氏作。Part18スレより。



 冬は寒い。当たり前である。ていうか基本だ。寒くなければ冬とは言わないだろう。
 寒いとなると水はとても冷たく川の水はひんやりどころか突っ込んだ手が凍る程に冷たい。
 体ごと突っ込めば相当な寒さだが身が引き締まる事間違いない。所謂寒中水泳である。
 イヴァリースにそんな行事があるか知らんけど。
 まぁそれはさておき結局何がいいたいかというと、冬の水は冷たいのだ。
 だから。
「あ」
「え?」
 足を滑らせ滝つぼへと落下していくラムザを見つめながら皆は思うわけだ。


 ──ああ、ありゃぁ風邪引いたな。


 とりあえずそれどころの問題じゃないのに気づくべきなのだが、いかんせん彼らが動き始めたのは
 滝つぼに落下してから十数秒たってもラムザが浮上してこない状況になってからだった。
 そんなわけで、今回は看病話である。
 メイン? アグリアスに決まってるじゃないですか。



    ──アグリアスさんの看病黙示録──




「って黙示録とは何だ黙示録とは!? 微妙に不安げなタイトルをつけよって…っ!」
「ごめんアグリアスさん大声あげないでぇぇぇぇ……」
「はぅぁ」
 唸るラムザを見てショックを受けるアグリアス。どうでもいいが裏方にまでツッコミを回すな。
 さて、舞台はラムザのテントである。毛布を幾重にもかけ頭の後ろには氷嚢。ラムザの顔は真っ赤に染まり息も絶え絶えである。
 こう書くとエロいが相手はラムザなので発情しないように。
 だがしかし彼女アグリアスは微妙に発情していた。
 真っ赤な顔、荒い息、いつもより少し弱気、呂律が微妙に回らない舌、汗ばんだ身体、元気のないアホ毛
 不謹慎だとわかりつつも頬を染めるのはアグリアス。むぅ、何か色っぽいなラムザ……なんて重いながら器用に林檎の皮を剥いていく。
「しかし注意力が足らないな。足を滑らすにしてもあんな所で転ぶ事はあるまい」
「そうなんですけどね……ケホッ……うぅ、風邪なんて久々だなぁ」
「まぁこんな時期だから……」
 向き終わった林檎を綺麗に等分してお皿に置くアグリアス。全部で六つある。
 で、気づいた。ラムザは動かさないほうがいいので誰かが食べさせなければ林檎を口にすることは出来まい。さてさて今この場には誰がいるだろうか。
 ってアグリアスしかいないわけなのだが。
 アグリアスは再び顔を林檎のように真っ赤にして暫し逡巡。食べさせるべきか、否か。ていうか食べさせなきゃいけないわけなのだが。
 暫し、間。切られた林檎がぽつんと置かれラムザはその林檎を見、次にアグリアスの顔を見る。そのラムザの視線の動きを追いながらアグリアスは微妙にパニくっていた。




「よーぅラムザ。大丈夫かぁー」
 と、そこに微妙に固まっていた雰囲気を壊しなおかつ物語を円滑に進めるためにムスタディオがやってきた。
 その手にはアルコール度数の低い酒瓶が握られている。
「ムスタディオ、貴様この期に及んで酒など…っ」
「まぁいいじゃねぇか。それにラムザ寒いんだろ? 純度は低いほうだしホットミルクにちょびっといれりゃ身体が暖まるんじゃないかと思ってさ」
「むぅ」
「ありがとう、ムスタディオ」
「いやいや」
 どかりとアグリアスの横に腰を下ろしてムスタディオは気にすんなと答えた。覗きとか悪ふざけとかそういうのをしなければ実にいい奴である。
「お、林檎あるじゃんか。一個貰うぜ」
「あ」
 それはラムザに用意した林檎だ──という暇もなくムスタディオはひょいと一つつまんで口に入れてしまった。
 うめぇうめぇなんていいながら林檎をシャクシャク食べるムスタディオ。不意に少し物ほしそうにしてるラムザと視線があった。
「何だ、食べさせてもらってねぇのか?」
「へ? あぁ、うん。まぁ……」
「食うか?」
「あ、食べる食べる」
 あぁ、そんなにあっさりと! なんて具合にショックを受けているアグリアス。その間にムスタディオはもう一切れ取ろうと皿の上に手を──
「ムスタディオー。見張り交代ー」
「っとと、りょうかーい」
 翳したところで外から声がかかった。



