氏作。Part19スレより。
行軍中、モンスターの手に阻まれ、ラムザ達は目的の町に辿り着けずにいた。
とうに日は暮れ、これ以上進むことは困難となり、夜営をすることになる一行。
簡単な食事を済ませ、各々くつろぐ。
ふいに、アグリアスは立ち上がり、こう言った。
「今夜は私が見張りにつこう。皆は早めに休んでくれ。また明日から長い旅になるだろうからな」
アグリアスは見張り役を買って出た。
この辺りのモンスターは数が少ないながら、強敵が多い。聖騎士の彼女が見張りとなれば、皆安心して疲れた体を休めることができる。
この数日、度重なるモンスターの襲撃に、一行たちが疲れ切っていたことを察してのことだった。
「じゃあ、俺は一足先に休ませてもらうぜ。本当にいいのか、見張り役頼んで」
銃の手入れを済ませたムスタディオは、そう言うと眠そうに欠伸をする。
「ああ、構わない。ゆっくり休め」
そうアグリアスは言うと、暖をとる焚き木の前に腰を下ろした。
「そうか、ありがたく休ませてもらうよ」
そう言うと、ムスタディオは簡易テントへと姿を消した。
ちらほらと他のメンバーもテントに入り込む。
気づくと、残るのはアグリアスとラムザだけだった。
ラムザは木の根元に腰を下ろし、武具の点検をしている。
「少し冷え込んできたようだな」
そう言うとアグリアスは空を見上げた。幾万の星が、その空に散りばめられている。
この平原は、夜になると急激に気温が下がる。星がよく見えるのは、凛と冷えた空気が、澄んでいるからか。
「星が綺麗ですね。よく、父さんたちやアルマと流れ星を探しったっけ」
点検を終えたラムザが、アグリアスの向かいに腰を下ろす。
「……よい、思い出だな。
私は幼い頃から父に厳しく育てられてな。父と空を見上げたことなど無かった気がする」
ふと、アグリアスの表情が寂しく蔭ったようにラムザは思えた。
「お茶でも入れますよ。」
ラムザはそういうと、手際よく紅茶の用意を始める。
行軍中のささやかな楽しみは、紅茶ぐらいしかない。それは楽しみでもあり、ひと時の安らぎの時でもある。
こぽこぽこぽ…
少々無骨なカップにラムザは紅茶を注いだ。
「どうぞ。あっ、ちょっとまっててください!」
カップをアグリアスに手渡すと、何か思い出したかのようにラムザは荷物に手を伸ばした。
「あれ…おかしいな、たしかここに入れたはずなんだけど…」
ゴソゴソと荷物を探るラムザの後姿を見て、アグリアスは「ふ…」と微笑んだ。
…不思議な青年だ。何故か、何故だか、心が和むのだ…
アグリアスは、自分の表情が柔らかくなっていることには気づいてもいなかった。
「あった!アグリアスさん、これ、どうぞ」
そう言ってラムザは嬉しそうにアグリアスの方に振り向いた。
「?」
ラムザの手には、ドライフルーツの小袋があった。
「こ、これは…?」
きょとんとしているアグリアスに、ラムザは微笑みながらこう言った。
「紅茶のお供に、どうぞ。ドライフルーツです。あ、嫌いでしたか…?」
「いや…ありがたくいただくよ。」
ラムザの手から、おずおずとドライフルーツを受け取る。
この頃、ドライフルーツは貴重なものであった。
長い旅の中ではこのような保存の効くものは奏そう無い。特に甘味の類は。
それを、少なく纏めなければならない行軍の荷物の中にわざわざ携帯しているなんて。
…私が甘いものを好むことを知っていたのか…?今まで一言も言ってないのに…
私は騎士として育てられた。騎士である以上、女であることは不都合なことも多々あった…
…女が剣を握ったところでどうなると、非力だとあざけ笑う者。
いくら剣を振るっても、男の力には勝れないと…
だから、私は女であることを意識しないよう、「女である自分」を隠そうとしてきた…
「ラムザ、なぜこれを私が好むと?」
その問いにラムザは不思議そうな顔をする。
「いえ、旅の疲れを癒すのには、甘味もいいかなと思って」
屈託の無い笑顔で答えるラムザ。
アグリアスは何故か赤面した。
女を隠そうとすればするほど、意識しないようにすればするほど、自分の中で
「女であること」が強く浮き彫りになってくるのか…私は愚かだな…
そう心の中でつぶやくアグリアスの隣に、ラムザはふいに腰を下ろした。
「ご一緒してもいいですか?アグリアスさん」
その声にはっと我に返ったアグリアスは、「あ、ああ…」とぶっきらぼうに答える。
不思議と胸がドキリとして、その凛々しい女聖騎士はたじろいでいた…