラムザも笑う。
「まあ、向こうに着いてからでも考える時間はあるでしょう」
「そうだな。向こうに行って、何をするかもまだ決めておらぬのだし」
「しばらくは一緒に行動しません? ラヴィアンとか、一人で行かせるの不安でしょう?」
「その点は同意する。とりあえずは、私と、ラムザと、アルマ様と、ラヴィアン。
 それからボコとココのメンバーで行動する事になるか……」
「もう一匹、増えそうでもありますけどね」
「ははっ、そうだったな」
「僕ね、気づいた事があるんですよ」
「何だ?」
悪戯っぽくラムザが笑う。
アグリアスさんの笑顔、戦いが終わってから変わったなぁって」
「そうか? どこがだ?」
「何ていうか、柔らかくなりましたよ」
「それを言うならラムザ、貴公も表情がやわらいでおるわ」
「ふふっ。まあ、僕達みんな、そんな感じなんですかねぇ……」
「だろうな……」
アグリアスさんの笑顔は、何だか女の子らしくて、綺麗だなって思える余裕もできたし」
少し赤面。少しどもって。
「お、女の子などという歳でもあるまい。もう少し言い方があろう?」
「えー? でも、大人の女性って感じが抜けて、幼くなったように思えますよ」
「それは何か、退化しているという意味か」
「そういう訳じゃないんですけど、色々張り詰めてたものとか、背伸びしていた部分とか無くなって、
 ようやく素のアグリアスさんが出てきたんじゃないかなー、なんて」
コツン、とラムザの額をアグリアスが軽く小突く。
「……馬鹿者」



こうして船旅は続く。開けた未来に何が待っているのか、それはまだ誰も知らない。
でも新天地で再スタートを切るんだ。それはきっと、素晴らしい時間の始まりだから。
彼となら、彼女となら、これからもやっていける。そんな予感が、あった。




   FIN