 声をかけたのはマラークである。テントの入り口からひょいと顔を出してムスタディオを手招きしている。
「ごめんね。足止め喰らっちゃって……」
「いや、街には迂闊に入れないしな」
 そう、今病気になってるのは異端者ラムザその人である。本編は主にギャグ&ラヴ(多分)だがこういったちょっと真面目な部分もあったりなかったり。
 他のメンバーが病気になったのならば宿を取りラムザは別の場所で待機して居場所を暗ませることができる。
 が、本人が寝込んだとなるとそうはいかないものだ。
 ラムザが長期間宿で寝込んでいるというのは危険率が高い。教団に居場所がばれる可能性が高いからだ。多分。
 彼が元気ならば姿を隠しつつ上手くやれるのだが病気で寝臥せっていれば下手すると監視の目に留まる可能性もある。恐らく。
 なんで最後に多分とか恐らくとかついてるのかというと長らくFFTをやってないので微妙に設定とか忘れているからである。あぁ、FFTやりたい。
 それに本当に見つかる可能性がどうこう、というのもあるが、ここら辺はご都合展開として許容してくれると嬉しい。
 さて。ムスタディオは席を立ちテントの外へと出て行った。再び残るのは寝込んだラムザアグリアスである。
 皿の上には林檎が五つ。ラムザは少し物ほしそうな顔でアグリアスをじぃっと見つめていたりする。
(あぁ、そんな目で見ないでくれ……あ、あげたいのは山々だがしかしこう意識するとなんというか恥ずかしいものがある。
 流石に「あ〜ん」なんて出来ないし……だがしたらラムザは素直に口をあけるのだろうなぁ。
 それにラムザ自身、腹が減っていて林檎を欲している。
 恥ずかしがってる場合ではないぞアグリアス! そう、空腹を訴える彼に林檎をただ食べさせてあげればいいのだ──!)


 よくわからない葛藤をしながら真っ赤になっているアグリアスは意を決して視線を皿へと移した。
 そしてぎこちない、どこかロボットダンスを思わせる手つきで林檎へと手を伸ばしていく──とはいえこの時代にロボットダンスなんてものがあるか知らんけど。
アグリアスさんまっかっかだ……ロボットダンスしてるみたいで可愛いなぁ)
 知ってるのかよ。しかも可愛いのか。
 兎に角アグリアスは林檎を一切れつまみ上げる。さてこれをどうするか。
 まぁラムザにあげるのは決まっているし彼女も覚悟はした。OKだろう。あげればいい。
 息を深く吸って、吐く。これは儀式だ。何の? とか聞かない。
 林檎を持ってアグリアスラムザに視線を送る。さぁ言おう。いけ、行くんだアグリアス
「なぁラムザ、り──」
「大丈夫? ラムザ
「──んごは美味しいぞ、うむ」
 と意気込んだはいいものの第三者の介入により林檎はアグリアスの口に中に消えることとなった。残り四つ。
 林檎は二つ減ってしまった。まだ四つあるが無事食べさせられるのか──ある意味問題であるとアグリアスは懸念する。
 ……別に、普通に食わせてやれよとかいう事を考える人はこのスレにはいないと信じてる。
 さて林檎の数も問題だがもう一つ問題が発生した。
 剣でも戦闘でも何でもある意味対立関係にあるだろう彼女──
「あら、美味しそうねその林檎」
 ──メリアドールの登場である。



「メリアドール。見張りは?」
「ムスタディオと交代したのよ」
 そういいながらメリアドールは優雅な足取りでラムザのほうへと歩いてくる。
 途中、アグリアスが顔を軽く顰めて横を向いた。 」


「───ちっ」


「あ、ねぇ今舌打ちしたわね舌打ちしたでしょそうなんでしょ今私みて舌打ちしたわね騎士アグリアス酷いわ私が何をしたというのよアグリアスねぇアグリアスオークス?」
「ははは、そんな。騎士たる私がそんな事をするわけがあるまい………煩い女だ」
「あら今度は煩いですって酷いわね最近の騎士はていうかアグリアスが酷い女ね貴女酷いわよ舌打ちするしねぇ本当は舌打ちしたんでしょしたわねしてない? うぅんした」
「するわけないだろう」
「そうよねぇ騎士だものね私を見て舌打ちだなんてまるで悪いことをしようとしたのを見咎められたからかしらそれとも私が来たのがイヤなのかしらねぇどうなの?」
「……メリアドール、ここには病人がいるんだぞ。いい加減静かにしろ」


 意訳:どうでもいいからとっとと黙れ。


「……それもそうね。言い合いをしてもラムザに響くといけないし」


 意訳:てめぇのためじゃなくてラムザにために黙ってやるよ。


「「ちっ」」
 どうでもいいが仲悪いなお前等。
「二人ともいつも息がぴったりだよねぇ」
 それを見て何でそう思えるのかわからないがふやけた笑顔を浮かべるラムザ。うん、お前凄いわ。
 そんな笑顔を見てトリップ状態へと入る両名。メリアドール、涎涎。アグリアス、目がやばいって。




 さてそう何時までもトリップしてるわけにはいかない。
 しかしこうしてみると特にやることがないのも事実である。氷嚢は変えたばかりだし額に乗せた濡れタオルもまだ直さなくてもいい。
 やはりやるべきなのはラムザに林檎を食べさせてあげることであろう、だがしかし。駄菓子菓子。
「………っ」
 アグリアスの右手がピクリと動けば、
「……っ!」
 メリアドールがそれとなーくアグリアスの注意を引いて、
「──っ……」
 メリアドールが隙を縫って林檎へと手を伸ばそうとすれば、
「──ラムザ、タオルはまだ変えなくても平気か?」
 アグリアスがスッと身体をずらしその進路を妨害する。
 大丈夫ですよ〜と答えるラムザの声を耳に入れてから脳内で十分に租借した後逆の耳から流し、両者はにらみ合った。


 暫し、静寂。
 状況は固定されていた……三人は何故かピクリとも動かない。
 アグリアス→メリアドールを牽制しつつ林檎に手を伸ばそうとしている。
 メリアドール→アグリアスの左腕を後ろからがっしり掴みつつ林檎を狙ってる。
 ラムザ→林檎が食べたい。


 ……さてこの状況。意外にも一番最初に動いたのはラムザであった。
「──ねぇ、二人とも」
「何だ」
「何かしら」
 グリン、と同じタイミングでラムザに顔を向ける両者。ちょっと怖い。
 そんな二人を見て苦笑いを浮かべながら、ラムザはぽりぽりと頬を掻いて──
「えっとさ、悪いんだけど……」


 ───林檎、食べさせてくれない?


 刹那、風が踊り疾風が巻き起こった。それは永劫ともいえる戦いの狼煙でもあったのだ──!!




「メリアドール、アグリアス。いい加減ラムザを寝かしてや──」
 いつまでもラムザの元にいる二人を心配してか、それとも二人に構って眠っていないかもしれないラムザをかわいそうに思ってか。
 雷神と呼ばれる剣聖オルランドゥはひょいとテントの中へと足を踏み入れた。


 瞬間、剣聖はその身を震わせた。


 そこは戦場だった。煌く剣閃、唸る大気、悲鳴をあげる武器──あれはフォークか──それを確認するのにも幾許か時間がかかった。
 二人の騎士がフォークを手に走らせていた。アグリアス、そしてメリアドール。二人とも非常に有能な騎士だ、だがこれほどの腕をかつて見たことがあるだろうか。
 風が哭く。ヲンヲンと大気を揺らし、その衝撃に哭いている。
 さてその二人の剣戟の間に何かが舞っている──あれは、林檎か?
「────っ!」
「…っ──!?」
 両者とも無言でフォークの演武を続ける。両者の間にあるのは宙に浮く林檎四片。否、浮いてるのではない、打ち上げられているのだ。
 アグリアスのフォークが林檎を突き刺す、と同時にメリアドールのフォークがガチンとアグリアスのフォークを叩いた。
 揺れるフォーク、その衝撃で突き刺さっていた林檎がぐらりと揺れた。
 勝機と見てかメリアドールはその林檎を突き刺し、奪い取る。だがアグリアスはそれを良しとせずフォークを瞬時に数発走らせた。
 刹那、メリアドールが奪い取った林檎はボロボロの──林檎とは到底呼べぬ代物へと変わり果てた。
 残り、三つ。
 忌々しげにアグリアスを睨むメリアドール。その視線を軽く流してアグリアスは再び林檎へとフォークを走らせる──
 その戦いは雷神と呼ばれたオルランドゥをしても驚嘆すべきものだった。
 フォークは既に刃と同等。あの場に切り込めば刃物でないとはいえ身体は微塵に切り裂かれるだろう。
 何よりも恐ろしいのは二人の闘気だった。まるで殺し合いをしてるかのような──事実本人達はしてるつもりかもしれない──気合に満ち溢れている。



 裂帛の剛剣は洗練された受け流しにより無効化。速度を持った連続の突きは強烈なる一撃にてはじかれる。
 ──見事なり。オルランドゥは静かに唸った。
 たかがフォーク。されど、フォーク。
 二人の剣(フォークです)さばきは見事なものだ。何故二人があんな事をしてるのかはわからないが、素晴らしいことだ。
 切羽琢磨し己を磨く。その光景を目に焼き付けてオルランドゥは静かに涙した。未だ騎士精神は衰えず。
 アグリアスとメリアドールは目を血走らせフォークで打ち合っている。林檎は更に一個砕け残り二つだ。恐ろしい速度といえる。


 うんうんと頷きながらオルランドゥはテントを後にする。
 ちなみに彼はとりあえず目の前の剣戟に放心するラムザは放っておくことにした。ごめんねラムザ。心中で一応謝っておく。
 状況が殆どわかってるのにあえて手を出さないオルランドゥを誰が卑怯と言えるだろうか。
 実際あんな阿呆な事をやってるのはどうかと思うがそれでも圧倒される程の剣戟だった。まぁそれはおいといて。
 少し思案しながら歩くオルランドゥ。やがてポンと手を叩き辺りを軽く見回した。彼の視線の先には近くを歩くムスタディオがいる。
 飄々と暇そうに歩く彼に片手を挙げて声をかけた。
アグリアスに1000」
 それだけで意味は通じたのだろう。ムスタディオは無表情のまま親指をぐっと突き立てて皆のいるテントへと走っていった。
 その瞬間それは成立した。アグリアスVSメリアドール。あの状況、皆期待してなかったわけではあるまい。
「……あの二人も戦闘であれぐらいやってくれればのぅ」
 だが老騎士は少し寂しそうに嘆息した。戦闘でもないのに戦慄させんなよって意味さ。
 頑張れオルランドゥ




 そんな寂しそうなオルランドゥはさておいてアグリアスとメリアドールの戦いは更に激化していた。残る林檎は一個。他は微塵に砕けている。
 で、残り一個の林檎は何処にあるかというと実は皿の上にあった。
 ラムザの寝床のすぐ横の、お皿。
 両者はそれを狙いフォークを走らせるが残り一個しかないという強迫観念みたいのがあって微妙に全力を出せずにいた。
 このままではジリ貧だ。アグリアスは考える。
 本気で狙えば砕けるかも。メリアドールは不安になる。
 この思考の違いが一瞬の差を生み出した。その差は終末への始まりであり、同時に悲劇の幕開けだった。


 林檎は一つ。手加減しないと──というより争いながらではラムザに林檎を食べさせるのは不可能だ。
 先ほどまで二人は基本的に林檎を狙って動いていた。だがその林檎はもう一つしか──
 ではやることは一つだ。アグリアスは決意する。
 このままではジリ貧。メリアドールは遅いながらもそう考えた。
 一手の差。
「貰った──!」
 林檎を狙うメリアドールの一閃。だが、それよりも早くアグリアスは動いていた。
 彼女のフォークの狙いが林檎でない事に気づいたメリアドールはアグリアスを嘲笑し、そして戦慄した。
 ならば、出来る事は一つ──!?
 一手。そう、ほんの一手遅れてメリアドールは答えへと辿り着いた。だがそれは戦う者にとって致命傷ともいえる差なのだ。


 ──敵を屠り林檎を食べさせる、という答え。



 アグリアスの一撃がメリアドールの首元に襲い掛かる!
「くっ」
 だがそれで簡単にやられるメリアドールではない。劣勢に回るが凌ぎきれば条件は同じになる。この初撃、そしてその後に続くであろう連続攻撃を止めきれば───
 即座にフォークを走らせるメリアドール。それは見事アグリアスの一撃を防いで見せた。
 ここで攻勢に回れればいいのだがしかし体制が整ってはいない。
 林檎を狙う途中から身体を捻ったメリアドール。それに対してアグリアスはただメリアドールを倒すためにフォークを突き出す。
 この差は大きかった。


 ──五発だ。


 五発凌ぎきれば条件は同じだとメリアドールはあたりをつけた。
 アグリアスも剣の腕は素晴らしい騎士だ。何発分有効に攻撃できるかわかってるはずだ。
 即ち、ここから五発こそが勝負。
 一撃。額を貫かんとする突き出し。顔を限界までそらして回避。
 二撃。そのままフォークを逆手に持ちかえ振り下ろし。ステップワークを駆使してなんとか横に回りこむ。
 三撃。身体を回転しながらの横一閃。身を屈めて避ける──体勢を少しだけ持ち直す。
 四撃。限界まで屈んでからの下からの疾風の如き突き。大きくバックステップをして距離を保つ──メリアドールは完全に体勢を持ち直した。
 そして、ラストの五撃──これが最後だからこそ強烈な一撃が来るのは当たり前。だからこそメリアドールはフォークを構えた。
 突き出した姿勢のままフォークを振り上げ、身体を切り裂かんと振り下ろしの一撃!
「──今!」
 予測どおり。メリアドールは叫んでフォークを振るった。
 振るわれたフォークは定められた軌跡を辿り、そして当然の如くアグリアスのフォークへとぶち当たった。


 ──剛剣・冥界恐叫打。


 そう、それは地獄の鬼のそっ首すら叩き折る刃の演武。それをフォークで放って魅せたメリアドールの力量は凄まじいものと言えよう。
 アグリアスのフォークはぽっきりと真っ二つに折れた。



 勝った、とメリアドールは静かに確信した。勝った。これで相手には何も手がな──


 その刹那、衝撃。腹部から這いよる酸っぱい感覚と、痛み。


 馬鹿な、と思う前に真下から拳が突き上げられた。顎下からガクンと衝撃が走り目の焦点がぐらぐらと揺れる。
 脳が揺れてまるで宙を浮いているような感覚──否、事実メリアドールは浮いていた。
 意識の落ちる寸前。彼女が見たのは自分が殴られた衝撃で手放したフォークをキャッチし、不敵に微笑むアグリアスだった。
 ──不覚。砕かせたのは計算の内か。剛剣すら思考に入れていたというのか……!
 それを最後にメリアドールは撃沈した。南無三。超ドンマイ。次があるって。ガンバ。でも俺アグリアス好きだからそっち優先するけどね。
 ──…………え、嘘。ちょっと待ちなさいよ。
 頑張れ。超頑張れ。まぁ日の目は見ないかも知れないけどね。うん、ごめんね。
 ──そこで謝るんだ!?
 うん、超ゴメ。
 ──全然心が篭ってないよーー(よーー……よー……よー………)←エコー



「いい戦いだった、だがなメリアドール──この世には主人公補正というものが存在するのだ」
 貴女どっちかってとヒロインの部類だけどね。あとそういう微妙な発言しない。
 それはさておきアグリアスは満面の笑みを浮かべる。もう恥ずかしくはない、今やってたことの方が寧ろ恥ずかしい部類だろう。
ラムザ、待たせたな。今林檎を──」
 そういってアグリアスは振り向き……………硬直した。
 視線の先には頭からフォークを生やしたラムザがいた。ご丁寧に血がぴゅーと出ている。ぴゅー。
 明らかに折れたフォークの先端部分だった。クルクルと宙を舞ったそれはラムザの頭に直撃したわけだ。
 ラムザは笑顔だ。そう、笑顔を浮かべている。やばいくらいに爽やかといえる笑顔だ。



 顔が血で濡れてなければ。頭からフォークが生えてなければ。そしてこんな状況でなければアグリアスは頬を赤らめていただろう。
 だが彼女は戦慄していた。
アグリアスさん」
 声もいつもどおりだった。逆にそれが恐怖といえた。
 その時、誰かの言葉が頭に浮かぶ──笑顔というのは最高のポーカーフェイスだ、と。
 本当に「ニコリ」という擬音が似合いそうな笑顔のまま、ラムザは立ち上がる。風邪じゃないのかラムザ。でもまぁそれどこじゃないのはわかるぞラムザ
 アグリアスは怯えた。いや、ギャグなのはわかるんだ。でも恋愛したいじゃない。ラブラブしたいじゃない。ダメ? え? 無理?
 今となっては昏倒してるメリアドールが羨ましかった。たとえ口からちょっと大きな声じゃ言えないものを流しつつ横たわっていたとしても、だ。
 そんな時ふと目線がテントの入り口にいった。そこには顔を青ざめている仲間たちが、いた。
「助け」
 彼らは一斉に顔を背けた。
「て」
 同時に駆け出しテントの前から消え去った。
「………………」
 酷いじゃないか。薄情じゃないか。悪気があったわけじゃないんだ。ごめん、マジで。ていうかこういう役割はムスタディオの役目じゃないのか。
 そんな事を考える暇もなく。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………………」


 テントからか細い悲鳴があがった。それはだんだんと小さくなり、そして、消えた。
 触らぬ何たらに祟りなし。仲間達は暫くラムザのいるテントを放置しておくことにした。




 さて後日談的なものを一つ。
 流石に何時間も放置しておくわけにはいかないのでアリシアおかゆと治療道具を持ってラムザのテントへと入った。
 まず目に入ったのは廃人のように横たわるアグリアスとメリアドールだった。何故かメイド服とかネコミミとかを装着している。無論尻尾も完備。
 そしてなんでか伊達眼鏡まで落ちていた。体操着とかそういうのも落ちてた。ちなみに体操着の下はブルマだ。赤かったり青かったり。
 廃人な二人は口から何か言葉をもらしていた。「にゃん」とか「にゅう」とか「○○○○様ぁ」とかだった。かなり恥ずかしそうだった。
 ラムザのほうを見ると何故か満足そうな顔だった。首輪とか持ってた。何に使うのはかアリシアは考えないようにした。
 とりあえず眠ってるのならそのままの方がいいだろう。おかゆは持ち帰ることにした。
 アグリアスとメリアドールに怪我がないようだし、と一安心して立ち上がる。治療道具も特に使わなくてよさそうである。
 立ち去ろうと立ち上がったアリシアの目に皿の上にぽつんとのった林檎が目に映った。
 悪くなる前に食べてしまおう。ひょいと口に運んでもぐもぐと租借する。
 多少乾いてはいたがそれでも水気は残っていた。うん、美味しい。アリシアは満足げにテントを出て行った。
 ちなみにラムザの頭にはフォークが刺さったままだったのだがあえてアリシアはそれをスルーした。理由? 特になし。



      ──アグリアスさんの看病黙示録・完──